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最高裁判所第二小法廷 平成18年(受)2084号 判決 2008年2月15日

主文

原判決中被上告人らに関する部分を破棄する。

前項の部分につき,本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人外立憲治ほかの上告受理申立て理由について

1  原審が確定した事実関係の概要は,次のとおりである。

(1)  上告人は,コール資金の貸借又はその媒介等を営む株式会社である。

被上告人Y1(以下「被上告会社」という。)は,英国法人であるA社を中心とするAグループ(以下「Aグループ」という。)に属する会社であり,Aグループが日本において情報の収集,処理,分析及び提供業務を行うために設立した会社である。

被上告人Y2は,現在,被上告会社の代表取締役であり,後記の有価証券の取引が行われた平成13年4月当時は被上告会社の取締役であった。

被上告会社の代表取締役であるBは,平成13年4月当時も被上告会社の代表取締役であった。

(2)  B及び被上告人Y2は,平成13年3月ころ,グレナダ法人であるC社(以下「C社」という。)を発行者とする証券取引法(平成16年法律第97号による改正前のもの。平成18年法律第65号により法律の題名が「金融商品取引法」と改められた。以下「法」という。)上の有価証券に当たる外国投資証券(以下「本件証券」という。)の募集のため上記会社の事業内容等に関する説明を記載した目論見書(以下「本件目論見書」という。)を,上告人に交付して,本件証券の取得をあっせんし,勧誘した。

なお,C社は,Aグループに属する会社であり,B及び被上告人Y2は,C社やAグループの意向を受けて上記あっせん,勧誘を行ったものである。

(3)  B及び被上告人Y2は,上告人からの質問に答えるなどして,C社とともに上告人に対して本件目論見書の内容について説明した。そして,上告人は,本件目論見書の記載と上記説明を基に本件証券を取得することを検討し,平成13年4月5日,C社から本件証券を30億円で取得した。

(4)  本件目論見書の記載及びその内容に関するB,被上告人Y2及びC社の説明は,投資資金の送金先,資金の運用方法,担保・保証の有無等の多くの重要な点において,実際の資金の流れ,管理,資金運用の実態などと食い違っていた。

(5)  本件証券の償還期限は平成14年4月4日であるが,原審の口頭弁論終結時である平成18年6月21日の時点でも上告人に対して全く償還がされていない。なお,C社については,平成14年7月25日,グレナダにおいて清算手続が開始されている。

2  本件は,上告人が,被上告人Y2に対しては,重要な事項について虚偽の表示があり又は重要な事実の表示が欠けている目論見書その他の表示(以下「虚偽記載のある目論見書等」という。)を使用して有価証券を取得させた者の損害賠償責任を定めた法17条に基づき,被上告会社に対しては,その代表者であるBが法17条の責任を負うとして,商法(平成17年法律第87号による改正前のもの)261条3項,78条2項,民法44条1項に基づき,本件証券の取得代金相当額30億円のうち1億円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める事案である。

3  原審は,次のとおり判断し,上告人の被上告人らに対する請求をいずれも棄却すべきものとした。

法17条の責任主体である「有価証券を取得させた者」とは,その法文の趣旨から,発行者,有価証券の募集若しくは売出しをする者,引受人若しくは証券会社等又はこれと同視できる者(以下,併せて「発行者等」という。)に限られると解すべきである。

B及び被上告人Y2は,C社やAグループの意向を受けて,上告人に本件証券を取得させるべく,情報提供のみならず,取得のあっせん,勧誘をしたことが認められるが,発行者であるC社と同視できる者であるとは認めることができず,法17条にいう「有価証券を取得させた者」には該当しないというべきである。

したがって,被上告人Y2について同条に基づく損害賠償責任を認めることはできず,被上告会社の代表者であるBに同条の責任があることを前提とする被上告会社の責任も認めることができない。

4  しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

(1)  原審は,法17条に定める損害賠償責任の責任主体になり得る者は発行者等に限定されると解しているが,同条には責任主体を発行者等に限定する文言は存しない。そして,法は,何人も有価証券の募集又は売出しのために法定の記載内容と異なる内容を記載した目論見書を使用し,又は法定の記載内容と異なる内容の表示をしてはならないと定めていること(13条5項),重要な事項について虚偽の記載があり又は重要な事実の記載が欠けている目論見書を作成した発行者の損害賠償責任については,法17条とは別に法18条2項に規定されていることなどに照らすと,法17条に定める損害賠償責任の責任主体は,虚偽記載のある目論見書等を使用して有価証券を取得させたといえる者であれば足り,発行者等に限るとすることはできない。

