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最高裁判所第二小法廷 平成19年(許)22号 決定 2007年12月12日

主文

1  原決定中,相手方X1に関する部分のうち原決定別紙文書目録記載2及び4の各文書の提出を命じた部分を破棄し,同部分につき原々決定を取り消す。

2  前項の各文書についての相手方X1の文書提出命令の申立てを却下する。

3  抗告人のその余の本件抗告を棄却する。

4  抗告人と相手方X2との間においては,抗告費用は抗告人の負担とし,抗告人と相手方X1との間においては,手続の総費用はこれを4分し,その1を相手方X1の負担とし,その余を抗告人の負担とする。

理由

抗告代理人都築政則ほかの抗告理由のうち原決定別紙文書目録記載2及び4の各文書に関する部分について

1  本件は,相手方X2がAを強姦したとの被疑事実に基づき逮捕,勾留されたところ,その勾留請求が違法であるなどとして,相手方らが抗告人に対し国家賠償法1条1項に基づき損害賠償を求める訴訟(以下「本件本案訴訟」という。)において,相手方X2及び同相手方が代表取締役を務める相手方X1(以下「相手方会社」という。)が,抗告人の所持するA作成の告訴状(原決定別紙文書目録記載2の文書。以下「本件告訴状」という。)及び同人の司法警察員に対する供述調書(同目録記載4の文書。以下「本件調書」といい,本件告訴状及び本件調書を併せて「本件各文書」という。)等について文書提出命令の申立てをした事件である。原審は,本件各文書を含め,対象文書の一部の提出を命じた上で,抗告人の抗告許可の申立てについて,抗告理由のうち本件各文書に関する部分を除く部分を排除して,これを許可した。相手方らは,文書提出義務の原因として,民訴法220条3号所定の「挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成されたとき」(以下,同号のこの部分を「民訴法220条3号後段」といい,これに該当する文書を「法律関係文書」という。)に該当する旨主張している。

2  記録によれば,本件の経緯等は次のとおりである。

(1)  Aは,平成16年12月19日,警視庁大崎警察署(以下「大崎署」という。)に対し,顔見知りの相手方X2に強姦されたとして(以下,この事実を「本件被疑事実」といい,この事実に係る被疑事件を「本件被疑事件」という。),本件告訴状を提出した。同日,大崎署において本件被疑事実に係る本件調書が作成された。

(2)  相手方X2は,平成17年2月10日,本件被疑事実により通常逮捕され,同月11日,東京地方検察庁(以下「東京地検」という。)の検察官に送致された。相手方X2は,本件被疑事実について,Aとの性交の事実を認めた上で,これは同人との合意に基づくものであると弁解した。

(3)  東京地検の松本剛和検事は,同日,本件被疑事実について,刑訴規則148条1項3号所定の「勾留の理由が存在することを認めるべき資料」として本件各文書等を提供して,東京地方裁判所(以下「東京地裁」という。)の裁判官に,相手方X2の勾留を請求した(以下,この請求を「本件勾留請求」という。)。東京地裁の裁判官は,同月12日,相手方X2が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があり,刑訴法60条1項2,3号に当たるとして,勾留状を発した(以下,この勾留状を「本件勾留状」という。)。相手方X2は,同日,本件勾留状の執行により勾留された。

(4)  相手方X2の弁護人は,同月17日,東京地裁に,同相手方の勾留の裁判に対する準抗告を申し立てた。東京地裁は,同月18日,勾留の裁判を取り消して,本件勾留請求を却下し,相手方X2は,同日,釈放された。

(5)  東京地検の検察官は,同年3月30日,本件被疑事件につき公訴を提起しない処分をし,同年4月8日,相手方X2に対し,これを告知した。

(6)  Aは,同年3月29日,本件被疑事実が不法行為を構成するとして,相手方X2に対する損害賠償請求訴訟(以下「別件第1訴訟」という。)を提起した。しかし,相手方らが同年8月10日に本件告訴状の提出は虚偽の告訴であり不法行為を構成するとしてAに対する損害賠償請求訴訟(以下「別件第2訴訟」という。)を提起すると,同人は,同月24日,別件第1訴訟の訴えの取下書を提出した。相手方X2がその取下げに同意しなかったことから,Aは,同年9月9日,別件第1訴訟の請求を放棄する旨の書面を提出し,同月14日の口頭弁論期日に同人が出頭しなかったことから,同期日において,その旨の陳述をしたものとみなされた。

