最高裁判所第二小法廷 平成18年(あ)1124号 判決 2009年10月19日
主文
原判決及び第1審判決を破棄する。
本件を大阪地方裁判所に差し戻す。
理由
検察官の上告趣意は,判例違反をいう点を含め,実質は事実誤認の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。
しかしながら,所論にかんがみ職権をもって調査すると,原判決は,刑訴法411条3号により破棄を免れない。その理由は,以下のとおりである。
1 本件公訴事実の要旨は,「被告人は,暴力団五代目甲野組若頭補佐兼乙原会総長であるが,第1 同会幹部兼丙村会会長補佐北川こと南田太郎と共謀の上,法定の除外事由がないのに,平成9年9月20日午前10時40分ころ,大阪市北区梅田所在のAホテル南側出入口前通路上において,口径0.38インチ回転弾倉式けん銃1丁を,これに適合する実包10発と共に携帯して所持し 第2 同会幹部兼丙村会会長補佐東山一男と共謀の上,法定の除外事由がないのに,上記日時場所において,口径0.38インチ回転弾倉式けん銃1丁を,これに適合する実包10発と共に携帯して所持した」というものである。
第1審判決は,南田太郎(以下「太郎」という。)及び東山一男(以下「一男」という。)が,被告人を警護する役目のボディーガードであって,このような太郎らが被告人を警護するために本件けん銃等を所持していることを被告人としても概括的にせよ確定的に認識しながら,それを当然のこととして受け入れて認容し,同人らもこれを承知していたと推認されるのであれば,被告人と太郎及び一男との間にけん銃等の所持に関する黙示的な意思の連絡があったものと認められるが,本件では,全証拠を総合しても,被告人において,太郎及び一男がけん銃等を携行して警護しているものと概括的にせよ確定的に認識しながら,それを受け入れて容認していたとするにはいまだ合理的な疑いが残るとして無罪を言い渡した。これに対し,検察官が事実誤認を理由に控訴したが,原判決は,被告人を無罪とした第1審判決に事実の誤認はないとして,検察官の控訴を棄却した。
その理由の要旨は,次のとおりである。すなわち,原判決は,太郎及び一男は,暴力団丁木会関係者による襲撃から被告人を警護するため,本件けん銃等を所持した上,甲野組総本部における定例の幹部会に出席するため阪神地区に向かった被告人に,その秘書役のB及び総長付きのCと共にJR浜松駅から同行し,同駅から新幹線を利用して新神戸駅に着くまでの間や,その後,同駅から甲野組総本部に向かうまでの間,被告人の身近に随行し,あるいは被告人の乗車した車を別の車に乗って追従し,Aホテル(以下「本件ホテル」という。)においては,被告人と同じ階の部屋に宿泊して,本件当日も本件ホテルロビーで逮捕されるまでの間,被告人らと行動を共にしていたことは明らかであるとした。その上で,原判決は,ア 被告人が,丁木会関係者から乙原会が攻撃を受ける可能性はさほどではなく,特段の警護をするまでのことはないと考えていたとしても不自然ではない状況にあった,イ 乙原会本部事務所付近における警戒態勢が平成9年9月1日以降特に厳重なものであったとは認められない,ウ 本件前日の同月19日のJR浜松駅から本件ホテル到着までの警護状況につき,太郎や一男の立場は被告人の警護役専門ではなく,荷物持ちとしての役割の方が大きいとみる余地が多分にある,エ 本件ホテルにおいて,被告人ら乙原会関係者の警護の程度は,同じ階に宿泊していた暴力団甲野組系戊谷会関係者の警護,警戒の状況と比べると格段に低かった,オ 本件直前,ホテルロビーにおいて,被告人は集団の中心付近ではなく,その最前列を歩いており,警察官が職務質問のために被告人に接近しても,太郎らは,これを制止するなどの行動に出た形跡がうかがわれない,カ 甲野組若頭補佐のD及びEについてけん銃等所持の共謀共同正犯が認定された同人らに係る各銃砲刀剣類所持等取締法違反被告事件と異なり,乙原会では,けん銃を所持するなどした組長の警護組織の存在がみられないなどとした。そして,原判決は,被告人が太郎らのけん銃等所持についての共同正犯としての責任を負うには,被告人において,太郎及び一男が本件けん銃等を所持していたことについて概括的にせよ確定的に認識していたことを認めるに足りる証拠が必要であるところ,前記アないしカの諸点に照らすと,関係証拠によってもそのような認識が被告人にあったことが認められるような事実は存せず,被告人において,太郎及び一男がけん銃等を携行して警護しているものと概括的にせよ確定的に認識しながら,これを受け入れて容認していたとするには合理的な疑いが残るとして,本件公訴事実の証明がないとし,被告人を無罪とした第1審判決に事実の誤認はないというものである。
