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最高裁判所第二小法廷 平成22年(行ヒ)46号 判決 2012年4月27日

主文

原判決中,中国船員地方労働委員会平成18年第2号不当労働行為事件救済命令主文第3項の取消しを求める訴えに関する部分を除く部分を破棄する。

前項の破棄部分につき,本件を広島高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人秋田智佳子ほかの上告受理申立て理由及び上告補助参加代理人山田延廣,同藤井裕,同寺本佳代の上告受理申立て理由について

1  本件は,船舶の曳航等を業とする被上告人が,海事運輸業界における産業別労働組合である上告補助参加人の申立てに係る二つの不当労働行為事件について,中国船員地方労働委員会(当時。以下「船員地労委」という。)から,それぞれ上告補助参加人の請求に係る救済の一部を認容する命令を受けたため,それらの取消しを求めている事案である。

2  原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。

(1)  被上告人は,船舶の曳航等を業とする株式会社であり,従前から,その所有する船舶であるa船及びb船を用いて,タグ作業(特定の港で大型船の接岸又は離岸の補助を行う作業をいう。以下同じ。),船舶給水作業等を行ってきた。

上告補助参加人は,海上労働者の労働条件の維持改善等を目的とする海事運輸業界における産業別労働組合であり,全国に日本人約2万6900名,外国人約3万9000名の組合員を有し,約1100社との間に労使関係を有している。

被上告人と上告補助参加人との間では,従前から,1年ごとに労働協約が締結され,その労働協約には,被上告人が雇用する船員は全て上告補助参加人の組合員でなければならない旨,被上告人は所属船舶の変動や営業方針の変更などにより上告補助参加人の組合員の雇用に影響が及ぶ場合にはあらかじめ上告補助参加人と協議するものとする旨などが定められていた。

(2)  被上告補助参加人は,平成17年2月1日から船舶運航代理業を営む者であるところ,被上告人は,被上告補助参加人との間で,被上告人の所有する新造の船舶であるc船につき同日,b船につき同月28日,それぞれ,被上告補助参加人を傭船者とする裸傭船契約(船舶所有者と船舶借入人との間の船体に係る賃貸借契約であり,船舶借入人が船長及び海員を配乗して船舶を運航し運航費用等を負担することを内容とするものをいう。以下同じ。)を締結した上で,同契約を前提として被上告人を傭船者とする定期傭船契約(傭船者が船舶所有者又は船舶借入人から船舶賃貸と労務供給の双方を受けることを内容とする契約をいう。以下同じ。)を締結した。

c船につき上記各契約が締結された後,a船が行う作業は,水先人の乗船しないタグ作業と給水作業に限られることとなった。また,c船には,被上告補助参加人が雇い入れた上告補助参加人の組合員でない船員が乗り組み,b船には,平成17年2月28日付けで被上告人を退職した同船の全船員4名が,上告補助参加人に対し脱退の意思表示をした上で(なお,上告補助参加人は平成19年5月頃に同船員らを除名した。),引き続き被上告補助参加人の従業員として乗り組むこととなった。

上告補助参加人は,平成18年1月16日付けで,船員地労委に対し,被上告人がc船及びb船について被上告補助参加人との間で上記各契約を締結したこと及び上告補助参加人との間での上記各契約等に関する団体交渉を拒否したことがいずれも不当労働行為に当たるとして,救済命令を求める申立てをした(船員地労委平成18年第1号不当労働行為事件)。

(3)  被上告人は,平成18年4月1日,上告補助参加人に対し,それまで更新を続けてきた労働協約の更新を拒否し,労働協約を失効させる旨通知した。

a船は,4名の全船員のうち2名の退職により同船の船員が船長のAと機関長のBの2名となった平成18年9月以降,係船状態(稼働しないまま止められている状態をいう。)にあった。

上告補助参加人は,平成18年10月27日付けで,船員地労委に対し,被上告人が上告補助参加人との間での平成18年度の労働協約の更新を拒否したこと及び上告補助参加人の組合員が乗船していたa船を稼働させないことによって組合員に対して不当な不利益を及ぼすことがいずれも不当労働行為に当たるとして,救済命令を求める申立てをした(船員地労委平成18年第2号不当労働行為事件)。

(4)  船員地労委は,前記(2)の不当労働行為事件について,被上告人が被上告補助参加人との間でc船及びb船の裸傭船契約を締結した行為は労働組合法7条3号の不当労働行為に当たり,これらの契約をめぐる団体交渉に関する被上告人の対応は同条2号の不当労働行為に当たるとして,平成18年12月22日付けで,被上告人に対し,上告補助参加人の請求に係る救済の一部を認容する命令(以下「1号命令」という。)を発した。

