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最高裁判所第二小法廷 平成17年(受)1762号 判決 2006年12月22日

主文

1  原判決を次のとおり変更する。

第1審判決を次のとおり変更する。

(1)  被上告人は、上告人に対し、140万円及びこれに対する平成15年4月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  上告人のその余の請求を棄却する。

2  訴訟の総費用は、これを3分し、その1を上告人の負担とし、その余を被上告人の負担とする。

理由

第1事案の概要

1  原審の適法に確定した事実関係の概要等は、次のとおりである。

(1)  被上告人(以下「被上告人学校」という。)は、教育基本法、学校教育法及び私立学校法に従い、学校教育に類する教育を行うことを目的として設立され、Y鍼灸学校を設置する財団法人である(以下、被上告人学校の設置するY鍼灸学校を「被上告人学校」ということもある。)。被上告人学校は、鍼灸・あん摩マッサージ指圧学科のみを設置し、修業年限は3年、入学時期は毎年4月1日、入学定員は30名である。

(2)  上告人は、被上告人学校鍼灸・あん摩マッサージ指圧学科の平成14年度入学試験を受験して合格し、被上告人学校が定めた平成14年度学生募集要項に従い、所定の期限である平成14年2月6日までに、被上告人学校に対し、入学金70万円(以下「本件入学金」という。)、授業料等110万円(授業料60万円及び設備費50万円。授業料は初年度分、設備費は入学時のみ納入。以下併せて「本件授業料等」という。)を納付して入学手続を行うとともに、寄付金30万円(以下「本件寄付金」という。)を支払った(上告人が納付した以上の金員を併せて、以下「本件学生納付金等」という。)。

(3)  上記学生募集要項には、入学手続の際に納付した学費は、理由のいかんにかかわらず返還しない旨が記載されており、上告人と被上告人学校との間において、この記載に従った合意(以下「本件不返還特約」という。)が成立した。

(4)  被上告人学校の平成14年度入学試験の合格者は33名で、そのうち平成14年2月6日までに1名が入学手続を行わずに被上告人学校への入学を辞退した。そこで、被上告人学校は、補欠者のうち1名を補欠合格者として、同人に対し、同月16日までに入学手続を行うよう通知したところ、同人は、同日までに入学手続を行ったため、同年度の入学手続履践者は33名となった。

(5)  被上告人学校では、平成14年2月16日、上記入学手続履践者の制服及び実習衣を受注して採寸を行った。また、同年3月9日に開催された被上告人学校の評議員会において、平成14年度の事業計画案及び収支予算案が了承され、同日開催された理事会において、これらが可決された。

(6)  上告人は、その後妊娠していることが判明して、被上告人学校への入学を取り止めることとし、平成14年3月25日から同月27日までの間に、被上告人学校に対し、入学を辞退する旨申し出た。

(7)  被上告人学校の平成10~17年度における入学定員はいずれも30名で、合格者のうち入学手続を行った者はいずれも33名(うち補欠合格者は1~3名)である。そして、平成17年度までに、入学手続履践者で4月1日より前に入学を辞退した者は上告人のほかにはいなかった。上告人が入学を辞退した平成14年度を除き、被上告人学校が入学定員の30名より1割多い33名の入学者を確保しているのは、あん摩マツサージ指圧師、はり師及びきゆう師養成施設指導要領において、学則に定められた生徒の定員の遵守が定められているが、定員割れが生ずることに備えて定員よりも1割までは多く入学させることが厚生労働省から認められていることによるものである。なお、平成14年当時、被上告人学校と同種の学校施設は、愛知県内では被上告人学校のほかに1校あるだけで、三重県及び岐阜県にはなかった。

2  本件は、上告人が、被上告人学校への入学を辞退して被上告人学校との間の在学契約を解除したなどとして、被上告人学校に対し、不当利得返還請求権に基づき、本件学生納付金等相当額210万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める事案であり、被上告人学校は、上告人との間に本件不返還特約が有効に存在することなどを主張して、上告人の請求を争っている。

