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最高裁判所第二小法廷 平成19年(あ)2292号 判決 2009年9月25日

主文

原判決を破棄する。

本件を福岡高等裁判所に差し戻す。

理由

弁護人古賀康紀の上告趣意は,事実誤認の主張であり,被告人本人の上告趣意は,違憲をいう点を含め,実質は事実誤認の主張であって,いずれも刑訴法405条の上告理由に当たらない。

しかしながら,所論にかんがみ,職権をもって調査すると,原判決は,刑訴法411条1号,3号により破棄を免れない。その理由は,以下に述べるとおりである。

1  本件公訴事実及び原判決認定事実の要旨

被告人に対する公訴事実は,①B,C,D及びEらと共謀の上,平成12年10月22日,Fを殺害する目的で,同人方に引き戸のガラス等を損壊して侵入し,同人を殺害しようとしたが,傷害を負わせたにとどまり,その目的を遂げなかったという器物損壊,住居侵入,殺人未遂の事実(以下「第1の犯行」又は「本件」という。)と,②G及びHらと共謀の上,平成14年9月25日,Iを殺害しようとしたが,傷害を負わせたにとどまり,その目的を遂げなかったという殺人未遂の事実(以下「第2の犯行」という。)である。

第1の犯行につき,原判決が是認した第1審判決認定の犯罪事実の要旨は,「被告人は,指定暴力団四代目J会K組の組員であるが,同会幹部らが株主会社Lカンツリー倶楽部からゴルフ場利用を拒否されたことなどから,同倶楽部の支配人F(当時67歳)を襲撃して報復しようと企てた,同会K組組長に次ぐ地位にあったBと,その配下のC,同会K組親交者D及び同Eらと順次共謀の上,Eにおいて,平成12年10月22日午前2時10分ころ,福岡県京都郡(省略)所在のF方6畳寝室の同人所有に係るサッシ2枚引き戸のガラス1枚及び障子戸1枚を所携の金づちでたたき割るなどして損壊した上,被告人及びEにおいて,同所からF方6畳寝室内に故なく侵入し,同所において,被告人が,Fに対し,同人が死亡するかもしれないことを認識しながらあえて,所携の短刀様の刃物で,その左胸部を1回突き刺したが,同人に約1か月間の入院加療を要する心臓刺創,左肺刺傷による左血胸の傷害を負わせたにとどまり,同人を死亡させるに至らなかった」というのである。

2  訴訟の経過と本件の証拠関係の概要

(1)記録により認められる本件訴訟等の経過は,次のとおりである。

本件共犯者であるEは,本件発生後の平成13年7月本件事実で逮捕勾留された後,起訴され,同じくB,C,Dも,同月ころ以降,本件事実により起訴された。これらの起訴は,いずれも,Eにおいて単独で被害者方に侵入し同人を短刀で刺したことを前提とするものであった。Eは,捜査及び自身の第1審公判において,Eが単独で被害者方に侵入し同人を短刀で刺した旨の供述をし,Eに対する第1審判決(平成14年7月8日宣告)はこれに沿った事実認定をして同人を有罪とし,懲役12年に処した。ところが,Eは,控訴審において,単独で被害者方に侵入し同人を短刀で刺した旨の従前の供述を翻し,被害者方には被告人とEとが赴いて共に寝室内に侵入し,被告人において被害者を短刀で刺した旨の供述をするに至り,Eに対する控訴審判決(平成15年4月15日宣告)は実行者を被告人とは断定しなかったものの,おおむねこの供述に沿った事実認定をして第1審判決を破棄し,Eを懲役11年に処した(同年9月2日上告棄却)。

Eの上記新たな供述に基づいて,被告人が平成15年3月本件事実により逮捕勾留され,同年4月6日起訴されたが,被告人は,捜査公判を通じ一貫してその関与を否認した。第1審裁判所は,Eを合計3期日にわたって証人尋問し,Eは,自身の裁判確定後に行われた期日を含め,被告人との共同犯行である旨の供述(以下「E新供述」という。)を維持し,第1審裁判所は,本件及び前記第2の犯行につき,いずれも有罪と認定(ただし,後者については傷害の限度で共謀共同正犯が成立する旨認定)して,被告人を懲役15年に処した。これに対し,検察官からは前記第2の犯行につき事実誤認を,被告人からは本件及び前記第2の犯行につき事実誤認を理由としてそれぞれ控訴の申立てがされたが,原審裁判所は,検察官及び被告人双方の論旨を排斥して,各控訴を棄却した。