1号命令は,主文第1項において,被上告人の曳船,給水などの運航業務にc船及びb船を使用する場合は上告補助参加人の組合員の乗り組んでいる当該各船舶を使用しなければならない旨,第2項において,上告補助参加人がc船及びb船の各裸傭船契約,各乗組員又は各定期傭船契約について団体交渉を申し入れたときはこれに誠実に応じなければならない旨,第3項及び第4項において,船員地労委が不当労働行為と認定した上記各行為を繰り返さないよう留意する旨記載した文書を上告補助参加人に手交し,その履行を船員地労委に報告しなければならない旨をそれぞれ被上告人に命ずるものである。

(5)  船員地労委は,前記(3)の不当労働行為事件について,被上告人が実質的かつ公正な団体交渉を行うことなく平成18年度の労働協約を更新しなかったことは労働組合法7条3号の不当労働行為に当たり,a船を稼働させず上告補助参加人の組合員であり同船の船員であるA及びBに対して精神的不利益及び船長又は機関長としての特別手当を廃止するという経済的不利益を与えたことは同条1号の不当労働行為に当たるとして,平成19年12月11日付けで,被上告人に対し,上告補助参加人の請求に係る救済の一部を認容する命令(以下「2号命令」という。)を発した。

2号命令は,主文第1項において,労働協約締結に関する団体交渉が実質的かつ公正に行われ具体的な結論が出されるまでは従前の労働協約の内容に従って上告補助参加人との労使関係を営まなければならない旨,第2項において,平成18年10月以降の船長としての特別手当をAに対して,同月以降の機関長としての特別手当をBに対してそれぞれ支払わなければならない旨,第3項において,Aが船長として,Bが機関長として,それぞれa船を運航して就労することが可能となるように同船の運航,稼働と乗組員の補充に関する問題の解決に向けて上告補助参加人と真摯に団体交渉を行わなければならない旨,第4項及び第5項において,船員地労委が不当労働行為と認定した上記各行為を繰り返さないよう留意し公正かつ良好な労使関係の維持,確立に努める旨記載した文書を上告補助参加人に手交し,その履行を船員地労委に報告しなければならない旨をそれぞれ被上告人に命ずるものである。

(6)  1号命令及び2号命令が発せられた後,Bは平成20年1月10日付けで,Aは同年2月21日付けで,それぞれ被上告人を退職し,これにより,被上告人に雇用されている上告補助参加人の組合員は1人もいない状態となった。また,被上告人の所有船舶で裸傭船契約の対象とされていないものはa船のみであったところ,同船は,同年10月17日,パナマ共和国の会社に売却された。

3  原審は,上記事実関係等の下において,上記2(6)のとおりの発令後の事情変更により,既に退職したA及びBのa船における就労等に係る団体交渉を命ずる旨の2号命令主文第3項の取消しを求める訴えの利益は失われたとしたほか,次のとおり1号命令及び主文第3項を除く2号命令の取消しを求める訴えの利益も失われたと判断して,本件訴えをいずれも却下すべきものとした。

上記発令後の事情変更により,現時点においては,被上告人がc船及びb船に上告補助参加人の組合員を乗り組ませること並びに上告補助参加人との間で従前の労働協約の内容に従った労使関係を営むことは客観的にみて不可能であり,これらを命ずる1号命令主文第1項及び2号命令主文第1項はその基礎を失い拘束力を失ったと解するのが相当である。また,現時点においては,被上告人が上告補助参加人との間で継続的な労使関係の維持改善を目的とする団体交渉を行うことも客観的にみて不可能であり,そのような団体交渉の申入れに応ずべきことを命ずる1号命令主文第2項も救済方法としての意義を失い拘束力を失ったと解するのが相当である。さらに,2号命令主文第2項が命ずるA及びBへの特別手当の支払並びに1号命令主文第3項及び第4項並びに2号命令主文第4項及び第5項が命ずる上告補助参加人への文書の手交等は,その履行が客観的にみて不可能であるとはいえないが,現時点においては,被上告人と上告補助参加人との間で労働組合法の予定する正常な労使関係秩序を回復,確保する余地はなく,その意味において上記各項も救済方法としての意義を失い拘束力を失ったと解するのが相当である。以上によれば,被上告人がこれらの取消しを求める訴えの利益は失われたものというべきである。

4  しかしながら,1号命令及び主文第3項を除く2号命令に係る原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

1号命令主文第1項はc船及びb船を使用する場合は上告補助参加人の組合員の乗り組んでいる当該各船舶を使用することを,2号命令主文第1項は上告補助参加人との間で従前の労働協約の内容に従った労使関係を営むことをそれぞれ被上告人に義務付けるものであるところ,被上告人は船舶の運航事業を営む会社として存続し,上告補助参加人も多数の船員等を組合員とする産業別労働組合として存続しており,このような事実関係の下では,被上告人に雇用されている上告補助参加人の組合員がいなくなり,裸傭船契約の対象とされていない被上告人の所有船舶がなくなるという前記2(6)のとおりの発令後の事情変更の後においても,被上告人による上記各義務の履行が客観的に不可能であるとまでいうことはできず,その履行が救済の手段方法としての意味をおよそ有しないとまでいうことはできないから,各命令中上記各項が当然にその効力を失ったということはできない。

