最高裁判所第二小法廷 平成22年(受)2324号 判決 2011年12月16日
主文
原判決中,上告人敗訴部分を破棄する。
前項の部分につき,本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人赤井文彌ほかの上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について
1 本件の本訴請求は,請負人であるXが,注文者である被上告人に対し,建築基準法等の法令の規定に適合しない建物(以下「違法建物」という。)の建築を目的とする請負契約に基づく本工事及び上記規定に適合しない部分の是正工事を含む追加変更工事の残代金の支払を求めるものであり,上記の本工事及び追加変更工事に係る請負契約が公序良俗に反するか否かが争点となっている。なお,Xは原審口頭弁論終結後に破産手続開始の決定を受け,その破産管財人に選任された上告人が当審において訴訟手続を受継した。
2 原審の確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
(1) Bは,被上告人との間で,平成15年2月14日,Bを注文者,被上告人を請負人として,請負代金合計1億1245万5000円の約定で,第1審判決別紙物件目録記載1の建物(以下「A棟」という。)及び同目録記載2の建物(以下「B棟」という。)の各建築を目的とする各請負契約を締結した。A棟及びB棟(以下,併せて「本件各建物」ということがある。)は,いずれも賃貸マンションである。
Bと被上告人とは,上記各請負契約の締結に当たり,建築基準法等の法令の規定を遵守して本件各建物を建築すると貸室数が少なくなり賃貸業の採算がとれなくなることなどから,違法建物を建築することを合意し,建築確認申請用の図面(以下「確認図面」という。)のほかに,違法建物の建築工事の施工用の図面(以下「実施図面」という。)を用意した上で,確認図面に基づき建築確認申請をして確認済証の交付を受け,一旦は建築基準法等の法令の規定に適合した建物を建築して検査済証の交付も受けた後に,実施図面に従って違法建物の建築工事を施工することを計画した。
(2) 被上告人は,建築工事請負等を業とするXとの間で,平成15年5月2日,被上告人を注文者,Xを請負人として,請負代金合計9200万円の約定で,本件各建物の建築を目的とする各請負契約を締結した(以下,この各請負契約を「本件各契約」といい,これに基づき施工されることとなる工事を「本件本工事」という。)。Xは,Bと被上告人との間の上記合意の内容について,確認図面と実施図面の相違点を含め,詳細に説明を受け,上記の計画を全て了承した上で,本件各契約を締結した。
ただし,Xと被上告人の間では,A棟地下については,当初から実施図面に従い本件本工事を施工することが合意された。
(3) 確認図面と実施図面とでは,A棟については,確認図面には存在しない貸室を地下に設けられるようにするとともに,確認図面では2階貸室のロフト上部に設けることとされていた天井を設けないものとされ,B棟については,確認図面では吹き抜けのパティオとされている部分等を利用して貸室数を増加させるものとされているなどの違いがあった。
本件各建物は,実施図面どおりに建築されれば,建築基準法,同法施行令及び東京都建築安全条例(昭和25年東京都条例第89号)に定められた耐火構造に関する規制,北側斜線制限,日影規制,建ぺい率制限,容積率制限,避難通路の幅員制限等に違反する違法建物となるものであった。
(4) Xは,本件各建物の建築確認がされ確認済証が交付された後,本件各契約に基づき,A棟地下について実施図面に従ったほかは,確認図面に従い,本件本工事の施工を開始した。
(5) ところが,A棟地下において確認図面と異なる内容の工事が施工されていることがC区役所に発覚したため,同区役所の指示を受けて是正計画書が作成され,これに従い,Xは,本件本工事によって既に生じていた違法建築部分を是正する工事を施工せざるを得なくなった。加えて,A棟及びB棟の近隣住民から,本件各建物の建築工事につき種々の苦情が述べられるなどしたため,Xはこれにも対応することを余儀なくされた。こうした様々な事情から,Xは,A棟及びB棟につき,上記の是正計画書に従った是正工事を含む追加変更工事(以下「本件追加変更工事」という。)を施工した。
(6) 本件各建物につき,平成16年5月10日,検査済証が交付され,Xは,遅くとも同月30日までに,被上告人に対し,本件各建物を引き渡した。
