最高裁判所第二小法廷 平成19年(受)1056号 判決 2009年11月27日
主文
1 原判決中,原判決別紙融資一覧表の「番号」欄記載の番号44~50,52~57及び59の各融資に係る損害を被上告補助参加人に対して賠償することを求める請求を棄却した部分を破棄する。
2 前項の部分につき,本件を高松高等裁判所に差し戻す。
3 上告人らのその余の上告を棄却する。
4 前項に関する上告費用は上告人らの負担とする。
理由
上告代理人井上善雄ほかの上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について
1 本件は,被上告補助参加人(以下,単に「補助参加人」という。)の株主である上告人らが,補助参加人が行った原判決別紙融資一覧表記載の各融資(以下,各個別融資をそれぞれ同表の「番号」欄記載の番号に従い「本件融資1」などといい,全体を「本件各融資」と総称する。)は回収見込みがないにもかかわらず実行されたものであって,本件各融資の実行の当時いずれも補助参加人の取締役であったB及び被上告人ら(原審口頭弁論終結後に死亡したBの訴訟承継人である被上告人Y1,同Y2及び同Y3を除く。)のうち,本件各融資の実行の決裁等に関与した者らには,これを行った点で,その余の者らには,取締役の監視義務を怠った点で,それぞれ善管注意義務違反があり,それらの者は,本件各融資により補助参加人が被った損害について平成17年法律第87号による改正前の商法266条1項5号の責任を負う旨主張して,被上告人らに対し,同法267条に基づき,連帯して補助参加人へ上記の損害を賠償するよう求める株主代表訴訟である。
2 原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1) 当事者等
ア 上告人らは,補助参加人の株主である。
イ 補助参加人は,高知県(以下「県」という。)から,地方自治法235条1項に基づき,県の公金の収納又は支払の事務を取り扱う金融機関として指定を受けている銀行である。
ウ B及び被上告人Y4は,本件各融資の当時,補助参加人の代表取締役の地位にあり,被上告人Y5,同Y6,同Y7,同Y8及び同Y9(以下,この被上告人5名とB及び被上告人Y4とを併せて「被上告人取締役等」と総称する。)は,本件各融資(被上告人Y5及び同Y6については,両名が補助参加人の取締役を退任した後に実行された本件融資60を除く。)の当時,補助参加人の取締役の地位にあった。
エ Cは,県の観光名所である桂浜公園内で,闘犬興業を行う土産物店「D」を個人で営んでいた(以下,この事業を「D事業」という。)。これを株式会社組織に改めたものが,E株式会社(以下「訴外会社」という。)である。
なお,Cは,D事業以外にも,有限会社Fの代表者として桂浜公園内で貝類展示施設を,有限会社Gの代表者として高知城下で土産物店を,それぞれ経営していた。
(2) 本件各融資の実行と被上告人取締役等の関与等
補助参加人は,平成8年10月から平成12年9月までの間に,原判決別紙融資一覧表の「貸付年月日」欄記載の日に,「貸付相手」欄記載の相手方(C又は訴外会社)に対し,「貸付金額」欄記載の金員を貸し付ける本件各融資を実行した。
本件各融資のうち,本件融資1~27(以下「本件つなぎ融資」という。)については,担当専務であった被上告人Y4及び担当部長であった被上告人Y7が,本件融資28~42(以下,本件融資28~36を「本件追加融資1」といい,本件融資37~42を「本件追加融資2」という。)については,担当副頭取であった被上告人Y4及び担当部長であった被上告人Y9が,それぞれその実行の決裁を行い,本件融資43~60(以下「本件追加融資3」という。)については,取締役会において,それぞれその実行を承認する旨の決議を行い,各取締役会に出席した被上告人取締役等は,上記の各決議に賛成した(以下,本件各融資を通じ,各実行の決裁又は決議に関与した取締役を「決裁関与取締役」ともいう。)。なお,B及び被上告人Y4は,本件融資45の実行の承認決議が行われた取締役会を,被上告人Y6は,本件融資43~45の各実行の承認決議が行われた取締役会を,被上告人Y8は,本件融資45及び60の各実行の承認決議が行われた取締役会を,それぞれ欠席した。
(3) 本件つなぎ融資の経緯等