第2上告代理人古田敏章の上告受理申立て理由について

1  上記事実関係等の下において、第1審は、本件寄付金相当額30万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で上告人の請求を認容し、その余の請求を棄却した。上告人は、第1審判決中上告人敗訴部分を不服として控訴したが、原審は、次のとおり判断して、本件入学金及び本件授業料等の返還請求を棄却すべきものとした。

(1)  上告人が被上告人学校に本件学生納付金等を納付して入学手続を行った時点で、上告人と被上告人学校との間に在学契約(以下「本件在学契約」という。)が成立した。

(2)  平成14年3月25日から同月27日までの間に上告人が被上告人学校への入学を辞退する旨申し出たことにより、本件在学契約は将来に向かって解除された。

(3)  本件学生納付金等のうち、本件入学金は、被上告人学校に入学し得る地位及び入学準備行為の対価としての性質を有する。したがって、本件在学契約が成立したことにより、上告人は、被上告人学校から被上告人学校に入学し得る地位の付与を受けるとともに、被上告人学校も、上告人によって本件在学契約が解除されるまでの間に、上告人を受け入れるための具体的な準備活動を行っていたものであるから、上告人は、被上告人学校から、本件入学金と対価関係にある利益を既に得ている。したがって、上告人は、被上告人学校に対し、本件入学金の返還を求めることはできない。

(4)  本件学生納付金等のうち、本件授業料等は、被上告人学校の学生が被上告人学校から受けるべき教育役務等の対価である。上告人は、被上告人学校への入学を辞退したため、本件授業料等に対応する教育役務等の提供を受けていないから、本件不返還特約が有効と認められない限り、被上告人学校は、上告人に対し、本件授業料等の返還義務を負う。

(5)  本件在学契約は、消費者契約法2条3項所定の消費者契約に該当し、本件不返還特約は、同法9条1号にいう「当該消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項」に当たる。

(6)  被上告人学校においては、その学科の特殊性や同種の学校施設が少ないことから、受験生がいわゆる滑り止めとして被上告人学校を受験するということが想定し難く、実際にも、入学手続を行った後、学年が開始する前に、入学を辞退した者がいなかったのであるから、被上告人学校は、入学手続履践者の全員が実際に入学するとの前提で、これに対応することができるだけの人的物的教育設備を整えていたものというべきである。また、被上告人学校における評議員会及び理事会の開催を前提とすれば、被上告人学校の入学者数は、遅くとも2月末日ころまでに確定していることが必要であるということができる。さらに、被上告人学校においては、入学者全員の制服及び実習衣を準備する必要があり、制服等の制作には1か月以上を要するものと認められるから、入学者全員の制服等の準備を4月1日までに行うためには、遅くとも2月末日までには入学者が確定していることが必要である。

そうすると、2月末日以降の入学辞退によって入学予定者に欠員が生じたとしても、被上告人学校において、補欠合格等により補充し、入学辞退者に係る納入金収入の減少による損害発生を食い止めることは実際上困難であると考えられる。

以上からすると、被上告人学校において、4月1日までに教育上必要な人的物的教育設備を最低限整えているためには、2月末日までには入学者を確定する必要があると認めるのが相当である。そして、2月末日より後に入学予定者が入学を辞退しても、あらかじめ準備し整えておいた人的物的教育設備を縮小したり、当該年度の予算上の支出計画を変更することを当然のこととして期待できないし、現実にも、入学辞退によって被上告人学校が支出すべき費用がさほど減少するとは考えられない。

