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最高裁判所第二小法廷 平成19年(受)783号 判決 2009年3月27日

主文

原判決のうち上告人らの敗訴部分を破棄する。

前項の部分につき,本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告人X2,上告代理人椎名麻紗枝の上告受理申立て理由第四の1及び2について

1  本件は,左大腿骨頸部を骨折したAが,被上告人の設置する新潟県立十日町病院(以下「本件病院」という。)において,全身麻酔と局所麻酔である硬膜外麻酔を併用して左大腿骨の人工骨頭置換術(以下「本件手術」という。)を受けたところ,術中に心停止となり,死亡したことから,Aの子である上告人らが,本件病院の担当医師らには,麻酔薬の過剰投与等の過失があり,Aはこれにより死亡するに至ったと主張して,被上告人に対し,不法行為に基づく損害賠償を求める事案である。

2  原審の確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。

(1)  本件手術までの経緯

A(当時65歳,身長143cm,体重43kg)は,平成9年5月14日,転倒して左大腿骨頸部内側骨折の傷害を負い,同年6月5日,人工骨頭置換術の手術適応と判断され,本件病院に入院した。

Aは,上記骨折の前,骨粗しょう症が認められる以外,その健康状態は良好であり,本件手術当日,脱水・貧血状態にはなく,血圧,脈拍,体温等の全身状態も良好で,本件手術への適応を有していた。

本件手術は,執刀医をB医師,麻酔医をC医師として行われることとなった。Aは,C医師に対し,安静時でも強い骨折部痛を訴え,本件手術においては完全に痛みが分からない方法を希望した。C医師は,これを受けて,予定していた局所麻酔単独による麻酔方法から,全身麻酔と局所麻酔である硬膜外麻酔の併用による麻酔方法に変更した。

(2)  本件手術の経過

ア  Aは,平成9年6月10日,麻酔前投薬として硫酸アトロピン(副交感神経遮断剤)0.5mg,ハイドロキシジン(抗アレルギー性精神安定剤)50mgの筋肉注射を受け,午後1時15分ころ,手術室に入室した。

C医師は,硬膜外麻酔のための硬膜外カテーテルをAの第1腰椎と第2腰椎の間から硬膜外腔に挿入した後,午後1時25分ころ,筋弛緩薬であるベクロニウム4mgを静脈内注入して筋弛緩させるとともに,ラリンゲアルマスク(気道確保のための喉頭マスク)を挿入して人工呼吸し,全身麻酔薬である笑気(亜酸化窒素)60%(午後1時40分ころから70%)と酸素の混合ガスの吸入を行った。また,午後1時25分ころから約10分かけて,全身麻酔薬であるプロポフォール初回量80mgを静脈内に投与して,Aを就眠させ,午後1時35分ころから7.5mg/kg/時で静脈内への持続投与を開始した。

C医師は,午後1時35分ころ,硬膜外麻酔として2%塩酸メピバカイン注射液2mlを硬膜外カテーテルから注入し,その後4~5分して,同液18mlを同カテーテルから注入した(注入された塩酸メピバカインの量は,合計400mg)。

また,同時に,全身麻酔薬である塩酸ケタミン初回量45mgを静脈内に投与し,次いで0.75mg/kg/時で静脈内に持続投与した。

イ  Aの血圧は,午後1時20分には収縮期血圧が152mmHg,拡張期血圧が86mmHg(以下,血圧については,収縮期血圧と拡張期血圧を/で区切る形式により,単位を省略して数値のみで示す。)であったが,午後1時37分に75/45,午後1時48分に80/50に低下し,C医師は,各血圧低下に対し,昇圧剤(循環増強剤)である塩酸エチレフリン(エホチール)2mgを各1回静脈注射して,その都度収縮期血圧が100を超える数値に血圧を回復させた。Aの血圧は,その後午後1時55分に82/35に低下し,C医師は,上記と同じ昇圧剤の静脈注射を行った。

ウ  B医師は,午後1時55分に執刀を開始し,股関節関節包を切開して大腿骨頭を股関節臼蓋より取り出し,午後2時15分までに髄腔内を人工骨頭の大腿骨部分の形に合わせて削るなどの作業を行った。

