最高裁判所第二小法廷 平成19年(受)301号 判決 2007年10月19日
主文
原判決を破棄する。
本件を高松高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人西嶋吉光の上告受理申立て理由について
1 本件は,自動車を運転していた者がため池に転落してでき死した事故について,その相続人である上告人らが,保険会社である被上告人に対し,自動車総合保険契約の人身傷害補償特約に基づき保険金の支払を請求する事案である。
2 原審の確定した事実等(裁判所に顕著な事実を含む)の概要は,次のとおりである。
(1) A(以下「A」という。)は,B株式会社の代表取締役であった。
(2) Aは,昭和57年ころに狭心症との診断を受け,平成9年6月12日に冠動脈バイパス手術を受けた後,狭心症発作予防薬等を定期的に服用していた。
(3) Aは,平成15年6月10日午前10時10分ころ,普通乗用自動車(以下「本件車両」という。)を運転してBの事務所を出発したが,その約3分後,本件車両ごとため池に転落し(以下「本件事故」という。),同日午前11時55分ころ死亡した。Aの死因は,でき死であった。
(4) 本件事故の現場は,緩やかな下り坂の先の三さ路の交差点である。上記下り坂の前方にはため池があったが,Aは,上記下り坂を直進し,三さ路を左右に曲がることなく,急ブレーキ等の回避措置も執らずそのまま上記ため池に転落した。なお,本件事故はAの自殺によるものではない。
(5) Bは,被上告人との間で,自動車総合保険契約を締結していたが,同契約には,被保険自動車を本件車両,被保険者を被保険自動車の正規の乗車装置又は当該装置のある室内に搭乗中の者等,請求権者を被保険者(被保険者が死亡した場合はその法定相続人),人身傷害補償を5000万円とする,次のような内容の人身傷害補償特約(以下「本件特約」という。)が付加されていた。
ア 被上告人は,日本国内において,次の各号のいずれかに該当する急激かつ偶然な外来の事故により,被保険者が身体に傷害を被ることによって被保険者又はその父母,配偶者若しくは子が被る損害に対して,この特約に従い,保険金を支払う。
(ア) 自動車の運行に起因する事故(以下「運行起因事故」という。)
(イ) 被保険自動車の運行中の,飛来中若しくは落下中の他物との衝突,火災,爆発又は被保険自動車の落下(以下「運行中事故」という。)
イ アに記載された傷害には,日射,熱射又は精神的衝動による障害を含まない(以下「本件傷害除外条項」という。)。
ウ 被上告人は,被保険者の極めて重大な過失によって生じた損害については,保険金を支払わない。
エ 被上告人は,被保険者がアに記載された事故の直接の結果として死亡したときは,死亡による損害(葬祭料,逸失利益,精神的損害及びその他の損害)につき保険金を支払う。
(6) 本件特約と同様に被保険者が急激かつ偶然な外来の事故によってその身体に被った傷害に対して保険金を支払う旨定めた傷害保険普通保険約款には,被保険者の脳疾患,疾病又は心神喪失によって生じた傷害に対しては,保険金を支払わない旨の条項(第3条①(5)。以下「疾病免責条項」という。)が存在するが,本件特約には疾病免責条項は存在しない。また,傷害保険普通保険約款には,本件傷害除外条項と同内容の条項は存在しない。
(7) 上告人らは,いずれもAの法定相続人である。
3 原審は,上記事実関係の下において,次のように判断して,上告人らの請求を棄却すべきものとした。
本件特約の定める保険金支払事由である「外来の事故」とは,事故の原因が被保険者の身体の内部ではなく,外部からの作用にあることをいい,被保険者の身体疾患等の内部的原因による事故は,「外来の事故」ではない。したがって,保険金請求に係る事故が被保険者の身体疾患等の内部的原因による事故でないことについては,保険金請求者が主張,立証すべきである。
本件事故は,Aの既往症及び事故態様等を考慮すると,Aが狭心症による発作等の身体疾患に起因した意識障害により適切な運転操作ができなくなったために発生したものである疑いが強く,本件事故が「外来の事故」であることの立証がされたとはいえない。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1) 前記事実関係によれば,本件特約は,急激かつ偶然な外来の事故のうち運行起因事故及び運行中事故(以下,併せて「運行事故」という。)に該当するものを保険事故としている。本件特約にいう「外来の事故」とは,その文言上,被保険者の身体の外部からの作用による事故をいうと解されるので(最高裁平成19年(受)第95号同年7月6日第二小法廷判決・裁判所時報1439号6頁参照),被保険者の疾病によって生じた運行事故もこれに該当するというべきである。本件特約は,傷害保険普通保険約款には存在する疾病免責条項を置いておらず,また,本件特約によれば,運行事故が被保険者の過失によって生じた場合であっても,その過失が故意に準ずる極めて重大な過失でない限り,保険金が支払われることとされていることからすれば,運行事故が被保険者の疾病によって生じた場合であっても保険金を支払うこととしているものと解される。
このような本件特約の文言や構造等に照らせば,保険金請求者は,運行事故と被保険者がその身体に被った傷害(本件傷害除外条項に当たるものを除く。)との間に相当因果関係があることを主張,立証すれば足りるというべきである。
(2) 前記事実関係によれば,本件事故は,Aが本件車両を運転中に本件車両ごとため池に転落したというものであり,Aは本件事故によりでき死したというのであるから,仮にAがため池に転落した原因が疾病により適切な運転操作ができなくなったためであったとしても,被上告人が本件特約による保険金支払義務を負うことは,上記説示に照らして明らかである。
5 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,支払われるべき保険金の額等について更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中川了滋 裁判官 津野修 裁判官 今井功 裁判官 古田佑紀)