最高裁判所第二小法廷 平成2年(行ツ)137号 判決 1991年12月20日
上告人
岩田光利
右訴訟代理人弁護士
辻中一二三
辻中栄世
森薫生
被上告人
植田肇
同
熊野実夫
同
川端悦子
同
伊集院勉
同
小坂静夫
右五名訴訟代理人弁護士
辻公雄
吉川実
桂充弘
阪口徳雄
松尾直嗣
同訴訟復代理人弁護士
秋田仁志
小田耕平
峯本耕治
被上告人
佐久国美
主文
原判決中上告人敗訴部分を破棄する。
前項の部分につき本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人辻中一二三、同辻中栄世、同森薫生の上告理由第一点について
一原審の確定した事実関係は、次のとおりである。
1 大阪府水道企業は、同府下の水道事業及び工業用水道事業を行うために地方公営企業法に基づいて設置された大阪府が経営する地方公営企業であり、その業務を執行させるため大阪府に管理者が置かれ(同法七条)、大阪府水道部は、右管理者の権限に属する事務を処理させるために設けられた組織である(同法一四条)。上告人は、昭和五七年四月二日から同五九年六月三〇日までの間、大阪府水道企業の管理者として、岡崎義彦は、同五六年四月一日から同五八年四月三〇日までの間、大阪府水道部の総務課長として在職していた。
2 大阪府水道部事務決裁規程(昭和五三年大阪府水道企業訓令第三号。以下「本件事務決裁規程」という。)は大阪府水道部における事務の円滑かつ適正な執行を確保するとともに責任の明確化を図るため、事務の決裁に関して必要な事項を定めることを目的として制定されたものであり、これによれば、管理者の権限に属する事務について、最終的にその意思を決定することを「決裁」といい、常時、管理者に代わって決裁することを「専決」というものとされ、「一件百万円未満の予算の執行及び義務的かつ軽易な予算の執行に関すること」は、総務課長の専決事項とされている。そして、本件事務決裁規程は、専決事項のうち、議会に付議すべき事項については管理者の、特命のあった事項又は特に重要若しくは異例と認める事項については上司の決裁を受けなければならず、また、専決をした者は、必要があると認めるとき、又は上司から報告を求められたときは、その専決した事項を上司に報告しなければならないものと定めている。
3 大阪府水道部会計規程(昭和三九年大阪府営水道企業管理規程第一号)及び本件事務決裁規程等によれば、大阪府水道部における会議接待費の支出事務の手続は、次のとおりである。すなわち、会議接待を開催する場合には、その主催課において、会議接待開催に先立って、会議接待の目的、開催年月日、開催場所、出席者、債権者、経費支出予定額、会計年度及び予算科目等を記載した経費支出伺を作成し、上司の決裁を受けて会議接待を開催し、右開催後、債権者からの請求に基づき、会議接待の主催課の課長が上司の決裁を受けた上で支出伝票を発行し、金銭出納員である会計課長又は会計課長代理が支出伝票を審査した上で支出決定し、小切手を振り出して支払を行うものとされ、会議接待一件の費用が一〇〇万円未満である場合には、その経費支出伺の決裁は総務課長が専決により処理するものとされている。
4 昭和五七年五月上旬ころ、当時、総務課長であった岡崎は、総務課の担当職員に指示して、実際には開催されない埼玉県企業局職員及び岐阜市水道部職員と大阪府水道部職員との会議接待を行うものと仮装して、会議の目的をいずれも「七拡事業調査に伴い水道事業の諸問題についての種々懇談のため」とし、開催年月日、開催場所、出席者、債権者、会議費支出金額を第一審判決添付の別表一記載のとおりとした内容虚偽の経費支出伺を作成させて、自らその決裁を専決し、さらに、これに見合う支出伝票を作成させて、会計課長の審査を受けた。そして、同月三一日、前記の方法により、同表記載の各債権者に対し、それぞれ同表の会議費支出金額欄記載の各金額合計六七万八三七〇円が支出された(以下、右各支出を「本件各支出」という。)。
5 本件各支出が、第一審判決添付の別表二記載の各会議接待の費用に充てられたとの事実を認めることはできず、大阪府水道企業の経営に必要な正当な目的の会議や接待の費用として支出されたものとは認められない。