2 しかしながら,検察官主張の各間接事実に関する原判決の認定評価等は,以下に述べるとおり,著しく合理性を欠き,是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)丁木会関係者からの襲撃に関する被告人の認識について
原判決は,本件当時,被告人が,丁木会関係者から乙原会が攻撃を受ける可能性はさほどではなく,特段の警護をするまでのことはないと考えていたとしても不自然ではない状況にあったとする第1審判決の判断に誤りはないという。
しかしながら,本件当時の平成9年9月20日ころは,甲野組若頭Fが丁木会傘下組員の襲撃を受けてけん銃で射殺され,これにより同組若頭補佐であったG(以下「G」という。)が絶縁処分(破門処分よりも厳しい処分であって,将来甲野組への復帰が困難となる処分である。)とされてから日も浅い上,乙原会を含む甲野組関係者による丁木会関係先への発砲事件が頻発し,本件前日の同月19日には丁木会己内組庚部組相談役がけん銃で射殺される事件まで起き,平時とは異なる状況下にあったというべきであり,被告人も,当時の新聞,雑誌等の報道により,これらの情勢を把握していたものと認められる。そして,このような状況のもとでは,丁木会からの反撃も十分に予想され,Gの絶縁処分にかかわった甲野組執行部構成員である被告人らに対して,丁木会関係者による襲撃の危険があると考えることが自然な状況にあったのであり,後記(2)で述べるとおり,現に乙原会本部事務所及び被告人の自宅の警戒も強化されていたことにもかんがみると,被告人も同様の認識を有していたものと認めるのが相当である。
原判決は,ア Gが絶縁処分に対して反発し何らかの行動を起こそうとしたとうかがわれる事情は認められず,甲野組関係者の発砲事件に対し,丁木会関係者が再報復として起こした事件は1件もない,イ 甲野組執行部は,傘下組織に対し,丁木会への報復を禁止する旨の通達や指示を出しており,被告人は,Gが組員に対し,甲野組から何をされようが耐えよと言った旨の情報を持っていたという。しかし,Gが行動を起こそうとしていたか否かは明らかでない上,当時はいまだ事件から日が浅く,情勢はなお流動的であったと解され,丁木会関係者からの再報復である事件がそれまでに発生していなかったからといって,その後も発生しないと予測されるような状況にあったとはいい難く,後記(2)で述べるように,現に乙原会本部事務所や被告人の自宅の警戒を強化している事実からすると,上記アの事実は,被告人の認識に関する前記認定を左右するものとはいえない。また,上記イの丁木会への報復を禁止する旨の通達や指示が出されていたとかGの耐えよとの指示があったとかいう点については,いずれもその真偽は定かではなく,報復に関しては,現にこれに反して,F襲撃事件から本件発生の日までに乙原会を含む甲野組関係者による19件もの発砲事件が起きている。そして,太郎らは,被告人を警護すべく,けん銃をいつでも発射できる状態で携帯所持した上,被告人に随行していたものであり,その理由は,正に被告人が丁木会関係者から襲撃を受ける危険があると考えたことにあると認められ,同じ機会に戊谷会が,丁木会関係者からの襲撃を危ぐして,配下組員がけん銃を適合実包と共に携帯所持して組長の警護に当たっていたことも併せ考慮すると,独り被告人のみが,そのような危険はなく,特段の警護をするまでのことはないと判断していたとしても不自然ではないという原判決の評価は,不合理なものというほかはない。
(2)乙原会本部事務所及び被告人の自宅の警戒強化について
原判決は,乙原会本部事務所付近における警戒態勢が平成9年9月1日以降特に厳重なものであったとは認められないとした第1審判決の判断に誤りがあるとはいえないという。
