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最高裁判所第二小法廷 平成2年(行ツ)181号 判決 1992年7月17日

上告人兼日本硝子工機株式会社訴訟承継人

サーマトロニクス貿易株式会社

右代表者代表取締役

平山正武

右訴訟代理人弁護士

水田耕一

同弁理士

萼優美

萼経夫

成田敬一

中村寿夫

被上告人

坂東機工株式会社

右代表者代表取締役

坂東茂

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人水田耕一、同萼優美、同萼経夫、同成田敬一、同中村寿夫の上告理由について

原審の適法に確定した事実関係によれば、本件無効審判請求につき前にされた審決の取消訴訟における判決は、右訴訟の係属中に特許請求の範囲の減縮をも目的とした訂正審決が確定したことにより、訂正前の本件明細書の特許請求の範囲第一項に記載された発明を対象とした右審決は結果的に審判の対象を誤った違法があることになるとし、更に進んで、訂正後の本件明細書の特許請求の範囲第一項に記載された発明につき無効原因はないとの判断も加えて、審決を取り消したというのであり、そうであるならば、右取消判決の拘束力の生じる範囲は、審決が審判の対象を誤ったとした部分にとどまるのである。本件無効審判請求につき更にされた本件審決は、右取消判決の拘束力に従い訂正後の本件明細書の特許請求の範囲第一項に記載された発明を審判の対象とした上で、右発明につき無効原因はないと判断しているが、右判断は右取消判決の拘束力に従ってされたものではないというべきであり、これが右取消判決の拘束力に従ってされたものであることを前提とする原判決の説示部分には、審決取消判決の拘束力に関する法令の解釈適用を誤った違法があるといわなければならない。

しかしながら、原判決は、訂正後の本件明細書の記載は特許法三六条四項及び五項(昭和六〇年法律第四一号による改正前のもの)の要件を満たしている旨の認定判断、すなわち、訂正後の本件明細書の特許請求の範囲第一項に記載された発明につき無効原因はないとした本件審決の判断が是認できる旨の認定判断をもしており、右認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができるから、原判決の前記説示部分の違法はその結論に影響しないものというべきである。

以上によれば、特許無効審判事件についての審決取消判決には拘束力はないとして原判決の前記説示を論難する所論は、結局、理由がないことに帰する。論旨は、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官木崎良平 裁判官藤島昭 裁判官中島敏次郎 裁判官大西勝也)

上告代理人水田耕一、同萼優美、同萼経夫、同成田敬一、同中村寿夫の上告理由

原判決には、行政事件訴訟法第三三条及び特許法第一八一条の解釈・適用を誤った違法があり、その法令違背が判決に影響を及ぼすことが明らかである。

一、原判決は、次のとおり判示している。

「特許無効審判請求について特許庁がした特許無効の審決取消の訴訟が提起され、裁判所が右審決の認定、判断の誤りを理由として右審決を取り消す判決を言い渡し、右判決が確定した場合、特許庁審判官は、さらに審理を行い、審決をしなければならない(特許法第一八一条二項)。そして、行政事件訴訟法第三三条第一項の規定により、右取消判決は判決確定後の行政庁の行為を直接に規制するから、その拘束力は、当該事件について審理され、判決の理由において違法事由として示された事実上及び法律上の判断に及び、特許庁審判官は右判決のこの点に関する判断に抵触する判断をすることができない。

ところで、特許庁審判官がした再度の審決に対してもこれに不服の当事者は、審決取消訴訟を提起することができるが、行政事件訴訟法第三三条第一項の規定は、取消判決の行政庁に対する拘束力を規定したものであって、裁判所を拘束する規定ではないから、この規定から直ちに再度の審決取消訴訟において先の判決が裁判所を拘束するとはいえない。