二原審は、右事実を前提とし、地方公営企業の管理者が自己の権限に属する公金の支出行為を補助職員に専決させた場合において、管理者は、地方自治法(以下「法」という。)二四二条の二第一項四号の「当該職員」に該当し、右補助職員に違法な公金支出について故意又は過失の帰責事由があるときは、管理者は、現実に右支出行為に関与していなくとも、補助職員をいわば手足として自己の権限に属する行為を行わせる者として、補助職員の責任をそのまま自己の責任として負うものであると解した上、上告人は、本件各支出につき、内部的な事務処理の便宜上、総務課長である岡崎を自己の手足として、管理者である自己の権限に属する右支出行為の補助執行を行わせたものであり、また、岡崎は、本件各支出が違法なものであることを知りながら右支出手続を行ったものであるから、上告人は、違法な本件各支出によって大阪府に与えた損害を賠償する責任を免れない、と判断した。
三しかしながら、原審の右判断のうち、地方公営企業の管理者が自己の権限に属する公金の支出行為を補助職員に専決させた場合であっても、管理者は、法二四二条の二第一項四号所定の「当該職員」に該当する旨の判断は是認することができるが、その余の原審の判断は、是認することができない。その理由は、次のとおりである。
法二四二条の二第一項四号にいう「当該職員」とは、当該訴訟においてその適否が問題とされている財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するとされている者及びこれらの者から権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至った者を広く意味するものである(最高裁昭和五五年(行ツ)第一五七号同六二年四月一〇日第二小法廷判決民集四一巻三号二三九頁)。地方公営企業の管理者は、地方公営企業の業務の執行に関し、当該地方公共団体を代表する者であり、種々の財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するものとされている(地方公営企業法八条、九条)ことからすると、地方公営企業の業務の執行に関しては、普通地方公共団体における長と同視すべき地位にあるものとみるべきである(同法三四条参照)。したがって、地方公営企業の管理者は、訓令等の事務処理上の明確な定めにより、その権限に属する一定の範囲の財務会計上の行為をあらかじめ特定の補助職員に専決させることとしている場合であっても、地方公営企業法上、右財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するものとされている以上、右財務会計上の行為の適否が問題とされている当該代位請求住民訴訟において、法二四二条の二第一項四号にいう「当該職員」に該当するものと解すべきである。そして、右専決を任された補助職員が管理者の権限に属する当該財務会計上の行為を専決により処理した場合、管理者は、右補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、故意又は過失により右補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止しなかったときに限り、普通地方公共団体に対し、右補助職員がした財務会計上の違法行為により当該普通地方公共団体が被った損害につき賠償責任を負うものと解するのが相当である。けだし、管理者が右訓令等により法令上その権限に属する財務会計上の行為を特定の補助職員に専決させることとしている場合においては、当該財務会計上の行為を行う法令上の権限が右補助職員に委譲されるものではないが、内部的には、右権限は専ら右補助職員にゆだねられ、右補助職員が常時自らの判断において右行為を行うものとされるのであるから、右補助職員が、専決を任された財務会計上の行為につき違法な専決処理をし、これにより当該普通地方公共団体に損害を与えたときには、右損害は、自らの判断において右行為を行った右補助職員がこれを賠償すべきものであって、管理者は、前記のような右補助職員に対する指揮監督上の帰責事由が認められない限り、右補助職員が専決により行った財務会計上の違法行為につき、損害賠償責任を負うべきいわれはないものというべきだからである。
