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最高裁判所第二小法廷 平成28年(許)49号 決定 2017年5月17日

主文

原決定を破棄し,原々審判に対する抗告を棄却する。

抗告手続の総費用は相手方らの負担とする。

理由

抗告代理人武笠圭志ほかの抗告理由について

1  本件は,相手方らが,その子らに係る戸籍法104条1項所定の日本国籍を留保する旨の届出(以下「国籍留保の届出」という。)等を抗告人にしたところ,抗告人からこれらを受理しない旨の処分を受けたため,同法121条に基づき,抗告人に上記届出等の受理を命ずることを申し立てた事案である。

2(1)  国籍法は,出生の時に父又は母が日本国民であるときに日本国民とする(2条1号)などいわゆる血統主義を採用した上,出生により外国の国籍を取得した日本国民で国外で生まれたものについて,いわゆる国籍留保制度,すなわち戸籍法の定めるところにより日本国籍を留保する意思を表示しなければ,その出生の時に遡って日本国籍を失うこととする制度を採用している(12条)。なお,昭和59年法律第45号(以下「本件改正法」という。)が施行された昭和60年1月1日より前は,中華人民共和国(以下「中国」という。)等の血統主義を採用する外国で出生した者は,国籍留保制度の対象とされていなかった。

(2)  そして,戸籍法は,国籍法12条に規定する国籍留保の意思表示は,出生の届出をすることができる者が,出生の日から3箇月以内に,出生の届出と共に,国籍留保の届出をすることによってしなければならず(104条1項,2項),天災その他上記の者の責めに帰することができない事由によって上記の期間内に届出をすることができないときは,その届出期間は,届出をすることができるに至った時から14日とする(同条3項)と規定している。

また,戸籍法は,出生の届出に係る届書には,父母の氏名及び本籍等を記載しなければならない(49条2項3号)としているが,届書に記載すべき事項であって存しないものがあるときは,その旨を記載しなければならず(34条1項),本籍のない者が届出後に本籍を有するに至ったときは,その旨を届け出なければならない(26条)としており,父母が本籍を有しない場合でも,出生の届出をすることに障害はない。

3  記録によれば,本件の経緯等は,次のとおりである。

(1)  相手方X1,同X2,同X3及び同X4(以下,この4名を併せて「相手方4名」という。)は,日本国籍を有するA(以下「A」という。)の子である。相手方X5(昭和62年生まれ)及びB(平成元年生まれ)は相手方X1の子,C(平成3年生まれ)及びD(平成5年生まれ)は相手方X2の子,E(平成3年生まれ)は相手方X3の子,F(平成12年生まれ)は相手方X4の子である(以下,上記の子ら6名を併せて「本件子ら」という。)。

A,相手方4名及び本件子らは,いずれも中国で出生して中国の国籍を取得し,平成25年頃までは,中国に居住していた。

(2)  Aは,平成25年1月28日,抗告人に対し,A自身に係る出生の届出の受理を求め,抗告人は,同年3月27日,Aの出生事項を戸籍に記載した。

(3)  Aは,平成25年10月7日,抗告人に対し,相手方4名に係る出生の届出をし,相手方らは,同日,次のとおりの届出(以下「本件各届出」という。)をした。

ア  相手方4名による本件子らに係る各出生の届出(以下「本件各出生の届出」という。)及び各国籍留保の届出(以下「本件各国籍留保の届出」という。)

イ  相手方X2によるCに係る死亡の届出(以下「本件死亡の届出」という。)

ウ  相手方X5による同相手方自身に係る婚姻の届出及び離婚の届出(以下,これらを併せて「本件婚姻の届出等」という。)

(4)  抗告人は,本件改正法の施行前に出生した相手方4名については,国籍留保制度の対象とならないため,日本国籍を有するものとして,上記(3)のAによる出生の届出を受理し,相手方4名を戸籍に記載した。しかし,本件改正法の施行後に出生した本件子らについては,国籍留保制度の対象となるため,本件各出生の届出及び本件各国籍留保の届出については,本件各国籍留保の届出が戸籍法104条1項及び3項の定める届出期間を経過してされたものであることを理由として,本件死亡の届出及び本件婚姻の届出等については,本件子らが国籍法12条により日本国籍を失っているため,戸籍法の適用がない者に係るものであることを理由として,本件各届出をいずれも不受理とする処分をした。