しかしながら、審決取消訴訟の訴訟物は審決の違法性であって、審決が違法になされたか否かが審理、判断の対象になるのであるから、再度の審決取消訴訟においては、取消判決の拘束力に従う法律上の義務のある審判官がした審決が違法になされたか否かが審理、判断の対象であり、再度の審決は、取消判決の拘束力に従ってなされた限度においては(審決取消訴訟において提出の許される新たな主張、証拠によって再度の審決と異なる結論に到達した場合を除き)これを違法とすることができないと解するのが相当である。」(二〇丁表九行〜二一丁裏三行)

二、原判決の右判示によれば、原判決は、特許無効審判請求について特許庁がした特許無効の審決の取消訴訟において裁判所がした審決の認定・判断の誤りを理由とする審決取消の判決につき、その判決が確定した場合、行政事件訴訟法第三三条第一項の規定により、特許庁審判官は右判決の理由において違法事由として示された事実上及び法律上の判断に拘束されるとの見解を示している。

(一) しかしながら、行政事件訴訟法第三三条第一項は、処分又は裁決を取り消す判決の拘束力を、「当事者たる行政庁その他の関係行政庁」について生じさせているものである。

右規定自体からも明らかなように、右の規定に基づく拘束力を生じるのは、行政庁を当事者(すなわち被告)とする取消訴訟に限られる(より正確にいうならば、行政事件訴訟法第一一条の規定により被告適格を有する者を被告とする取消訴訟に限られる)。

これに対して、特許無効審判事件につきなされた特許無効の審決の取消訴訟において被告とされるのは、その審判の請求人である(特許法一七九条但書)。したがって、右取消訴訟の判決については、行政事件訴訟法第三三条第一項に規定する拘束力は生じないものといわなければならない。

(二) これを、実質的にみるとき、右のように考えることの妥当性が一層強く認められるであろう。

1 特許法第一七九条但書は、前記の如く、特許無効の審決の取消訴訟において被告たるべき者を、当該審判の請求人としている。

しかして、行政事件訴訟については、行政事件訴訟法に特別の定めがない限り民事訴訟法の規定が適用される(行訴法七条)ので、民事訴訟法の自白に関する規定(民訴法二五七条・一四〇条)は、行政事件訴訟法にもそのまま適用される。

行政事件訴訟において、行政庁が被告であるときは、公益を維持すべき使命を有する行政庁の立場からして、公益に反する自白をすることはありえないと考えることができる。

これに対して、一私人にすぎない審判の請求人が被告であるときは、専ら私益的な理由に基づいて、公益に反する自白をすることが予想されるのである。しかるに、行政事件訴訟法上及び民事訴訟法上、そのような自白を阻止し、又はそのような自白の効力を否定しうる規定は存在しない。

2 たとえば、特許無効の審決において、特許を無効とすべき理由とされたのが、特許法第二九条第一項第三号に定める「特許出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物」であったとする。

右審決の取消訴訟において、原告(審決の被請求人、すなわち特許権者)が、審決の引用した右刊行物の頒布の日を争い、その頒布が特許出願の後であると主張し、被告(審判の請求人)がこれを認めた場合、裁判所はその自白に拘束され、右刊行物は特許出願の前に頒布されたものではない旨の認定をして、審決を取り消すことになる。

また、右取消訴訟において、原告が、審決の引用した前記刊行物の記載内容を争い、右刊行物記載の発明が、当該特許発明と内容的に相違する(すなわち、右刊行物には、当該特許発明に係る技術の記載がない)と主張し、被告がこれを認めた場合、裁判所はその自白に拘束され、右刊行物には当該特許発明に係る発明の記載がない旨の認定をして、審決を取り消すことになる。

もし、前記刊行物の頒布が、真実特許出願の後になされたものであり、また前記刊行物に記載の発明が、真実当該特許発明と内容的に相違するものであれば、審決を取り消す判決が公益に反することはない。