ア Cは,昭和48年2月28日,補助参加人(長浜支店扱い)との間で銀行取引を開始した。補助参加人のCに対する与信額は,平成7年6月1日当時,3億7900万円に達しており,補助参加人は,同月29日当時,信用保証協会の保証が付されておらず補助参加人が貸倒れのリスクを負担する同人への貸増しは回避するという方針を採っていた。
イ 平成8年3月ころ,D事業の取引先の手形が不渡りとなり,同事業の資金繰りが悪化した。これを受け,県の商工政策課長であったHらは,D事業の財務調査を実施し,その調査結果に基づき,同事業を再建するための融資を計画した。この計画においては,Cの個人事業であるD事業を会社組織にした上,県がその会社に直接融資すること(以下,この融資を「本件県融資」という。)が予定されていたが,予算措置を執り本件県融資を実行するまでに時間を要するため,それまでの暫定的な対応として,補助参加人に対し,D事業へのつなぎ融資の実行を要請することとされた。
ウ 県の企画部長であったIは,平成8年7月下旬ころから同年8月上旬ころまでの間に,長浜支店の支店長であったJに来庁を求め,同支店長に対し,県がD事業に対して直接融資して財務内容を抜本的に改善し,同事業を再建させる意向であるから,補助参加人にそれまでのつなぎ融資の実行を要請する旨述べた。これを受けて,J支店長は,そのころ,支店長代理であったKに対し,D事業の財務調査を命じた。K支店長代理は,D事業について,決算書が作成されていなかったため,経理担当者から事情聴取をするなどして調査を進め,同事業をCの個人勘定から分離し経理内容の明確化が実現されることを前提として,平成9年1月までに9億5000万円の資金を投入し,高利の借入金を弁済するなどすれば,同事業は,同年2月以降建て直すことが可能であると判断し,その調査内容をJ支店長に報告した。
エ その後も,I企画部長や商工労働部長であったLなど県の担当者が,平成8年8月8日,同年9月2日,同月5日及び同月25日の4回にわたり,補助参加人の本店を訪れ,県がD事業を支援する旨言明して,上記つなぎ融資の実行を要請しただけでなく,県の副知事として県による3000万円以上の融資につき専決権を有していたMも,同月30日,補助参加人の本店を訪れ,代表取締役頭取であったB及び代表取締役専務であった被上告人Y4に対し,県は,D事業を県の観光振興上重要な事業として位置付けており,新年度の予算で本件県融資の実行の枠組みを策定する旨述べて,9億5000万円のつなぎ融資の実行を要請した。
オ I企画部長は,平成8年10月8日,補助参加人に対し,「Dグループ再建に対する県の考え方」と題する文書(以下「本件文書」という。)を提出した。本件文書には,D事業について,特に支出面が不明朗であるため資金計画が立たず,資金繰りが悪化しており,それを改善していくためには,個人事業を会社組織とし,経理の健全化を図る必要があり,その場合,Cには代表者から退いてもらうことになる旨,また,D事業の資金繰りを悪化させている最大の原因は,約7億円ある高利の借入金であり,これを通常の金利の借入金に借り換えれば,健全な経営が可能であって,運転資金を含めると9億5000万円の資金援助が必要となるところ,年度途中のため予算上の制約があり,平成9年度当初予算においてそのための予算措置を執るので,それまでのつなぎ資金をD事業に融資するよう補助参加人に要請する旨記載された上,「高知県企画部長 I」及び「高知県商工労働部長L」の各名下に,両名の私印が押捺されていた。
カ 県の商工政策課は,特定の組合を対象に,県が直接融資を行うために設けられていた融資制度を,他の法人も対象となり得る融資制度(以下「本件融資制度」という。)に改めることとした上,平成8年10月25日,本件融資制度に基づく本件県融資に係る予算を盛り込んだ平成9年度予算見積書を作成した。その後,平成9年3月21日,県議会において平成9年度予算案が承認されたが,同予算案においては,訴外会社に対する融資原資に充てることを意図して,中小企業金融対策費に9億5000万円が計上されていたほか,同月24日,本件融資制度に係る要綱が制定され,その写しに県知事の公印が押捺されたものが訴外会社に送付された。