しかしながら,第1審公判で,T警察官は,少なくとも相当回数の視察を行った結果として,「乙原会本部事務所付近の駐車場や被告人方付近の宅地造成地に,複数名の乙原会関係者の乗車した車両が駐車され,警戒していた」旨の証言をしていることが明らかであり,丁木会関係者による襲撃の危険性が少なくなるなど状況に変化がない以上,同様の警戒態勢を一定期間取り続けることは自然なことであり,現に同月19日,翌20日の本件時には,被告人を警護するため太郎らはいつでもけん銃を発射できる状態で携帯所持し被告人に随行していたことに照らしても,同月4日以降は警戒態勢が敷かれていなかったというのは考え難く,乙原会本部事務所等の警戒が強化されていたとのT警察官らの証言の基本的部分の信用性を否定する理由はないものと思われる。そうすると,同月1日以降,乙原会本部事務所や被告人の自宅付近で,乙原会関係者による警戒態勢が強化されていた旨を否定する原判断は,相当ではない。
(3)JR浜松駅から本件ホテルに至るまでの被告人に対する警護について
関係証拠によれば,被告人は,甲野組総本部で開かれる幹部会に出席するため,秘書役のB,総長付きのCに加え,当時荷物持ちなどの役割を果たしていたHやIではなく,乙原会若頭補佐の太郎及び一男を同行させたものであり,しかもそれら随行者の様子を見ても,JR浜松駅及び名古屋駅で被告人らがホームや階段,エスカレーター等を通行する様子が録画されたビデオテープには,けん銃を携帯所持した太郎及び一男の両名又はうち1名が,常に被告人の身辺に随行している光景が映っており,加えて周囲を見るなど安全を確認している状況もうかがわれるとともに,被告人がエスカレーターを使用する際も随行者のうちの1人は常に非常時に動きの取りやすい階段を使用していることなども認められ,太郎,一男らによる被告人に対する厳重な警護が行われていたものと認められる。そして,一男の証言からも認められるように,同人らは被告人が丁木会関係者から襲撃された場合に被告人を守るためにけん銃等を携帯所持して同行したものであって,ひかり41号車内,あるいは甲野組総本部から本件ホテルへの移動に際しても,特段の事情のない限り,駅ホームなどと同様の,あるいはこれに準じた警護態勢が取られていたことが推認されるというべきであり,被告人もこれら眼前の警護状況を当然のことながら認識していたものと認められる。
これらに関し,原判決は,ア 新幹線駅ホーム等に設置された監視カメラによる映像は被告人らが駅構内にいた短時間の限られた場所における行動を対象にしたものにすぎず,それ以外の時刻,場所における被告人らの一連の行動は,被告人らの供述によるほかなく,また,太郎及び一男の立場は,警護役専門ではなく荷物持ちとしての役割の方が大きいとみる余地が多分にある,イ ひかり41号車内での警護状況につき,被告人が乗車したグリーン車2階席に通じる階段付近に配下組員が立つなどして監視していたとの事実を認めるに足りるものはない,ウ 被告人は,甲野組総本部を出た後,本件ホテルに到着する前に車を降り,E,Jと共に,ふぐ料理店「K」で食事を取った後に同ホテルに入ったか,少なくとも同ホテルに直行することなく,一時別の場所にいたことがうかがわれ,その間,太郎及び一男が被告人に付き従っていたことを認めるに足りる証拠はないから,被告人は,その間,太郎らの警護を受けていなかったものといえるなどという。
しかしながら,上記ア及びイについてみると,新幹線駅における監視カメラの映像における太郎らの行動は,先に述べたとおり,その動きや太郎,一男のけん銃等を携帯所持した同行の目的からして,明らかに警護態勢と認めるべきものであり,荷物持ちとしての役割が大きいという点も,そうであれば,太郎らを同行させる必要はない上,監視カメラの映像などをみても,Bらに加え,わざわざ太郎ら2名が随行するまでの荷物があったとも認められない。また,太郎らが荷物を持つ場合があったとしても,護衛としての行動に支障が生じるようなものであったとは認められない。そして,新幹線車内を含め監視カメラの映像以外の場所においても,襲撃を受ける危険性について事情が異なるとはいえない上,けん銃をいつでも発射できる状態で携帯所持して被告人の警護に当たっていた太郎らが,新幹線乗車後,あるいは監視カメラの映像以外の場所では被告人の警護をすることなく,被告人を無防備の状態に置いたとは考えられないから,駅ホームなどにおけるのと同様の警護態勢が取られていたと推認すべきである。