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最高裁判所第二小法廷 平成19年(受)528号 判決 2008年2月22日

主文

原判決中被上告人に関する上告人の敗訴部分を破棄する。

前項の部分につき,本件を福岡高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人冨山敦,同森田孝久の上告受理申立て理由第7の3について

1  原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。

(1)  被上告人は,砂の採取及び販売等を目的とする有限会社法の規定による有限会社であったが,現在,会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律2条1項に基づき,会社法の規定による株式会社として存続している。Aは,被上告人の代表取締役である。

(2)  上告人は,平成6年7月26日当時第1審判決別紙1物件目録記載1及び2の不動産(以下「本件不動産」という。)を所有していた。

(3)  本件不動産には,佐賀地方法務局唐津支局平成6年7月26日受付第8690号をもって,原因を平成3年5月7日金銭消費貸借平成6年7月26日設定,債権額を5000万円,債務者を上告人,抵当権者を被上告人とする抵当権(以下「本件抵当権」という。)の設定登記(以下「本件抵当権設定登記」という。)がされている。

(4)  本件本訴は,上告人が被上告人に対し,本件不動産の所有権に基づき,本件抵当権設定登記の抹消登記手続を求めるものである。本件反訴は,被上告人が上告人に対し,主位的請求として,被上告人は平成3年5月7日上告人に1億円を貸し付けたと主張して,残元本9498万4440円及び遅延損害金の支払を求め,予備的請求として,被上告人は前同日Bに1億円を貸し付け,上告人がBの債務を連帯保証したと主張して,主位的請求と同額の金員の支払を求めるものである。被上告人は,本件抵当権の被担保債権は反訴請求に係る債権であると主張している。

(5)  上告人は,平成17年11月1日の原審第1回口頭弁論期日において,反訴請求に係る債権につき商法522条所定の5年の消滅時効が完成しているとして,これを援用した。

2  原審は,上記事実関係の下において,次のとおり判断して,上告人の本訴請求を棄却すべきものとし,被上告人の反訴請求を一部認容した。

被上告人は,平成3年5月7日,上告人又はBに対して,返済期日を平成3年7月31日として1億円を貸し付けたものであるところ,その借主が上告人であればもちろんのこと,たとえそれがBであるとしても上告人はBの債務を連帯保証したというべきであるから,いずれにせよ上告人は被上告人に対して1億円の債務を負っていたことになり,そして,その残元本は8300万円となっている。

被上告人の代表取締役であるAは,小中学校の同窓であり,C商工会の理事長(A)と理事(上告人)として親交のあった上告人からの依頼を受け,博多駅前の土地を整理して転売するために1億円を必要としていたBの資金に充てるため,「男らしくバンと貸してやるという気持ち」で,自己が代表取締役を務める有限会社である被上告人において上告人の依頼に応じることとし,上告人が竹馬の友であることを強調して,被上告人の経理担当者をして,被上告人がその取引銀行から融資を受けるための手続をさせ,融資を受けた1億円を被上告人が上告人又はBに貸し付けた(以下,この貸付けを「本件貸付け」という。)ものであるから,本件貸付けは被上告人の営業とは無関係にAの上告人に対する情宜に基づいてされたものとみる余地がある。そうすると,本件貸付けに係る債権が商行為によって生じた債権に当たるということはできず,上記債権には商法522条が適用されないから,上告人の消滅時効の主張はその前提を欠く。

したがって,本件抵当権の被担保債権である本件貸付けに係る債権が時効消滅したということはできないし,また,上告人は被上告人に対する8300万円及び遅延損害金の支払義務を免れないというべきである。

3  しかしながら,原審の本件貸付けに係る債権が商行為によって生じた債権に当たるということはできないとする判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

会社の行為は商行為と推定され,これを争う者において当該行為が当該会社の事業のためにするものでないこと,すなわち当該会社の事業と無関係であることの主張立証責任を負うと解するのが相当である。なぜなら,会社がその事業としてする行為及びその事業のためにする行為は,商行為とされているので(会社法5条),会社は,自己の名をもって商行為をすることを業とする者として,商法上の商人に該当し(商法4条1項),その行為は,その事業のためにするものと推定されるからである(商法503条2項。同項にいう「営業」は,会社については「事業」と同義と解される。)。

前記事実関係によれば,本件貸付けは会社である被上告人がしたものであるから,本件貸付けは被上告人の商行為と推定されるところ,原審の説示するとおり,本件貸付けがAの上告人に対する情宜に基づいてされたものとみる余地があるとしても,それだけでは,1億円の本件貸付けが被上告人の事業と無関係であることの立証がされたということはできず,他にこれをうかがわせるような事情が存しないことは明らかである。

そうすると,本件貸付けに係る債権は,商行為によって生じた債権に当たり,同債権には商法522条の適用があるというべきである。これと異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。

