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最高裁判所第二小法廷 平成21年(行ヒ)199号 判決 2009年12月04日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人大石篤史ほかの上告受理申立て理由1-2について

1  本件は,芦屋税務署長が,上告人の所得税について,租税特別措置法(平成14年法律第79号による改正前のもの。以下「措置法」という。)40条の4第1項に基づき,シンガポール共和国において設立され上告人がその発行済株式総数の6割を有する会社の未処分所得を,上告人の雑所得の金額の計算上総収入金額に算入するとの更正及び過少申告加算税の賦課決定をしたため,上告人が,措置法の上記規定は「所得に対する租税に関する二重課税の回避及び脱税の防止のための日本国政府とシンガポール共和国政府との間の協定」(平成7年条約第8号。以下「日星租税条約」という。)7条1項に違反するなどとして,被上告人を相手に,これらの処分の取消しを求める事案である。

2  措置法40条の4第1項は,居住者に係る外国関係会社(外国法人で,その発行済株式等のうちに居住者及び内国法人の有する直接及び間接保有の株式等の総数又は合計額の占める割合が100分の50を超えるもの等をいう。同条2項1号)のうち,本店又は主たる事務所の所在する国又は地域におけるその所得に対して課される税の負担が本邦における法人の所得に対して課される税の負担に比して著しく低いものとして政令(租税特別措置法施行令25条の19第1項2号)で定める外国関係会社に該当するもの(税額が所得金額の100分の25以下であるもの。以下「特定外国子会社等」という。)が,各事業年度においてその未処分所得の金額から留保したものとして所定の調整を加えた金額(適用対象留保金額)を有する場合には,その金額のうちその者の有する株式等に対応するものとして所定の方法により計算された金額(以下「課税対象留保金額」という。)に相当する金額をその者の雑所得に係る収入金額とみなして,各事業年度終了の日の翌日から2月を経過する日の属する年分に係るその者の雑所得の金額の計算上,総収入金額に算入する旨規定する。

他方,日星租税条約7条1項前段は,一方の締約国の企業の利得に対しては,その企業が他方の締約国内にある恒久的施設を通じて当該他方の締約国内において事業を行わない限り,当該一方の締約国においてのみ租税を課することができると規定し,同項後段は,一方の締約国の企業が他方の締約国内にある恒久的施設を通じて当該他方の締約国内において事業を行う場合には,その企業の利得のうち当該恒久的施設に帰せられる部分に対してのみ,当該他方の締約国において租税を課することができると規定する。

3  一般に,自国における税負担の公平性や中立性に有害な影響をもたらす可能性のある他国の制度に対抗する手段として,いわゆるタックス・ヘイブン対策税制を設けることは,国家主権の中核に属する課税権の内容に含まれるものと解される。したがって,租税条約その他の国際約束等によってこのような税制を設ける我が国の権能が制約されるのは,当該国際約束におけるその旨の明文規定その他の十分な解釈上の根拠が存する場合でなければならないと解すべきであるところ,日星租税条約7条1項は,いわゆる法的二重課税を禁止するにとどまるものであって,同項が禁止又は制限している行為は,一方の締約国の企業に対する他方の締約国の課税権の行使に限られるものと解するのが相当である(最高裁平成20年(行ヒ)第91号同21年10月29日第一小法廷判決・裁判所時報1495号1頁参照)。そして,措置法40条の4第1項による課税が,あくまで我が国の居住者(所得税法2条1項3号)に対する課税権の行使として行われるものである以上,日星租税条約7条1項による禁止又は制限の対象に含まれないことは明らかである。

4(1)  もっとも,各締約国の課税権を調整し,国際的二重課税を回避しようとする日星租税条約の趣旨目的にかんがみると,その趣旨目的に明らかに反するような合理性を欠く課税制度は,日星租税条約の条項に直接違反しないとしても,実質的に同条約に違反するものとして,その効力を問題とする余地がないではない。

(2)  措置法40条の4第1項の規定は,居住者が,法人の所得等に対する租税の負担がないか又は極端に低い国若しくは地域(タックス・ヘイブン)に法人を設立して経済活動を行い,当該法人に所得を留保することによって,我が国における租税の負担を回避しようとする事例に対処して税負担の実質的な公平を図ることを目的として,一定の要件を満たす外国会社を特定外国子会社等と規定し,その課税対象留保金額を居住者の雑所得の計算上総収入金額に算入することとしたものと解される(最高裁平成17年(行ヒ)第89号同19年9月28日第二小法廷判決・民集61巻6号2486頁,前掲最高裁平成21年10月29日第一小法廷判決参照)。しかし,特定外国子会社等であっても,独立企業としての実体を備え,その所在する国又は地域において事業活動を行うことにつき十分な経済合理性がある場合にまで上記の取扱いを及ぼすとすれば,居住者の海外投資を不当に阻害するおそれがあることから,同条3項は,特定外国子会社等の事業活動が事務所,店舗,工場その他の固定施設を有し実体を備えていることなど経済合理性を有すると認められるための要件を法定した上,これらの要件がすべて満たされる場合には同条1項の規定を適用しないこととしている。

上記のような措置法40条の4が規定するタックス・ヘイブン対策税制は,特定外国子会社等に所得を留保して我が国の税負担を免れることとなる居住者に対しては当該所得を当該居住者の所得に合算して課税することによって税負担の公平性を追求しつつ,特定外国子会社等の事業活動に経済合理性が認められる場合を適用除外とするなど,全体として合理性のある制度ということができる。なお,タックス・ヘイブン対策税制が内国法人に適用される場合にはその特定外国子会社等の所得に対して課される外国法人税額の一部が当該内国法人の所得に対する法人税額から控除される(措置法66条の7)のに対し,所得税については同様の外国法人税額控除は認められていないが,これは,所得税法が,法人税法と異なり,外国法人から居住者が配当を受ける場合に,当該外国法人の所得に対して課される外国法人税額を当該居住者の所得に対する所得税額から控除する制度を設けていないこととの均衡を考慮したものと解されるから,このことをもって措置法40条の4が合理性を欠くということもできない。

そうすると,上記のタックス・ヘイブン対策税制は,シンガポール共和国の課税権や同国との間の国際取引を不当に阻害し,ひいては日星租税条約の趣旨目的に反するようなものということもできない。

(3)  以上のとおり,日星租税条約の趣旨目的も,上記のようなタックス・ヘイブン対策税制を設けることのできる課税権が制約されると解釈すべき根拠となるものではない。

5  したがって,措置法40条の4第1項の規定が日星租税条約7条1項の規定に違反していると解することはできない。原審の判断は,結論において正当として是認することができる。論旨は採用することができない。

よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 古田佑紀 裁判官 今井功 裁判官 中川了滋 裁判官 竹内行夫)

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