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最高裁判所第二小法廷 平成26年(あ)1483号 決定 2015年12月14日

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人松藤隆則,同中島宏樹の上告趣意のうち,判例違反をいう点は,事案を異にする判例を引用するものであって,本件に適切でなく,その余は,憲法違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認,量刑不当の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。

所論に鑑み,職権により判断する。

1  本件犯罪事実の要旨は,次のとおりである。

被告人は,株式会社A(以下「A社」という。)の代表取締役Bからの委任を受け,A社が営むバイオガス製造事業(以下「本件事業」という。)に関し,A社の国に対する補助金交付申請に係る業務を代理していたものであるが,不正の手段により,環境省が所管する「平成20年度二酸化炭素排出抑制対策事業費等補助金」(以下「本件補助金」という。)の交付を受けようと企て,A社の業務に関し,平成21年6月16日,環境大臣に対し,かねて本件事業に関し補助金額を1億1069万2000円とする交付決定を受けていた本件補助金につき,真実は,バイオガス製造設備のうち堆肥貯蔵施設及びガス精製設備等の設置が完了していないのに,設置が完了した旨の内容虚偽の実績報告書(以下「本件実績報告書」という。)を提出し,補助金額を前記のとおり確定させた上,A社名義の口座に補助金1億1069万2000円を振込入金させ,もって,偽りその他不正の手段により補助金の交付を受けた。

2  原判決は,被告人は補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律(以下「補助金等適正化法」という。)32条1項の「代理人」に当たるとして,前記1のとおり,同法29条1項違反の犯罪事実を認定した第1審判決を是認した。

これに対し,所論は,いわゆる両罰規定の「代理人」には,対向的に委任を受けた代理人は含まれないと解されるから,A社から独立した立場でその業務を行ったにすぎない被告人は,補助金等適正化法32条1項の「代理人」には当たらず,同法29条1項により処罰されることもない旨主張する。

3  補助金等適正化法32条1項は,「法人若しくは人の代理人,使用人その他の従業者が,その法人又は人の業務に関し,前三条の違反行為をしたときは,その行為者を罰するほか,当該法人又は人に対し各本条の罰金刑を科する。」と規定しており,「代理人」等が事業主の業務に関して所定の違反行為をした場合に,当該行為者と事業主の双方を処罰する法律上の根拠とされている。また,同条項は,「代理人」等の行為者がした違反行為について,事業主として行為者の選任,監督その他違反行為を防止するために必要な注意を尽くさなかった過失の存在を推定した規定と解される(最高裁昭和26年(れ)第1452号同32年11月27日大法廷判決・刑集11巻12号3113頁参照)。このように,行為者のした違反行為について過失が推定され,事業主が処罰されるのは,事業主と行為者との間に,事業主が行為者の違反行為を防止できるような統制監督関係があることが前提とされていると解されるから,事業主が行為者を現に統制監督しておらず,統制監督すべき関係にもない場合には,同条項により事業主の過失を推定して事業主を処罰するという前提を欠き,同条項が適用されないこととなる。

補助金等適正化法は,「補助金等の交付の不正な申請及び補助金等の不正な使用の防止その他補助金等に係る予算の執行並びに補助金等の交付の決定の適正化を図る」ことを目的とし(同法1条),その目的を実現するため,補助金等の交付の決定を受けた補助事業者等に対し,補助事業等の遂行に関する善管注意義務,各種報告義務等を課すとともに,一部の義務違反行為に対して罰則を設けるなど,補助事業者等に対し,重い義務を課している。このような同法の目的及び規定内容をも踏まえると,前記の統制監督関係の有無については,事業主から行為者に与えられた権限の性質・内容,行為者の業務履行状況,事業主の関与状況その他の事情を総合して判断すべきである。

4  これを本件について見ると,原判決が是認する第1審判決の認定及び記録によれば,以下の各事実が認められる。

(1)  A社は,本件事業に関し,環境省から本件補助金の交付決定を受けた補助事業者であり,本件事業の実施主体として,補助金等適正化法の前記目的に適うよう,事業遂行に関する善管注意義務,実績報告を含む各種報告義務その他補助金等適正化法に定められた規定を遵守すべき義務を本来的に負うべき立場にあった。

(2)  被告人は,A社の代表取締役Bから,本件補助金の申請から交付に至る一連の手続におけるA社の業務である各種書類の作成・提出,環境省との折衝等を一括して委任されており,実績報告書の作成・提出もこれに含まれていた。

(3)  被告人は,自らが経営する会社の従業員を用いつつ,前記委任を受けて,各種書類をA社名義で作成,提出し,A社の担当者として環境省担当者との折衝・連絡を行うとともに,これらの事務の遂行状況をBに報告し,提出書類には原則としてBの押印を受けていた。なお,本件実績報告書は,被告人が自社の従業員に指示して作成し,Bから預かっていたA社の銀行印を押印の上,環境省に提出したものであった。

(4)  Bは,前記のとおり,被告人から事務の遂行状況の報告を受け,提出書類に押印することにより,本件補助金に関する手続の進捗状況を把握しており,かつ,本件事業に係るバイオガス製造設備のうち一部の設置が完了していないことも認識していた。

5 以上の事実関係によれば,被告人は,本件補助金の交付を受けるための業務に関し,事業主であるA社の統制監督を現に受け,又は受けるべき関係の下でA社の業務を代理したといえる。したがって,被告人が補助金等適正化法32条1項にいう「代理人」に当たるとした第1審判決を是認した原判断は相当である。

よって,刑訴法414条,386条1項3号により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 小貫芳信 裁判官 千葉勝美 裁判官 鬼丸かおる 裁判官 山本庸幸)

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