4  以上によれば,論旨は理由があり,原判決中被上告人に関する上告人の敗訴部分は破棄を免れない。そこで,本件貸付けに係る債権に商法522条の適用があることを前提として,同債権が時効消滅したか否かについて更に審理を尽くさせるために,上記部分につき本件を原審に差し戻すこととする。なお,被上告人の反訴請求には主位的請求と予備的請求とが併合されているのであるから,差戻し後の控訴審においては,まず,主位的請求の請求原因として主張されている事実,すなわち本件貸付けに係る借主が上告人であるか否かを判断する必要があり,これが否定された場合には,予備的請求に対する判断を行うべきこととなる。

よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 今井功 裁判官 津野修 裁判官 中川了滋 裁判官 古田佑紀)

上告代理人冨山敦,同森田孝久の上告受理申立て理由

(ただし,排除されたものを除く。)

第7 消滅時効について

3 法令の解釈に関する重要事項

(1) そもそも会社の行為は全て商行為なのか、それとも行為のうち商行為でないものが存在するのかという問題がある。このことは、商法503条2項(商人の行為が営業のためにするものと推定している規定で、反証の余地がある)の適用の余地があるのか否かという条文解釈と関連して議論されてきた。

そして、圧倒的多数の学説において、会社は営利法人であり、その生活は専ら営業のために存し、一般個人のような私生活はなく、営業を離れては存在しない、会社の行為は常に営業のためにするものであり、全て商行為性を有すると考えられており、当職らもこの見解(つまり、会社の行為は全て商行為であって、商法503条2項を適用する余地はない)に賛同する。

また、貴庁も、上記争点について明確な判断を示したことはないが、例えば、最二小判昭29.9.10・昭和27年(オ)第329号(最高裁判所民事判例集8巻9号1581頁。会社とその従業員をもって組織する労働組合との間に成立した退職金に関する協定上の約定は商行為であって、同約定による退職金債権は商事債権であるとしたもの)のように、これまで会社の行為について広く商行為性を認めてきた。

したがって、本件においても、被上告人は有限会社であるから、その上告人に対する本件貸付は商行為であって、本件貸金債権は商事債権として商法522条(短期消滅時効)の適用がある。

(2) とはいえ、会社の行為のうち例外的に商行為でないものを認める見解があることもまた事実である。

したがって、仮にそのような見解をとるとすれば、その場合の論点は

① 会社の行為のうち、商行為でないものを認めることができるか(会社に商法503条2項の適用があるか)

② 上記①で認めることができる(当該条項の適用がある)とした場合、どのような行為がこれに該当するか

③ 本件におけるあてはめ

ということになり、前記1及び2のとおり、これらは主文を導き出すうえでいずれも重要なものである。

(3) しかしながら、原判決は、前記1(2)のとおり判示しただけで商事債権であることを否定した。これを否定するということは、上記(2)の論点①~③の全てに積極的な判断を下したということに他ならない。

ところが、原判決は、前記のとおり、「本件貸付は・・・情宜に基づいてなされたものとみる余地がある」という事実認定から、一足飛びに「本件貸付に基づく債権が商事債権であるということはできない」と結論付けており、そもそも上記論点①~③それぞれの過程が分かるような、何らの個別的判断も、そしてそれらの理由も示していない。

(4) これらの点については、前記のとおり、これまで学説上は議論されてきたものの、貴庁の明確な判断がなされてこなかったところである。

会社の行為全てを商行為とみるのか、それとも組織法上の行為、雇用上の行為など行為の性質から例外的に商行為でないものを認めるのかは、本件事件を超えて一般的に広く影響する問題に関連し、しかも貴庁がそのその法令の解釈を示すことが、法令解釈の統一のために必要である。

もちろん、本件事件について商事債権の短期消滅時効という請求の可否に直接に関わる争点であるから、本件の解決に必要であることはいうまでもない。また、本件においてはこの争点について明らかに経験則違反ないし審理不審なのであるが、上記統一的法令解釈が示されていないことによって、当事者の主張立証及び原審の訴訟指揮・判断がかみ合わなかったという面も否めず、このことは他事件においては当然少なからぬ頻度で発生する問題である。

さらに、新たな会社法5条において、「会社がその事業としてする行為及びその事業のためにする行為は、商行為とする」と規定された(平成18年5月1日施行)。同法については、行為時法適用の大原則により、本件について適用されるものでないが、その文言からいっても、前記と全く同様の議論がなされるものであるから、いずれにせよ法改正が上記事由を解決したわけではない。

(5) このように、会社の行為は全て商行為なのか、それとも行為のうち商行為でないものが存在するのかという商法503条2項の問題は、貴庁におけるこの法令の解釈が当該事件を超えて、法令解釈の統一的解釈のために必要である。

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