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最高裁判所第二小法廷 平成19年(受)1040号 判決 2008年9月12日

主文

原判決を破棄する。

本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人細井土夫ほかの上告受理申立て理由について

1  原審が確定した事実関係の概要は,次のとおりである。

(1)  A(昭和57年7月生)は,平成14年2月19日午前5時ころ,愛知県一宮市内において,自己の運転する普通乗用自動車(以下「本件自動車」という。)を,赤信号で停止していた普通貨物自動車に追突させる事故(以下「本件事故」という。)を起こした。上告人(昭和57年3月生)は,本件事故当時,本件自動車に同乗しており,本件事故により顔面に傷害を負った。

(2)  本件自動車は,上告人の父親であるBが所有しており,同人の経営する会社の仕事等に利用されていた。

上告人は,本件事故当時,一宮市内で独り住まいをし,キャバクラ等に勤務していたが,仕事が休みのときには,同市内にある実家に戻り,Bが経営する会社の仕事を手伝うことがあった。Bは,上告人が上記仕事を手伝う際などに本件自動車を運転することを認めていた。

Aは,岐阜市内に居住し,ホストクラブに勤務していた。同人は,自動車を運転する能力はあったが,自動車の運転免許は有していなかった。

被上告人は,本件自動車を被保険自動車とする自動車損害賠償責任保険の保険会社である。

(3)  上告人とAは,平成13年9月ころ,Aが上告人の勤務していたキャバクラに客として訪れたのを機に知り合い,その後,上告人は,Aの勤務するホストクラブに客として通うようになり,互いに携帯電話の番号を教え合う仲になった。Aが自動車の運転免許を有していないことは,上告人も知っていた。Bは,Aと面識がなく,Aという人物が存在することすら認識していなかった。

(4)  Aは,平成14年2月18日午後10時ころ,実家にいた上告人に電話をして,尾張一宮駅に来るように誘い,上告人は,これに応じて,本件自動車を運転して同駅まで赴いた。上告人は,Aを同乗させて名古屋市内のバーに向かい,翌19日午前0時ころ到着して,Aと共にカウンター席で飲酒を始めた。上告人は,酔いがさめたころに自ら本件自動車を運転して帰宅するつもりであったが,そのうちに泥酔して寝込んでしまった。Aは,同日午前4時ころ,上告人を起こして帰宅しようとしたが,上告人が目を覚まさなかったため,カウンターの上に置かれていた本件自動車のキーを使用して,上告人をその助手席に運び込んだ上で本件自動車を運転し,岐阜市内の自宅に向かった。Aは,自宅に到着してから上告人を起こして,本件自動車で帰ってもらうつもりであった。上告人は,Aが本件自動車を運転している間,泥酔して寝込んでおり,同人に対して本件自動車の運転を指示したことはなかった。Aは,その帰宅途上で本件事故を起こした。

2  本件は,本件自動車に同乗していた際に本件事故に遭い,傷害を負った上告人が,本件自動車を被保険自動車とする自動車損害賠償責任保険の保険会社である被上告人に対し,Bが自動車損害賠償保障法(以下「法」という。)2条3項所定の保有者として法3条の規定による損害賠償責任を負担すると主張して,法16条に基づき損害賠償額の支払を求める事案である。

3  原審は,次のとおり判示して,上告人の請求を棄却した。

Bは,Aと面識がなく,Aという人物が存在すること自体認識していなかったのであるから,上告人がAに本件自動車の運転を依頼し,あるいはその運転を許容して初めて,上告人を介してAの運転する本件自動車に対する自己の運行支配を及ぼすことが可能になり,法3条にいう「自己のために自動車を運行の用に供する者」(以下「運行供用者」という。)に該当するということができる。しかし,上告人にはAに対して本件自動車の運転を依頼する意思がなく,上告人は泥酔していて意識がなかったため,Aが本件自動車を運転するについて指示はおろか,運転していること自体認識していないこと,また,Aは自宅に帰るために本件自動車を運転していたにすぎないことなどからすれば,上告人の本件自動車に対する運行支配はなかったというべきである。そうすると,上告人を介して存在していたBの運行支配も本件事故時には失われていたというほかはない。したがって,Bは,運行供用者に当たらず,保有者として法3条の規定による損害賠償責任を負担するものではない。

4  しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

前記事実関係によれば,本件自動車は上告人の父親であるBの所有するものであるが,上告人は実家に戻っているときにはBの会社の手伝いなどのために本件自動車を運転することをBから認められていたこと,上告人は,親しい関係にあったAから誘われて,午後10時ころ,実家から本件自動車を運転して同人を迎えに行き,電車やバスの運行が終了する翌日午前0時ころにそれぞれの自宅から離れた名古屋市内のバーに到着したこと,上告人は,本件自動車のキーをバーのカウンターの上に置いて,Aと共にカウンター席で飲酒を始め,そのうちに泥酔して寝込んでしまったこと,Aは,午前4時ころ,上告人を起こして帰宅しようとしたが,上告人が目を覚まさないため,本件自動車に上告人を運び込み,上記キーを使用して自宅に向けて本件自動車を運転したこと(以下,このAによる本件自動車の運行を「本件運行」という。),以上の事実が明らかである。そして,上告人による上記運行がBの意思に反するものであったというような事情は何らうかがわれない。

これらの事実によれば,上告人は,Bから本件自動車を運転することを認められていたところ,深夜,その実家から名古屋市内のバーまで本件自動車を運転したものであるから,その運行はBの容認するところであったと解することができ,また,上告人による上記運行の後,飲酒した上告人が友人等に本件自動車の運転をゆだねることも,その容認の範囲内にあったと見られてもやむを得ないというべきである。そして,上告人は,電車やバスが運行されていない時間帯に,本件自動車のキーをバーのカウンターの上に置いて泥酔したというのであるから,Aが帰宅するために,あるいは上告人を自宅に送り届けるために上記キーを使用して本件自動車を運転することについて,上告人の容認があったというべきである。そうすると,BはAと面識がなく,Aという人物の存在すら認識していなかったとしても,本件運行は,Bの容認の範囲内にあったと見られてもやむを得ないというべきであり,Bは,客観的外形的に見て,本件運行について,運行供用者に当たると解するのが相当である。

5  以上によれば,本件運行についてBが運行供用者に当たらないとして上告人の請求を棄却した原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,上告人がBに対する関係において法3条にいう「他人」に当たるといえるかどうか等について更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。

よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中川了滋 裁判官 津野修 裁判官 今井功 裁判官 古田佑紀)

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