4  原審は,次のとおり判断し,本件各国籍留保の届出が戸籍法104条3項所定の期間内にされたものであるとして,本件申立てを却下した原々審判を取り消し,抗告人に本件各届出の受理を命じた。

国籍留保の届出は,出生の届出と共にしなければならず,出生の届出に係る届書には父母の氏名及び本籍等を記載しなければならないところ,本件各届出の時点で,相手方4名については,戸籍に記載されておらず,本籍及び戸籍上の氏名がなかった。戸籍法上,父母に本籍や戸籍上の氏名がなくても,子に係る出生の届出をすることは不可能ではないが,国籍留保の届出をしなければ日本国籍を喪失するという重大な結果を生ずることからすれば,出生の届出について父母の本籍及び戸籍上の氏名を記載した原則的な届書を提出することができない場合には,戸籍法104条3項にいう「責めに帰することができない事由」があると解すべきである。

5  しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

国籍法は,子の出生時において父又は母が日本国籍を有することをもって,一般的にみて我が国との密接な結び付きがあるものとして当該子に日本国籍を付与することとした上,国外で出生して日本国籍との重国籍となるべき子に関し,例えば,その生活の基盤が永続的に外国に置かれることになるなど,必ずしも我が国との密接な結び付きがあるとはいえない場合があり得ることを踏まえ,実体を伴わない形骸化した日本国籍の発生をできる限り防止するとともに,内国秩序等の観点からの弊害が指摘されている重国籍の発生をできる限り回避することを目的として,国籍留保制度を設けたものと解される(最高裁平成25年(行ツ)第230号同27年3月10日第三小法廷判決・民集69巻2号265頁参照)。

これを受けた戸籍法104条1項は,子の法的地位の安定の観点から生来的な国籍の取得の有無ができる限り子の出生時に確定的に決定されることが望ましく,また,出生の届出をすべき父母等による国籍留保の意思表示をもって当該子に係る我が国との密接な結び付きの徴表とみることができることから,国籍留保の意思表示は,出生の届出をすることができる者が,原則として子の出生の日から3箇月以内に国籍留保の届出によってしなければならないとしたものと解される。そして,同条3項は,上記の届出期間について例外を認めるものであるところ,上記の国籍留保制度等の趣旨及び目的に加え,同項が「天災」を挙げていることに照らせば,同項にいう「責めに帰することができない事由」の存否は,客観的にみて国籍留保の届出をすることの障害となる事情の有無やその程度を勘案して判断するのが相当である。

本件においては,相手方4名について,戸籍に記載されておらず,本籍及び戸籍上の氏名がないという事情だけでは,客観的にみて本件子らに係る国籍留保の届出をすることの障害とならないことは明らかであって,これによって相手方4名が戸籍法104条1項の届出期間内に本件子らに係る出生の届出や国籍留保の届出をすることができなかったとはいえない。したがって,上記の事情のみをもって同条3項にいう「責めに帰することができない事由」があるとした原審の判断には,裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるというべきである。

そして,その他に本件各国籍留保の届出について戸籍法104条3項を適用して受理すべき事情はうかがわれないから,本件各国籍留保の届出は,同条1項及び3項の定める届出期間を経過してされたものというべきであり,また,その余の本件各届出は,本件子らが国籍法12条により日本国籍を失っているため,戸籍法の適用がない者に係るものであるから,本件各届出は,いずれも不受理とするのが相当である。

6  以上のとおりであるから,論旨は理由があり,原決定は破棄を免れない。そして,前記説示によれば,本件各届出をいずれも不受理とした抗告人の処分に違法はなく,本件申立てを却下した原々審判は相当であるから,これに対する相手方らの抗告を棄却することとする。

よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 鬼丸かおる 裁判官 小貫芳信 裁判官 山本庸幸 裁判官 菅野博之)

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