最高裁判所第二小法廷 平成21年(受)216号 判決 2011年2月18日
主文
1 原判決中,上告人の被上告人らに対する請求に関する部分を破棄する。
2 前項の部分につき,被上告人らの控訴を棄却する。
3 第1項の部分に関する控訴費用及び上告費用は被上告人らの負担とする。
理由
上告代理人鈴木堯博の上告受理申立て理由について
1 本件は,上告人が,自己が保険金受取人である簡易生命保険契約につき,被上告人Y1及び同Y2が上告人に無断で保険金及び契約者配当金(以下「保険金等」という。)の支払請求手続を執り,郵便局員である被上告人Y3が上告人の意思確認を怠り支払手続を進めるなどした結果,被上告人Y1及び同Y2に保険金等が支払われ,保険金等相当額の損害を被ったなどとして,被上告人らに対し,不法行為に基づく損害賠償を求める事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
(1) Aは,平成7年9月29日ころ,国との間で,保険金受取人をA,被保険者を上告人,保険金額を500万円,保険期間の終期を平成17年9月28日とする簡易生命保険(普通養老保険)契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。
(2) Aは,平成9年▲月▲日に死亡した。その子であるBは,本件保険契約の保険契約者の地位を承継し,保険金受取人をBに変更した。
(3) 日本郵政公社は,平成15年4月1日,本件保険契約上の国の権利義務を承継した。
(4) Bは,平成17年▲月▲日に死亡した。その夫である被上告人Y1は,本件保険契約の保険契約者の地位を承継したが,保険金受取人を新たに指定することのないまま,保険期間の終期が経過した。
(5) 本件保険契約に基づく保険金等の支払請求権(以下,上記保険金等を「本件保険金等」といい,その支払請求権を「本件保険金等請求権」という。)は,簡易生命保険法55条1項1号により,被保険者である上告人に帰属する。
(6) 郵便局員である被上告人Y3は,平成17年10月3日ころ,被上告人Y1及び同Y2に対し,本件保険金等請求権が上告人に帰属する旨説明をした。
(7) 被上告人Y1及び同Y2は,上告人に無断で,上告人名義の委任状(以下「本件委任状」という。)等を作成した上で,平成17年11月28日,被上告人Y3に対し,本件委任状等を提出して,本件保険金等の支払を請求した。本件委任状には,これに記載された上告人の生年月日が本件保険契約の保険証書の記載と明らかに異なっているという不審な点があったが,被上告人Y3は,本件委任状と上記保険証書とを対照せず,これに気付かなかった。もっとも,上記保険証書の被保険者は「甲野花子」となっていたのに対し,本件委任状は「甲田花子」名義で作成されていたことから,被上告人Y3は,被上告人Y2に対し,その旨指摘した上,「甲田花子」と「甲野花子」とが同一人物であることを証する書類が必要である旨申し向けた。ところが,被上告人Y2は,上告人から委任を受けていることは確かであるから,そのまま手続を進めてほしい旨懇願した。そこで,被上告人Y3は,上告人が自ら本件保険金等の支払請求手続を執ったものとして手続を進めることとし,被上告人Y2に,「甲野花子」名義の支払請求書兼受領証を作成するよう指示してこれを作成させた上,実際には確認をしていないのに,上告人名義の国民健康保険被保険者証により本人確認をしたものとして,虚偽の内容を記載した本人確認記録票等を作成し,支払手続を進めた。
(8) 被上告人Y1及び同Y2は,平成17年12月12日,上告人の代理人と称して,本件保険金等合計501万7644円の支払を受けた。
(9) 上告人は,日本郵政公社に対し,本件保険金等の支払を請求したが,日本郵政公社は,被上告人Y1及び同Y2に対する上記(8)の支払は有効な弁済であるとして,これを拒絶した。
(10) そこで,上告人は,本件訴えを提起した。本件訴訟において,被上告人Y3は,上記(8)の支払が有効な弁済とならない場合には上告人は依然として本件保険金等請求権を有していると主張して,上告人に損害が発生したことを否認し,被上告人Y1及び同Y2も,これを否認している。
3 原審は,被上告人らによる前記の行為は上告人に対する共同不法行為に当たるとしたが,次のとおり判断して,上告人の被上告人らに対する請求を棄却した。
本件保険金等の支払については,担当者である被上告人Y3に過失があり,これが有効な弁済とはならない以上,上告人は,依然として本件保険金等請求権を有しているから,本件保険金等相当額の損害が発生したと認めることはできない。
4 しかしながら,原審の上記判断のうち,上告人に損害が発生したと認めることができないとする部分は,是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1) 前記事実関係によれば,被上告人Y1及び同Y2は,被上告人Y3から本件保険金等請求権が上告人に帰属する旨の説明を受けていながら,上告人に無断で,本件委任状を作成した上,本件保険金等請求権の支払請求手続を執り,被上告人Y3から本件委任状の不備を指摘されると,上告人から委任を受けていることは確かであるとして,支払手続を進めるよう懇願し,被上告人Y3の指示を受けて「甲野花子」名義の支払請求書兼受領証を作成するなどして,本件保険金等の支払を受けたものである。その後,上告人は,日本郵政公社に本件保険金等の支払を請求したものの拒絶され,その損害を回復するために本件訴えの提起を余儀なくされた。他方,被上告人Y1及び同Y2が,依然として本件保険金等請求権は消滅していないことを理由に損害賠償義務を免れることとなれば,上告人は,同被上告人らに対する本件保険金等の支払が有効な弁済であったか否かという,自らが関与していない問題についての判断をした上で,請求の内容及び訴訟の相手方を選択し,攻撃防御を尽くさなければならないということになる。本件保険金等請求権が本来上告人に帰属するものであった以上は,被上告人Y1及び同Y2は上告人との関係で本件保険金等を保有する理由がないことは明らかであるのに,何ら非のない上告人がこのような訴訟上の負担を受忍しなければならないと解することは相当ではない。
以上の事情に照らすと,上記支払が有効な弁済とはならず,上告人が依然として本件保険金等請求権を有しているとしても,被上告人Y1及び同Y2が,上告人に損害が発生したことを否認して本件請求を争うことは,信義誠実の原則に反し許されないものというべきである(最高裁平成16年(受)第458号同年10月26日第三小法廷判決・裁判集民事215号473頁参照)。
(2) また,前記事実関係によれば,被上告人Y3は,被上告人Y1及び同Y2による本件保険金等の支払請求手続に不審な点があったにもかかわらず,上告人の意思を何ら確認せず,それどころか被上告人Y2の懇願を受け,上告人が自ら手続を執ったかのような外形を整えるために,被上告人Y2に「甲野花子」名義の支払請求書兼受領証の作成を指示してこれを作成させ,自らも内容虚偽の本人確認記録票を作成してまで支払手続を進めたのであるから,被上告人Y3においても,共同不法行為責任を負う被上告人Y1及び同Y2と同様に,上告人に損害が発生したことを否認して本件請求を争うことは,信義誠実の原則に反し許されないものというべきである。
5 これと異なる原審の前記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中,上告人の被上告人らに対する請求に関する部分は破棄を免れない。そして,以上に説示したところによれば,上記部分に関する上告人の請求は理由があり,これを認容した第1審判決は正当であるから,上記部分に係る被上告人らの控訴を棄却すべきである。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 須藤正彦 裁判官 古田佑紀 裁判官 竹内行夫 裁判官 千葉勝美)