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最高裁判所第二小法廷 平成17年(受)833号 判決 2006年7月07日

主文

1  原判決のうち実親子関係不存在確認請求に関する部分を破棄する。

2  前項の部分につき本件を広島高等裁判所に差し戻す。

3  上告人のその余の上告を棄却する。

4  前項に関する上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人大迫唯志ほかの上告受理申立て理由について

1  本件は、被上告人が、戸籍上被上告人の弟とされている上告人は両親の実子でも養子でもないと主張して、上告人と両親との間の実親子関係及び養親子関係がそれぞれ存在しないことの確認を求める事案である。

2  原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

(1)  被上告人は、大正12年▲月▲日、亡Aと亡Bの夫婦(以下「A夫婦」という。)の長女として出生し、昭和5年▲月▲日、亡Dと亡Eの夫婦(以下「D夫婦」という。)と養子縁組をし、その後、D夫婦の子として養育された。亡Cは、大正14年▲月▲日、A夫婦の二女として出生した。

(2)  上告人は、昭和16年▲月ころ、亡Fと亡Gの夫婦(以下「F夫婦」という。)の間に出生した。F夫婦は、Aに対し、上告人をA夫婦の嫡出子として出生の届出をするように懇請し、Aは、上告人についてA夫婦の間に同月▲日に出生した長男として出生の届出をした。

(3)  A夫婦は、上告人を同夫婦の実子として養育した。上告人は、高校卒業のころ、自分がA夫婦の実子ではないのではないかという疑問を抱いたことはあったが、A夫婦を含む周囲の者からその旨を告げられることはなく、A夫婦の実子であると思い続けていた。その後、上告人は、大学に進学し、卒業後、婚姻したが、昭和51年までA夫婦及びCと生活を共にした。また、Cは、上告人の学費を負担するなど上告人の養育に協力した。Aは、昭和49年▲月▲日に死亡したが、生前上告人が自分の子ではない旨を述べたことはなかった。Aの遺産はすべて妻であるBが相続した。

(4)  上告人は、平成2年ころ実母であるGの喜寿を祝う集まりに呼ばれ、平成5年ころには、自分が真実はF夫婦の間に生まれた子であることを認識するに至ったが、その後も、従前と同様に、B、C及び被上告人との間で家族としての関係を継続し、同人らも、上告人がA夫婦の間の子であることを否定したことはなかった。

(5)  Bは平成8年▲月▲日に死亡した。その遺産は遺言によりすべてCが相続したが、このような遺言がされたのは、遺産の主なものがBとCが居住していた自宅の土地建物であり、Bの死後もCが引き続きこれに居住できるようにBが配慮したためであることがうかがわれる。

(6)  独りで生活していたCは、平成14年▲月▲日ころ自宅で死亡し、その約10日後に発見された。Cは、Bの死亡後も、上告人がA夫婦の実子であることを否定する旨を述べたことはない。

(7)  被上告人は、上告人がCの安否の確認をしなかったためにCの死亡の発見が遅れたと思い憤りを感じていたところ、Cの法要の参列者を上告人が被上告人に相談なく決めようとしたことなどに反発し、上告人とA夫婦との間の実親子関係を否定するに至った。

3  上告人は、被上告人がD夫婦と養子縁組をした後、D夫婦の子として生活していたこと、A夫婦は、生涯上告人との実親子関係を継続し、死亡するまでこれを否定することはなかったこと、A夫婦は死亡したため、現在では、上告人がA夫婦との間で養子縁組をすることはできない状況にあること、被上告人は、Cの死後、その遺産の相続について上告人と話し合うなかで、上告人が、A夫婦と親子関係がなく、Cの相続人ではないと主張するに至ったのであって、本訴請求は専ら被上告人が上記遺産の独占を図る目的のものであることなどの事情に照らすと、本訴請求は権利の濫用であると主張した。

4  原審は、次のとおり判断して、被上告人の請求をいずれも認容すべきものとした。

身分関係を公証する戸籍にはその記載が正確であることを確保すべき要請があること、身分関係の存否確認訴訟の判決には対世的効力があるからその訴えの提起者に関する個別事情を重視するのは相当ではないこと、現在の特別養子縁組制度においても厳格な要件と重大な効果が法定されていることに照らせば、本件訴訟に至る経緯、本訴請求が認容されることにより上告人の受けるであろう精神的苦痛等を考慮しても、本訴請求が権利の濫用に当たるとまでいうことはできない。

5  しかしながら、原審の上記判断のうち実親子関係不存在確認請求をすることが権利の濫用に当たらないとした部分は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