(7)  相手方らは,本件勾留請求が違法であるなどとして,抗告人に対する本件本案訴訟を提起した。相手方らは,本件勾留請求時に,相手方X2には罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由が存在しなかったなどと主張している。これに対し,抗告人は,本件各文書が存在し,これを裏付ける証拠としてAの破損したストッキングが存在する以上,本件勾留請求時に,相手方X2には罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があったことが明らかであるなどと反論した上で,松本検事の作成した陳述書(以下「本件陳述書」という。)を書証として提出した。本件陳述書は,本件各文書を含む本件被疑事件の記録を閲覧した上で作成されたものであり,そこには,司法警察員に対するAの供述内容として,本件被疑事実の態様が極めて詳細かつ具体的に記載されている。

3  原審は,次のとおり判示して,相手方ら両名の申立てに基づき本件各文書の提出を命じた。

(1)  本件各文書は,本件被疑事件における相手方X2に対する勾留等の適法性を根拠付けるために作成されたもので,同相手方と抗告人との間に生じた法律関係ないしそれに関連して作成されたものということができるから,本件勾留請求等の違法を理由として国家賠償を求める本件本案訴訟において,本件各文書は,抗告人と相手方ら両名との間の法律関係文書に該当するということができる。

(2)  ①本件各文書については,本件本案訴訟における争点の判断をするにつきその取調べが必要不可欠であり,その開示によって,Aの名誉,プライバシーが著しく侵害されたり,捜査,公判の運営に具体的な支障を来すおそれがあるとは必ずしもいえないこと,②抗告人は,本件本案訴訟において,Aの破損したストッキングの写真撮影報告書を書証として積極的に提出していること,③本件本案訴訟においては,抗告人の方で,本件各文書を書証として積極的に提出するのでなければ,その主張を基礎付けるのは困難であること等の諸般の事情を考慮すると,抗告人が本件各文書の提出を拒否することは,その裁量権の範囲を逸脱し,又は濫用するものであると認められる。

4  原審の上記判断のうち,相手方X2に関する部分は結論において是認することができるが,相手方会社に関する部分は是認することができない。その理由は次のとおりである。

(1)  本件勾留状は,これによって相手方X2の身体の自由を制約して,同相手方にこれを受忍させるという抗告人と同相手方との間の法律関係を生じさせる文書であり,また,本件勾留請求に係る勾留請求書は,本件勾留状の発付を求めるために,刑訴規則147条により,作成を要することとされている文書であるから,いずれも抗告人と同相手方との間の法律関係文書に該当するものというべきである(最高裁平成17年(許)第4号同年7月22日第二小法廷決定・民集59巻6号1837頁参照)。そして,本件各文書は,本件勾留請求に当たって,刑訴規則148条1項3号所定の資料として,検察官が裁判官に提供したものであるから,本件各文書もまた抗告人と相手方X2との間の法律関係文書に該当するものというべきである。

しかし,相手方会社に対する関係においては,本件勾留状は,相手方会社の権利等を制約したり,相手方会社にこれを受忍させるというものではないから,抗告人と相手方会社との間の法律関係を生じさせる文書であるとはいえず,本件勾留請求に当たって裁判官に提供された本件各文書も抗告人と相手方会社との間の法律関係文書に該当するとはいえない。したがって,相手方会社との関係においては,本件各文書の文書提出命令の申立ては,その余の点につき判断するまでもなく理由がない。

(2)ア  刑訴法47条は,その本文において,「訴訟に関する書類は,公判の開廷前には,これを公にしてはならない。」と定め,そのただし書において,「公益上の必要その他の事由があって,相当と認められる場合は,この限りでない。」と定めているところ,本件被疑事件には公訴を提起しない処分がされており,その公判は開廷されていないのであるから,本件各文書は,同条により原則的に公開が禁止される「訴訟に関する書類」に当たることが明らかである。