(2)  これを本件についてみると,前記確定事実によれば,B及び被上告人Y2は,Aグループに属する会社の代表取締役又は取締役として,上告人に対し,重要な事項について虚偽の表示がある本件目論見書を交付して本件証券の取得につきあっせん,勧誘を行い,あるいはC社とともに本件証券の内容について説明し,その結果上告人は本件証券を取得するに至ったというのであるから,法17条に定める損害賠償責任の責任主体となるというべきである。

5  以上によれば,B及び被上告人Y2は上記責任主体とならないとして被上告人らの責任を否定した原審の前記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決のうち上告人の被上告人らに対する請求を棄却した部分は破棄を免れない。そして,B及び被上告人Y2について法17条ただし書の免責事由の存否等について更に審理を尽くさせるため,上記部分につき本件を原審に差し戻すこととする。

よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 古田佑紀 裁判官 津野修 裁判官 今井功 裁判官 中川了滋)

上告代理人外立憲治ほかの上告受理申立て理由

原判決には以下のとおり、証券取引法第17条(不実の目論見書等の使用者の賠償責任)の解釈適用において、その責任主体という重要事項に関する重大な誤りがある。なお、本書面において摘示・引用する証券取引法は、本件紛争の対象となっている本件証券を上告受理申立人が取得した平成13年4月当時のものである。

第1 原判決が、証券取引法第17条により賠償責任を負う者について、「証券の発行者、募集若しくは売出しをする者、引受人又は証券会社等及びこれと同視できる者に限られる」との解釈を行うことで、同条文に記載がなく、かつその立法趣旨に反する不合理な限定を加えている点について

1 証券取引法第17条(不実の目論見書等の使用者の賠償責任)の立法趣旨

証券取引法は、その第1条に明示されているとおり「国民経済の適切な運営及び投資者の保護」をその目的としている。そして、証券取引法第17条は、当該投資者保護の重要な具体的一場面として、同法第18条乃至第21条(作成者・作成関与者の責任について規定)とともに、目論見書に虚偽記載等があった場合のその使用者の損害賠償責任について規定している。これは、目論見書が、(有価証券届出書とは異なり)投資者に直接に交付することが義務付けられた(証券取引法第15条第2項)、有価証券発行会社の事業に関する説明を記載した情報開示文書であり、投資者の投資判断に極めて重要な影響力を有するものであるため、その記載内容に虚偽があった場合に、その虚偽表示等を知らないで当該証券を取得した投資者を保護する必要性が極めて大きいからである。このような投資者保護の実効性をあげるべく、証券取引法は、民法上の不法行為責任の一般原則よりも損害賠償を請求する者にとって有利(故意過失の挙証責任等において)な独自の民事責任すなわち損害賠償請求の規定を定め、目論見書における虚偽表示等を抑止し適正な情報の開示を確保するとともに、損害を被った投資者に対して事後的な救済をすることで保護を図ることを目的としているのである。

そして、目論見書に虚偽記載等がある場合に関し、目論見書の作成者(発行会社)や作成関与者(発行会社の役員や売出人)だけでなく、さらに証券取引法第17条において「目論見書その他の表示を使用して有価証券を取得させた者」としてその使用者にも損害賠償責任を負わせているのは、たとえ虚偽記載等の作成には関わっていなかったとしても、目論見書の虚偽記載等を使用することで投資者による有価証券の取得に関与し、よって投資者に損害を発生させたと言える者については、損害への因果関係・寄与の存在を認めることができるため、投資者保護の観点から作成者及び作成関与者同様に損害賠償の負担を負わせるのが公平かつ妥当だからである。その基礎には、虚偽記載等の使用という自らの積極的な行為に起因して、投資者に生じる損害を拡大させている以上は、当然にその損害を補償する責任を負うべきとの価値判断が存する。また、投資者からすれば、虚偽記載等のある目論見書の作成者・作成関与者及び使用者のいずれも、投資者における虚偽記載等に基づく損害発生という結果を招来したという意味において、同様かつ同程度に非難されるべき立場にあるため、証券取引法は、(ⅰ)当該目論見書の作成のみに関与し、その後の取得過程には一切関わらなかった発行会社やその役員等について、それぞれ証券取引法第18条第2項、第21条第3項により責任を負わせると同時に、(ⅱ)作成には一切携わっておらず取得過程のみに関与した者について、同法第17条により責任を負わせることにより、相互補完の関係としつつ重畳的適用を可能とすることで、広く投資者保護を図っている。作成者・作成関与者及び使用者のいずれかに、経済的破綻等の何らかの事情により損害賠償責任を追及できない状況が存する場合のリスクを投資者に負わせるのは不当だからである。

