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最高裁判所第二小法廷 平成17年(受)883号 判決 2006年7月14日

上告人

X

同訴訟代理人弁護士

水野正信

被上告人

Y1

被上告人

Y2

上記両名訴訟代理人弁護士

村田正人

石坂俊雄

福井正明

伊藤誠基

被上告人

Y3

外2名

上記3名訴訟代理人弁護士

田中公哲

被上告人

Y6

外2名

上記3名訴訟代理人弁護士

田畑宏

木村良夫

主文

1  原判決のうち予備的請求に関する部分を破棄する。

2  前項の部分につき本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。

3  上告人の主位的請求に関する上告を却下する。

4  前項に関する上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人水野正信の上告受理申立て理由第1について

1  原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。

(1)  A(以下「A」という。)は,昭和62年9月8日に死亡し,その相続人は,Aの妻であるB(以下「B」という。)と,いずれもAとBとの間の子であるC(以下「C」という。),D,E及び被上告人らである(相続人はBと子ら11名の合計12名)。

(2)  Bは,A死亡のころには,意思無能力であった。

(3)  Aの相続人らは,Aの遺産の分割について協議をしたが,協議の成立には至らなかった。

Cは,昭和63年3月,Aの遺産の相続に係る自らの相続税の申告をするとともに,Bに代わって,Bの相続税の申告をした(以下,この申告を「本件申告」という。)。本件申告によれば,課税価格は,相続人各人の合計が7億0407万4000円,Bの分が1億8795万7000円であり,相続税の総額は2億6048万7100円,Bの納付すべき税額は6953万8500円であった。

Cは,本件申告に基づき,銀行からB名義で借り入れた金員をもって,同月8日,Bに代わって,Bの相続税6953万8500円を納付した(以下,この納付を「本件納付」という。)。

被上告人らは,本件申告及び本件納付について同意したことはなかった。

(4)  Bは,昭和63年9月28日に死亡し,その相続人は,前記Bの子ら11名である。

(5)  Cは,平成5年7月1日に死亡し,上告人は,Cの本件納付に係る債権を相続した。

2  本件は,上告人が被上告人らに対し,主位的に,民法650条1項所定の委任契約に基づく費用償還請求として,予備的に,同法702条1項所定の事務管理に基づく費用償還請求として,本件納付に係る相続税6953万8500円の一部である6953万円の11分の1に当たる632万0909円ずつの支払等を求める事案である。

3  原審は,主位的請求を棄却するとともに,予備的請求について,次のとおり判断して,これを棄却した。

相続税法(平成4年法律第16号による改正前のもの。以下同じ。)27条1項によれば,相続税の申告書の提出義務は,自己のために相続が開始したことを知った日に発生するところ,相続税法基本通達(昭和34年1月28日付け直資10国税庁長官通達,平成15年6月24日付け課資2―1による改正前のもの。以下同じ。)27―4によれば,意思無能力者については,後見人が選任された日から申告書の提出義務が生ずるものと解されるから,A死亡のころには意思無能力であり,後見人が選任されることもなかったBには,申告書の提出義務は発生していなかった。そして,相続税法35条2項1号は,意思無能力者には適用されないと解されるから,Aが死亡した日の翌日から6か月後の日である昭和63年3月8日の経過後に,Bの相続税の申告書が提出されないままであったとしても,税務署長が同号に基づいて税額を決定することはなかった。そうすると,本件申告は,Bの利益にかなうものであったと認めることはできず,かえってBに納税義務を生じさせるという不利益なものであったと認められるから,上告人は,本件納付について事務管理に基づく費用償還請求をすることはできない。

4  しかしながら,原審の予備的請求についての上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

相続税法27条1項は,相続又は遺贈により財産を取得した者について,納付すべき相続税額があるときに相続税の申告書の提出義務が発生することを前提として,その申告書の提出期限を「その相続の開始があったことを知った日の翌日から6月以内」と定めているものと解するのが相当である。上記の「その相続の開始があったことを知った日」とは,自己のために相続の開始があったことを知った日を意味し,意思無能力者については,法定代理人がその相続の開始のあったことを知った日がこれに当たり,相続開始の時に法定代理人がないときは後見人の選任された日がこれに当たると解すべきであるが(相続税法基本通達27―4(7)参照),意思無能力者であっても,納付すべき相続税額がある以上,法定代理人又は後見人の有無にかかわらず,申告書の提出義務は発生しているというべきであって,法定代理人又は後見人がないときは,その期限が到来しないというにすぎない。

また,相続税法35条2項1号は,同法27条1項又は2項に規定する事由に該当する場合において,当該相続の被相続人が死亡した日の翌日から6か月を経過したときは,税務署長はその申告書の提出期限前でも相続税額の決定をすることができる旨を定めている。これは,相続税の申告書の提出期限が上記のとおり相続人等の認識に基づいて定まり,税務署長がこれを知ることは容易でないにもかかわらず,上記提出期限の翌日から更正,決定等の期間制限(平成16年法律第14号による改正前の国税通則法70条)や徴収権の消滅時効(平成14年法律第79号による改正前の国税通則法72条1項)に係る期間が起算されることを考慮し,税の適正な徴収という観点から,国税通則法25条の特則として設けられたものである。このことに照らせば,相続税法35条2項1号は,申告書の提出期限とかかわりなく,被相続人が死亡した日の翌日から6か月を経過すれば税務署長は相続税額の決定をすることができる旨を定めたものと解すべきであり,同号は,意思無能力者に対しても適用されるというべきである。

そうすると,本件申告時において,Bに相続税の申告書の提出義務が発生していなかったということはできず,昭和63年3月8日の経過後においてBの相続税の申告書が提出されていなかった場合に,所轄税務署長が相続税法35条2項1号に基づいてBの税額を決定することがなかったということもできない。したがって,本件申告に基づく本件納付がBの利益にかなうものではなかったということはできず,上告人の事務管理に基づく費用償還請求を直ちに否定することはできない。

5 以上によれば,税務署長が税額を決定することがないことを前提とする原審の予備的請求に関する判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決の予備的請求に関する部分は,破棄を免れない。そこで,C自身がBの相続税納付のための費用を支出したといえるのかどうか等,事務管理に基づく費用償還請求権の成否について更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。

なお,主位的請求に関する上告については,上告人は上告受理申立て理由を記載した書面を提出しないから,これを却下することとする。

よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・滝井繁男,裁判官・津野修,裁判官・今井功,裁判官・中川了滋,裁判官・古田佑紀)

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