その間,Aの血圧は,午後2時に78/40,午後2時5分に90/42に低下し,C医師は,午後2時5分ころ,昇圧剤の薬効を長時間均等に安定させるため,昇圧剤(血管収縮剤)の塩酸メトキサミン10mgと塩酸エチレフリン10mgを水分電解質の補給維持のためのアセテートリンゲル液に入れ,点滴静脈注射を行った。Aの血圧は,午後2時10分に112/55に回復した。

エ  ところが,Aの血圧は,午後2時15分に80/44まで低下した後,さらに急激に低下し,脈拍も午後2時18~19分ころにパルスオキシメーターで脈波を感知しなくなり,これを認識したC医師が総頸動脈の拍動を触知しつつ血圧を確認したところ,午後2時20分には拍動を触知できない状態となり,自動血圧計も血圧の測定値を表示せず,心電図も異常パターンを示し,心室性期外収縮が頻発し,午後2時22分ころ,心室細動(事実上の心停止。以下「本件心停止」という。)となった。

オ  担当医師らは,午後2時20分ころから,血圧の異常な低下に対する措置及び心肺蘇生措置を講じた。すなわち,C医師は,異常を認識した後,まず気道の確保を確認し,上記のとおり持続投与していたプロポフォール及び塩酸ケタミンの投与を中止して,純酸素の吸入を開始し,昇圧剤の点滴を速めた上で,強心薬の静脈注射を行ったが,Aに反応は見られなかった。試用人工骨頭を挿入して関節の緊張度や可動域を確かめていたB医師は,C医師の指示で手術を中止し,手術創を縫合した。そして,気管内挿管を行った上で,手術創縫合後の午後2時30分近くに心臓マッサージを開始し,強心薬の投与,除細動,重炭酸ナトリウムの投与等を行ったところ,午後2時50分ころ,脈拍が触れるようになり,心臓マッサージを中止した。しかし,心電図上は心肺蘇生を行った直後に見られる異常波形が続き,血圧は60~40/20~10であった。

その後,Aの血圧は,午後4時5分ころ以降80~70/20前後となって低いながらも小康状態を保ち,午後4時30分ころ自発呼吸が戻ったことから,担当医師らは,本件心停止の原因を探るためCT検査を行うこととし,午後4時35分ころ,AをCT検査室に移動させた。しかし,検査開始後間もなくAの血圧が低下し始め,再び心停止となり,アドレナリン等の投与,心臓マッサージ,除細動により心肺蘇生措置が講じられたが,功を奏せず,Aは,午後7時53分に死亡した。Aの遺体について病理解剖は行われなかった。

(3)  本件における麻酔に関する医学的知見

ア  局所麻酔と全身麻酔の併用や,効用及び作用時間の異なる麻酔の組合せは,いずれも一般的に行われている麻酔方法である。このような麻酔方法は,各薬剤の効能に応じた苦痛の除去が可能というだけでなく,相互に各薬剤の量を減らすことができるという利点がある反面,各種薬剤の複合効果による影響(特に血圧低下)に留意を要するものとされている。

イ  プロポフォールは,全身麻酔の導入,維持に用いられる麻酔薬であるが,血圧低下作用があり,塩酸メピバカインと併用することによって血圧の低下が更に増強されることが指摘されている。作用発現時間(30秒),作用持続時間(3~5分)ともに短い。

能書によれば,全身麻酔の導入として用いるについては,通常,成人には0.5mg/kg/10秒の投与速度で就眠が得られるまで静脈内に投与するとされており,通常は2.0~2.5mg/kg(Aの体重43kgでは86~107.5mg)の投与量で就眠が得られるが,高齢者においてはより少量で就眠が得られる場合があるとされる。全身麻酔の維持として用いるについては,適切な麻酔深度が得られるよう患者の全身状態を観察しながら投与速度を調節するとされ,通常,成人では4~10mg/kg/時の投与速度で適切な麻酔深度が得られ,局所麻酔薬併用時には通常より低用量で適切な麻酔深度が得られる旨記載されている。そして,維持として用いる場合における使用例として,導入後10分間10mg/kg/時,10~20分間8mg/kg/時,20~30分間6mg/kg/時,30分間以降全身状態を観察しながら調節するとの例が記載されている。