四そうすると、以上判示したところと異なる見解に立って、上告人において、本件各支出につき、右に述べた帰責事由が存することを確定することなく、本件各支出につき専決をした岡崎総務課長に帰責事由があるときは、同課長に専決処理を任せた上告人は、同課長がした違法な本件各支出によって大阪府に与えた損害を賠償する責任があるとした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があるものといわざるを得ず、その違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。これと同旨をいう論旨は理由があり、その余の点について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、本件については、上告人において、本件各支出につき、右の帰責事由が存するか否かについて更に審理を尽くさせるため、原審に差し戻すのが相当である。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官大西勝也 裁判官藤島昭 裁判官中島敏次郎 裁判官木崎良平)
上告代理人辻中一二三、同辻中栄世、同森薫生の上告理由
第一 原判決には、以下のとおり、上告人の法的責任について判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の解釈、適用の誤りがある。
一 上告人の被告適格
1 原判決は、
(一) 地方自治法(以下法という。)二四二条の二第一項四号の「当該職員」につき、当該訴訟においてその適否が問題とされている財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するとされている者及びこれらの者から権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至った者を意味し、右権限を有する地位ないし職にあると認められない者はこれに該当せず、当該訴訟において被告とされている者が右のような地位ないし職にあると認められない者である場合には、右訴えは不適法と解すべきであるとの最高裁昭和六二年四月一〇日判決(都議会議長交際費事件―民集四一巻三号二三九頁)を引用したうえ、本件については、本件支出につきその原因となる契約を締結し、その支出決定をする権限を本来的に有するとされている者は水道企業管理者たる上告人である旨判示し、
(二) 水道企業管理者の訓令である事務決裁規程において、一件一〇〇万円未満の予算の執行を総務課長の「専決」事項と定めたのは、管理者が総務課長に対して右事項につき、外部的にはもとより、内部的にも権限を委任したものではなく、単に管理者の事務処理の便宜上、総務課長に自己の権限に属する事務処理を補助執行させることとしたものに過ぎないから、本件支出行為の権限を有するのは上告人のみであり、その余の被告らはいずれも右支出行為を行う権限を有する地位ないし職にある者とは認められないから、上告人を除く被告らは法二四二条の二第一項四号の「当該職員」には該当しない旨判示している(原判決引用の一審判決二一丁裏六行目から二三丁裏八行目)。
2 ところで、一般には財務会計上の行為をなし得る権限を有する公務員(以下長という)が、現実には当該行為に関与せず、部下職員が当該行為を専決処理した場合は、当該行為について部下職員に権限を内部委任したものと考えるべきである(札幌高裁昭和六三年二月一八日判決(源泉徴収未徴収事件)―判時一二九二号九二頁、東京高裁平成元年三月三〇日判決(世田谷区違法勤務手当事件)―判時一三一一号五八頁)が、前掲最高裁判決によっても、右の場合に当該長が前記「当該職員」に該当するか否かについては必ずしも明らかではない。
ただ、当該財務会計上の行為が部下職員によって専決処理された場合においても、長が本来的に有している財務会計上の行為をなす権限は失われていないと考えられるから、本件においても、総務課長が本件支出について専決処理をしたことにかかわらず、上告人は本件支出行為についての本来的権限を失ってはいないと考えられ、この点についての原判決の判断は正当である。
二 上告人の賠償責任