(2)本件証拠関係の概要は,以下のとおりである。

まず,被害者は,捜査段階において,6畳寝室内に侵入して自分を刺した犯人について一応の供述をしているが,犯人が複数であることを前提とするような供述には及んでおらず,Eが供述を翻す以前の平成13年12月に死亡した。次に,共犯者の供述をみると,本件犯行の主導者であり,Eに本件犯行を指示し,凶器として短刀を渡したB,本件犯行に際しEを乗車させてD宅と本件現場との間を往復し,犯行時は車内で待機していたC,同じく,本件犯行に際しEにスキー帽で作った目出し帽や安全靴を渡して自宅から送り出すなどしたDからは,被告人が被害者方に臨場して本件に関与したなどといった供述は,捜査公判を通じて得られていない。また,被害者方寝室内や庭に残された足跡こんには,犯人が複数人であると確定できるようなものは存在しない。結局,被告人と本件とを結びつける証拠としては,被告人と共に現場に侵入し被告人において被害者を刺したとするE新供述があるだけであり,それ以外には,本件の犯人が単独であるか複数であるかについても,これを確定するに足りる客観的証拠や供述は存在しない。

3  原判決の理由と検討

(1)原判決は,E新供述に信用性を認め,これを根拠として本件公訴事実につき被告人を有罪としたものであるところ,その新供述の概要は,以下のとおりである。

すなわち,「Eは,平成12年10月21日午後8時ころ,Bから呼び出され被害者襲撃の指示を受けたが,その際,被告人もその場に居合わせ,けん銃で殺害した方がよいなどと発言した。しかし,Bがこれに反対し,道具は準備すると述べて,Eに対し,今日決行するので待機するように命じた。その後,Eはマンション自室に戻っていたところ,被告人がやって来て,被害者方へ案内するよう命じたため,被告人の運転で被害者方(マンション自室から約36㎞離れた場所にある)の下見に行った。Eは,下見に行く車の中で,被告人から,襲撃に2回も失敗しているから被告人が襲撃を見届ける,そのことは一切黙っておくようにと言われた。犯行時の被告人との合流方法は被害者方の門を入ったところで待つ旨を打ち合わせた。被害者方には,午後10時過ぎくらいに到着し,下見を終え,マンション自室に戻ったのは午後11時半過ぎだった。被告人から,口止めの見返りとして,捕まった後は,ちゃんと面倒を見るという話があった。下見からマンション自室に戻った後,Eは,Bに呼び出され,短刀を渡され,被害者襲撃を指示された。そして,D運転の車でD宅に行き,Cと合流し,安全靴を履き,かぶるものとして青色スキー帽を目出し帽にしたものを用意し,同人が運転する車で被害者方に赴いた。被害者方の敷地内に入ると,黒色上下の服でストッキングをかぶった被告人がいた。Eが,所携の金づちで被害者方6畳寝室の窓ガラスを割って先に室内に侵入し,被告人が続いて侵入した。室内はテレビがついていて明るかった。被害者は1人で布団に寝ていたが,Eが,寝ている被害者の左足付近(部屋の左前方奥)に行き,短刀を用いて布団の上から,被害者を数回つついた。被害者の頭の右横にいた被告人からせかすような声が聞こえ,さらに,手で,短刀を渡せというようなゼスチャーがあり,Eは被告人から短刀を取り上げられた。それと同時に被害者が起き上がった。中腰か膝立ちの状態となった被害者の正面若干左側に被告人がおり,被害者が倒れたのを見て,被告人が被害者を刺したと思った。被告人は,入ってきた窓から出て行ったので,Eもすぐに同じように窓から出た。被告人が出て行くときには,短刀は部屋にはなかったことから,被告人が持って出たと思った。車までいったん戻ってから,短刀はBから持ち帰るように命じられており,被告人が持っていた短刀を捨てているかもしれないと思って取りに戻り,被害者方の庭で見つけて拾って車に戻った。」というものである。

(2)次に,原判決がE新供述を信用できるとした理由の概要は,以下のとおりである。

ア  E新供述は,被告人と共に被害者方に下見に行った際の状況,被害者方門内で被告人と会った状況,犯行状況,上記下見に行く車の中で被告人がEに対し「カブ大根(被告人が付けたBのあだ名)が2回も失敗しちょるけ,おれが見届けないかんごとなるやろうが」と言ったと供述する点など,非常に具体的で迫真性がある。

イ  本件は,Bや被告人が所属するK組やその上部組織であるJ会が絡んだ組織的犯行と推認されるところ,被告人がEの兄貴分に当たり,Eが被害者の襲撃を2度失敗していることからすれば,被告人がEの襲撃を見届けるために現場に行ったとの供述は十分合理的である。

ウ  Eが,新供述をするようになった理由は,犯行が発覚して服役等の事態に至れば被告人がEやその家族の面倒を見ると言っていたのに,E自身の第1審公判における求刑後は面会にも来なくなったため,EがJ会の会長あてに窮状を訴える手紙を出したところ,被告人が面会に来て改めて面倒を見るなどと言ったものの,被告人は,その後前言を翻して金銭的援助を断ったため,被告人が実行犯である旨真相を暴露するようになったというものである。Eが会長あてにそのような手紙を出したことは関係証拠上明白であり,本件が暴力団の組織的犯行であるとすれば,被告人がEの兄貴分であることを考慮しても,それだけでは被告人が直接Eの面倒を見る根拠としては不自然であり,被告人が被害者を刺した犯人であることを隠す代償として被告人が約束したと考えて初めて納得できる。