また,使用上の注意として,局所麻酔薬との併用に関し,麻酔・鎮静作用が増強されたり,収縮期血圧,拡張期血圧,平均動脈圧及び心拍出量が低下することがあるので,投与速度を減ずるなど慎重に投与すべき旨,また,高齢者への投与に関し,一般に高齢者では循環器系等への副作用が現れやすいので,投与速度を減ずるなど患者の全身状態を観察しながら慎重に投与すべき旨が各記載されている。

ウ  塩酸メピバカインは,硬膜外麻酔等の局所麻酔有効薬で,血圧低下作用を伴い,重大な副作用として徐脈,不整脈,まれに心停止等のショックがあるとされ,髄腔内に注入されて神経を麻痺させるまでの作用発現時間は5~10分,血中濃度が最大となり最大効に達するまでの時間は20分前後であり,最大効の持続時間も長い。

能書によれば,通常,成人には,硬膜外麻酔の場合2%注射液使用時で200~400mg(注射液としては10~20ml)を投与するとされ,基準最高用量は1回500mgとされている。ただし,年齢,麻酔領域,部位,組織,症状,体質により適宜増減すべき旨,また,使用上の注意として,硬膜外麻酔のための高齢者への投与に関し,一般に高齢者では麻酔範囲が広がりやすく,麻酔に対する忍容性が低下しているので,投与量の減量を考慮するとともに,患者の全身状態の観察を十分に行うなど慎重に投与すべき旨が記載されている。

高齢者への投与に関し,65~74歳の患者に対する下肢の手術の場合,2%塩酸メピバカイン注射液の硬膜外麻酔における投与量を8mlとする文献もあった。

エ  硬膜外麻酔による血圧低下は,① 交感神経節前線維を麻痺させ交感神経を遮断することにより,末梢血管を拡張させて循環血液量を減少させる,② 第4胸椎以上の交感神経にまで麻痺が及ぶと,心臓促進神経のブロックのため徐脈や心拍出量の減少を引き起こす,③ 血管に吸収され,血流を介して心臓の受容体に作用し,心拍出量を減少させる,という機序に基づいて発生し,高度の影響を受けた場合に心停止に至る。①については,人体の代償作用として他の末梢血管が収縮し,血圧を一定に維持する機序が作動するが,全身麻酔を併用する場合には,全身麻酔の影響により他の末梢血管も拡張するため,上記代償作用は十分に機能せず,①の機序による影響を特に増大させる。

また,全身麻酔薬は,中枢神経抑制作用により効用を得るものであり,当該作用により血圧を低下させることがある。

(4)  Aの死因

Aに対して行われた全身麻酔は,その投与を始めた午後1時25分から間もなく効果を生じ,その後も維持され,他方,硬膜外麻酔の神経作用は,午後1時45~50分ころから生じ,その後血中濃度の上昇に伴い徐々に効果を増し,午後2時ころ最大効に達し,その効果を持続した。

Aに生じた午後1時37分の血圧低下は,専ら又は主として全身麻酔の影響によるもの,午後1時48分及び午後1時55分の血圧低下は,全身麻酔の影響下で徐々に硬膜外麻酔が影響したことによるもの,その後の午後2時0~5分の血圧低下は,硬膜外麻酔の影響が増大したことによるものである。午後2時10分の血圧上昇は,2種類の昇圧剤をそれまでより増量して点滴静脈注射することにより一時的に昇圧を得られたものである。そして,午後2時15分以降の急激な血圧低下とこれに引き続く本件心停止は,硬膜外麻酔の影響が,全身麻酔の併用による影響もあって,上記(3)エ①ないし③の機序に基づいて高度に現れ,発生したものである。

したがって,麻酔が本件心停止の主要な原因であり,本件心停止が原因となってAが死亡した。

3  原審は,上記事実関係の下において,次のとおり判断して,Aの死亡によって生じた損害についての被上告人の賠償責任を否定し,Aが延命を得た相当程度の可能性を侵害されたことによって被った損害(各上告人につき476万6666円)とその遅延損害金の支払を求める限度で上告人らの請求を認容し,その余を棄却した。