上告人が被上告人学校に対して入学を辞退する旨申し出たのは、被上告人学校において評議員会及び理事会を開催して平成14年度の事業計画案及び収支予算案を確定した後であり、4月1日の入学が間近に迫ったこの時期に入学辞退者が出たからといって、新たに補欠者を合格させて入学させることによって損害のてん補を図ることを被上告人学校に期待することはできない。また、上告人の入学辞退によって、被上告人学校の入学者が1名減ることになり、そのことによって被上告人学校が出えんを免れる経費等が生ずる可能性は否定できないものの、その額や割合を確定するに足りる適切な証拠はない。

以上によれば、本件不返還特約に基づき、被上告人学校が上告人に対して返還を免れることとなる本件授業料等(110万円)については、これらの額が被上告人学校に生ずべき平均的な損害(消費者契約法9条1号)の額を超えていることの証明はないと認めるのが相当である。

2  しかしながら、原審の上記判断のうち、上告人が被上告人学校に対して本件入学金の返還を求めることができないとした点は是認することができるが、(6)は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

(1)  被上告人学校は、学校教育法83条1項に定める各種学校として、同法、学校教育法施行規則及び各種学校規程による規制を受けるほか、あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律2条1項に定める主務大臣の認定を受けた学校又は養成施設(以下「鍼灸学校等」という。)として、同法、あん摩マツサージ指圧師、はり師及びきゆう師等に関する法律施行令及びあん摩マツサージ指圧師、はり師及びきゆう師に係る学校養成施設認定規則により、修業年限(3年以上)、教育内容及び人的物的教育設備等について所定の基準を満たすことを義務付けられている。鍼灸学校等の入学資格を有する者は、原則として大学に入学することができる者であり、鍼灸学校等を卒業又は修業した者には、あん摩マツサージ指圧師試験、はり師試験又はきゆう師試験の受験資格が与えられる。そして、鍼灸学校等は、平成14年当時、愛知県内には被上告人学校のほかに1校が存在していたことは前記のとおりであり、近畿地区あるいは関東地区等においては相当数の鍼灸学校等が存在していたことは公知の事実であること、被上告人学校においても、例年、入学試験に合格しても入学しない者があることを見込んで合格者のほかに補欠者を定めており、現に毎年合格者の中には入学手続を行わない者がいることが前記確定事実からうかがわれることからすると、被上告人学校を含め、一般に、鍼灸学校等の入学試験の受験者が他の鍼灸学校等や大学、専修学校を併願受験することが想定されないとはいえない。

これらの事情に照らすと、被上告人学校の入学試験の合格者と被上告人学校との間で締結される在学契約の性質、上記合格者が入学手続の際に被上告人学校に対して納付する学生納付金(入学金及び授業料等)の性質及びその不返還特約の性質及び効力等については、いずれも大学における場合と基本的に異なるところはなく、大学についての当裁判所の判例(最高裁平成17年(受)第1158号、第1159号同18年11月27日第二小法廷判決・裁判所時報1424号11頁等)の説示が基本的に妥当するものというべきである。

(2)  これを本件についてみると、前記事実関係によれば、上告人が被上告人学校に本件学生納付金等を納付して入学手続を行った時点で本件在学契約が成立し、上告人が平成14年3月25日から同月27日までの間に被上告人学校に対し被上告人学校への入学を辞退する旨申し出たことにより、本件在学契約は解除されたものと認められる。

そして、本件授業料等は、在学契約に基づく被上告人学校の学生に対する給付の対価としての性質を有するものであるから、被上告人学校に入学すべき日である同年4月1日よりも前に本件在学契約が解除された以上は、特約のない限り、被上告人学校は、上告人に対し、本件授業料等を返還する義務を負うものというべきである。他方、本件入学金は、被上告人学校に入学し得る地位を取得するための対価としての性質を有するものであり、被上告人学校が入学試験に合格した者を学生として受け入れるための事務手続等に要する費用にも充てられることが予定されているものというべきである。そして、本件入学金の納付の定めが公序良俗に反して無効と解すべき事情はうかがわれないし、消費者契約法10条も適用されない(以上につき、前掲最高裁平成18年11月27日第二小法廷判決が説示する原則と異なる事情はうかがわれない。)。