さらに、証券取引法第17条は、条文の文言上において、「目論見書その他の表示を使用して有価証券を取得させた者」と規定するのみで、その他に責任主体について何らの制限や絞込みも加えていない。また、条文上の構造においても、事実上「取得させた」と認めうるだけの関与を行っている者については広く損害賠償責任が発生することを原則としたうえで、使用者として責任を負う者の範囲が不当に拡大するのを防ぐべく、但書きにおいて「表示が虚偽であり、又は欠けていることを知らず、且つ、相当な注意を用いたにもかかわらず知ることができなかったことを証明したとき」を例外事由として定め、その責任を例外的に免除する仕組みをとっている。

そして、証券取引法第17条の使用者として責任を負う者の適用範囲が可及的に広く捉えられるべきであることは、同条においては、①責任の対象が目論見書(証券取引法第2条第10項)の虚偽記載のみならずその他の虚偽の表示、例えば口頭による虚偽表示の場合や仮目論見書に虚偽表示があった場合にも認められる、②有価証券の取得が、募集・売出に応じてなされたものであるかは問わない、③取得させる有価証券を自己所有している必要はない(委託取引により取得させた場合も含まれる)、といった適用範囲を広く認める方向での解釈が争いなく認められていることからも裏付けられる。

上記のような状況を総合的に考慮すれば、証券取引法第17条の立法趣旨は、目論見書に虚偽記載等があった場合における投資者保護を、合理的範囲内において最大限に図ることにあると言える。そして、証券取引法第17条がその責任主体について「有価証券を取得させた者」とのみ規定し他に何らの制限を加えていないことを考え合わせれば、同条における「有価証券を取得させた者」とは、その文言の素直な解釈として、投資者に対し事実上「取得させた」といえる関係にある者であれば必要十分であり、責任主体の適用範囲に関しそれを超える何らかの制限を加えることは、同条が企図する広い投資者保護の目的に反する結果を招く、不適切かつ不合理な解釈と言うべきである。

にもかかわらず、下記に詳述するとおり、原判決は証券取引法第17条の責任主体を「証券の発行者、募集若しくは売出しをする者、引受人又は証券会社等及びこれと同視できる者に限られる」との解釈をしており、同条の立法趣旨を根幹から覆すこととなるため到底認められず、再検討が必須である。

2 原判決における証券取引法第17条に関する解釈の不合理性

(1)まず、原判決は、証券取引法第17条により損害賠償責任を負う主体について、「証券の発行者、募集若しくは売出しをする者、引受人又は証券会社等及びこれと同視できる者に限られる」との限定解釈を行っているが、その解釈の後半部分「これと同視できる者」が具体的にどのような者を意味するのかが全く解釈不能であり、再検討の必要性が明白である。証券取引法を含む経済法規においては、その明確性を期するべく、一般的に、重要な特定の文言についてはその定義が形式的に明示されており(証券取引法第2条参照)、類推解釈は予定されていない。例えば、証券取引法における「証券会社」というのは、「第28条の規定により内閣総理大臣の登録を受けた株式会社」と明確に定義されており(同法第2条第9項)、証券会社なら登録されていない以上はいかなる者も「証券会社と同視できる者」とは認められない。よっていかなる者についても、証券会社に該当するかそうでないかのどちらか二者択一でしか考えられず、原判決が示すような「同視できる」との解釈は不可能である。従って、原判決が用いたような「と同視できる者」という解釈は、そもそも証券取引法全体の立法趣旨からしてあり得ない。

