最高裁判所第二小法廷 平成21年(受)516号 判決 2011年4月22日
上告人
信用組合関西興銀
同代表者代表清算人
A
同訴訟代理人弁護士
石井教文
桐山昌己
被上告人
X
同代表者代表取締役
B
同訴訟代理人弁護士
裵薫
成末奈穂
主文
1 原判決を破棄する。
2 主位的請求に関する被上告人の控訴を棄却する。
3 予備的請求に関する部分につき、本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
4 主位的請求に関する控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。
理由
上告代理人石井教文、同桐山昌己の上告受理申立て理由について
1 本件は、信用協同組合である上告人の勧誘に応じて上告人に合計500万円を出資したが、上告人の経営が破綻して持分の払戻しを受けられなくなった被上告人が、上告人は、上記の勧誘に当たり、上告人が実質的な債務超過の状態にあり経営が破綻するおそれがあることを被上告人に説明すべき義務に違反したなどと主張して、上告人に対し、① 主位的に、不法行為による損害賠償請求権に基づき、② 予備的に、出資契約上の債務不履行による損害賠償請求権に基づき、③ 更に予備的に、出資契約の錯誤無効又は詐欺取消しを理由とする不当利得返還請求権に基づき、500万円及び遅延損害金の支払を求める事案であり、主位的請求に係る不法行為による損害賠償請求権の消滅時効の起算点が争われている。
2 原審の確定した事実関係の概要等は、次のとおりである。
(1) 上告人は、中小企業等協同組合法に基づいて設立された信用協同組合であり、平成14年7月31日、総代会の決議により解散した。
(2) 上告人は、平成6年に行われた監督官庁の立入検査において、資産の回収可能性等を基に査定された欠損見込額を前提とする自己資本比率の低下を指摘され、さらに、平成8年に行われた立入検査においても、資産の大部分を占める貸出金につき、欠損見込額が巨額になっており、上記自己資本比率がマイナス1.80%であって実質的な債務超過の状態にあるなどの指摘を受け、文書をもって早急な改善を求められたが、その後も上記の状態を解消することができないままであった。
(3) 平成10年ないし平成12年頃、上告人は、資産の欠損見込額を前提とすると債務超過の状態にあって、早晩監督官庁から破綻認定を受ける現実的な危険性があり、代表理事らは、このことを認識していたにもかかわらず、上告人の本店の営業部長をして、被上告人に対し、そのことを説明しないまま、上告人に出資するよう勧誘させた。
(4) 被上告人は、上記の勧誘に応じ、上告人に対し、平成10年6月11日に100万円、平成12年3月22日に400万円の各出資(以下「本件各出資」という。)をした。
(5) 上告人は、平成12年12月16日、金融再生委員会から、金融機能の再生のための緊急措置に関する法律(平成11年法律第160号による改正前のもの)8条に基づく金融整理管財人による業務及び財産の管理を命ずる処分(以下「本件処分」という。)を受け、その経営が破綻した。被上告人は、これにより、本件各出資に係る持分の払戻しを受けることができなくなった。
同日に発表された金融再生委員会委員長の談話によれば、上告人が本件処分を受けたのは、上告人が、① 平成11年に行われた監督官庁の検査の結果、債務超過と見込まれ、② この検査結果を踏まえた平成12年6月末時点の財務状況につき再三にわたり報告を求められたが、上記検査結果と大きく異なる自己査定に基づいて財務状況を報告するにとどまり、必要な償却・引当てを適正に行えば大幅な債務超過であると見込まれ、③ 上記の債務超過を解消するための自己資本充実策等について再三にわたり報告を求められたにもかかわらず、具体的かつ実現性のある自己資本充実策を提出しなかったためであった。
被上告人は、その頃、上告人が本件処分を受けてその経営が破綻したことを知った。
(6) 平成13年3月12日に発表された上告人の金融整理管財人の報告書では、上告人が経営破綻に至った要因として、① いわゆるバブル期において量的拡大に走ったこと、② 大口預金等に依存した資金調達を行ってきたところ、平成9年の金融不安とマスコミ報道等によって、大口預金が流出して資金繰りがひっ迫したこと、③ 審査・管理部門と営業部門との相互けん制機能が発揮されず、担保不動産等を別会社に買い取らせたり、債務を関速会社に付け替えたりするなど、不良債権の実質的な整理回収とならない表面的な先送り処理が行われてきたことなどが指摘された。
(7) 上告人の金融整理管財人が作成した平成13年3月31日現在の貸借対照表によれば、上告人の債務超過額は約4800億円であった。
(8) 上告人の金融整理管財人は、平成13年6月26日付けで、出資者らに対し、① 上告人が本件処分を受けたこと、② 総代会において、同年3月期決算における上告人の資産状況は債務超過であると確定され、出資は全て損失に充当されることになったため、持分の払戻しには応じられないことを通知した。被上告人も、その頃、この通知を受領した。