キ 補助参加人は,上記アないしカのような状況の中で,県からのつなぎ融資の要請に応じ,平成8年10月1日から平成9年1月31日までの間に,本件つなぎ融資を順次実行した。本件つなぎ融資のうち,本件融資1~24は,Cを相手方として実行されたが,平成8年10月17日,訴外会社が設立され,訴外会社に対する本件融資25が実行された際に,本件融資1~24については,本件融資25の融資金の一部をもって全額弁済がされ,本件つなぎ融資に基づく融資残高合計9億5000万円は,全額訴外会社を債務者とするものとなった。本件つなぎ融資に当たっては,Cの妻であるNらが本件つなぎ融資に基づくCや訴外会社の債務を連帯保証したものの,その保証債務の履行による回収は期待できない状況にあり,本件つなぎ融資は,実質的には無担保融資であった。
なお,県の担当者や補助参加人は,本件つなぎ融資の開始以前から,Cを設立後の訴外会社の経営から排除することを想定していたが,上記設立の際,C(以下「C会長」という。)が取締役会長に,その妻であるNが代表取締役社長に,両名の子であるOが取締役に,それぞれ就任し,訴外会社の資本金2000万円も上記3名が全額出資した。
(4) 本件追加融資1の経緯等
ア 補助参加人は,本件県融資が平成9年5月には実行されるものと見込んでいたが,同月,これが実行されることはなかった。しかし,同年6月6日に開催された県の本件融資制度に係る審査会において,訴外会社の経営をゆだねることができる人材の登用による経営強化を条件として,訴外会社を融資支援対象企業とする旨決議された。また,L商工労働部長及び県の商工政策課長であったPは,同月20日,補助参加人の本店を訪れ,県の財政課の承認が得られず本件県融資を実行することができないが,補助参加人から訴外会社に人材を派遣すれば本件県融資を実行できる旨連絡し,同年8月8日には,P商工政策課長が,県の財政課の基本的承認は得られた旨連絡した。その後の折衝の中でも,補助参加人に対し,M副知事が本件県融資の実行について責任をもって対応する旨の情報が伝えられた。
イ また,補助参加人は,上記アのとおり,本件県融資を実行するための条件として,補助参加人から訴外会社に人材を派遣することを求められたことを受けて,平成9年12月24日,元支店長のQを訴外会社に派遣し,同人が訴外会社の代表取締役専務に就任した(以下「Q専務」という。)。同日,県から派遣された県の元農林水産副部長であるRも,訴外会社の取締役に就任し,訴外会社の経理内容を明確化し,C会長個人への資金流出にも歯止めをかけるための体制整備が図られた。
ウ 訴外会社は,上記ア及びイのような状況の中で,平成9年9月上旬,補助参加人に対し,手形決済資金等の不足を理由として追加融資の実行を要請した。補助参加人は,訴外会社を含むC会長経営のグループ会社全体で同年末までに約2億円の資金不足が見込まれると判断し,上記要請に応じて,同月30日から同年12月30日までの間に,訴外会社に対し,合計2億円の本件融資28~32を順次実行した。
さらに,補助参加人は,平成10年1月22日,同月から翌月にかけて訴外会社に9700万円の資金不足が生ずることを把握し,これに対応するため,同月28日から同年3月2日までの間に,合計9700万円の本件融資33~36を順次実行した。
(5) 本件追加融資2の経緯等
ア 平成10年3月ころ,県議会において平成10年度予算案が承認されたが,同予算案においても,訴外会社に対する融資原資に充てることを意図して,中小企業金融対策費に9億5000万円が計上されていた。
イ ところが,P商工政策課長は,平成10年5月21日,補助参加人に対し,本件県融資の実行に向けた作業を行っていたところ,最終段階で知事からストップをかけられた旨,知事は,C会長一族を経営から排除することを訴外会社への融資支援の条件としているが,補助参加人には迷惑をかけられないとの見解を示している旨,I出納長(I企画部長は,同年4月1日,出納長に就任した。)が中心となって対策を講じるので今しばらく時間がほしい旨を連絡した。
ウ 補助参加人は,Q専務を訴外会社に派遣した後も,C会長がQ専務による訴外会社の運営に口出しをすることも多く,加えて従来どおりC会長の主導の下でQ専務に諮ることなく勝手に事業が進められることがあるなど,訴外会社の経理内容の明確化,健全化が進んでいないことを把握していたが,C会長一族の排除を訴外会社への融資支援の条件とするとの上記イの知事の意向に関しては,県にC会長らに働きかけてもらうことしか打開策を有していなかった。
