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最高裁判所第二小法廷 平成26年(し)538号 決定 2014年11月28日

主文

本件抗告を棄却する。

理由

1  記録によれば,以下の事実が認められる。

(1)  神戸拘置所収容中の被告人は,頭書被告事件について,平成26年10月9日神戸地方裁判所裁判官がした勾留取消し請求却下の裁判に対し,同月10日準抗告を申し立てた。

(2)  被告人は,同月14日午前8時55分,居室棟担当職員である同拘置所法務事務官看守部長に対し,本件準抗告の取下書を交付し,同看守部長はこれを受領した。同看守部長は,訴訟書類引継簿に必要事項を記載するなどした後,本件取下書を同引継簿に挟み,同日中に関係部署への回付処理をしたが,「異議申立取下げ書受領通知」の「所長又は代理者印」欄に押印されるなどの手続を経ないまま,本件取下書は放置された。

(3)  神戸地方裁判所は,同日,本件準抗告を棄却する原決定をし,同月16日午前10時,被告人に対し,同決定謄本が送達された。

(4)  同日午後2時30分頃,本件取下書が訴訟書類引継簿に挟まれたままになっていることが発覚し,その後,前記「所長又は代理者印」欄に押印されるなどの手続を経て,本件取下書が神戸地方裁判所に送付された。

2  刑訴法367条が準用する同法366条1項は,刑事施設にいる被告人が上訴取下書等の書面を裁判所に提出する場合には,刑事施設の内部手続に時間を要し,被告人が意図した効果の発生時期が予想外のものになって法的安定性が害されることを防ぐため,書面による訴訟行為の効力発生時期について到達主義の例外を定めたものと解される。その趣旨に照らすと,刑事施設にいる被告人が,被収容者からの書面の受領を担当する刑事施設職員に対し,上訴取下書を交付し,同職員がこれを受領したときは,同項にいう「刑事施設の長又はその代理者に差し出したとき」に当たると解するのが相当である。

本件においては,被告人は,平成26年10月14日午前8時55分,被収容者からの書面の受領を担当する刑事施設職員である看守部長に本件取下書を交付し,同看守部長がこれを受領しているから,この時点で本件取下書を刑事施設の長又はその代理者に差し出したものと認められ,原決定謄本が被告人に送達されるに先立ち,本件準抗告取下げの効力が生じたといえる。したがって,本件準抗告申立て事件の手続は,平成26年10月14日取下げによって終了し,これにより本件勾留取消し請求却下の裁判が確定したから,本件抗告の申立ては,その実益がなく,不適法である。

3  よって,刑訴法434条,426条1項により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。なお,裁判官小貫芳信の補足意見がある。

裁判官小貫芳信の補足意見は,次のとおりである。

上訴取下書を含む訴訟に関する書面の効力発生時期は,明確であるとともに,刑事施設の内部手続に左右されない画一的なものであることを要し,被収容者にも認識できる客観的な時点とすることが相当である。また,本決定のような解釈をとっても,施設の長を頂点に組織として一体的に運営されている刑事施設にとって不都合なことはないと思われるし,刑訴法366条1項の文言にも反しないと考えられる。私は,このような観点から法廷意見に賛成するものであるが,本決定の示した解釈が,刑事施設の事務処理方法に影響する可能性があることに鑑み,2点について意見を補足しておきたい。また,刑訴法366条1項の制度上,実際に裁判所に書面が届くまでに一定のタイムラグが生じることが不可避であることから,その運用の在り方についても補足的に意見を述べておきたい。

1  本決定は,刑事施設にいる被告人が,被収容者からの書面の受領を担当する刑事施設職員に対し,上訴取下書を交付し,同職員がこれを受領したときは,刑訴法366条1項にいう「刑事施設の長又はその代理者に差し出したとき」に当たるとするものであるが,「被収容者からの書面の受領を担当する刑事施設職員」とは,施設の内部規定によって文書受理担当と定められた職員に限定されるものではなく,被収容者の施設内生活の全般にわたり看守することが職責とされる刑務官については,その全てが「被収容者からの書面の受領を担当する刑事施設職員」に当たると考える。

2  本決定によれば,被収容者からの書面の受領を担当する刑事施設職員は,上訴取下書等の書面を受領する際には,時刻を受領の場で確認して,これを年月日とともに記録し,事後の疎明に備えてこれを資料化しておくことが必要となる(刑訴規則229条,227条2項参照)。

3  裁判所に書面が届くまでに時間を要する点については,まず,実際に裁判所に書面が届くまでのタイムラグを可及的に短縮することに努めることが必要である。さらに,準抗告申立ての取下書についても,刑訴法367条,366条1項の適用があるところ,本件のように迅速な処理が求められる身柄拘束の可否が直接問題となっている上訴の取下げについては,上訴の取下げがあったのに身柄拘束を解く決定がされるなど,身柄関係に混乱を生じさせることがあり得ることからすると,身柄に関する上訴取下書を受領した場合には,関係機関の間で,書面の送付前に電話,ファクシミリ等により取下げがあった事実を速やかに連絡する体制を構築しておくことが望まれる。

(裁判長裁判官 千葉勝美 裁判官 小貫芳信 裁判官 鬼丸かおる 裁判官 山本庸幸)

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