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最高裁判所第二小法廷 平成21年(受)629号 判決 2009年12月18日

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人平澤慎一,同福本悦朗の上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について

1  本件は,上告人が,被上告人Y1(以下「被上告会社」という。)に委託して行った商品先物取引において損失を被ったことについて,その従業員である被上告人Y2による説明義務違反等の違法行為があると主張して,被上告人らに対し,不法行為に基づく損害賠償を求める事案である。

2  原審の確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。

(1)  被上告会社は,商品先物取引の受託等を目的とする会社である。また,被上告会社は,商品取引員であり,東京工業品取引所の会員である。被上告人Y2は,被上告会社の従業員であり,上告人との取引を担当した者である。

(2)  上告人は,被上告会社との間で商品先物取引委託契約を締結し,これに基づき,平成17年6月14日から同年11月15日まで,被上告会社に委託して,1審判決別紙「建玉分析表」(ただし,場節の欄を除く。)のとおり,東京工業品取引所の白金の商品先物取引を行った。その結果,上告人は合計687万9970円の損失を被った。

(3)  被上告会社は,少なくとも,上記取引期間中,平成18年4月限及び6月限の白金について,それぞれ委託玉(商品取引員が顧客の委託に基づいてする取引)と自己玉(商品取引員が自己の計算をもってする取引)とを通算した売りの取組高と買いの取組高とが均衡するように自己玉を建てることを繰り返していた(以下,このように委託玉と自己玉とを通算した売りの取組高と買いの取組高とを均衡するように自己玉を建てることを繰り返す取引手法のことを「本件取引手法」という。)。そして,本件取引手法が用いられると,取引が決済される場合,委託玉全体と自己玉とに生ずる結果が,一方に利益が生ずるなら他方に損失が生ずるという関係にある。この意味で,委託者全体と商品取引員との間には利益相反の関係がある。

(4)  上告人は,被上告人Y2が被上告会社において本件取引手法を用いていることについて説明しなかったことが上告人に対する不法行為を構成すると主張している。

3  原審は,被上告人Y2が上告人に対し本件取引手法を用いていることを説明すべき義務を負っていたとはいえないなどとして,上告人の請求を棄却すべきものとした。

4  しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

商品先物取引は,相場変動の大きい,リスクの高い取引であり,専門的な知識を有しない委託者には的確な投資判断を行うことが困難な取引であること,商品取引員が,上記委託者に対し,投資判断の材料となる情報を提供し,上記委託者が,上記情報を投資判断の材料として,商品取引員に対し,取引を委託するものであるのが一般的であることは,公知の事実であり,上記委託者の投資判断は,商品取引員から提供される情報に相応の信用性があることを前提にしているというべきである。そして,商品取引員が本件取引手法を用いている場合に取引が決済されると,委託者全体の総益金が総損金より多いときには商品取引員に損失が生じ,委託者全体の総損金が総益金より多いときには商品取引員に利益が生ずる関係となるのであるから,本件取引手法には,委託者全体の総損金が総益金より多くなるようにするために,商品取引員において,故意に,委託者に対し,投資判断を誤らせるような不適切な情報を提供する危険が内在することが明らかである。そうすると,商品取引員が本件取引手法を用いていることは,商品取引員が提供する情報一般の信用性に対する委託者の評価を低下させる可能性が高く,委託者の投資判断に無視することのできない影響を与えるものというべきである。

したがって,少なくとも,特定の商品(商品取引所法2条4項)の先物取引について本件取引手法を用いている商品取引員が専門的な知識を有しない委託者から当該特定の商品の先物取引を受託しようとする場合には,当該商品取引員の従業員は,信義則上,その取引を受託する前に,委託者に対し,その取引については本件取引手法を用いていること及び本件取引手法は商品取引員と委託者との間に利益相反関係が生ずる可能性の高いものであることを十分に説明すべき義務を負うものというべきである。

しかるに,原審は,上告人が専門的な知識を有しない委託者であるか否か,被上告会社が上告人から商品先物取引の委託を受ける前から白金について本件取引手法を用いていたか否か,被上告人Y2が上記のような説明をしたか否か等につき審理することなく,被上告人Y2に説明義務違反がないと判断したのであり,この判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は上記の趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。

よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 今井功 裁判官 中川了滋 裁判官 古田佑紀 裁判官 竹内行夫)

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