エ そこで,補助参加人の公務部長であったSは,平成10年7月31日,同年10月末日を期限として本件県融資の実行を求める旨記載されたL商工労働部長あての要請書を発出したが,その期限を過ぎても,本件県融資が実行されることはなく,L商工労働部長は,同年12月11日,被上告人Y5らに対し,C会長が退陣しない限り本件県融資の実行について知事の了解は得られない旨,県の担当者が,C会長に影響力を行使し得る人物を通じて,C会長に対し退陣して経営を息子のOに譲るよう説得中である旨,いつでも本件県融資を実行することができるよう予算化は続ける旨を説明した。S公務部長は,同月21日,再度,平成11年3月末日を期限として本件県融資の実行を求める旨記載されたL商工労働部長あての要請書を発出したが,その期限を過ぎても,本件県融資が実行されることはなかった。
オ 補助参加人は,上記アないしエのような状況の中で,訴外会社の資金不足に対応するため,平成10年6月30日から平成11年3月1日までの間に,合計1億6500万円の本件追加融資2を順次実行した。このうち,本件融資40は,その実行の際,信用保証協会が補助参加人に対しその融資に係る訴外会社の債務を保証していたものであり,既に弁済されている。
(6) 本件追加融資3の経緯等
ア 平成10年10月23日施行された金融機能の再生のための緊急措置に関する法律及びその関連法令に基づき,金融機関に対し,資産査定を実施して,保有資産を個別に検討し,回収の危険性又は価値の毀損の危険性の度合いに従い区別することが義務付けられた。補助参加人も,資産査定を実施していたところ,平成11年3月,訴外会社に対して有する債権の資産査定の見直し作業において,同月末日をもって,訴外会社の債務者区分を要注意先(元本の返済や利息の支払が事実上延滞しているなど履行状況に問題がある債務者等,今後の管理に注意を要する取引先)から破綻懸念先(現状,経営破綻の状況にはないが,経営難の状態にあり,経営改善計画等の進捗状況が芳しくなく,今後,経営破綻に陥る可能性が大きいと認められる取引先)に変更するとともに,訴外会社に対する融資実行の判断をより慎重に行うため,以後,その融資の承認を取締役会付議事項とすることとした。
イ 平成11年3月ころ,県議会において平成11年度予算案が承認されたが,同予算案においても,訴外会社に対する融資原資に充てることを意図して,中小企業金融対策費に9億5000万円が計上されており,I出納長は,同年4月1日,S公務部長に対し,本件県融資の実行は,補助参加人と県のトップ同士の間での約束であるから,必ず守らなければならないことと認識しており,自分自身が責任をもって解決するつもりである旨述べた。
ウ 補助参加人の審査部長であったTらは,平成11年5月10日,県庁を訪れ,P商工政策課長に対し,同月31日までに本件県融資の実行日時を回答するよう要請した。これに対し,M副知事の後任として副知事に就任したUが,同年6月2日,補助参加人の本店を訪れ,県職員が起こした不祥事の対応等の懸案事項が山積していて身動きが取れないなどの事情を述べ,本件県融資の実行が遅れる旨伝えた。その後も,T審査部長らは,補助参加人としても支援の限界に来ている,本件文書は県の約束を記載したものであって,補助参加人としてはこのまま放置できず,裁判も辞さないなどとして,県に対して頻繁に働きかけを続けた。その間,I出納長が本件文書は県が補助参加人に正式に約束した事項を記載したものであることを確認するなどしたが,C会長の退陣やQ専務に対する経営権の委譲が実現されることはなく,U副知事が,平成12年1月14日,補助参加人の本店を訪れ,代表取締役会長であったBに対し,本件県融資の実行について,取りあえず1年間は猶予してほしいと述べるような状況が続いた。
エ こうした中,平成12年2月27日,U副知事及びI出納長の辞任について新聞報道がされ,同年3月31日,両名は辞任した。後任の副知事及び出納長は,同年4月6日,補助参加人の本店を訪れ,Bに対し,本件県融資の実行は現状では難しい旨述べた。
オ 県との間で上記イないしエのような折衝が続く中で,補助参加人は,平成11年8月5日,公認会計士に対し,訴外会社の企業実査及び経営改善計画書の作成を依頼し,同年9月27日,公認会計士作成の「調査報告書」と題する書面(以下「本件調査報告書」という。)が補助参加人の取締役会に提出された。本件調査報告書では,訴外会社の現状について,売上高の低下傾向が明らかであり,営業損が著しく増加し,損益の推移について憂慮すべき状況にあることや訴外会社の資金が他のグループ会社に流出していることなどが指摘されているほか,報告書中に示された経営再建計画の実施による訴外会社の債務超過の解消は計画実施後7年目(平成17年度),借入金の完済は計画実施後31年目(平成41年度)であると見込まれ,しかも,極めて厳しい計画内容の実現を前提にするものであって,道遠しの感は否めないが,会社の経営者,スタッフの全員が不退転の意志で臨む限り,計画達成は不可能なものではない旨記載されていた。