エ  Eのした供述内容は,後々J会関係者から報復を受ける危険性があり,自己の責任軽減のためとはいえ,真実に反してまで被告人を巻き込む供述をするとは考え難い。

(3)原判決の説示する理由について検討すると,確かに,E新供述のうち,下見に行った際の被告人の発言のくだりなどは経験していなければ容易に供述し難いもののように思われ,また,供述を変遷させた理由についても,具体的で,J会会長あての手紙など経過の一部分に沿う証拠もあるほか,暴力団の組織的犯行と解される本件において,いわゆる親子の杯を交わした被告人に実行犯の罪をなすり付けて同人を陥れる供述をすることが,報復という意味において,格段に危険な立場に身を置くことになることも明らかであることからすると,E新供述の信用性はこれを肯認できるようにも考えられる。

しかしながら,本件のように,供述者が犯行に関与していることは明らかであるものの,複数犯か単独犯か,また,同人の関与の程度がどのようなものか客観的に明確となっていない場合において,取り分け,新たな供述が同人に対する第1審判決後控訴審段階に至ってからされ始めたというような経過があるときには,供述者が自己の刑責を軽くしようと他の者を共犯者として引き入れ,その者に犯行の主たる役割を押し付けるためにそのような供述に及んでいるおそれも否定できないから,その供述内容の信用性を慎重に検討する必要があるところ,以下に述べるとおり,E新供述にはその信用性を疑わせる疑問点が少なからず存在する。

第1に,先にも述べたとおり,複数犯であったことに関し,E新供述を除いては,被害者や共犯者の供述あるいは現場に残された客観的証拠による裏付けを全く欠いているばかりではなく,E新供述は,それら証拠と整合しない部分も存在する。まず,6畳寝室内や庭の足跡こんについては,Eの履いていた安全靴の靴底模様と同形状あるいは類似すると認められたものはあるが,E以外の足跡こんと特定されたものはない。次に,共犯者として本件につき有罪判決を受けたB,C,Dは,いずれも被告人はもとより複数の犯人が被害者方に臨場して本件に関与したなどとは全く供述していない。特に,被害者方まで車でEを送り,犯行中は自動車で被害者方の門の先で待機してEが戻ってくるのを待ち受けていたCは,被害者方からE以外の者が出てきたのであれば,それに気が付いてもおかしくないのに,そのような供述を一切していない。Bらは被告人と同じ暴力団に所属していたなどの関係にあることから,同人らの供述はしばらくおくとしても,被害者も本件犯人が複数であることを前提とするような供述に及んでいない。被害者方6畳寝室内に2人の者が入っていれば,寝室内の光源がテレビからのものだけであるとはいえ,室内の広さからいってこれに気が付くのが通常であろうと思われ,特に,被害者が被害を受けた後身体を反転させて寝室から犯人が出入りした引き戸とは反対の側にある廊下へと逃れ出る際に,E新供述がいうように直前までEが寝ていた被害者の布団の左側にいたのであれば,容易にこれに気が付くものと思われるのに,その旨の供述はない。確かに,被害者を刺した犯人がストッキングをかぶっていたとの被害者の警察官調書における供述に信用性が認められれば,Eは共犯者の供述などから青色ニット製のスキー帽を加工して作った目出し帽をかぶっていたと認められることから,犯行現場にE以外の犯人がいた蓋然性が高く,E新供述を裏付けるようにも解される。しかし,被害者は,検察官調書(1審甲28)において,この点に関し,「犯人は,頭から首まですっぽりかぶるようなかぶり物をしていた,私は,そのかぶり物がストッキングであると感じたが,はっきりストッキングをかぶっていたと言えるわけではない」と供述し,犯人がストッキングをかぶっていたとしていた当初の供述を後退させている。このような供述の後退に加え,至近距離で相対したとはいえ,テレビからの光だけであり,しかも当夜被害者は通常より多く飲酒して就寝し,人の気配を感じるなどして目を覚まし驚いて立ち上がった直後に刺されたなどの状況を踏まえると,当初の供述についても,実際には加工された青色ニット製スキー帽のかぶり物を見たものの,これをストッキングのかぶり物と思い込むなどして供述した可能性を否定できず,両者の見え方の違いなども必ずしも明らかとなっていない本件においては,被害者のこの点に関する供述をもって直ちに犯人が複数いたことの根拠とすることはできない。

第2に,Eは,当初から被告人との共同犯行を供述していたものではなく,自身の控訴審に至ってからそのような供述を始めたものであるところ,それまでにもさして被告人から金銭的援助を受けていたともうかがわれないのに,なにゆえ控訴審に至るまで真相を述べなかったのか,また,本件はJ会幹部らがゴルフ場利用を拒否されたことに対する報復として,同会K組組長に次ぐ地位にあったBの主導で行われた犯行であることは明白であるところ,Eは逮捕された当初からBの指示を受けてC及びDと共に本件犯行を行ったことを捜査当局に対し供述しているのであって,なにゆえにBよりもK組において低い地位にある被告人の関与のみを捜査当局に秘匿しなければならなかったのか疑問が残るといわざるを得ない。