これに対し、右の各場合における原告の主張がいずれも真実でないにもかかわらず、被告が訴訟外において原告から当該特許権について無償の実施権の設定を受けるなど、何らかの利益の供与を受けるのと引き換えに、原告の主張が真実に反することを知りながら、前記のような自白をした場合にも、裁判所が、この自白に基づいて審決取消の判決をせざるをえないということは、公益に反する結果となるわけである。

しかして、右のような自白がなされる例は実務上少なくなく、東京高等裁判所の判決例にも多く見出されるところである。

3 右に述べたような真実に反する事実につき、真実に反することを認識しながらなされる被告の自白に基づいて審決を取り消す判決がなされ、それが確定した場合、もし、審判官が、特許法第一八一条第二項の審決をするにつき、判決に拘束されるものとすると、次の如き不合理な結果を生ずる。

第一は、審判手続においては、職権証拠調(特許法一五〇条一項)ができるものとされ、かつ、審判官は、当事者の自白に拘束されないものとされている(特許法一五一条後段中の民訴法二五七条の読み替え規定)にもかかわらず、さきの審決の取消訴訟においてなされた当事者の自白に基づいてなされた判決の拘束力により、結果として当事者の自白に拘束されることになり、審判手続について公益上の見地から採用されている前記の如き事実認定に関する原則が破壊されることになることである。

第二は、審判官は、判決が審決を違法とした事実上及び法律上の判断に拘束される結果、さきの審決が引用した刊行物によっては特許を無効とすることができない(したがって、審判請求は成り立たない)旨の審決をしなければならないことになるが、その審決が確定すると、何人も当該刊行物に基づいて、特許無効の審判を請求することができなくなる(特許法一六七条)ので、特許制度上の公正さが損なわれ、公益が大きく害されることである。

4 このような不合理な結果を招来しないようにするための立法上の解決策は、行政庁を当事者としない行政事件訴訟、ないしは少なくも請求人を被告とする無効審決の取消訴訟において、裁判所が自白に拘束されないものとする規定を設けることにあると思われるが、そのような立法的解決が図られない限り、公益維持の見地からして、行政庁を当事者としない行政訴訟、ないしは少なくも請求人を被告とする無効審決の取消訴訟についてなされた判決につき、行政事件訴訟法第三三条第一項による拘束力を認めないものとする解釈をとる必要があると思われるのである。

(三) 特許法第一八一条第二項は、審決を取り消す判決が確定した場合、審判官は、さらに審理を行い、審決をしなければならないものとしているが、行政事件訴訟法第三三条第二項とは異なり、「判決の趣旨に従い」審決をしなければならないものとはしていない。

このような両法にみられる規定の相違からしても、無効審決を取り消す判決の拘束力が審判官に及ばないものとする解釈をとる余地は、充分にあるものと考える次第である。

(四) 以上にみたところから明らかなとおり、無効審決を取り消す判決が確定した場合、審判官が右判決の理由において違法事由として示された事実上及び法律上の判断に拘束されるとの原判決の判断は、行政事件訴訟法第三三条第一項及び特許法第一八一条第二項の解釈・適用を誤るものであり、原判決には右の法令違背があるものといわなければならない。

三、原判決は、審判手続における原告らの主張(但し、原判決五丁裏末行〜六丁表四行記載の③の主張を除く。)についての本件審決の認定、判断は、「一次判決の拘束力に従ってなされたものであり、本訴において審判手続における右主張を繰り返して一次判決の拘束力に従ってなされたこの点に関する審決の認定、判断の誤りを取消事由として主張することは許されないというべきである。」とし(原判決二三丁裏八行〜二四丁表二行)、原審においてした右審決の認定・判断を誤りとする原告らの主張自体失当である(原判決二四丁裏五行〜七行)として、上告人らの請求を棄却したものである。

されば、原判決の前記法令違背が、判決に影響を及ぼすことは明らかである。

四、よって、原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背があるから、原判決を破棄し、さらに相当の裁判を求めるため、上告に及ぶ次第である。

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