そうすると、その余の点について判断するまでもなく、上告人の請求のうち、本件入学金の返還を求める部分は理由がない。上告受理申立て理由第1、第2、第5及び第6は失当である。

(3)  本件在学契約は、消費者契約に当たり、本件不返還特約(本件授業料等に関する部分。以下同じ。)は、在学契約の解除に伴う損害賠償額の予定又は違約金の定めの性質を有し、消費者契約法9条1号にいう「当該消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項」に当たり、同号にいう「当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害」(以下「平均的な損害」という。)及びこれを超える部分については、基本的には、本件不返還特約の全部又は一部が平均的な損害を超えて無効であると主張する上告人において主張立証責任を負うものと解される(以上につき、前掲最高裁平成18年11月27日第二小法廷判決等参照。)。上告受理申立て理由第3は失当である。

(4)  大学の場合は、大学と在学契約を締結した学生による当該在学契約の解除に伴い当該大学に生ずべき平均的な損害は、学生が当該大学に入学することが客観的にも高い蓋然性をもって予測される時点よりも前の時期における解除については、原則として存しないものというべきところ、現在の大学の入学試験の実情の下においては、原則として、学生が当該大学に入学することが客観的にも高い蓋然性をもって予測される時点は、入学年度が始まる4月1日であるから、その前日の3月31日までの解除については、当該大学に生ずべき平均的な損害は存しないのであって、学生が当該大学に納付した授業料等及び諸会費等に係る不返還特約はすべて無効というべきである(前掲最高裁平成18年11月27日第二小法廷判決等参照)。

前記のとおり、鍼灸学校等の入学資格を有する者は、原則として大学に入学することができる者であり、一般に鍼灸学校等の入学試験を受験する者において、他の鍼灸学校等や大学、専修学校を併願受験することが想定されていないとはいえず、鍼灸学校等の入学試験に関する実情が、大学のそれと格段に異なるというべき事情までは見いだし難い。また、鍼灸学校等が、大学の場合と比較して、より早期に入学者を確定しなければならない特段の事情があることもうかがわれない。そして、被上告人学校においても、前記のとおり、入学試験に合格しても入学しない者があることを見込んで、補欠者を定めている上、定員割れが生ずることを回避するため、入学定員を若干上回る数の合格者を決定している。これらの事情に照らすと、当時被上告人学校の周辺地域に鍼灸学校等が少なかったことや、これまで被上告人学校において入学手続後に入学辞退をした者がいなかったことなどを考慮しても、大学の場合と同じく、入学すべき年の3月31日までは、被上告人学校と在学契約を締結した学生が被上告人学校に入学することが客観的にも高い蓋然性をもって予測されるような状況にはなく、同日までの在学契約の解除について被上告人学校に生ずべき平均的な損害は存しないものというべきである。前記第1の1(5)の事情も、上記の判断を左右するものではない。

そうすると、本件在学契約は、平成14年3月27日までに解除されたものであるから、この解除について被上告人学校に生ずべき平均的な損害は存しないのであって、本件不返還特約は全部無効というべきであり、被上告人学校は、上告人に対し、本件授業料等110万円を返還する義務を負う。

したがって、本件不返還特約が有効であるとして、上告人の本件授業料等に係る請求を認めなかった原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨のうち、上告受理申立て理由第4は理由があり、原判決中、上告人の本件授業料等に係る請求を棄却すべきものとした部分は破棄を免れない。

第3結論

以上によれば、上告人の本訴請求は、被上告人学校に対し、本件授業料等及び本件寄付金相当額140万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成15年4月17日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容すべきであるから、原判決を主文のとおり変更することとする。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 古田佑紀 裁判官 滝井繁男 裁判官 津野修 裁判官 今井功 裁判官 中川了滋)

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