第3に,新供述の内容にも,多くの了解し難い疑問点が残る。すなわち,Bから本件実行に備えて待機を命じられていたはずのEがなにゆえその指示に反して被告人を下見のため約36㎞離れた場所にあり往復に相当の時間を要する被害者方へ案内したのか,あるいは,被告人がなにゆえわざわざ犯行現場の下見をしてまでEやCとは別に現場に行かなければならないのか(被告人は被害者方の所在場所を知らなかったのであるから,単独で被害者方へ行こうとすればあらかじめ下見をしておくことが必要となる。),なにゆえ被告人の関与がCら共犯者にさえ秘匿されなければならないのかなど,直ちには了解し難い点が多々ある。取り分け,Eが犯行直後に被害者方に短刀を取りに戻った理由について,Eは,Bから短刀は持ち帰るように命じられており,被告人が現場に短刀を捨てているかもしれないと思ったからというが,被告人とEは犯行後直ちに現場を立ち去り,Eは被告人からは短刀を捨てたか否かさえ聞いていないというのであるから,Eのいうような理由で短刀を探しに被害者方に引き返すというのは誠に不可解である。

E新供述についての以上のような多くの疑問点について,それぞれ一応の説明を加えることも不可能ではないが,いずれも,E新供述が信用できることを前提とするものであるか,そのような説明も可能であるとの域を出るものではなく,合理的疑いを容れる余地が残り,公訴事実の認定を根拠付ける証拠としての信用性には疑問があるといわざるを得ない。

4  結論

以上に説示したとおり,被告人と本件とを結びつける唯一の証拠であるE新供述については,その証拠価値に疑問があり,原審がその説示するような理由で,E新供述の信用性を認めて本件につき被告人を有罪とした判断は,これを是認することはできない。そうすると,原判決には,いまだ審理を尽くさず,証拠の価値判断を誤り,ひいては重大な事実誤認をした疑いが顕著であり,これが判決に影響を及ぼすことは明らかであり,原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。なお,本件犯行は,第2の犯行と併合罪の関係にあるとして有罪の判断がされ,判決がされたものであるから,上記違法は,原判決の全部に影響を及ぼすものである。

よって,刑訴法411条1号,3号により原判決を破棄し,同法413条本文に従い,更に審理を尽くさせるため,本件を原審である福岡高等裁判所に差し戻すこととし,裁判官古田佑紀の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官今井功の補足意見がある。

裁判官今井功の補足意見は,次のとおりである。

私は,本件犯行につき,被告人を有罪とした原判決には事実誤認の疑いが顕著であるとする多数意見に同調するものであるが,古田裁判官の反対意見にかんがみ,その理由について補足して意見を述べておきたい。

1  上告審における事実誤認の主張に関する審査は,上告審が法律審であることを原則としていることにかんがみ,原判決の認定が論理則,経験則等に照らして不合理といえるかどうかの観点から行うべきであるが,有罪判決をするためには,合理的な疑いを超える証明がされることを必要とするという刑事裁判の大原則(「疑わしきは被告人の利益に」という原則)は,上告審においても妥当するのであって,原判決のした有罪の事実認定に上記の観点から検討を行った結果,合理的な疑いが残るのであれば,原判決には事実誤認があるというべきである。そして,それが判決に影響を及ぼすべき重大なものであり,原判決を破棄しなければ著しく正義に反するときには,原判決を破棄することは最高裁判所の責務である。

多数意見は,このような見解の下に,被告人が本件犯行について有罪とされた唯一の証拠であるE新供述については,多くの疑問点があって,これによって被告人に対し有罪の判断をするに足りる合理的な疑いを超える証明があったとはいえないとしたものである。

2  本件においては,何者かが被害者方に侵入して被害者を短刀で刺して傷害を負わせたことは証拠上明白であり,また,Eが被害者方に侵入したことについては多くの証拠があり,否定のしようのない事実である。しかし,被告人がEと共に被害者方に侵入したことについては,E新供述以外には全く証拠がないことに留意しなければならない。被告人は,E新供述を唯一の証拠として有罪とされているのである。これに加えて,E新供述がされるに至った経過についても留意する必要がある。すなわち,Eは,本件発生の約9か月後に逮捕されたのであるが,逮捕当初から,被害者方に侵入し,被害者を短刀で刺したのは,自分1人であると供述し,自らの第1審公判においてもこの供述を維持し,有罪判決を受けて控訴し,控訴審に至って初めて被告人と2人で被害者を襲撃したとの新供述をするに至ったという特異な経過をたどっている。このことからしても,E新供述の信用性については,特に慎重な検討が必要となることはいうをまたない。