(7) 被上告人は,Xに対し,本件各建物の工事代金として合計7180万円を支払ったが,その余の支払をしていない。
3 原審は,本件各契約は違法建物の建築を目的とするものであって,公序良俗違反ないし強行法規違反のものとして無効であるとして,本件本工事及び本件追加変更工事のいずれの代金についても,Xの本訴請求を棄却した。
4 しかしながら,原審の上記判断のうち,本件本工事の代金の請求を棄却した部分は是認することができるが,本件追加変更工事の代金の請求を棄却した部分は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1) 前記事実関係によれば,本件各契約は,違法建物となる本件各建物を建築する目的の下,建築基準法所定の確認及び検査を潜脱するため,確認図面のほかに実施図面を用意し,確認図面を用いて建築確認申請をして確認済証の交付を受け,一旦は建築基準法等の法令の規定に適合した建物を建築して検査済証の交付も受けた後に,実施図面に基づき違法建物の建築工事を施工することを計画して締結されたものであるところ,上記の計画は,確認済証や検査済証を詐取して違法建物の建築を実現するという,大胆で,極めて悪質なものといわざるを得ない。加えて,本件各建物は,当初の計画どおり実施図面に従って建築されれば,北側斜線制限,日影規制,容積率・建ぺい率制限に違反するといった違法のみならず,耐火構造に関する規制違反や避難通路の幅員制限違反など,居住者や近隣住民の生命,身体等の安全に関わる違法を有する危険な建物となるものであって,これらの違法の中には,一たび本件各建物が完成してしまえば,事後的にこれを是正することが相当困難なものも含まれていることがうかがわれることからすると,その違法の程度は決して軽微なものとはいえない。Xは,本件各契約の締結に当たって,積極的に違法建物の建築を提案したものではないが,建築工事請負等を業とする者でありながら,上記の大胆で極めて悪質な計画を全て了承し,本件各契約の締結に及んだのであり,Xが違法建物の建築という被上告人からの依頼を拒絶することが困難であったというような事情もうかがわれないから,本件各建物の建築に当たってXが被上告人に比して明らかに従属的な立場にあったとはいい難い。
以上の事情に照らすと,本件各建物の建築は著しく反社会性の強い行為であるといわなければならず,これを目的とする本件各契約は,公序良俗に反し,無効であるというべきである。本件本工事の代金の請求を棄却した原審の判断は,この趣旨をいうものとして是認することができる。所論引用の各判例は,本件に適切でない。
(2) これに対し,本件追加変更工事は,本件本工事の施工が開始された後,C区役所の是正指示や近隣住民からの苦情など様々な事情を受けて別途合意の上施工されたものとみられるのであり,その中には本件本工事の施工によって既に生じていた違法建築部分を是正する工事も含まれていたというのであるから,基本的には本件本工事の一環とみることはできない。そうすると,本件追加変更工事は,その中に本件本工事で計画されていた違法建築部分につきその違法を是正することなくこれを一部変更する部分があるのであれば,その部分は別の評価を受けることになるが,そうでなければ,これを反社会性の強い行為という理由はないから,その施工の合意が公序良俗に反するものということはできないというべきである。
5 以上によれば,原審の前記判断のうち,本件追加変更工事の代金の請求に関する部分は是認することができず,同部分には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの限度で理由があるが,Xは,本訴請求に当たり,本件追加変更工事の施工の経緯,同工事の内容,本件本工事の代金と本件追加変更工事の代金との区分等を明確にしておらず,原判決中,本件本工事の代金の請求に関する部分と本件追加変更工事の代金の請求に関する部分とを区別することができないから,結局,Xから訴訟手続を受継した上告人の敗訴部分は全て破棄を免れない。そして,本件追加変更工事の具体的内容,金額等について更に審理を尽くさせるため,同部分につき本件を原審に差し戻すこととする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 須藤正彦 裁判官 古田佑紀 裁判官 竹内行夫 裁判官 千葉勝美)