(1)  本件において使用された麻酔薬は,各麻酔薬の投与量を単独で検討する限りは,いずれについても過剰と認めるには足りない。しかし,塩酸メピバカインの能書には,硬膜外麻酔のための高齢者への投与について,投与量の減量を考慮すべき旨の,プロポフォールの能書には,局所麻酔薬との併用時には通常より低用量で適切な麻酔深度が得られる旨の各記載があること,複数薬剤による相乗効果及び上記両薬剤を併用した場合には一方の必要量が少なくなることについては多くの文献で指摘されていることなどからすると,本件においても,麻酔医としては,個々の能書に規定する年齢,体重,身長等による増減を考慮し,他の薬剤との相互作用を考慮した麻酔薬総量に対する配慮をすべきであったということができる。

それにもかかわらず,C医師は,プロポフォール及び塩酸メピバカインがそれぞれ単独で使用される場合を想定した用量を投与し,また,後者については能書に記載された硬膜外麻酔における成人に対する通常の用量の最高限度の量を投与しており,上記配慮がされたものとは認められない。

C医師には,プロポフォールを主体とする全身麻酔と塩酸メピバカインによる局所麻酔を併用するに当たり,これらを併用するという事情及びAの年齢等の個別事情に即した薬量を配慮しなかった過失があり,これにより,本件心停止が生じ,死亡の原因となった。

(2)  また,本件病院の担当医師らは,手術創の縫合や気管内挿管等を先行させたことによって時間を費やした結果,心停止後早急に開始すべき心臓マッサージを心停止から5分以上経過して開始しており,心停止後直ちに心臓マッサージを開始しなかったことも,過失と評価することができる。

(3)  もっとも,仮にC医師において薬量の加減を検討して塩酸メピバカインの投与量を減らしたとしても,その程度は麻酔担当医の裁量に属するものであり,その減量により本件心停止及び死亡の結果を回避することができたといえる資料もなく,また速やかに心臓マッサージが開始されたとしても,死亡の結果を回避することができたといえる資料もない。したがって,Aの死亡を回避するに足る具体的注意義務の内容(死亡と因果関係を有する過失の具体的内容)を確定することは困難である。そうすると,Aの死亡につき,担当医師らの過失があったとすることはできず,被上告人にAの死亡についての不法行為責任を問うことはできない。

(4)  しかし,薬量の加減を検討して,塩酸メピバカインの投与量をある程度減らしていた場合には血圧低下の程度及びその持続時間がより緩和されたものとなって心停止を回避することができた可能性が,また,速やかな蘇生措置が施された場合には蘇生の可能性がそれぞれ高まり,午後7時53分ころのAの死亡を回避し,延命を得た可能性が相当程度あることは否定できないから,被上告人は,上告人らに対し,Aが上記可能性を侵害されたことによって被った損害を賠償すべき不法行為責任を負うものと解するのが相当である。

4  原審の上記3(1)の判断は是認することができる。しかしながら,同(3)の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

(1)  前記事実関係によれば,次の事実が明らかである。

ア  本件手術当時,Aは,年齢65歳で,身長143cm,体重43kgであった。

イ  全身麻酔薬であるプロポフォールの能書では,プロポフォールの投与によって就眠が得られた後は,通常,成人では4~10mg/kg/時の投与速度で適切な麻酔深度が得られるとされ,導入後10分間10mg/kg/時,10~20分間8mg/kg/時,20~30分間6mg/kg/時,30分間以降全身状態を観察しながら調節するとの使用例が記載されていた。

ウ  局所麻酔薬である塩酸メピバカインの能書では,通常,成人には,硬膜外麻酔の場合2%注射液使用時で200~400mg(注射液としては10~20ml)を投与するとされていた。

エ  プロポフォールを塩酸メピバカインと併用投与する場合は,プロポフォールの通常の用量よりも低用量で適切な麻酔深度が得られ,併用により血圧及び心拍出量が低下することがあるので,投与速度を減ずるなど慎重に投与すべきであり,また,一般に高齢者では循環器系等への副作用が現れやすいので,投与速度を減ずるなど患者の全身状態を観察しながら慎重に投与すべきものであることが能書上明らかであった。