ところで,同条ただし書の規定によって「訴訟に関する書類」を公にすることを相当と認めることができるか否かの判断は,当該「訴訟に関する書類」が原則として公開禁止とされていることを前提として,これを公にする目的,必要性の有無,程度,公にすることによる被告人,被疑者及び関係者の名誉,プライバシーの侵害,捜査や公判に及ぼす不当な影響等の弊害発生のおそれの有無等の諸般の事情を総合的に考慮してされるべきものであり,当該「訴訟に関する書類」を保管する者の合理的な裁量にゆだねられているものと解すべきである。そして,民事訴訟の当事者が,民訴法220条3号後段の規定に基づき,上記「訴訟に関する書類」に該当する文書の提出を求める場合においても,当該文書の保管者の上記裁量的判断は尊重されるべきであるが,当該文書が法律関係文書に該当する場合であって,その保管者が提出を拒否したことが,民事訴訟における当該文書を取り調べる必要性の有無,程度,当該文書が開示されることによる上記の弊害発生のおそれの有無等の諸般の事情に照らし,その裁量権の範囲を逸脱し,又は濫用するものであると認められるときは,裁判所は,当該文書の提出を命ずることができるものと解するのが相当である(最高裁平成15年(許)第40号同16年5月25日第三小法廷決定・民集58巻5号1135頁,前掲平成17年7月22日第二小法廷決定参照)。

イ  上記の見地に立って,本件各文書についての相手方X2の文書提出命令の申立てをみると,次のようにいうことができる。

(ア)  本件本案訴訟において,相手方X2は,本件勾留請求の違法を主張しているところ,同相手方の勾留の裁判は,準抗告審において取り消されており,抗告人において,その取消しが本件勾留請求後の事情に基づくものであるとの主張立証はしていないのであるから,本件勾留請求時に,同相手方には罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由が存在しなかった可能性があるというべきである。

そうすると,本件勾留請求に当たって,検察官が相手方X2には罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があると判断するに際し,最も基本的な資料となった本件各文書については,取調べの必要性があるというべきである。

(イ) 本件被疑事件のような性犯罪について捜査段階で作成された被害者の告訴状や供述調書が民事訴訟において開示される場合,被害者等の名誉,プライバシーの侵害という弊害が発生するおそれがあることは,一般的には否定し難いところである。

しかし,本件においては,次のような特別の事情が存在することを考慮すべきである。すなわち,Aは,相手方X2に対して別件第1訴訟を提起しており,その審理に必要とされる範囲において本件被疑事実にかかわる同人のプライバシーが訴訟関係人や傍聴人等に明らかにされることをやむを得ないものとして容認していたというべきである。Aは,その後,別件第1訴訟の請求を放棄したが,これは,相手方らから別件第2訴訟を提起されて,別件第1訴訟の訴えを取り下げたところ,相手方X2がこれに同意しなかったためにしたものであり,別件第1訴訟において自らのプライバシーが明らかになることを避けるためにしたものとは考え難い。また,本件本案訴訟においては,既に抗告人から本件陳述書が書証として提出されているところ,本件陳述書は,本件勾留請求を担当した松本検事が本件各文書を閲覧した上で作成したものであって,そこには,Aの司法警察員に対する供述内容として,本件被疑事実の態様が極めて詳細かつ具体的に記載されている。

このような本件の具体的な事実関係の下では,本件本案訴訟において本件各文書が開示されることによって,Aの名誉,プライバシーが侵害されることによる弊害が発生するおそれがあると認めることはできない。

(ウ) 捜査段階で作成された被害者の告訴状や供述調書が公判の開廷前に民事訴訟において開示される場合,捜査や公判に不当な影響を及ぼす等の弊害が発生するおそれがあることも,一般的には否定し難いところである。

しかし,本件被疑事件については,本件勾留請求が準抗告審で却下され,検察官が公訴を提起しない処分をしており,また,上記のとおり,本件本案訴訟において抗告人が既に書証として提出した本件陳述書には,Aの供述内容として,本件被疑事実の態様が極めて詳細かつ具体的に記載されているものであって,その内容は,ほぼ本件調書の記載に従ったもののようにうかがわれる。

