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最高裁判所第二小法廷 平成18年(行ヒ)295号 判決 2007年7月06日

主文

1  原判決のうち,平成12年分の所得税に係る過少申告加算税賦課決定の取消請求に関する部分を破棄する。

2  前項の部分につき,被上告人の控訴を棄却する。

3  上告人のその余の上告を棄却する。

4  控訴費用及び上告費用は,これを5分し,その2を被上告人の負担とし,その余を上告人の負担とする。

理由

上告代理人鳥飼重和ほかの上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について

1  本件は,上告人が従業員として勤務していた会社の親会社である米国法人から付与されたストックオプションを行使して得た権利行使益について,これが所得税法28条1項所定の給与所得に当たるとして被上告人が上告人に対してした平成12年分の所得税に係る課税処分等が争われている事案である。

2  原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。

(1)  上告人は,A株式会社の従業員として勤務していた者であるが,同社在勤中,同社の発行済み株式の約73%を有する米国法人のB社から,そのストックオプション制度に基づきストックオプションを付与された。そして,上告人は,これを行使し,平成12年に合計4828万5413円の権利行使益(以下「本件権利行使益」という。)を得た。

(2)  上告人は,平成13年3月13日,平成12年分の所得税について,本件権利行使益が一時所得に当たるとして確定申告(以下「本件申告」という。)をした。これに対し,被上告人は,同14年3月12日付けで,本件権利行使益が給与所得に当たるとして増額更正をするとともに,過少申告加算税賦課決定(以下「本件賦課決定」という。)をした。

(3)  我が国においては,平成7年11月の特定新規事業実施円滑化臨時措置法の改正により,特定の株式未公開会社においてストックオプション制度を導入することが可能となり,その後,平成9年5月の商法の改正により,付与の対象が自社の取締役又は使用人に限定されてはいたものの,すべての株式会社においてストックオプション制度を利用するための法整備が行われ,これらの法律の改正を受けて,ストックオプションに係る課税上の取扱いに関しても,租税特別措置法や所得税法施行令の改正が行われたが,外国法人から付与されたストックオプションに係る課税上の取扱いに関しては,現在に至るまで法令上特別の定めは置かれていない。

(4)  外国法人である親会社が日本法人である子会社の従業員等に付与したストックオプションの権利行使益については,平成10年より前は,一時所得として課税されることが多く,東京国税局直税部長らが監修する「回答事例による所得税質疑応答集」においても,平成6年版までは,一時所得として課税される旨記載されていた。

しかしながら,平成10年分の所得税の確定申告の時期以降は,上記権利行使益を給与所得とする統一的な取扱いがされるに至り,上記応答集の平成10年版においても,市場価額と行使価額との差額が給与所得として課税される旨記載されるようになった。もっとも,そのころに至っても,上記権利行使益の課税上の取扱いが所得税基本通達その他の通達において明記されることはなく,これが明記されたのは,平成14年6月24日付け課個2-5ほかによる所得税基本通達23~35共-6の改正によってであった。

3  原審は,上記事実関係等の下において,要旨次のとおり判断し,本件賦課決定のうち過少申告加算税額1万円を超える部分(以下「本件係争部分」という。)に係る取消請求を棄却すべきものとした。

上告人が本件申告において本件権利行使益を一時所得として申告をしたことにより,これが給与所得に当たるものとしては税額の計算の基礎とされていなかったことについて,国税通則法65条4項にいう「正当な理由」があると認めることはできない。

4  しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

過少申告加算税は,過少申告による納税義務違反の事実があれば,原則としてその違反者に対して課されるものであり,これによって,当初から適正に申告し納税した納税者との間の客観的不公平の実質的な是正を図るとともに,過少申告による納税義務違反の発生を防止し,適正な申告納税の実現を図り,もって納税の実を挙げようとする行政上の措置である。この趣旨に照らせば,過少申告があっても例外的に過少申告加算税が課されない場合として国税通則法65条4項が定めた「正当な理由があると認められる」場合とは,真に納税者の責めに帰することのできない客観的な事情があり,上記のような過少申告加算税の趣旨に照らしてもなお納税者に過少申告加算税を賦課することが不当又は酷になる場合をいうものと解するのが相当である(最高裁平成17年(行ヒ)第9号同18年4月20日第一小法廷判決・民集60巻4号1611頁,最高裁平成16年(行ヒ)第86号,第87号同18年4月25日第三小法廷判決・民集60巻4号1728頁参照)。

前記事実関係等によれば,課税庁は,外国法人である親会社から日本法人である子会社の従業員等に付与されたストックオプションに係る課税上の所得区分に関して,かつてはこれを一時所得として取り扱っており,課税庁の職員が監修等をした公刊物でもその旨の見解が述べられていたが,平成10年分の所得税の確定申告の時期以降,その取扱いを変更し,給与所得として統一的に取り扱うようになったものである。この所得区分に関する所得税法の解釈問題については,一時所得とする見解にも相応の論拠があり,最高裁平成16年(行ヒ)第141号同17年1月25日第三小法廷判決・民集59巻1号64頁によってこれを給与所得とする当審の判断が示されるまでは,下級審の裁判例においてその判断が分かれていたのである。このような問題について,課税庁が従来の取扱いを変更しようとする場合には,法令の改正によることが望ましく,仮に法令の改正によらないとしても,通達を発するなどして変更後の取扱いを納税者に周知させ,これが定着するよう必要な措置を講ずべきものである。ところが,前記事実関係等によれば,課税庁は,上記のとおり課税上の取扱いを変更したにもかかわらず,その変更をした時点では通達によりこれを明示することなく,平成14年6月の所得税基本通達の改正によって初めて変更後の取扱いを通達に明記したというのである。そうすると,少なくともそれまでの間は,納税者において,外国法人である親会社から日本法人である子会社の従業員等に付与されたストックオプションの権利行使益が一時所得に当たるものと解し,その見解に従って上記権利行使益を一時所得として申告したとしても,それをもって納税者の主観的な事情に基づく単なる法律解釈の誤りにすぎないものということはできない。

以上のような事情の下においては,本件申告において,上告人が本件権利行使益を一時所得として申告し,本件権利行使益が給与所得に当たるものとしては税額の計算の基礎とされていなかったことについて,真に上告人の責めに帰することのできない客観的な事情があり,過少申告加算税の趣旨に照らしてもなお上告人に過少申告加算税を賦課することは不当又は酷になるというのが相当であるから,国税通則法65条4項にいう「正当な理由」があるものというべきである。

5  そうすると,本件賦課決定のうち本件係争部分は違法であることになるから,これが適法であるとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決のうち同部分の取消請求に関する部分は破棄を免れない。そして,同部分につき本件賦課決定の取消請求を認容した第1審判決は正当であるから,同部分につき被上告人の控訴を棄却すべきである。

なお,その余の請求に関する上告については,上告受理申立て理由が上告受理の決定において排除されたので,棄却することとする。

よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 今井功 裁判官 津野修 裁判官 中川了滋 裁判官 古田佑紀)

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