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最高裁判所第二小法廷 平成21年(あ)934号 決定 2010年2月17日

主文

本件上告を棄却する。

当審における未決勾留日数中180日を本刑に算入する。

理由

第1弁護人斎藤隆弘,同近藤怜,同山本健太郎の上告趣意のうち,憲法39条後段違反をいう点について

1  記録によれば,以下の事実が認められる。

(1)  本件公訴事実の要旨は,「被告人は,平成19年3月17日午後10時55分ころ,現に人が住居に使用せず,かつ,現に人がいない山口県宇部市所在の店舗兼事務所(以下「本件建物」という。)を焼損しようと企て,その1階事務所内において,火を放って同事務所の板壁や天井に燃え移らせ,上記建物を全焼させて焼損した。」というものである(以下「本件放火」という。)。

(2)  被告人は,本件起訴に先立ち,建造物侵入,窃盗被告事件で山口地方裁判所に起訴されていたが(以下「前訴」という。),その公訴事実の要旨は,「被告人は,正当な理由がないのに,平成19年3月17日,本件建物に侵入し,同所において現金や商品券等を窃取した。」というものであり(以下,上記建造物侵入,窃盗を「別件建造物侵入,窃盗」という。),その犯行日は本件公訴事実の犯行日と同じであり,侵入の対象建物は本件公訴事実における放火の対象建物と同じであった。

(3)  第1審において,本件(以下「後訴」ともいう。)と前訴とは,弁論がいったん併合されたが,その後弁護人の請求により弁論が分離され,被告人は,平成20年2月18日,前訴の別件建造物侵入,窃盗の罪(追起訴に係る他の2件の窃盗の罪を含む。)により,懲役1年2月,3年間執行猶予の有罪判決の言渡しを受け,この判決は同年3月4日確定した。

2  所論は,別件建造物侵入と本件放火とは牽連関係に立つので,前訴の別件建造物侵入,窃盗の訴因と,後訴の本件放火の訴因の間には公訴事実の単一性があり,前訴の確定判決の一事不再理効は後訴に及ぶから,本件については刑訴法337条1号により免訴の判決をすべきであったにもかかわらず,原判決は,かかる主張を権利の濫用として排斥した上,被告人を懲役3年6月に処した第1審判決を是認したものであって,同号に違反し,ひいては憲法39条後段に違反すると主張する。

3  そこで,前訴の訴因と後訴の訴因との間の公訴事実の単一性について検討する。

まず,本件放火と別件建造物侵入の関係についてみると,第1審判決は,本件放火が行われたのは別件建造物侵入の際ではなく,これに引き続き行われた2回目の侵入の際であったと認定したが,これに対し,原判決は,別件建造物侵入(以下「初回の侵入」という。)の際に本件放火が行われた可能性がないとはいえないとした。しかし,第1審判決の上記認定は,記録に照らし,十分首肯できるから,この認定に事実誤認があるとした原判断は誤りであるといわざるを得ない。したがって,本件について検討するに当たっては,本件放火が行われたのは2回目の侵入の際であって,初回の侵入の際ではなかったことを前提とすべきである。

そして,第1審判決の認定するところによれば,被告人は,初回の侵入において,現金等のほか,自らの不正行為に関連する文書が入った段ボール箱を持ち出した上,事務所を出る際,出入口の施錠をしつつ退去したというのであるから,その後に行われた2回目の侵入が時間的に接着したもので,初回の侵入と同様,証拠隠滅の目的によるとしても,新たな犯意によるものと認めることが相当であり,初回及び2回目の各侵入行為を包括一罪と評価すべきものとはいえない。

そうすると,初回の侵入行為と本件放火行為とは牽連関係に立つべきものではないから,憲法39条後段違反をいう所論は前提を欠き,刑訴法405条の上告理由に当たらない。本件について刑訴法337条1号を適用すべき場合に該当しないとした原判決は,結論において相当である。

第2同上告趣意のその余の点について

同上告趣意のその余の点は,事実誤認の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。

よって,刑訴法414条,386条1項3号,刑法21条により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 古田佑紀 裁判官 竹内行夫 裁判官 須藤正彦 裁判官 千葉勝美)

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