最高裁判所第二小法廷 平成28年(行ヒ)14号 判決 2017年4月21日
主文
原判決を破棄し,第1審判決を取り消す。
被上告人の請求を棄却する。
訴訟の総費用は被上告人の負担とする。
理由
上告代理人定塚誠ほかの上告受理申立て理由について
1 本件は,被上告人が,厚生労働大臣から,厚生年金保険法(平成25年法律第63号による改正前のもの。以下「法」という。)附則8条の規定による老齢厚生年金(以下「特別支給の老齢厚生年金」という。)について,法43条3項の規定による年金の額の改定(以下「退職改定」という。)がされないことを前提とする支給決定を受けたことから,退職改定がされるべきであって同支給決定は違法であると主張して,上告人を相手に,その取消しを求める事案である。
2 老齢厚生年金に関する関係法令の定めは,次のとおりである。
(1) 法は,老齢厚生年金は,被保険者期間を有する者が,①65歳以上であること,②保険料納付済期間と保険料免除期間とを合算した期間が25年以上であることのいずれにも該当するに至ったときに支給する旨を定めている(42条。以下,同条の規定による老齢厚生年金を「本来支給の老齢厚生年金」という。)。
(2) また,法は,当分の間,65歳未満の者(附則7条の3第1項各号に掲げる者を除く。)が,①60歳以上であること,②1年以上の被保険者期間を有すること,③上記(1)②に当たることのいずれにも該当するに至ったときに特別支給の老齢厚生年金を支給する旨を定め(附則8条),その受給権は受給権者が65歳に達したときに消滅する旨を定めている(附則10条)。
(3)ア 法43条1項は,老齢厚生年金の額は,被保険者であった全期間の平均標準報酬額の所定の割合に相当する額に被保険者期間の月数を乗じて算出された額とする旨を定めているところ,男子であって昭和16年4月2日から同24年4月1日までの間に生まれた者に係る特別支給の老齢厚生年金の額は,国民年金法等の一部を改正する法律(平成6年法律第95号。平成24年法律第63号による改正前のもの。以下同じ。)附則19条1項及び2項が,所定の年齢以上65歳未満である間においてその受給権を取得した場合においては,①法43条1項と同様の方法で算出される額と②所定の単価に被保険者期間の月数(ただし,所定の月数を上限とする。)を乗じて算出される額を合算した額とする旨を定めている。
イ そして,法43条2項は,受給権者がその権利を取得した月以後における被保険者であった期間は,その計算の基礎としない旨を定めている一方,同条3項は,被保険者である受給権者がその被保険者の資格を喪失し,かつ,被保険者となることなくして被保険者の資格を喪失した日(以下「資格喪失日」という。)から起算して1月(以下「待期期間」という。)を経過したときは,その被保険者の資格を喪失した月前における被保険者期間を老齢厚生年金の額の計算の基礎とするものとし,待期期間を経過した日の属する月から,年金の額を改定する旨を定めている。
ウ また,法は,年金の支給は,年金を支給すべき事由が生じた月の翌月から始め,権利が消滅した月で終わるものとする旨を定め(36条1項),保険給付を受ける権利(以下「基本権」という。)は,受給権者の請求に基づいて,厚生労働大臣が裁定する旨を定めている(33条)。なお,平成19年法律第109号(平成22年1月1日施行)による改正前の厚生年金保険法33条においては,社会保険庁長官が裁定するものとされていた。
3 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1) 被上告人(昭和21年9月18日生まれの男性)は,平成19年7月31日,社会保険庁長官に対し,特別支給の老齢厚生年金の裁定を請求したところ,社会保険庁長官は,同年9月13日,被上告人に対し,受給権発生日を同18年9月17日とし,被保険者期間を433月として,特別支給の老齢厚生年金を支給する旨の裁定をするとともに,被上告人が在職者であって厚生年金保険の被保険者であり,国民年金法等の一部を改正する法律附則21条1項所定の支給停止基準額が特別支給の老齢厚生年金の額以上であったことから,同項ただし書に基づき,その全部の支給を停止する旨の決定をした。
(2) 被上告人は,平成23年8月30日,勤務先を退職し,翌31日,厚生年金保険の被保険者の資格を喪失したところ,同年9月17日,65歳に達した。
(3) 厚生労働大臣は,平成23年10月6日付けで,被上告人に対し,厚生年金保険の被保険者の資格を喪失したことを理由として,特別支給の老齢厚生年金の支給停止を解除し,同年9月分の特別支給の老齢厚生年金につき退職改定がされないことを前提として,上記(1)の被保険者期間を計算の基礎とする額の年金を支給する旨の決定(以下「本件処分」という。)をした。