(9) 平成13年6月に開催された出資者らを対象とする説明会において、上告人に対する出資金の返還又は出資金相当額の損害賠償を求める集団訴訟への参加が呼び掛けられ、その頃から被上告人と同様の立場にある出資者らにより上記の内容の訴訟が逐次提起され、同年中には集団訴訟も提起されるに至った(以下、本件訴訟に先立つ上記の各訴訟を「本件各先行訴訟」という。)。これらの事実は、その頃広く報道された。
(10) 平成10年ないし平成12年当時の上告人の代表理事らは、平成14年1月から2月にかけて金融整理管財人により背任罪で告訴され、その一部は起訴された(以下、上記告訴に係る刑事事件を「別件刑事事件」という。)。
本件各先行訴訟の一部において、平成16年1月、その原告らから別件刑事事件の訴訟記録の写しが書証として提出された。
(11) 被上告人は、平成19年3月5日、本件訴訟を提起した。
(12) 上告人は、平成19年4月20日の第1審口頭弁論期日において、被上告人に対し、主位的請求に係る不法行為による損害賠償請求権につき、消滅時効を援用する旨の意思表示をした。
3 原審は、上記事実関係の下において、上告人が実質的な債務超過の状態にあって経営破綻の現実的な危険があることを説明しないまま被上告人に対して本件各出資を勧誘したことは、信義則上の説明義務に違反し、被上告人に対する不法行為を構成するとした上、次のとおり判断して、上告人の消滅時効の抗弁を排斥し、被上告人の主位的請求を認容した。
(1) 民法724条にいう「損害及び加害者を知った時」とは、被害者において、単に加害者の行為により損害が発生したことを知っただけではなく、その加害行為が不法行為を構成することをも知った時との意味に解するのが相当である(最高裁昭和41年(オ)第712号同42年11月30日第一小法廷判決・裁判集民事89号279頁参照)。
(2) 被上告人において、本件各出資の勧誘が不法行為を構成することを知ったのは、上告人が債務超過の状態にあったことにつき当時の代表理事らにおいて認識又は認識可能性があったにもかかわらず、本来あるべき必要な説明を受けることなく本件各出資を勧誘されたという事実関係の概略が被上告人に判明した時点、すなわち本件各先行訴訟の一部において別件刑事事件の訴訟記録の写しが書証として提出された平成16年1月から相当期間が経過した後であるといわざるを得ない。よって、主位的請求に係る不法行為による損害賠償請求権の消滅時効の起算点は平成16年3月5日よりも後であり、本件訴訟が提起された平成19年3月5日には、上記損害賠償請求権についての3年の消滅時効期間は経過していなかった。
4 しかしながら、原審の上記3(2)の判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1) 民法724条にいう「損害及び加害者を知った時」とは、被害者において、加害者に対する賠償請求をすることが事実上可能な状況の下に、それが可能な程度に損害及び加害者を知った時を意味すると解するのが相当である(最高裁昭和45年(オ)第628号同48年11月16日第二小法廷判決・民集27巻10号1374頁参照)。
(2) 前記事実関係によれば、まず、被上告人は、本件処分がされた平成12年12月頃には、上告人が本件処分を受けてその経営が破綻したことを知ったというのであるから、その頃、上告人の勧誘に応じて本件各出資をした結果、損害を被ったという事実を認識したといえる。さらに、① 被上告人が本件各出資をしてから本件処分までの期間は8か月余ないし2年6か月余であることや、② 本件処分当日に発表された金融再生委員会委員長の談話や平成13年3月12日に発表された上告人の金融整理管財人の報告書において、平成11年に行われた監督官庁の検査の結果、上告人は、既に債務超過と見込まれ、自己資本充実策の報告を求められていたにもかかわらず、その後も適切な改善策を示すことなく、不良債権の整理回収とはならない表面的な先送りを続けていたなどの事情が明らかにされていたことに加え、③ 平成13年6月頃以降、被上告人と同様の立場にある出資者らにより、本件各先行訴訟が逐次提起され、同年中には集団訴訟も提起されたというのであるから、上告人が実質的な債務超過の状態にありながら、経営破綻の現実的な危険があることを説明しないまま上記の勧誘をしたことが違法であると判断するに足りる事実についても、被上告人は、遅くとも同年末には認識したものとみるのが相当である。上記時点においては、被上告人が上記の勧誘が行われた当時の上告人の代表理事らの具体的認識に関する証拠となる資料を現実には得ていなかったとしても、上記の判断は何ら左右されない。
そうすると、本件の主位的請求に係る不法行為による損害賠償請求権の消滅時効は、遅くとも平成13年末から進行するというべきであり、本件訴訟提起時には、上記損害賠償請求権について3年の消滅時効期間が経過していたことが明らかである。
5 以上と異なる原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。以上説示したところによれば、主位的請求を棄却した第1審判決は正当であるから、同請求に関する被上告人の控訴を棄却すべきである。そして、予備的請求について、更に審理を尽くさせる必要があるから、本件を原審に差し戻すこととする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 千葉勝美 裁判官 古田佑紀 竹内行夫 須藤正彦)