にもかかわらず、原判決は、責任主体として「これと同視できる者」を加える特段の必要性や合理性について一切言及・説明しないままに、このような解釈不能かつ不明瞭な文言を用いて独自の誤った解釈をするものであって、理由不備の謗りを免れない。

また、原判決は「発行者」を証券取引法第17条の責任主体として挙げているが、これまで述べてきたように、目論見書に不実記載等が存する場合の発行者の責任については同法第18条が別個に規定をおき、損害賠償責任を課している。さらに、証券取引法上の「募集」をする者は通常発行者であるにもかかわらず、原判決は同一人物と考えられる「証券の発行者」と「募集をする者」を同法第17条の責任主体として並列させており、かつそれについて特段の説明もしていない。

このように、証券取引法における全体構造や仕組みをことごとく無視した原判決の解釈を容れることはできない。

(2)加えて、原判決が証券取引法第17条により損害賠償責任を負う主体を、「証券の発行者、募集若しくは売出しをする者、引受人又は証券会社等及びこれと同視できる者に限られる」とした限定解釈は、第1に既述の広く投資家保護を図ろうとする証券取引法第17条の立法趣旨、及び同条の文言上、責任主体について何ら制限が加えられていないことを考えれば、極めて不適切かつ不合理な解釈である。すなわち、原判決の解釈は、投資者保護を可及的に広く図ろうとする当該条文の立法趣旨に真っ向から反するものであるとともに、特段制限を加えるべき正当かつ合理的な理由も存在しない状況にも関わらず、条文の適用範囲を限定するものであり、受け入れられない。原判決が加えた制限は、証券取引法第15条第2項(目論見書の交付義務)の主体に関する明示列挙の内容に類似しているが、同法第17条は、第15条とは対照的に条文上その主体について何ら制限を加えていないことからも、同法の趣旨はむしろ、「取得させた」という事実上の要件に該当する者全てに責任を負わせるところにあるのであって、原判決が示したような一定の身分を有するもののみにその適用範囲を限定するべきではない。

また、原判決は、「その法文の趣旨から」という理由付けで上記制限を加えているが、当該「法文の趣旨」がいかなるものであるのか、その具体的内容については何らの説明や解釈もなく、その論理が極めて不明確であるとともに、賠償責任を負うこととされた上記列挙の者とそれ以外の者がどのような根拠に基づいて区別されているのかについても全く示されていない。

(3)さらに、原判決が証券取引法第17条により責任を負う主体に、「募集の取扱いをする者及びこれと同視できる者」を含めなかったのは、上告人の主張を排斥するための方策であったと強く推察される(原判決25頁参照)が、この解釈も極めて不合理であると言わざるを得ない。なぜなら、募集の取扱いは登録した証券会社でなければ行い得ない証券業である(同法第2条第8項第6号、第28条)にもかかわらず、原判決は、一方で「証券会社」を同法第17条の責任主体に含めておきながら、他方で「募集の取扱いをする者」については主体性を否定しており、その矛盾は明らかであるとともに、同法の統一的な解釈に著しく反する結果となるからである。また、「募集」と「募集の取扱い」の差異は、募集行為の主体が当該有価証券の発行会社であるか否かに基づくものであるが、相手方となる投資者からすれば同一の募集行為の主体が誰であるかによって、保護されるあるいは保護されないとの正反対の結論になるというのは、あまりにも不均衡かつ不合理である。このことは、投資家保護をその目的として制定された「企業内容等の開示に関する留意事項について」(企業内容等開示ガイドライン)の4-1において、有価証券の募集又は売出しに関する文書を頒布すること、株主等に対する増資説明会において口頭による説明をすること及び新聞、雑誌、立看板、テレビ、ラジオ等により有価証券の募集又は売出しに係る広告をすることは「有価証券の募集又は売出し」行為に該当する、と規定されており、少なくとも投資家との関係において「募集」に該当するか否かを判断するにあたり、発行会社であるか否かの視点は絶対的なものとはなっていないことにも合致する。

従って、証券取引法第17条の責任主体として「募集する者又はこれと同視しうる者」と並列して「募集の取扱いをする者又はこれと同視しうる者」についてもその責任主体性を認めるべきであるにもかかわらず、原判決は両者について扱いを異にする理由について何らの説明もないままに排除しているのであって、その解釈はこの点においても不合理である。