なお,被上告人は,同年10月以降,厚生労働大臣による裁定を受けて被保険者期間492月を計算の基礎とする本来支給の老齢厚生年金の支給を受けている。
4 原審は,上記事実関係等の下において,要旨次のとおり判断し,被上告人の請求を認容すべきものとした。
特別支給の老齢厚生年金は,老齢厚生年金の支給開始年齢の引上げに伴う激変緩和の措置として設けられたものであり,本来支給の老齢厚生年金に移行するに当たり連携を持たせた制度設計がされているものというべきである。また,被保険者である特別支給の老齢厚生年金の受給権者は,基本権たる受給権を取得した月以後の被保険者期間につき保険料の負担という経済的な出えんを課されているのであるから,被保険者の資格を喪失した後に老齢厚生年金の支給を受ける場合には,当該被保険者期間をその額の計算の基礎とするのは当然である。このようなこと等を踏まえると,法43条3項は,退職改定の要件として,資格喪失日から起算して1月を経過した時点において,退職改定の対象となる老齢厚生年金の受給権者であることを求めるものではないと解するのが相当である。被上告人は,平成23年8月31日に厚生年金保険の被保険者の資格を喪失し,被保険者となることなく同日から起算して1月が経過した以上,同年9月分の特別支給の老齢厚生年金の額について退職改定がされるべきであるから,本件処分は違法である。
5 しかし,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)ア 法43条3項は,受給権者が被保険者である間の老齢厚生年金の額を固定するため,その権利を取得した月以後における被保険者期間をその計算の基礎としないものとしたこと(同条2項)から,被保険者である受給権者が被保険者の資格を喪失し,かつ,被保険者となることなく待期期間を経過したときは,上記被保険者期間をも含めて老齢厚生年金の額の再計算をすることとしたものである。そして,同条3項は,退職改定の対象となる者を「被保険者である受給権者」と定めている以上,待期期間を経過した時点においても当該年金の受給権者であることを退職改定の要件としているものと解するのが文理に沿う解釈である。
イ また,法43条3項が前記2(3)イのとおり定めているのは,老齢厚生年金の基本権に係る年金の額を上記アの被保険者期間をも計算の基礎とするものに改定することにより,基本権に基づき支払期日ごとに支払うものとされる保険給付の額を,既に発生した保険給付の額も含め,当該改定後の基本権を前提としたものに改定することとしたものと解されるから,法は,退職改定がされる待期期間の経過時点においても当該年金の基本権が存することを予定しているものということができる。これに加え,特別支給の老齢厚生年金については,前記2のとおり,本来支給の老齢厚生年金とは異なる発生要件が定められ(法附則8条),特別支給の老齢厚生年金の受給権者が65歳に達したときは,受給権が消滅し(法附則10条),本来支給の老齢厚生年金の支給を受けるために改めて厚生労働大臣による裁定を受けることとされており(法33条),特別支給の老齢厚生年金の基本権の内容と本来支給の老齢厚生年金のそれとを必ず一致させることは予定されていないと解されることをも併せ考えると,上記アのように解することは,老齢厚生年金に関する制度の仕組み等に沿うものということができる。老齢厚生年金が保険料が拠出されたことに基づく給付としての性格を有していることは,以上の解釈を左右するものではない。
ウ そうすると,特別支給の老齢厚生年金について退職改定がされるためには,被保険者である当該年金の受給権者が,その被保険者の資格を喪失し,かつ,被保険者となることなくして待期期間を経過した時点においても,当該年金の受給権者であることを要すると解するのが相当である。
(2) これを本件についてみるに,前記事実関係等によれば,被上告人は,平成23年8月31日に厚生年金保険の被保険者の資格を喪失した後,同年9月17日に65歳に達しており,同月30日を経過した時点では特別支給の老齢厚生年金の受給権者でなかったというのであるから,同月分の当該年金の額については退職改定がされるものでないことは明らかである。
6 以上によれば,被上告人に係る平成23年9月分の特別支給の老齢厚生年金の額につき退職改定がされるべきものとし,本件処分を違法であるとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,以上に説示したところによれば,被上告人の請求は理由がないから,第1審判決を取り消し,同請求を棄却すべきである。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山本庸幸 裁判官 小貫芳信 裁判官 鬼丸かおる 裁判官 菅野博之)