1 原判決は、地方公営企業の管理者が単に内部的な事務処理の便宜上自己の権限に属する公金の支出行為を補助職員を用いてなす場合においては、法二四二条の二第一項四号の「当該職員」に該当するのは企業管理者のみであって、右補助職員はこれに該当しないと解される反面、右補助職員に違法な公金支出について故意もしくは過失の帰責事由があるときは、管理者は、現実に右支出行為に関与していなくても、補助職員をいわば手足として自己の権限に属する行為を行わせる者として、補助職員の責任をそのまま自己の責任として負うものというべきであり、この場合の長の責任の根拠としては、補助職員をいわば長の履行補助者的な立場にあるものとみて、補助職員の責任がそのまま長の責任を基礎づける関係にあることに求められるのであり、本件においても、上告人は本件支出につき管理者としてその権限を有し、内部的な事務処理の便宜上、総務課長を自己の手足として自己の権限に属する支出行為の補助執行を行わせたにすぎないのであるから、総務課長の違法な本件支出行為については上告人がその責任を負うべきである旨判示している(原判決引用の一審判決三一丁裏七行目から三二丁表一二行目及び原判決一四丁裏六行目から一一行目)。
2 右判示は、要するに、上告人は専決権者である総務課長をいわば手足として自己の権限に属する行為を行わせており、右総務課長は上告人の履行補助者と考えられることを根拠に、総務課長の責任がそのまま上告人の責任となるとする見解である。
3 ところで、問題は、財務会計上の行為が専決処理という形式をとって補助執行された場合、法二四二条の二第一項四号の長の損害賠償責任をどのように考えるべきかという点である。
補助執行の行政上の効果として、長がしたのと同一の効果が発生すること、債務の履行に関しては補助職員たる専決権者が長の履行補助者であることについては異論はない。
しかしながら、住民訴訟は、長の機関責任としての行政上の責任や債務不履行責任を問うものではなく、長の個人責任としての不法行為責任を問うものである(最高裁昭和六一年二月二七日判決(市川市長接待事件)―民集四〇巻一号八八頁、大阪高裁平成元年一月二七日判決(八幡市ヤミ給与事件)―判タ六九〇号二六一頁、東京地裁昭和五七年九月一六日判決(港区私設電話使用料金事件)―判時一〇五八号三五頁)から、あくまでも長自らの行為について考えられなければならない。
4 この点につき、原判決は前記のとおり、いわゆる手足論ないし履行補助者論を根拠に総務課長の責任を直ちに上告人の責任と考えているが、民法上の不法行為は、同法七一四条一項、七一五条一項、七一六条の規定からも窺えるように自己責任の原則を採用しており、他人の行為を本人の行為と同視してその責任を問う規定は存在せず、他人の行為を本人の行為と同視してその責任を問われることはないというべきであり、その例外としては、使用者責任、国家賠償責任など法が明文によってこれを認めた場合に限られるのである。したがって、専決権者のした事務処理はあくまで専決権者の行為であって長の行為ではないにもかかわらず、原判決が手足論ないし履行補助者論をもって総務課長の行為を上告人の行為と同視し、前者の責任を直ちに後者の責任と考えていることは、機関責任としての行政上の責任と個人責任としての不法行為責任とを混同しているものであって、この点において原判決は致命的な誤りを犯しているといわざるをえない。
ちなみに、前掲東京高裁判決の一審判決(東京地裁昭和六三年三月一五日判決―判時一二六六号一七頁)は本件原判決と同じくいわゆる手足論ないし履行補助者論を採用したものであったが、右東京高裁判決によりその立論は否定され、その結果、いわゆる手足論ないし履行補助者論を維持しているのは本件原判決のみであって判例の傾向からみても極めて特異なものとなっていることは注意されるべきである。
また、もし、専決権者の責任がそのまま長の責任になると考えた場合には、職員の賠償責任を定めた法二四三条の二の規定との関係をどのように理解すればよいのかが問題となる。すなわち、同条の職員には長は含まれず(前掲最高裁昭和六一年二月二七日判決)、その責任についても民法の規定が排除され(同条九項)、その要件は「故意又は重過失」とされている(同条一項)ことに関し、専決権者の責任がそのまま長の責任と考えるならば、法二四二条の二の長の責任要件も「故意又は重過失」となる(名古屋高裁昭和五〇年二月一〇日判決(豊田市接待事件)―行集二六巻二号一五五頁、浦和地裁昭和五三年三月六日判決(所沢市長祝い金事件)―判時八八二号二六頁、前掲東京地裁昭和五七年九月一六日判決)のか、逆に、長の責任要件は民法七〇九条に定めるとおり「故意又は過失」であるとしたうえ、専決権者の行為に「故意又は過失」があれば長も責任ありと考えるべきなのか不明である。