また,平成12年1月24日には,長浜支店作成の訴外会社に係る長期経営計画書(以下「本件経営計画書1」という。)が,補助参加人の取締役会に提出された。本件経営計画書1では,計画書中に示された経営再建計画の実施による訴外会社の債務超過の解消は計画実施後27年目(平成37年度)であり,その時点の借入金の残高は5億7870万円であると見込まれ,訴外会社の債務超過の解消は超長期が予想されるが,元来,利益率が高く収益性のある企業であり,再建は十分可能である旨記載されていた。
さらに,Q専務及び長浜支店は,本件経営計画書1についての問題点の指摘を踏まえ,改めて訴外会社に係る長期経営計画書(以下「本件経営計画書2」という。)を作成し,同年4月26日,補助参加人の常務会に提出した。本件経営計画書2では,計画書中に示された経営再建計画の実施による訴外会社の債務超過の解消は計画実施後60年目(平成71年度)であり,借入金の残高は計画実施後65年目(平成76年度)で920万円となると見込まれ,訴外会社の再建に要する期間は超長期となるものの,その再建は可能である旨記載されていた。
カ 平成12年5月1日に開催された補助参加人の取締役会において,本件県融資の実行が極めて難しい状況にあることが報告された。補助参加人の審査部長であったVらは,同年6月21日,県庁を訪れ,商工労働部長であったWに対し,Q専務を同月で訴外会社の取締役から退任させ,訴外会社への資金協力も同月30日の3000万円を最後として同年7月以降は行わないとの補助参加人の方針を伝え,Q専務は,同年6月30日,訴外会社の取締役を辞任した。
キ 補助参加人は,上記アないしカのような状況の中で,訴外会社の資金不足に対応するため,平成11年4月28日から平成12年9月29日までの間に,合計3億9350万円の本件追加融資3を順次実行した。このうち,本件融資43,51及び58は,訴外会社が連休期間中に釣り銭として用いるための金員を短期間貸し付けたものであり,既に全額が弁済されている。また,本件融資60については,C会長が同人所有の土地を高知県土地開発公社に売却することにより取得することになっていた売買代金等8267万9576円が回収財源として見込まれたことから,取締役会においてその実行が承認されたものであり,その後,上記売買代金等を原資として,本件融資60の融資金6500万円のうち5000万円が弁済されている。
(7) 訴外会社による再生手続開始の申立て等
訴外会社は,平成13年1月30日ころ,高知地方裁判所に対し,再生手続開始の申立てをし,同裁判所は,同年3月16日,再生手続開始決定をしたが,最大の債権者である補助参加人が再生計画に反対したため,再生手続は,廃止された。訴外会社は,現在も営業を継続している。
3 原審は,上記事実関係の下において,本件各融資に関し被上告人取締役等に善管注意義務違反があることを否定し,上告人らの請求を棄却した。
4 しかしながら,原審の判断中,本件つなぎ融資,本件追加融資1及び2並びに本件追加融資3のうち本件融資43,51,58及び60に関する部分は,是認することができるが,その余の本件追加融資3に関する部分は,是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1) 本件融資40,43,51,58及び60について
まず,前記事実関係によれば,本件各融資のうち,本件融資40は,その実行に際し信用保証協会の保証が付され,その後,現に融資金が回収されており,また,本件融資43,51及び58は,訴外会社が連休期間中に釣り銭として用いるための金員を短期間貸し付けたもので,その後,現に融資金が回収されており,さらに,本件融資60は,その実行当時,C会長と高知県土地開発公社との間の土地売買契約に基づく売買代金等が融資金の回収財源になるものと見込まれ,その後,融資金の相当部分が回収されているというのである。そうすると,上記各融資は,いずれも,十分な回収見込みの下に実行されたものというべきであって,上記各融資に関し決裁関与取締役やその余の被上告人取締役等に善管注意義務違反があるものとは認められない。