3  まず,被害者を襲撃した犯人が複数であるとの客観的な証拠は全く存在しないことを指摘しなければならない。また,被害者も,犯人が2人であるとは供述しておらず,犯人が1人であることを前提に供述していることが明らかである。反対意見は,この点について,被害者が犯人が2人であったことに気が付かなかったことは有り得るとする。もちろん,気が付かなかった可能性が皆無であるとはいえないであろうが,犯行が行われたのは狭い6畳間であるから,犯人が複数であるとすれば,そのことに気が付く可能性の方がかなり大きいというのが素直な見方である。反対意見は,被害者が犯人のかぶっていた青色スキー帽をストッキングと誤認する可能性は少ないというが,それに比べれば,複数犯を単独犯と誤認する可能性の方が少ないことは明らかである。

次に,Eが当初の供述を変更して新供述をするに至る理由についても多数意見の述べるような疑問がある。反対意見は,Eが新供述をするに至った理由について,単に被告人の関与についての口止めの代償として被告人が金銭的援助をしてくれなかったことを理由としているのではなく,EとしてはK組から相応の報酬を受けることが当然であると思っていたところ,これがかなえられないことに不満があり,自分のために働いてくれると考えていた被告人が期待していたような対応をしてくれなかったことが理由であると認められるとするが,E自身もそのようなことは明確には述べていない。原判決は,被告人がEの面倒を見ると約束したのは,E新供述のように,被告人が被害者を刺した犯人であることを隠す代償として被告人がEの面倒を見ることを約束したと考えて初めて納得できると述べている。

また,反対意見は,Eが,Bや,C,Dの関与を当初から供述しているのに,被告人の関与のみを秘匿していたことについて,被告人の関与が再度の失敗を恐れた予定外のもので,幹部クラスである被告人に累を及ぼさないようにして組織防衛を図る必要があり,また,Eの立場においても,被告人からその関与を口止めされたばかりでなく,襲撃役という重要な役割を割り当てられたにもかかわらず,被告人が介入し,実際の攻撃が被告人によって行われたということは自分の体面や評価を損なうものであって,Bを始め他の者にできるだけ知られたくない事実であるから,秘匿することに不思議はないという。確かにEの立場に関する限りそのような可能性もないわけではないが,本件がJ会幹部らがゴルフ場利用を拒否されたことに対する報復として行われた同会の下部組織であるK組を含む同会関係者による組織的犯行であることは,当初から明らかであり,K組においては,被告人の方がBより地位が低いのであるから,Bのことを供述しながら,幹部に影響が及ぶことを恐れて被告人の関与のみを秘匿するのは不可解というほかない。

その他,EがBから今日犯行を決行するので待機するように命じられていたにもかかわらず,被告人と2人で,マンション自室から約36㎞離れた場所にあり,往復に相当の時間を要する被害者方までわざわざ犯行の下見のために往復したという供述についても,被害者方の所在を知らなかった被告人がEとは別に被害者方に行くには下見が必要であったことから,事実に反してそのような供述をしたのではないかという疑いを禁じ得ない。また,Eが犯行後短刀を探しに被害者方庭に戻ったという供述についても,単独犯であるとの供述をしていたときには,逃げ出すときに庭石で胸を打ったためその時に持っていた短刀を落としたのではないかと気づき,探しに戻ったと供述していたのであり,この供述の方がよほど自然であり,反対意見のいうように,Eは,被告人が庭に被告人が持っていた短刀を捨てていったのではないかと考えて探しに戻ったというのは,不自然な説明である。さらに,それまでは,被害者の襲撃に関与しておらず,本件犯行においても見届役であるはずの被告人がなにゆえ急きょEから短刀を取り上げて自ら被害者を突き刺したのかについても疑問が残る。このようにE新供述には不可解な点が多々存在するのであって,これらについて一応の説明をすることも不可能ではないが,合理的な疑いを払しょくすることは,到底できないといわざるを得ないのである。

4  以上のように,本件が複数犯であるとする客観的な証拠が全く存在しないこと,Eが当初の単独犯との供述を翻して複数犯であるとの新供述をするに至った理由に大きな疑問があること,E新供述の内容自体にも了解し難い不可解な点があることを考慮すると,E新供述の信用性を認め,これを唯一の根拠として,被告人を有罪とした原判決には,重大な事実誤認の疑いがあり,これを破棄しなければ著しく正義に反すると考えるものである。

裁判官古田佑紀の反対意見は,次のとおりである。

本件においては,実行者が複数であることをうかがわせる客観的な形跡はなく,被告人が実行者の1人と認められるかどうかについては,E新供述の信用性いかんによるところ,Eが自己の控訴審において初めて被告人の関与を述べるに至ったことも考慮すれば,その信用性については慎重な吟味を要するということは多数意見の指摘するとおりである。

しかしながら,刑訴法は,事実認定を直接に証拠調べを行った裁判所の自由な心証にゆだねることとし,かつ,事実認定を原則として第1審にゆだね,同じく事実審といっても控訴審を事後審と位置付けているものであって,その趣旨は,自らが直接に証拠調べを行って得た心証が通常最も的確であるという経験則に基づき,第1審の心証を最大限尊重することにある。取り分け,供述態度等も含めて判断することが必要な証人の供述の信用性については,自らこれを取り調べていない裁判所がその取調べを行った裁判所の判断に介入することには,十分に慎重でなければならない。