このような本件の具体的な事実関係の下では,本件本案訴訟において本件各文書が開示されることによって,本件被疑事件はもちろん,同種の事件の捜査や公判に及ぼす不当な影響等の弊害が発生するおそれがあると認めることはできない。

(エ) 上記の諸般の事情に照らすと,本件各文書の提出を拒否した抗告人の判断は,裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用するものというべきである。

5  以上によれば,相手方会社との関係では,本件各文書についての文書提出命令の申立ては理由がないから,原決定中,相手方会社に関する部分のうち本件各文書の提出を命じた部分に係る原審の判断には裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの限度で理由があり,上記部分は破棄を免れない。そして,前記説示によれば,原々決定中,相手方会社に関する部分のうち本件各文書の提出を命じた部分は不当であるから,これを取り消して,本件各文書についての相手方会社の文書提出命令の申立てを却下することとする。

相手方X2との関係では,本件各文書についての文書提出命令の申立ては理由があり,原決定中,同相手方に関する部分のうち本件各文書の提出を命じた部分は結論において正当であるから,この部分についての抗告人の抗告を棄却する。

なお,相手方らのその余の文書提出命令の申立てに関する抗告については,抗告理由が抗告許可の決定において排除されたので,棄却することとする。

よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。なお,裁判官古田佑紀の補足意見がある。

裁判官古田佑紀の補足意見は,次のとおりである。

私は,法廷意見に同調するものであるが,本件の事案にかんがみ,以下の点について,補足して述べておきたい。

刑訴法47条が,訴訟に関する書類について,公判の開廷前にこれを原則として非公開としていることにかんがみれば,上記書類に該当する文書につき法律関係文書に該当するとして文書提出命令が申し立てられた場合において,当該文書の取調べの必要性の有無,程度は,本案訴訟の具体的な争点との関係で判断されるべきものと考える。

本件においては,勾留の請求に当たって罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由が認められないとする相手方らの主張が,本件各文書自体がこれを認めるのに十分でないことを理由とするのか,あるいは相手方らが主張する補充捜査を行わなければこれを認める上で十分ではないとするのか,必ずしも明らかではない。しかし,そのいずれかによって,本件各文書の取調べの必要性の有無,程度に関する判断は,自ずと異なる面があるといわなければならない。

また,本件本案訴訟は,勾留の裁判が準抗告によって取り消された事実関係の下に提起されたものであり,このような司法審査が前提となって検察官の職務行為に関する違法性の有無が問題となる場合には,準抗告審において勾留の裁判が取り消された理由をも参酌して,本件各文書の取調べの必要性の有無,程度を判断することが適切であると思われるところ,本件では,勾留の裁判が取り消された理由が明らかではない。

以上の点からして,本件各文書については,その取調べの必要性の有無,程度について審理が尽くされていないまま,文書の提出が命じられている感を免れない。

なお,勾留は,勾留の裁判によって行われるもので,その執行として行われている勾留の期間のうちに勾留の継続という処分があるわけではない。また,本件では,当初の勾留期間内に勾留の裁判が取り消されて,相手方X2は釈放されている。したがって,本件勾留後の捜査記録については,相手方X2と抗告人との間における勾留に係る法律関係の形成に用いられたものではないから,民訴法220条3号の文書に該当するとするについては疑問があり,また,相手方らの主張する補充捜査に関わるか否か明らかでないものも含まれていて,その取調べの必要性が明らかでないものもある。そうすると,本件抗告は,上記記録に関しても,法令の解釈に関する重要な事項を含むものというべきである。もとより,抗告許可の申立てを許可するか否か,その理由を排除するか否かは,原審の専権事項であり,当審の介入すべき事項ではないけれども,本件抗告を許可するに当たって,上記記録についての抗告理由を排除した原審の措置には何としても疑問を感じざるを得ないことから,あえて付言する次第である。

(裁判長裁判官 津野修 裁判官 今井功 裁判官 中川了滋 裁判官 古田佑紀)

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