(2) 本件つなぎ融資について
ア 前記事実関係によれば,補助参加人は,県の担当者から,県がD事業に対する本件県融資を実行するまでのつなぎ融資をしてほしい旨の要請を受けて,本件つなぎ融資を行ったものであるが,補助参加人のC会長に対する与信額は,平成7年6月1日当時,3億7900万円に達し,補助参加人は,同月29日当時,信用保証協会の保証が付されておらず補助参加人が貸倒れのリスクを負担する同人への貸増しは回避するとの方針を採っていたところ,平成8年3月には,D事業の取引先の手形が不渡りとなって,同事業の資金繰りが悪化し,C会長に同事業を継続させるためには,9億5000万円もの資金援助を要するような状況にあり,訴外会社は,そのような信用状況にあるC会長の個人事業を引き継ぐために設立されたものであるというのであって,本件つなぎ融資の実行当時,C会長や訴外会社は,到底健全な融資先とはいえない状況にあった。このような状況の下で,県の上記要請を受け容れ,実質的に無担保で融資残高9億5000万円もの高額の本件つなぎ融資の実行を決裁することに合理性が認められるのは,補助参加人が県との信頼関係を維持する必要があることを考慮しても,本件県融資が実行されることにより,本件つなぎ融資の融資金相当額をほぼ確実に回収することができると判断することに合理性が認められる場合に限られるというべきである。
イ 前記事実関係によれば,平成8年8月から同年9月までの間,M副知事やI企画部長など,県の要職にある者が,再三,補助参加人の本店を自ら訪れ,県がD事業に対する本件県融資を実行し,これを支援する旨言明して,本件県融資を実行するまでの間の同事業へのつなぎ融資の実行を要請し,同年10月8日には,I企画部長らが,単に口頭で上記の支援意思を表明するにとどまらず,上記つなぎ融資を要請する前提として県が本件県融資を実行する意向を有していることを示す本件文書を作成し,これを補助参加人に提出していたほか,本件県融資に係る予算を盛り込んだ平成9年度予算見積書の作成を経て,訴外会社に対する融資原資に充てることを意図して中小企業金融対策費に9億5000万円が計上された同年度の予算案が県議会で承認され,既存の融資制度を本件融資制度に改めるために,要綱も定められたというのである。これらの諸事情に照らすと,被上告人Y4及び同Y7が,本件つなぎ融資の実行を決裁する際,本件県融資の実行により,本件つなぎ融資の融資金相当額をほぼ確実に回収することができると判断することには合理性が認められるものというべきであり,被上告人Y4及び同Y7が本件つなぎ融資の実行を決裁したことについて,善管注意義務違反があるとは認められない。そうすると,その余の被上告人取締役等についても,本件つなぎ融資に関し,取締役の監視義務の懈怠があったか否かを検討するまでもなく,善管注意義務違反があったと認めることはできない。
(3) 本件追加融資1~3(本件融資40,43,51,58及び60を除く。以下同じ。)について
ア 上記のとおり,訴外会社は,元々健全な融資先ではなかった上,前記事実関係によれば,訴外会社の経営を建て直すために9億5000万円にも上る本件つなぎ融資を受けたにもかかわらず,訴外会社は,それから1年も経たない平成9年9月には手形決済資金等のための追加融資を要請するような経営状態にあり,同年末までに訴外会社を含むグループ会社全体で約2億円もの資金不足が見込まれたというのである。加えて,本件追加融資1~3(以下「本件各追加融資」と総称する。)に当たっても,本件つなぎ融資と同様,格別の担保が徴求された事情はうかがえないことからすれば,上記手形決済資金等のための追加融資の要請があった時点においては,訴外会社に対する追加融資は,融資金の回収を容易に見込めない状況にあったものということができる。さらに,平成11年3月末日の段階では,補助参加人による資産査定によって,訴外会社の債務者区分が要注意先から破綻懸念先に変更されるなど,その経営状態はいよいよ劣悪で危機的状況に陥っていたというべきであって,それ以降に行われた本件追加融資3は,融資金の回収の見込みがほとんどなかったものというべきである。補助参加人においては,本件追加融資3の実行期間中に訴外会社の経営再建計画を示す本件調査報告書や本件経営計画書1及び2が作成されているが,その記載内容に照らせば,これらは,上記判断を左右するものとはいえない。