オ  塩酸メピバカインには,重大な副作用として徐脈,心停止等のショックがあり,その投与量は年齢,麻酔領域,部位,組織,症状,体質により適宜増減すべきもので,一般に高齢者では麻酔範囲が広がりやすく,麻酔に対する忍容性が低下しているので,投与量の減量を考慮するとともに患者の全身状態の観察を十分に行うなど慎重に投与すべきものであることが能書上明らかであった。また,高齢者への投与に関し,65~74歳の患者に対する下肢の手術の場合,2%塩酸メピバカイン注射液の硬膜外麻酔における投与量を8mlとする文献もあった。

カ  塩酸メピバカインを投与すると,交感神経節前線維を麻痺させ,交感神経を遮断することにより,末梢血管を拡張させて循環血液量を減少させる等の機序により血圧低下が生じ,心停止に至る可能性があるが,プロポフォールが投与されている場合には上記機序による血圧低下への影響が増大する。

(2) (1)の事実によれば,本件手術における麻酔担当医であるC医師は,プロポフォールと塩酸メピバカインを併用する場合には,プロポフォールの投与速度を通常よりも緩やかなものとし,塩酸メピバカインの投与量を通常よりも少なくするなどの投与量の調整をしなければ,65歳という年齢のAにとっては,プロポフォールや塩酸メピバカインの作用が強すぎて,血圧低下,心停止,死亡という機序をたどる可能性が十分にあることを予見し得たものというべきであり,そのような機序をたどらないように投与量の調整をすべき義務があったというべきである。

ところが,前記事実関係によれば,C医師は,全身麻酔により就眠を得たAに対し,2%塩酸メピバカイン注射液をその能書に記載された成人に対する通常の用量の最高限度である20ml投与した上,プロポフォールを,通常,成人において適切な麻酔深度が得られるとされる投与速度に相当する7.5mg/kg/時の速度で,午後1時35分から午後2時15分過ぎまで40分以上の間持続投与し,その間,Aの血圧が硬膜外麻酔の効果が高まるに伴って低下し,執刀が開始された午後1時55分以降は少量の昇圧剤では血圧が回復しない状態となっていたにもかかわらず,投与速度を減じず,その速度が能書に記載された成人に対する通常の使用例を超えるものとなっていた,というのである。そして,その結果,午後2時15分過ぎにAの血圧が急激に低下する事態となり,それに引き続いて心停止,さらに死亡という機序をたどったというのであるから,C医師には,Aの死亡という結果を避けるためにプロポフォールと塩酸メピバカインの投与量を調整すべきであったのにこれを怠った過失があり,この過失とAの死亡との間には相当因果関係があるというべきである。本件において,C医師がプロポフォールと塩酸メピバカインの投与量を適切に調整したとしてもAの死亡という結果を避けられなかったというような事情はうかがわれないのであるから,プロポフォールと塩酸メピバカインの投与量をどの程度減らすかについてC医師の裁量にゆだねられる部分があったとしても,そのことが上記結論を左右するものではない。

原審は,塩酸メピバカインの投与量を減らしたとしても,その程度は麻酔担当医の裁量に属するものであり,その減量により本件心停止及び死亡の結果を回避することができたといえる資料もないから,死亡と因果関係を有する過失の具体的内容を確定することはできないとするけれども,上記のように,本件の個別事情に即した薬量の配慮をせずに高度の麻酔効果を発生させ,これにより心停止が生じ,死亡の原因となったことが確定できる以上,これをもって,死亡の原因となった過失であるとするに不足はない。塩酸メピバカインをいかなる程度減量すれば心停止及び死亡の結果を回避することができたといえるかが確定できないとしても,単にそのことをもって,死亡の原因となった過失がないとすることはできない。

5  以上によれば,被上告人は,Aの死亡によって生じた損害を賠償すべき不法行為責任を負うというべきであり,これと異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。この点をいう論旨は理由があり,原判決のうち上告人らの敗訴部分は破棄を免れない。そして,Aの死亡によって生じた損害の点について更に審理を尽くさせるため,同部分につき本件を原審に差し戻すこととする。

よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 古田佑紀 裁判官 今井功 裁判官 中川了滋 裁判官 竹内行夫)

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