また,上記ウについても,前記JR浜松駅や名古屋駅での警護状況に照らし,丁木会の地盤である京阪神に入ったにもかかわらず,被告人の警護に当たっていた太郎らが,被告人の飲食時は警護をしなかったとは考え難く,仮に本件ホテルに到着する前に一時別の場所に立ち寄ったとしても,特段の事情がない限りは,被告人に随行し,それまでと同様の,あるいはこれに準じた警護態勢を取っていたものと推認すべきものである上,ふぐ料理店「K」での飲食については,第1審判決が説示するように,これを認めることはできないというべきである。原判決の説示は不合理で,是認できない。
(4)被告人の本件ホテル滞在中の警護態勢について
関係証拠によれば,本件ホテル滞在中の被告人の宿泊部屋は,配下組員の部屋に囲まれ警護しやすい配置となっており,また,本件前日夕方から本件当日朝にかけて,乙原会ないし戊谷会の配下組員が宿泊客用エレベーターのホールなどに立ち,それとともに廊下を通行する人物を廊下の左右の部屋からのぞいて確認するなどしていたことが認められ,その他チェックアウト時までの乙原会関係者のホテルからの外出状況にもかんがみると,被告人の配下組員は,被告人を警護する態勢を整え,午後6時ころのチェックイン後,継続的に監視の目を光らせ,その警護に当たっていたことが明らかである。
原判決は,ア 乙原会,戊谷会関係者において,意図的に不審者を警戒しやすい巧妙な部屋割りの配置にしたとはいえない,イ 戊谷会のEとは異なり,a 被告人は長時間マッサージを受け,その間,ドアには施錠がされず,すき間が空く状態にしてあった,b 本件当日朝,被告人は朝食のルームサービスを受けたが,従業員を直接部屋内に招じ入れている,c 本件ホテルの宿泊者名簿に戊谷会関係者ではEの実名の記載がないのに比べ,乙原会関係者では被告人の実名が記載されていたことなどから,戊谷会の警護,警戒の状況に比べ乙原会関係者の警護の程度は格段に低いなどとして,宿泊時の状況からは,被告人は,配下組員が自分を厳重に警護していることを確定的に認識していたと認めるには至らないという。
しかしながら,乙原会関係者の宿泊室の1つが当初予定されていた2801号室から被告人の宿泊した2811号室に近い2814号室へ変更されたのは,Cが部屋替えを申し出たことによるものと認められ,しかも先に述べた,配下組員が宿泊客用エレベーターのホールなどに立ち,あるいはホテル従業員が業務用エレベーターを利用してバックサイドから客室部分の廊下に入って来た際も含め,廊下を通行する人物を部屋からのぞいて確認していたなどの状況に照らすと,部屋の配置も意識してなされたものとみるのが自然である。また,マッサージサービスの間施錠がしていなかったり,ルームサービスの従業員を部屋に招じ入れたりしても,上記に述べた警護状況のほか,例えば,ルームサービスの際には被告人の客室内には複数の配下組員がいたなどの状況に照らすと,十分な警護態勢が取られていたというべきであって,乙原会関係者の警護の程度が戊谷会のそれに比べ格段に低いとはいえない。さらに,宿泊者名簿に被告人の実名が記載されたことについては,それが直ちに丁木会関係者からの襲撃の危険性を増幅させるものであるのか疑問である上,いずれにしても被告人の警護態勢に関する認識等についての認定を左右するまでの事情とも解されない。また,確かに戊谷会のEとの間で警護の程度に違いはあるにしても,両会とも2名の配下組員がけん銃をいつでも発射できる状態で携帯所持して警護していたという,それ自体厳重な警護というべき態勢が基本的に変わるものではない。本件ホテル宿泊中,被告人に対する警護が継続的かつ厳重に行われていたといえるとともに,被告人も,眼前におけるこのような配下組員の警護の状況を認識していたものと解される。
(5)本件当日における本件ホテルロビーでの警護態勢について
関係証拠によれば,被告人は,本件直前に,ホテル客室からB,太郎,一男らと共に宿泊客用エレベーターに乗って1階に降りたこと,本件ホテルロビーを南側出入口に向け進むときは,けん銃をいつでも発射可能な状態で携帯所持した太郎,一男が被告人に近接した位置におり,しかも10名を超す集団で移動する状況にあったことが認められる。