その理は,法律審である上告審においては,一層明らかであり,証人の供述が重要な客観的事実に合致せず,あるいは重大な矛盾をはらむものであって,そのことに合理的な理由が認められないなど,その信用性を認めることが経験則に反し,自由心証主義の限界を逸脱する,少なくともその重大な疑いがあると認められる場合でなければ,事実審の判断に介入すべきではない。

なお,証人の供述の信用性については,その供述が他の関係証拠,これから認められる事実や状況に合致するものかどうか,あるいはこれらの事実や状況の意味等をよく理解させるものかどうかなどの観点から検討して判断すべきものである。

以上の観点から見た場合,多数意見が疑問点としてあげる諸点は,関係証拠に照らして明らかに不自然というべきものはなく,合理的な理解が十分に可能なものであり,むしろ状況によく合致していると見られるものも少なくない。そして,虚偽の供述をして被告人に実行犯の罪をなすり付けることは,多数意見も指摘するとおり,極めて危険な行為であって,被告人やK組関係者等が報復に出ることはないといえるような事情も認められず,Eがそのような危険を冒してまで被告人に罪をなすり付ける動機も見当たらないことからすれば,その供述は基本的に信用でき,多数意見が挙げる諸点が,これらを総合して考慮しても,その信用性を揺るがせるようなものとはいえず,原審判断には経験則に違反するような不合理は認められないというべきである。

以下,おおむね原審判断と重複するが,詳述することとする。

1  本件は,多数意見も指摘するとおり,ゴルフ場における暴力団排除の動きに対するJ会の報復の一環としてその傘下のK組により行われた事案と推認されるところ,K組内において,少なくともその幹部の間では犯行が了解されていたものの,B組の旗揚げをもくろんでいたBが功績を挙げるために犯行を取り仕切り,その指揮下で,Bと関係が密接なEとD及びCが,それぞれ襲撃役,その補助者として敢行されたものと認められる。本件犯行当時は,Eが過去2回襲撃に失敗するという失態が続き,上部団体であるJ会との関係においても,K組の信用が失墜するおそれがあった上,警察の警備が更に厳重になる懸念や補助役の1人であったCが覚せい剤の使用により逮捕されるおそれがあったことなどから,関係者において再び失敗は許されないという強い切迫感の下に本件犯行が実行されたものと認められる。

このような状況からすれば,被告人が本件の実行に関与することとなった場合,それは本来予定外のことであり,再び失敗が許されない状況にあることから,Bの独自の仕事であるとされていたにもかかわらず,急きょ介入することとなったものと考えられる。

以上の状況を前提に多数意見が挙げる諸点について検討する。

2  多数意見は,複数犯であれば,多かれ少なかれ,被害者や共犯者の供述,客観的証拠から裏付けが得られてしかるべきところ,これらを全く欠いているばかりでなく,E新供述が証拠と整合しない部分があるとし,

①遺留足跡には一部Eの足跡と類似するものはあるが,これと異なる足跡は特定されない。

②B,C,Dは,被告人の関与はもとより,実行犯が複数であることを一切供述していない。

③被害者方にEを自動車で送り,戻ってくるのを待っていたCは,E以外の者が被害者方から出てきた旨の供述をしていない。

④犯行場所は6畳間であり,攻撃された後の逃げ方からして,Eが布団左側にいたとすれば,被害者はその存在に気が付くと思われるのに,そのような供述はない。

⑤被害者は犯人がストッキングで覆面していたと述べてはいたものの,検察官に対する供述では,「ストッキングだと感じたが,はっきりそうだと言えるわけではない」旨,供述を後退させており,テレビの光だけの状態で,目を覚ました直後の驚がくした状態での認識であることなどを考慮すれば,Eがかぶっていた青色スキー帽を誤認した可能性が否定できない。という点を挙げる。

これらの諸点のうち,①,④及び⑤は犯行現場における状況に関するものであるので,まず,これらの点について検討する。

①については,E新供述が積極的に裏付けられないというにとどまり,その信用性を慎重に吟味すべき理由とはなるが,これを直ちに疑わせる事情とはならないことは明らかである。

④については,確かに6畳間は狭い空間である。しかし,被害者は,攻撃を受けた後,犯人の姿や動き,更には逃走の気配などを全く認識していないところ,左胸を石で殴られたような衝撃を感じたというのであるから,反射的に左胸をかばって前にかがむような姿勢になるのが自然であって,そのままの姿勢で逃げ出したものと考えて不合理はない。また,Eも被害者が逃げて行く状況については供述しておらず,被害者が逃げ出したときは,Eは既に逃走のため侵入した窓際の方に移動しており,被害者と向かい合い,又はすれ違うような状況ではなかったと推認することが合理的である。