しかしながら,補助参加人が,訴外会社に対する追加融資を実行しなければ,上記のような経営状態にあった訴外会社が破綻,倒産する可能性は高く,そうなれば,訴外会社が本件県融資を受けることができなくなり,本件県融資により回収を予定していた訴外会社に対する本件つなぎ融資の融資金9億5000万円までもが回収不能となるおそれがあった。
以上のような状況の下で決裁関与取締役が本件各追加融資の実行を決裁したことに合理性が認められるのは,本件つなぎ融資の融資金の回収原資をもたらす本件県融資が実行される相当程度の確実性があり,これが実行されるまで訴外会社の破綻,倒産を回避して,これを存続させるために追加融資を実行した方が,追加融資分それ自体が回収不能となる危険性を考慮しても,全体の回収不能額を小さくすることができると判断すること(以下,この判断を「本件回収見込判断」という。)に合理性が認められる場合に限られるものというべきである。
イ(ア) まず,本件追加融資1について検討する。
前記事実関係によれば,補助参加人は,当初,平成9年5月には本件県融資が実行されるものと見込んでいたものの,これが実行されず,本件各追加融資を開始する以前の同年6月20日にL商工労働部長らから補助参加人に対し,本件県融資について財政課の承認が得られず実行することができないとの連絡があったというのであり,本件県融資の実行について不安要素が発生している。しかし,上記連絡に先立つ同月6日に開催された県の本件融資制度に係る審査会において,人材登用による経営強化が条件とされたとはいえ,訴外会社を融資支援対象企業とする旨決議され,L商工労働部長らは,上記連絡に当たり,補助参加人から訴外会社へ人材を派遣すれば本件県融資を実行するとの意向を示し,同年8月8日には,財政課の基本的承認が得られた旨連絡している上,補助参加人も,同年12月24日にQ専務を訴外会社に派遣し,同人が訴外会社の代表取締役専務に就任するなど,訴外会社の経営体制の整備が図られたというのである。
これらの事情に照らせば,同年5月に本件県融資が実行されず,同年6月20日には上記連絡があったとしても,このことをもって,本件追加融資1の開始時点で既に本件回収見込判断の合理性が失われていたとまでいうことはできない。そして,その後,本件追加融資1が実行される間に,本件県融資の実行に更なる疑念を生じさせる事情が発生したことはうかがわれない一方で,県の意向を受けて,Q専務が訴外会社の代表取締役専務に就任するなど,訴外会社の経営体制の整備が図られたことを考慮すると,本件追加融資1については,決裁関与取締役の本件回収見込判断に合理性があったものということができる。
(イ) 次に,本件追加融資2及び3について検討する。
補助参加人は,平成10年5月21日,P商工政策課長から,県の最高責任者である知事が本件県融資の実行にストップをかけたとの連絡を受けたというのであり,この時点では,決裁関与取締役において,本件県融資が実行される可能性に疑念を抱くべき事情が生じていたものといわざるを得ない。
もっとも,知事は,本件県融資の実行につき無条件に反対していたわけではなく,C会長一族を訴外会社の経営から排除することを融資支援の条件としていたのであり,そもそも副知事を始めとする県の要職にある者からの再三にわたる要請に基づき本件つなぎ融資が実行されたなどの経緯の下で,P商工政策課長は,補助参加人に対して知事の意向について上記連絡をした際,I出納長が中心となって対策を講じるので今しばらく時間がほしい旨述べていたというのであるから,決裁関与取締役が,I出納長を始めとする県の担当者らにおいて知事の意向を踏まえC会長一族の排除に積極的に取り組み,その実現が図られることを期待することは,格別不合理なことではなく,回収不能額をより小さくするため,上記の時点で直ちに追加融資を打ち切るべきであったものとまでいうことはできず,県に対しその対応のために一定の猶予期間を与え,その間,本件回収見込判断の下に追加融資を続けることも,その合理性が直ちに否定されるものとはいえない。