このように、原判決に類似の趣旨を述べた判例が全く存在しない現状において、仮に、原判決が示したような、目論見書の使用者として損害賠償責任を負う主体への制限が先例として確定すれば、証券取引法の最重要目的である投資者保護は著しく損なわれるとともに、証券取引法全体の統一性や精緻性、正確性をも脅かすこととなり、このような事態は同法の趣旨からして決して許されるものではなく、原判決には証券取引法第17条についての重大な解釈の誤りがある。

3 本件における訴外A及び相手方北畠の証券取引法第17条の該当性

これまで述べてきたように、本件証券に関し、訴外A及び相手方北畠が上告受理申立人に対し「有価証券を取得させた者」に該当すると言えるかの判断においては、訴外A及び相手方北畠が事実上「取得させた」と言える関係にあるか否かによってのみ決定されるべきことになる。そして、本件においては、①訴外A及び相手方北畠は、上告受理申立人に対し、本件証券の目論見書を交付した(原判決認定事実(6))、②訴外A及び相手方北畠は、上告受理申立人に対し、本件証券取得に向けた勧誘を行った(原判決認定事実(6)(7)及び(8))、③上告受理申立人は、上記②の勧誘に基づき本件証券を購入した(原判決認定事実(8))、④上記①②の行為は、アイ・シー・ピー・エル・シー社(インペリアル・グループの中心企業)との役務提供契約に基づき行われていた(原判決認定事実(2))の各事実が認められ、かつこれら訴外A及び相手方北畠の行為と上告受理申立人による本件証券取得の間における因果関係を中断するような第三者の介在等の特別の事情は、一切主張かつ立証されておらず存在しない。有価証券の取得の勧誘は、特定の有価証券についての投資者の関心を高めその取得を促進することとなる行為であると社会通念上考えられるから、その勧誘の結果、投資者が当該有価証券を取得するに至ったのであれば、何らかの特段の事情により因果関係が切断された例外的な場合を除いては、当然に「取得させた」と言える。従って、前述の各認定事実からすれば、訴外A及び相手方北畠の行為により上告受理申立人が本件証券を取得した、すなわち訴外A及び相手方北畠が上告受理申立人に本件証券を「取得させた」者であることは問題なく認められる。

そして、証券取引法第17条のその他の要件は問題なく満たすことから、本件における訴外A及び相手方北畠は、同条に基づく損害賠償責任を負う。また、相手方会社は、訴外A及び相手方北畠が負う当該証券取引法第17条の責任に基づき、商法第261条第3項、民法第44条第1項により同損害賠償責任を負う。

第2 原判決において、本件証券に係る訴外A及び相手方北畠による勧誘等の事実を認定しながらも、証券取引法第17条の賠償責任の主体に該当することを否定した不合理な適用について

第1で述べたように、原判決が証券取引法第17条の責任主体について加えた制限は同法の立法趣旨に反する不合理かつ不適切なものであり、到底受け入れられるものではないが、下記に詳述するとおり、原判決における認定事実に基づけば、本件における訴外A及び相手方北畠は、仮に原判決が制限列挙する責任主体「証券の発行者、募集もしくは売出しをする者、引受人又は証券会社等及びこれらと同視できる者」であってもこれに該当することが明らかであり、この点において原判決には重大な解釈適用の誤りがある。

(1)証券取引法第21条第3項においては、「当該有価証券を募集または売出しに応じ当該目論見書の交付を受けて取得した」ことが要件となっているが、原判決は証券取引法第21条第3項第1号に基づく訴外Aの責任を認めていることから、本件証券の発行会社であるアイ・シー・ミューチュアル社による「募集」行為が存在していたこと、すなわち本件証券の取得態様が、証券取引法上の「募集」として定義される公募(同法第2条第3項)であることには争いがない。そのうえで、原判決は、「募集」の主要要件となる「新たに発行される有価証券の取得の申込みの勧誘」にあたる、訴外A及び相手方北畠による本件証券についての「勧誘」行為があったことを認定している(原判決認定事実(6)(7)及び(8))のであるから、この両名については、そのグループ内における重要な役割やグループ幹部とのつながりの強さ(原判決認定事実(3)(4)及び(7))、アイ・シー・ミューチュアル社から委託を受けて勧誘行為に臨んでいたこと(原判決28頁18行目)、を考え合わせれば、発行会社であるアイ・シー・ミューチュアル社と同一に考えるべきであり、よって「募集をする者又はこれと同視できる者」ないしは、少なくとも第1の2(3)に既述のとおり責任主体に含めて考えるのが適切である「募集の取扱いをする者又はこれと同視できる者」に該当すると考えるのが妥当である。