原判決は,被告人はホテルロビーにおいて集団の中心付近ではなく,その最前列を歩いていたこと,警察官のUが職務質問のために被告人に接近しても,太郎及び一男はもとより戊谷会関係者においても,これに気付かず,Uの接近を阻止するなどの行動に出た形跡がうかがわれないことから,被告人に対する警護状況はさほど厳重なものではなかったなどという。
しかしながら,仮に被告人が集団の最前列を歩いていたとしても,ホテルロビーを配下組員を含む多人数で一団となって歩き,けん銃をいつでも発射可能な状態で携帯所持した配下組員2名が,一団に接近する者の有無,その状況を警戒しながら,危急の場合に防御や反撃ができる程度に被告人に近接した位置にいれば,その警護に必ずしも支障があるともいえない。また,警察官のUは,職務質問を開始するに際し,暴力団組員と間違われてけん銃で撃たれることがないように警察官であることを明示する略帽を歩きながらかぶったというのであり,警護の配下組員も,組長の生命,身体をねらう危険かつ不穏な動きでなければ,制止のための行動に出ないことは何ら不可解なことではないから,指摘の事情が被告人に対する警護状況が厳重でなかったことを示すものと評価するのは適切ではない。
(6)組長の警護組織の有無について
原判決は,甲野組若頭補佐のD及びEに係る各銃砲刀剣類所持等取締法違反被告事件においては,けん銃等を所持するなどした組長の警護組織が認められるのに対し,本件ではそのような警護組織がみられないのであって,このことは被告人の本件共謀の存否を判断する上で上記両事件と重大な違いがあるという。
しかしながら,このような専従の警護組織を作るかどうかは,当該組織の規模,従前の経緯のほか,組長や幹部の考え方といった種々の事情に左右される事柄であり,そのような専従の警護組織があれば共謀が認められやすいとはいえても,それが認められないからといって,共謀の認定を直接左右するまでの事情になるものとは考え難い。そして,現実に行われた乙原会と戊谷会の警護態勢を比較しても,随行者数はほぼ同数であり,実包を装てんしたけん銃を携帯所持していた者はいずれも2名であって,乙原会の警護態勢は戊谷会のそれと比べてさほどそん色のあるものではないということができる。原判決の評価は当たらない。
(7)そうすると,前記(1)ないし(6)に述べた検察官主張の各間接事実に関する原判決の認定評価等及び第1審判決におけるこれと同旨の認定評価等に係る部分は,是認することができない。そして,前記(1)ないし(6)で述べたところによれば,乙原会幹部である太郎と一男は,JR浜松駅から本件ホテルロビーに至るまでの間,丁木会からのけん銃による襲撃に備えてけん銃等を所持し乙原会総長である被告人の警護に当たっていたものであるところ,被告人もそのようなけん銃による襲撃の危険性を十分に認識し,これに対応するため配下の太郎,一男らを同行させて警護に当たらせていたものと認められるのであり,このような状況のもとにおいては,他に特段の事情がない限り,被告人においても,太郎,一男がけん銃を所持していることを認識した上で,それを当然のこととして受け入れて認容していたものと推認するのが相当である。けん銃等の所持の共謀が認められないとした第1審判決及びこれを是認した原判決には,重大な事実誤認の疑いがある。
3 以上によれば,本件公訴事実の証明がないとして被告人を無罪とした第1審判決及びこれに事実の誤認はないとして是認した原判決は,間接事実の認定評価等を誤り,ひいて重大な事実誤認をした疑いがあるというべきである。そして,これが判決に影響を及ぼすことは明らかであって,第1審判決及びこれを是認した原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。
よって,刑訴法411条3号により原判決及び第1審判決を破棄し,同法413条本文に従い,本件を大阪地方裁判所に差し戻すこととし,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中川了滋 裁判官 今井功 裁判官 古田佑紀 裁判官 竹内行夫)