そうすると,テレビの光があるのみで,テレビはEの位置と反対側の壁の前に廊下側出入口に向けた形でやや斜めに置かれていることも考慮すれば,被害者が攻撃を受け,強度のパニック状態に陥って逃げるのに夢中であったことは明らかであり,また,他に人がいるとは思っていないのであるから,Eに気が付かなかったことは有り得る。

なお,E新供述によれば,被害者は,Eに背中を向けて布団を背負ったような状態で起き上がったこととなるが,この供述は,被害者がテレビを見ながら寝てしまったと推認できること及び仰向けに寝た姿勢を保ったまま上体を起こすことは困難であることからして,被害者はテレビの方に体を向けながら起き上がったと考えるのが自然であることとよく合致している。さらに,Eは,被害者は攻撃を受けた後,前に倒れたというところ,上記のとおり,被害者は前にかがみ込むような姿勢になったと考えられることと符号する。

⑤については,被害者は当初から犯人はベージュ色のストッキングで覆面をしていたと述べており,他の点については変遷があるが,この点については一貫している。検察官調書においては,確かに,「はっきりストッキングをかぶっていたと言えるわけではない」としているが,それは,自分としてはストッキングをかぶっていたと思っているが,断言できるかといわれれば,わずかの時間見ただけであり,意識的に確かめたわけでもないので,断言はできないという趣旨と解される。すなわち,被害者は,自分の記憶としてはあくまで犯人はストッキングをかぶっていたと述べているものであり,この記載をもって被害者が供述を後退させたと見るのは相当でない。

Eがかぶっていたと認められる青色スキー帽を誤ってストッキングと認識した可能性については,多数意見が指摘するとおり,スキー帽の実際の色合いや材質,これを着装したときの見え方等は不明ではあるものの,少なくとも青系統の色をベージュと誤認する可能性は低いと思われ,また,テレビと犯人の距離は1m程度で,色や質感を識別するには十分な明るさであったと考えられること,テレビの光で見た場合,光が当たる側と陰になる側のコントラストが激しく,光が当たる側は強い印象が残ること,犯人の存在に気がついた際の認識で強い印象が残るものであることからすれば,誤認の可能性は極めて低いものと考えられる。

被害者を攻撃した犯人はストッキングで覆面をしていたと認めることが相当であり,少なくともその可能性が高いというべきである。

次にその余の点について検討する。

②については,上記のとおり,本件は元々B組の旗揚げのため,Bの仕事とされていたこと及びEは襲撃役という重要な役割を与えられていたものであることを考慮する必要がある。

このような場合,被告人が同じK組の幹部としてその動きを知っていても,元々その実行グループに含まれていないにもかかわらず,Bにとって独立して組を立ち上げる上で重要な仕事に安易に介入することは,同人の功績に傷を付けることとなることもあり,通常考えられないところ,E新供述によれば,被告人は「おれもいろいろ言われよるから」,「カブ大根が2回も失敗しちょるけ,おれが見届けないかんごとなるやろうが」と述べていたというのである。この供述は,被告人が何者かの意向によりやむをえず介入することとなったことを示すものであり,再度の失敗を強く恐れていた当時の状況からして,介入をすることとなった理由として極めて自然なものである。また,被告人がK組の幹部であること,幾分疎遠となっていたようではあるが被告人とEとは親子の杯を交わした間柄であることからして,目的を確実に実現するために何者かが介入するとすれば,被告人がふさわしい立場にあったということができる。

そして,被告人の関与が再度の失敗を恐れた予定外のものであった場合,幹部クラスである被告人に累が及ばないようにして組織防衛(被告人の関与が明らかになれば,Bの独自の行動であるとすることが困難になって,背後関係が厳しく追及されることは必至である。)や被告人の利益を図るばかりではなく,Bの功績に傷が付かないようにするには,末端のCやDには知らせないのがむしろ当然であるし,Bも知らないまま行われたとしても,不自然ではない。仮にBは被告人の関与を知っていたとしても,Bは,本件がK組の組織的犯行ではなく,あくまで自己の旗揚げのための独自の行動であるとしているのであるから,被告人の関与を述べないのは当然である。

また,Eの立場においても,被告人から口止めされたことばかりでなく,襲撃役という重要な役割を割り当てられたにもかかわらず,被告人が見届けると称して介入し,更には実際の攻撃が被告人によって行われたということは,自分の体面や評価を大きく損なうものであり,Bも含め他の者にできるだけ知られたくない事実ということができる。このことは,J会会長あての手紙等において自分が組のために大きな仕事をしたと主張していることからも推認できる。Eは被告人の介入を歓迎していなかった趣旨の供述をしているが,自然なものである。

なお,本件がK組の組織的犯行であると認められるというのは,ゴルフ場の暴力団排除の動きを契機として周辺各地でゴルフ場に対する嫌がらせの事件が複数発生している状況等から,Bらの供述にかかわらず事件の性質がそのようなものであると推認できるということであり,被告人を含めた特定の者の具体的な関与が直ちに推認されるというものではない。

