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最高裁判所第二小法廷 平成27年(あ)1266号 決定 2017年3月27日

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人岡慎一,同設楽あづさの上告趣意は,判例違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認,量刑不当の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。

所論に鑑み,本件における刑法(平成28年法律第54号による改正前のもの。以下同じ。)103条の罰金以上の刑に当たる罪を犯した者を「隠避させた」罪の成否につき,職権で判断を示す。

1  原判決の認定及び記録によれば,本件犯人隠避の事実関係は,次のとおりである。

(1)  Aは,平成23年9月18日午前3時25分頃,普通自動二輪車(カワサキZEPHYR。以下「A車」という。)を運転し,信号機により交通整理の行われている交差点の対面信号機の赤色表示を認めたにもかかわらず,停止せずに同交差点内に進入した過失により,右方から普通自動二輪車を運転進行してきたBを同車もろとも路上に転倒・滑走させ,同車をA車に衝突させ,よってBに外傷性脳損傷等の傷害を負わせる交通事故(以下「本件事故」という。)を起こし,その後Bを同傷害により死亡させたのに,所定の救護義務・報告義務を果たさなかった。

(2)  被告人は,自ら率いる不良集団の構成員であったAから同人が本件事故を起こしたことを聞き,A車の破損状況から捜査機関が前記道路交通法違反及び自動車運転過失致死の各罪の犯人がAであることを突き止めるものと考え,Aの逮捕に先立ち,Aとの間で,A車は盗まれたことにする旨の話合いをした。

(3)  Aは,前記(1)に係る各被疑事実により,平成24年7月8日通常逮捕され,引き続き勾留された。被告人は,その参考人として取調べを受けるに当たり,警察官から,本件事故のことのほか,AがA車に乗っているかどうか,A車がどこにあるか知っているかについて質問を受け,A車が本件事故の加害車両であると特定されていることを認識したが,警察官に対し,「Aがゼファーという単車に実際に乗っているのを見たことはない。Aはゼファーという単車を盗まれたと言っていた。単車の事故があったことは知らないし,誰が起こした事故なのか知らない。」などのうそを言い,本件事故の当時,A車が盗難被害を受けていたことなどから前記各罪の犯人はAではなく別人であるとする虚偽の説明をした。

2  前記の事実関係によれば,被告人は,前記道路交通法違反及び自動車運転過失致死の各罪の犯人がAであると知りながら,同人との間で,A車が盗まれたことにするという,Aを前記各罪の犯人として身柄の拘束を継続することに疑念を生じさせる内容の口裏合わせをした上,参考人として警察官に対して前記口裏合わせに基づいた虚偽の供述をしたものである。このような被告人の行為は,刑法103条にいう「罪を犯した者」をして現にされている身柄の拘束を免れさせるような性質の行為と認められるのであって,同条にいう「隠避させた」に当たると解するのが相当である(最高裁昭和63年(あ)第247号平成元年5月1日第一小法廷決定・刑集43巻5号405頁参照)。したがって,被告人について,犯人隠避罪の成立を認めた原判断は,是認できる。

よって,刑訴法414条,386条1項3号により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。なお,裁判官小貫芳信の補足意見がある。

裁判官小貫芳信の補足意見は,次のとおりである。

私は,法廷意見に賛同するものであるが,本件被告人の行為が隠避に当たると考えた理由について,意見を補足して述べておきたい。

1  隠避行為とは,法廷意見が説示するとおり,「犯人の身柄拘束を免れさせる性質の行為」をいうものと解するのが相当である。そして,虚偽供述がそのような行為に該当するというためには,客観的に刑事司法作用を誤らせる危険性を有するものであること,すなわち,当該虚偽供述が犯人の身柄拘束の継続に疑義を生じさせる性質のものであることを要するというべきである。

2  まず,「犯人の身柄拘束を免れさせる性質の行為」といえるためには,単に身柄拘束の可否を判断することに何らかの関連を有する供述というだけでは広範なものが含まれ,処罰の範囲を画することができないので,その可否判断に直接ないし密接に関連した供述内容でなければならない。このような点から本件供述内容をみると,本件では,事故時に犯人がA車を使用することが可能であったことが必須の捜査事項であったところ,本件被告人の虚偽供述の内容は,「Aがゼファーという単車に実際に乗っているのを見たことはない。Aはゼファーという単車を盗まれたと言っていた。」というものであり,AはA車を使用することは不可能であり,結局Aが本件事故車の運転者ではあり得ないことを供述内容とするものであるから,Aの身柄拘束を免れさせることに直接関わる虚偽供述内容といえよう。

3  次に,本件は,虚偽供述にとどまるものではなく,Aと口裏合わせをした上で,前記虚偽供述をした事案である。参考人の供述は,関係者の供述や客観的証拠と整合性があるかどうかを確認して信用性判断がされるものであるが,口裏合わせはその有力な確認方法の一つをあらかじめ奪って,信用性チェックを困難にし,場合によっては虚偽供述の真実らしさを増幅させ,捜査の方向を誤らせる可能性もあり,客観的に刑事司法作用を誤らせる危険性を有するものということができる。その程度は,実務上犯人隠避罪に当たるとすることに異論をみない身代わり自白と差がないものと評価できよう。このような意味で,口裏合わせの事実は,虚偽供述が隠避に該当するというための重要な考慮要素というべきである。

4  以上によれば,口裏合わせを伴う本件虚偽供述は,「犯人の身柄の拘束を免れさせる性質の行為」とみることができ,刑法103条の隠避に該当する。本件は,犯人が身柄拘束中に犯人と意思を通じて虚偽供述に及んでいる点で,法廷意見が引用する最高裁平成元年5月1日第一小法廷決定の事案と共通しており,また,口裏合わせを伴う虚偽供述は同決定の身代わり自白と刑事司法作用を害する程度において差はないと思われるので,本件は同決定と類型を同じくする事案ということができよう。

(裁判長裁判官 小貫芳信 裁判官 鬼丸かおる 裁判官 山本庸幸 裁判官 菅野博之)

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