他方,県の担当者や補助参加人は,本件つなぎ融資の開始以前から,C会長を訴外会社の経営から排除してその健全化を図ることを前提に,本件県融資や本件つなぎ融資を実行するものとしていたにもかかわらず,訴外会社の設立の際,C会長及びその妻子が訴外会社の取締役に就任し,同人らが訴外会社の資本金も全額出資していること,その結果,知事の意向について上記連絡があった当時,C会長及びその妻子が,訴外会社の全株式を有しており,訴外会社の役員にもとどまっていて,県や補助参加人が,株主総会における取締役解任決議や取締役会における代表取締役解任決議といった法的手続を通じてC会長一族を経営から排除することは困難な状況にあったこと,Q専務が平成9年12月に訴外会社の代表取締役に就任した後も,C会長がQ専務による訴外会社の運営に口出しすることも多く,従来どおりC会長の主導の下でQ専務に諮ることなく勝手に事業が進められることもあり,そのような状況を補助参加人も把握していたことなどからすると,C会長一族の訴外会社の経営からの排除が容易なことではなく,そのことを補助参加人側も十分に承知していたものということができる。これらの事情からすると,知事の意向について上記連絡があった後,決裁関与取締役において,一定期間県の対応を見守ることに合理性があるとしても,県の対応によってもC会長一族の排除につき格別の進展が見られない場合にまで,本件回収見込判断の下,追加融資を続けるときは,本件県融資が実行される可能性も十分見込めないまま,いたずらに回収不能額を増大させるだけであって,その合理性を欠くに至るものといわざるを得ない。
本件において,補助参加人は,知事の意向について上記連絡があった後,県に対し,平成10年7月31日,同年12月21日と2度にわたり期限を定めた要請書を発出して,本件県融資の実行を要請したにもかかわらず,C会長一族の排除に向けた格別の進展もなく,県は,2度目の期限である平成11年3月31日をも徒過し,その時点で,知事の意向が示された後10か月以上が経過していたというのであって,既に,県の担当者らの取組みによって,訴外会社の経営からのC会長一族の排除が実現されることを期待できる状況にはないことがほぼ明らかになっていたといえる上,それまでには,補助参加人自身が,その資産査定において,訴外会社の債務者区分を要注意先から破綻懸念先に変更することを決定しているのである。そのような状況の下で,ほとんど回収見込みのない追加融資を実行することは,単に回収不能額を増大させるだけで,全体の回収不能額を小さくすることにつながるものとはいえない。
そうであれば,上記の時点以前に実行された本件追加融資2については,決裁関与取締役の本件回収見込判断の合理性を直ちに否定することはできないものの,それ以降に実行された本件追加融資3については,決裁関与取締役の本件回収見込判断は,著しく不合理であったものといわざるを得ない。
平成11年3月ころに県議会で承認された平成11年度予算案には,訴外会社に対する融資原資に充てることを意図して,中小企業金融対策費に9億5000万円が計上されており,I出納長やU副知事は,同年4月以降も,本件県融資の実行に取り組む旨の言動を続けていたものの,これらの事情は,上記判断を左右するものではない。
(ウ) 以上によると,本件各追加融資のうち,補助参加人から県に対する2度目の融資実行要請の期限を徒過するまでに実行された本件追加融資1及び2に関し,決裁関与取締役に善管注意義務違反があったとは認められず,その余の被上告人取締役等についても,取締役の監視義務の懈怠があったか否かを検討するまでもなく,善管注意義務違反を認めることはできない。しかし,それ以降に実行された本件追加融資3に関しては,決裁関与取締役に善管注意義務違反があったものというべきである。
5 以上と異なる見解に立って,本件追加融資3に関し被上告人取締役等の善管注意義務違反を否定し,上記各融資に係る損害を補助参加人に対して賠償することを求める請求を棄却した原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいう限度において理由があり,原判決のうち上記判断に係る部分は破棄を免れない。そして,決裁関与取締役以外の被上告人取締役等の善管注意義務違反の有無,被上告人取締役等が賠償すべき損害の範囲等について更に審理を尽くさせるため,上記部分につき,本件を原審に差し戻すとともに,上告人らのその余の上告を棄却することとする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中川了滋 裁判官 今井功 裁判官 古田佑紀 裁判官 竹内行夫)