③については,Eは旧供述においても,いったん車両近くまで戻った後,短刀を探しに戻ったとしているにもかかわらず,Cがそのことを全く供述していないこと,門のあたりは街灯もなく,暗かったと思われる上,被告人は門を出てC車両と反対の右手に逃走した可能性があり(Eの供述によれば被告人が自己の車両に戻るには右手に行くことになる。),道が門の近くから右に曲がっていること,C車両は門から20mほど離れた位置に止まっていたこと,Cは警察の巡回も警戒していたこと,深夜とはいえ,被告人もできるだけ目立たないように行動していたと思われることなどからすれば,Cが被告人に気が付かないことも十分有り得ることであって,不自然とはいえない。

3  次に多数意見は,Eが被告人の関与を供述するに至った理由や供述内容に以下のような了解し難い疑問があるとする。

①Eは被告人からそれ程の金銭的援助を受けていたわけではないのに,被告人が口止めの代償として約束していた金銭的援助を実行しないことを理由に控訴審に至って被告人の関与を供述したというのは不自然である。また,Bのことは供述しながら,Bより地位の低い被告人のことを秘匿する理由には疑問が残る。

②本件の前夜,Bから待機を命じられていたのに,指示に反して被告人と下見に行くのは疑問である。

③被告人がなにゆえEらと別に被害者方に行かなければならないか。また,被告人の関与がなにゆえCら共犯者にも秘匿されなければならないか。

④Eにおいて,被告人が現場に短刀を捨てていったかもしれないということだけで,具体的に捨てていったと考える契機もないのに,探しに戻ったというのは誠に不可解である。

しかしながら,①については,確かに,口止めの代償として約束した金銭的援助を被告人がしてくれないのが理由である趣旨を述べている部分もあるが,E新供述を全体としてみると,単に被告人の関与についての口止めの代償として被告人が独自に金銭的援助をしてくれなかったことを理由としているのではなく,EとしてはK組から相応の報酬を受けることが当然であると思っていたところ,これがかなえられないことに不満があり,自分のために動いてくれると考えていた被告人が期待していたような対応をしてくれなかったことが理由であるとするものと認められる。Eとしては,被告人の関与を言わないでいれば被告人が自分の要求にこたえる取り計らいをしてくれるものと強く期待することは極めて自然である。Bについては,携帯電話の発信記録などからその関与を否定することは困難であり,Bが逮捕されれば,当時,Eにとっては頼りにできる者は被告人のみであったと認められる。被告人の地位はBより低かったとは認められるが,いずれも幹部クラスの地位にあってその地位に顕著な差があったとはいえない。これらの事情からすれば,EがBのことは述べながら被告人の関与を述べないでいたことに不自然さはない。また,Eは,被告人が胸を刺したために殺人未遂事件として処罰されることとなり,かつ予想より刑が重かったとして不満を抱いていることがうかがわれる。Eの被告人に対する執ようともいえる金銭等の要求は,これらの点を前提とすればよく理解できる。そうすると,Eにおいて,被告人をもはやあてにすることはできないと考えた時に至って,真相を明らかにする気になることには,なんら不合理な点はない。

②については,Bは,実行は深夜1時か2時ころのつもりであったと述べており,Eらも,同様に考えていて,前夜は常時待機していなければならないとは必ずしも思っていなかったことは,実際に襲撃時刻が午前2時ころであったことに加え,Dがパチンコ屋で遊技に興じ,度重なるBからの電話にもかかわらず,午後11時ころまで遊んでいたことからもうかがえる。そうすると,犯行の心づもりの時刻までまだ数時間の余裕がある時間帯に,被告人から言われて下見に行くことが不自然とはいえない。

③については,前記2②について述べたとおりである。

④については,確かに,短刀を探しに戻る契機となるような被告人の言動等の具体的な事情は認められず,また,短刀がある場所の具体的な心当たりがないはずであるのに,暗やみの中ですぐに探し当てていることとなる。しかしながら,本件短刀は,被告人が用意したものではなく,現場でEから取り上げて犯行に及んだということになるから,被告人がこれを自分で処分し,あるいは持ち帰る必要もなく,付近に捨ててゆく可能性が高い。そして,捨てるのは外に出て逃走に移る際が最も可能性が高いと考えられる。深夜の暗い道とはいえ,凶器に使った刃渡り約30㎝にも及ぶ短刀を抜き身で持ったまま逃走することは考えにくい。また,逃走する際に転倒して怪我をするなどの危険も感じるのが通常である。そうすると,Bから必ず短刀を持ち帰るように言われていたEにおいて,被害者方に短刀が捨てられていれば後で回収することは不可能になるのであるから,被告人が短刀を捨てていったのではないかとの懸念を持ち,捨てていったとすれば侵入箇所付近ではないかと考えることが不自然とはいえず,Eが逃走の途中で短刀に思いが至り,上記のように考えて探しに戻ったということが誠に不可解であるなどとはいえない。

(裁判長裁判官 今井功 裁判官 中川了滋 裁判官 古田佑紀 裁判官 竹内行夫)

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