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最高裁判所第二小法廷 平成19年(許)5号 決定 2007年11月30日

主文

原決定を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

抗告代理人鈴木祐一ほかの抗告理由について

1  記録によれば,本件の経緯等は次のとおりである。

(1)  本件の本案訴訟(東京地方裁判所平成17年(ワ)第12920号損害賠償請求事件)は,抗告人らが,その取引先であるAに融資をしていた相手方に対し,不法行為に基づく損害賠償を求めるものである。抗告人らは,Aのいわゆるメインバンクであった相手方が,平成16年3月以降,Aの経営破綻の可能性が大きいことを認識し,同社を全面的に支援する意思は有していなかったにもかかわらず,全面的に支援すると説明して抗告人らを欺罔したため,あるいは,Aの経営状態についてできる限り正確な情報を提供すべき注意義務を負っていたのにこれを怠ったため,抗告人らは同社との取引を継続し,その結果,同社に対する売掛金が回収不能となり,損害を被ったなどと主張している。

本件は,抗告人らが,相手方の上記欺罔行為及び注意義務違反行為の立証のために必要があるとして,相手方が所持する下記の文書(以下「本件文書」という。)について,文書提出命令を申し立てた事案であり,相手方は,本件文書は民訴法220条4号ハ又はニ所定の文書に当たる旨主張した。

相手方が,平成16年3月,同年7月及び同年11月の各時点において,Aの経営状況の把握,同社に対する貸出金の管理及び同社の債務者区分の決定等を行う目的で作成し,保管していた自己査定資料一式

(2)  銀行については,その業務の健全な運営に資するため,経営の健全性を判断するための基準として,銀行の保有する資産等に照らし当該銀行の自己資本の充実の状況が適当であるかどうかの基準,いわゆる自己資本比率基準が定められており(銀行法14条の2),同基準に照らして自己資本の充実の状況に問題があれば,監督官庁により必要な是正措置が命ぜられる(同法26条)。そして,自己資本の充実の状況について問題の有無を判断するためには,銀行の保有する不良債権等について適切な償却,引当てが行われ,正確な財務諸表が作成されていることが必要であることから,監督官庁は,「預金等受入金融機関に係る検査マニュアルについて」と題する金融監督庁検査部長通達(平成11年金検第177号)を発出するとともに,同通達において検査の手引書とされている「金融検査マニュアル」(ただし,その後に数次にわたり改訂されている。以下,改訂されたものも含めて「検査マニュアル」という。)を公表し,銀行に対し,関係法令及び検査マニュアルの定める枠組みに沿った基準により,自ら資産の査定,すなわち,その保有する資産を回収の危険性又は価値の毀損の危険性の度合いに従って区分することを行うよう求めている。検査マニュアルの定める枠組みによれば,銀行は,その有する債権の査定に当たっては,債務者の財務状況,資金繰り,収益力等によりその返済能力を判定し,債務者を正常先,要注意先,破綻懸念先,実質破綻先及び破綻先に区分(以下「債務者区分」という。)した上で,担保や保証等の状況を勘案して債権を4段階に分類するものとされている。

また,銀行は,信用秩序の維持と預金者等の保護の要請から,決算期その他主務省令で定める期日において資産の査定を行い,資産査定等報告書を作成し,これを内閣総理大臣に提出すること(金融機能の再生のための緊急措置に関する法律6条1項),資産の査定の結果を公表すること(同法7条)が義務付けられている。上記資産の査定とは,主務省令で定める基準に従い,回収不能となる危険性又は価値の毀損の危険性に応じてその有する債権その他の資産を区分することをいい(同法6条2項),同基準(同法施行規則4条)によれば,銀行は,その有する債権を,債務者の財政状態及び経営成績等を基礎として,①破産更生債権及びこれらに準ずる債権,②危険債権,③要管理債権,④正常債権に区分(以下「債権区分」という。)しなければならない。そして,検査マニュアルにおいては,上記債権区分と検査マニュアルに定める債務者区分との対応関係について,上記①の債権は,債務者区分にいう実質破綻先及び破綻先に対する債権に,同様に,②の債権は,破綻懸念先に対する債権に,③の債権は,要注意先に対する債権のうち上記施行規則4条4項に該当する債権に,④の債権は,正常先に対する債権及び要注意先に対する債権のうち要管理債権に該当する債権以外の債権に,それぞれ対応するとされている。

銀行の監督官庁は,銀行の業務の健全かつ適切な運営を確保するため必要があるときは銀行に対する立入検査を行うことができ(銀行法25条),銀行の行う資産の査定(以下「資産査定」という。)も立入検査の対象となる。立入検査は,前記通達により検査マニュアルに従って実施されており,検査マニュアルによれば,監督官庁の検査官は,資産査定の実施状況が事後的に検証できるように各部門における資料等の十分な記録が保存されているかを確認するとともに,実際の資産査定が関係法令及び検査マニュアルに定める枠組みに沿った基準にのっとって正確に行われているかどうか,具体的には,債務者区分が正確に行われているか,債権の分類が担保や保証等の状況を勘案して正確に行われているか,債権区分が上記施行規則に定める基準に基づき債務者区分に応じて区分されているかなどを,銀行が査定の際に作成した資料等に基づいて検証することとなっている。

(3)  抗告人らが提出を求めている本件文書は,銀行である相手方が,融資先であるAについて,同社に対して有する債権の資産査定を行う前提となる債務者区分を行うために作成し,監督官庁による査定結果の正確性についての事後的検証に備える目的もあって保存した資料である。

2  本件申立てにつき,原審は,本件文書は,専ら相手方内部の者の利用に供する目的で作成され,外部の者に開示することが予定されていない文書であって,開示されると相手方内部における自由な意見の表明に支障を来し,相手方の自由な意思形成が阻害されるおそれがあることなどを理由に,民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に該当するとして,本件申立てを却下した。

3  しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

(1)  ある文書が,その作成目的,記載内容,これを現在の所持者が所持するに至るまでの経緯,その他の事情から判断して,専ら内部の者の利用に供する目的で作成され,外部の者に開示することが予定されていない文書であって,開示されると個人のプライバシーが侵害されたり個人ないし団体の自由な意思形成が阻害されたりするなど,開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがあると認められる場合には,特段の事情がない限り,当該文書は民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たると解するのが相当である(最高裁平成11年(許)第2号同年11月12日第二小法廷決定・民集53巻8号1787頁参照)。

(2) これを本件についてみると,前記のとおり,相手方は,法令により資産査定が義務付けられているところ,本件文書は,相手方が,融資先であるAについて,前記検査マニュアルに沿って,同社に対して有する債権の資産査定を行う前提となる債務者区分を行うために作成し,事後的検証に備える目的もあって保存した資料であり,このことからすると,本件文書は,前記資産査定のために必要な資料であり,監督官庁による資産査定に関する前記検査において,資産査定の正確性を裏付ける資料として必要とされているものであるから,相手方自身による利用にとどまらず,相手方以外の者による利用が予定されているものということができる。そうすると,本件文書は,専ら内部の者の利用に供する目的で作成され,外部の者に開示することが予定されていない文書であるということはできず,民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たらないというべきである。

4  以上によれば,本件文書について,民訴法220条4号ニ所定の文書に当たるとして相手方の提出義務を否定した原審の判断には,裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原決定は破棄を免れない。そして,本件文書が同号ハ所定の文書に該当するかどうか,本件文書中にこれに該当する部分がある場合にその部分を除いて提出を命ずるべきかどうか等について更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。

よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 津野修 裁判官 今井功 裁判官 中川了滋 裁判官 古田佑紀)

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