さらに、処理すべき事務量が増大の一途をたどっている地方公共団体もしくは地方公営企業においては、多数の事項が専決によって処理されており、専決の性質上当然のことながら、長はこれに全く関与していないのが一般であるにもかかわらず、専決権者の専決処理に帰責事由があった場合は、専決権者の責任はすべて長自身の個人的責任であるとして、長において賠償義務を免れないとすることは行政の現実からみても受け入れられるところではない。
5 しからば、いかなる場合に長が責任を負うべきかにつき考えるに、それは、①長が専決権者と共同(共謀、教唆、幇助)して当該財務会計上の行為を行った場合ないし長が当該財務会計上の行為に実質的に関与し、本来的に有する財務会計上の行為を行う権限を行使したものと評価できる場合、又は、②故意又は過失により、専決権者に対する財務会計上の指揮監督権の行使を怠った場合に限られると解すべきである(①②につき、前掲大阪高裁平成元年一月二七日判決、浦和地裁昭和五五年一二月一四日判決(川越市研修図書購入費事件)―行集三一巻一二号二六七九頁、①につき、松山地裁平成元年三月一七日判決(愛媛県玉串料事件)―判時一三〇五号二六頁、②につき、前掲名古屋高裁昭和五〇年二月一〇日判決、同浦和地裁昭和五三年三月六日判決、同東京地裁昭和五七年九月一六日判決、同東京高裁平成元年三月三〇日判決)。
なお、右②につき、原判決は指揮監督行為を財務会計上の行為とみることは困難である旨判示している(原判決一四丁裏一一、一二行目)が、長は本来的に財務会計上の行為を行う権限を有している以上、違法な支出行為を予防すべき指揮監督権をも有していると解すべきであり、したがって、右指揮監督行為は財務会計上の行為としてとらえられるべきである(前掲浦和地裁昭和五五年一二月二四日判決、同東京地裁昭和五七年九月一六日判決、同大阪高裁平成元年一月二七日判決)。
この点に関し、前掲最高裁昭和六二年四月一〇日判決が、「右決裁行為自体は前述の議長の事務統理権ないし議会局職員に対する指揮監督権に基づく行為と観念すべきものであって、本来長に専属するものとされている予算執行に関する事務の権限の行使として行われるべき支出命令等の財務会計上の行為とはその性質を異にするというべきである。」と判示している点を援用して、下級職員に対する指揮監督行為は財務会計上の行為ではないとする考え方もあるが、同判決に係る事案は、議会の議長が支出伺等に決裁印を押捺したこと等につきその責任を問われたものであって、同判決に判示するように、議会の議長は財務会計上の行為を行う権限を全く有していないのであるから、本件のように、本来的に財務会計上の行為を行う権限を有する長の下級職員に対する指揮監督行為とは同列には論じられない。
6 そこで、長が二四二条の二第一項四号の賠償責任を負わなければならない場合を前記のように考えたうえ、本件において上告人がこれに該当するか否かにつき検討する。
まず、上告人が専決権者たる総務課長と共同(共謀、教唆、幇助)して本件支出行為を行い、もしくは上告人が本件支出行為に実質的に関与し、上告人が本来的に有する財務会計上の行為を行う権限を行使した事実は全くない。
次に、上告人の総務課長に対する財務会計上の指揮監督権行使懈怠につき考えるに、本件においては、上告人が総務課長に対する指揮監督権行使の義務を怠った事実及び右義務懈怠につき故意、過失が存した事実は存しない。すなわち、右指揮監督とは総務課長が違法な支出行為を行おうとするときにはこれを阻止すべきことを内容とするものと考えられるところ、上告人は昭和五七年四月二日に水道企業管理者に就任したものであるが、従前より、監査委員による例月現金検査、定例監査、また、大阪府議会決算特別委員会において水道部の支出が違法ないし不適正である旨の指摘は全くなかったのであるから、上告人が本件支出につき指揮監督権を行使することは不必要であり、加えて、上告人の管理者就任から本件支出までは僅か二か月しかなかったのであるから、上告人があえて本件支出につき指揮監督権を行使すべき状況にはなかったというべきである。
7 以上の次第であるから、上告人が本件支出につき不法行為責任を負うべき根拠は全くなく、原判決が総務課長を上告人の履行補助者と考え、これを根拠に上告人に不法行為責任を課すべきであるとしたことは法二四二条の二第一項四号の解釈、適用を誤ったものであり、原判決はこの点において破棄を免れない。
第二 <省略>