にもかかわらず、原判決においては、訴外A及び相手方北畠が「募集する者」に該当しない理由・根拠について説明がないばかりか、「発行者」であるアイ・シー・ミューチュアル社と「同視できる者」であるか否かの検討にとどまり、原判決自身が列挙している責任主体の一つである「募集する者」については該当の有無が検討すらなされておらず、その理由不備が明らかであるとともに、証券取引法第21条についての判断との理由齟齬が否めず、その解釈に誤りがあることは明らかである。

(2)原判決においては、①相手方会社がインペリアル・グループに属する会社であり、かつグループの中心企業であるアイ・シー・ピー・エル・シー社との間における役務提供契約に基づき本件における各行為に及んでいたこと、またこれら行為の対価としてアイ・シー・ピー・エル・シー社よりその経費の5%分を報酬として受領していたこと(原判決認定事実(2))②訴外Aは、インペリアル・グループ内における複数の重要な役職に就いていた事(原判決認定事実(3))③上告受理申立人吉田らによる在英国のインペリアル・グループ本部の訪問を実行・先導していること(原判決認定事実(7))、がそれぞれ認定されている。これらの各認定事実からすれば、訴外A、相手方北畠及び相手方会社は、そのグループ企業の一員かつ重要営業拠点として、インペリアル・グループに属するアイ・シー・ミューチュアル社の発行に係る本件証券を、可能な限り多く投資家に売却することを唯一の目標とし実行していたのであるから、「発行者であるアイ・シー・ミューチュアル社やインペリアル・グループの意を受けて」(原判決28頁18行目)、一心同体になって活動していたと言え、訴外A、相手方北畠及び相手方会社は、「発行者及びこれと同視できる者」に該当すると考えるのが妥当である。

にもかかわらず、原判決においては、訴外A及び相手方北畠が「発行者及びこれと同視できる者」に該当しない理由・根拠について十分な説明がなされておらず、この点においても理由不備と言わざるを得ない。

(3)また、訴外A及び相手方北畠は、上記認定事実のとおり本件証券について勧誘を行っているが、他方本件証券の売買契約は上告受理申立人とアイ・シー・ミューチュアル社とを当事者としている(原判決認定事実(8))ことからすれば、訴外A及び相手方北畠の各行為は、他人間の有価証券の売買等が成立するために尽力することを意味する、売買等の「媒介」(証券取引法第2条第8項第7号)の一面を有していると考えられる。この「媒介」行為は、本来は証券会社として登録をしなければ行い得ない仲介業務である(証券取引法第28条)ことからすれば、原判決が列挙する責任主体のうち「証券会社及びこれと同視できる者」に該当すると考えるべきである。なお、相手方会社は証券業登録を行っていなかったものの、虚偽記載等を使用した責めを負うべき立場にある者が登録を行っているか否かという投資者にとってはコントロールし難い事情によって、投資者の保護が図られたり否定されたりする結論になることは極めて不合理であることからすれば、登録の有無ではなく、実際に行っていた業務態様に着目してその責任の有無を決すべきであり、この点も本解釈に影響を与えるものではない。

にもかかわらず上記(1)の場合と同様に、原判決は、訴外A及び相手方北畠が「証券会社及びこれと同視できる者」に該当しない理由・根拠について説明していないばかりか、発行者であるアイ・シー・ミューチュアル社と同視できる者であるか否かの検討にとどまり、原判決自身が列挙している責任主体の一つである「証券会社及びこれと同視できる者」については該当の有無が検討すらなされておらず、その理由不備が明らかである。

このように、本件における訴外A、相手方北畠及び相手方会社には、原判決が証券取引法第17条における責任主体として挙げる「証券の発行者、募集もしくは売出しをする者、引受人又は証券会社等及びこれらと同視できる者」のうちの複数に該当する諸事実が存在することが明らかであるにもかかわらず、原判決はこの点を十分な説明もないままに否定しており、その解釈適用において理由不備及び理由齟齬があると言わざるを得ず、再検討が必須である。

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