実親子関係不存在確認訴訟は、実親子関係という基本的親族関係の存否について関係者間に紛争がある場合に対世的効力を有する判決をもって画一的確定を図り、これにより実親子関係を公証する戸籍の記載の正確性を確保する機能を有するものであるから、真実の実親子関係と戸籍の記載が異なる場合には、実親子関係が存在しないことの確認を求めることができるのが原則である。しかしながら、上記戸籍の記載の正確性の要請等が例外を認めないものではないことは、民法が一定の場合に、戸籍の記載を真実の実親子関係と合致させることについて制限を設けていること(776条、777条、782条、783条、785条)などから明らかである。真実の親子関係と異なる出生の届出に基づき戸籍上甲乙夫婦の嫡出子として記載されている丙が、甲乙夫婦との間で長期間にわたり実の親子と同様に生活し、関係者もこれを前提として社会生活上の関係を形成してきた場合において、実親子関係が存在しないことを判決で確定するときは、虚偽の届出について何ら帰責事由のない丙に軽視し得ない精神的苦痛、経済的不利益を強いることになるばかりか、関係者間に形成された社会的秩序が一挙に破壊されることにもなりかねない。そして、甲乙夫婦が既に死亡しているときには、丙は甲乙夫婦と改めて養子縁組の届出をする手続を採って同夫婦の嫡出子の身分を取得することもできない。そこで、戸籍上の両親以外の第三者である丁が甲乙夫婦とその戸籍上の子である丙との間の実親子関係が存在しないことの確認を求めている場合においては、甲乙夫婦と丙との間に実の親子と同様の生活の実体があった期間の長さ、判決をもって実親子関係の不存在を確定することにより丙及びその関係者の被る精神的苦痛、経済的不利益、改めて養子縁組の届出をすることにより丙が甲乙夫婦の嫡出子としての身分を取得する可能性の有無、丁が実親子関係の不存在確認請求をするに至った経緯及び請求をする動機、目的、実親子関係が存在しないことが確定されないとした場合に丁以外に著しい不利益を受ける者の有無等の諸般の事情を考慮し、実親子関係の不存在を確定することが著しく不当な結果をもたらすものといえるときには、当該確認請求は権利の濫用に当たり許されないものというべきである。

そして、本件においては、前記事実関係によれば、次のような事情があることが明らかである。

(1)  上告人の出生の届出がされた昭和16年からBが死亡した平成8年までの約55年間にわたり、上告人とA夫婦ないしBとの間で実の親子と同様の生活の実体があり、かつ、被上告人は、Cの死亡によりその相続が問題となるまで、上告人がA夫婦の実子であることを否定したことはない。

(2)  判決をもって上告人とA夫婦の実親子関係の不存在が確定されるならば、上告人が受ける精神的苦痛は軽視し得ないものであることが予想され、また、土地建物を中心とするA夫婦の遺産をすべて承継したCの死亡によりその相続が問題となっていることから、上告人が受ける経済的不利益も軽視し得ないものである可能性が高い。

(3)  A夫婦は、上告人が実の子ではない旨を述べたことはなく、上告人との間で嫡出子としての関係を維持したいと望んでいたことが推認されるのに、A夫婦が死亡した現時点において、上告人がA夫婦との間で養子縁組をして嫡出子としての身分を取得することは不可能である。

(4)  被上告人は、Cの死亡の発見が遅れたことについて憤りを感じたこと、Cの法要の参列者が被上告人に相談なく決めようとされたことなどから、上告人とA夫婦との親子関係を否定するに至ったというのであるが、そのような動機に基づくものであったということは、被上告人が上告人とA夫婦との間の実親子関係を否定する合理的な事情とはいえない。

以上によれば、上告人とA夫婦との間で長期間にわたり実親子と同様の生活の実体があったこと、A夫婦が既に死亡しており上告人がA夫婦との間で養子縁組をすることがもはや不可能であることを重視せず、また、上告人が受ける精神的苦痛、経済的不利益、被上告人が上告人とA夫婦との実親子関係を否定するに至った動機、目的等を十分検討することなく、被上告人において上記実親子関係の存在しないことの確認を求めることが権利の濫用に当たらないとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり、原判決のうち実親子関係不存在確認請求に関する部分は破棄を免れない。そして、以上の見解の下に被上告人の上記確認請求が権利の濫用に当たるかどうかについて更に審理を尽くさせるため、上記部分につき本件を原審に差し戻すこととする。

6  前記事実関係によれば、上告人はA夫婦の養子としての生活をしてきたものではないから、被上告人が上告人とA夫婦との間の養親子関係が存在しないことの確認を求めることが権利の濫用に当たるとはいえない。原判決のうち養親子関係不存在確認請求に関する部分は、正当として是認することができ、同部分に係る上告は、これを棄却することとする。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 今井功 裁判官 滝井繁男 裁判官 津野修 裁判官 中川了滋 裁判官 古田佑紀)

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