また,1号命令主文第2項は上告補助参加人による団体交渉の申入れへの応諾を,2号命令主文第2項はA及びBへの特別手当の支払を,1号命令主文第3項及び第4項並びに2号命令主文第4項及び第5項は上告補助参加人への文書の手交等をそれぞれ被上告人に義務付けるものであるところ,これらの義務は,事柄の性質上,いずれも被上告人による履行が客観的に不可能であるとはいえないものである上,上記のような事実関係の下では,上記発令後の事情変更の後においても,その履行が救済の手段方法としての意味を失ったとまでいうことはできないから,各命令中上記各項が当然にその効力を失ったということはできない。

したがって,被上告人が1号命令及び主文第3項を除く2号命令の取消しを求める訴えの利益は,上記発令後の事情変更によっても,失われていないと解するのが相当である。

5  これと異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中1号命令及び主文第3項を除く2号命令の取消しを求める訴えを却下すべきものとした部分は破棄を免れない。そして,これらの命令の適法性等について更に審理を尽くさせるため,上記の部分につき,本件を原審に差し戻すこととする。

よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官千葉勝美の補足意見がある。

裁判官千葉勝美の補足意見は,次のとおりである。

私は,本件において,1号命令及び2号命令の各主文第1項における「救済命令の履行可能性」についての理論的な位置付けに関し,次のとおり,私見を付加しておきたい。

1  一般に,労働委員会が発する救済命令の履行可能性については,当事者が存在しなくなった,使用者の事業が廃止された,期限付きであったのに期限が到来した,解除条件が成就した等,救済命令が使用者に命ずる義務の履行が客観的に不可能となった場合には,命令の当事者に対する拘束力はもとより命令自体が失効したと評価されるべきであり,その場合には,当該救済命令は,形式的には存在しているが,実体としては完全に効力を喪失し,その存在を無視し得る状態にあるといえるのであるから,その取消しを求める訴えの利益がなくなったということにもなろう(最高裁平成4年(行ツ)第120号同7年2月23日第一小法廷判決・民集49巻2号393頁も,その趣旨をいうものであろう。)。

2  上記のような場合は別にして,本来,救済命令の履行可能性は,不当労働行為により侵害された労働者等の団結権に対する原状回復措置の可否に関係するものであり,この有無は,労使間の具体的な事情や使用者の事業の実態等を前提にして行われる具体的な判断であって,社会通念や法的観点等(例えば,本件でいえば,被上告人が,同補助参加人との間の裸傭船契約を合意解約し,組合員を新たに雇用することが現実に可能か,あるいは,裸傭船契約自体に無効事由があるか等)に基づき個別に行われるものである。そして,その結果,救済命令が現実に履行可能性がなく,原状回復措置としての意味を有しないと認められる場合には,当事者に対する拘束力も認められないことになる。そうであれば,履行可能性の有無は,上記のような訴えの利益がなくなったとされるような極端な場合でない限り,救済命令の中身の実体上の違法・無効事由の有無として扱われるべきものである。そして,この観点からみて違法・無効事由が存在したとしても,外形的には救済命令は存在し,一定程度,いわゆる公定力や不可争力も保持しているとみられ,存在を無視し得る状態であるとはいえないので,抗告訴訟を提起し維持する利益はあるということになる。

3  そこで,本件において,被上告人の事業実態等を見ると,改めてc船等に組合員を乗り組ませたり,従前の労働協約による労使関係を今後営んだりすることが現実に可能であるかが問題となろうが,本件記録によれば,船員地労委は,特に1号命令主文第1項について,このような実態等を認定した上で現実的な救済措置の可能性の有無を検討するといった審理をしないまま,観念的に考えられる原状回復措置を命じた疑いがある。仮に,このような実態等を前提に検討した結果,1号命令及び2号命令各主文第1項は,発令の時点で,あるいはその後の事情によって,現実には原状回復できない措置ないし現実には不可能になったと解される措置を命じたものとされる場合には,救済命令としての現実的な意味はなく,拘束力が認められない(緊急命令も発令できない)状態になったとされる余地があろう。

そして,いずれにしろ,このような事情が仮にあったとしても,それは,救済命令が客観的に履行不可能であるとか,あるいは完全に効力を失ったとされるべきではないのであるから,訴えの利益の喪失事由にはならないものである。

(裁判長裁判官 古田佑紀 裁判官 竹内行夫 裁判官 須藤正彦 裁判官 千葉勝美)

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