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最高裁判所第二小法廷 平成3年(オ)581号 判決 1992年7月13日

上告人

第一小型ハイヤー株式会社

右代表者代表取締役

吉野常男

右訴訟代理人弁護士

高田照市

田中正人

被上告人

及川静雄

外一〇九名

右一一〇名訴訟代理人弁護士

川村俊紀

佐藤文彦

伊藤誠一

被上告人中島治、同菊池和夫訴訟代理人弁護士

小部正治

陶山圭之輔

板垣光繁

須藤正樹

主文

原判決を破棄する。

本件を札幌高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人高田照市、同田中正人の上告理由のうち、従前の歩合給の計算方法は、被上告人らの労働契約の内容になっておらず、本件タクシー運賃の改定後は上告会社及び被上告人らを拘束しなくなったとする点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は採用することができない。

上告代理人高田照市、同田中正人の上告理由のうち、本件就業規則の変更は被上告人らにとって何ら不利益に変更されたものではなく、また、本件就業規則の変更には合理性があるとする点について

一原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。

1  上告会社は、札幌市内でハイヤー・タクシーによる旅客運送業を営む会社であり、被上告人らは、上告会社の従業員(乗務員)で、上告会社の第一ハイヤー労働組合(以下「訴外組合」という。)に加入している組合員である。

なお、上告会社には、訴外組合のほかに昭和三七年に第一ハイヤー新労働組合(以下「新労」という。)が結成されており、昭和五五年一月当時は、訴外組合の組合員が約一一四名、新労の組合員が約一八〇名である。

2  上告会社における乗務員の給与については、その就業規則において、給与は基本給及び諸手当とし、その決定及び支払方法等は別に定める旨を規定しており、これを受けた賃金規程において、乗務員の賃金は①基本給、職務給及び皆勤手当(以下これらを「基準内賃金」という。)、②歩合給(賃金計算期間内の運賃収入総額から一定額を控除した後の額に一定の支給率を乗じて算出されるもの)並びに③諸手当からなる旨定められているが、従前は、基本給及び歩合給の金額及び計算方法については格別定めがなかった。

なお、賃金の計算期間は、前月一六日から当月一五日までとし、当月二五日に当月分として支払うことになっていた。

3  上告会社においては、昭和五四年の春闘以降、基準内賃金については前年度より平均五一九七円引き上げ、歩合給については前年と同様に足切額(運賃収入総額からの定額の控除額)を二七万円、支給率(足切額を控除した後の運賃収入総額に乗じる率)を三五パーセントとする計算方法(以下「旧計算方法」という。)によっていた。

同年一二月一二日にタクシー運賃の値上げが認可された(実施は同月二〇日からである。以下「本件運賃値上げ」という。)ので、上告会社は、同月一八日訴外組合との間で、歩合給の計算方法を変更するための団体交渉を行ったが、訴外組合は、その変更に反対した。その後、翌五五年一月一七日と二六日にも労使間に団体交渉が行われたが、いずれも合意に至らなかった。

その間、同年一月二一日には、上告会社と新労とは、足切額を二九万円、支給率を三三パーセントに変更する計算方法(以下「新計算方法」という。)を採用し、その旨の労働協約を締結した。

そこで、上告会社は、同年二月一二日、歩合給については新計算方法による旨の就業規則の変更を行い、所轄の労働基準監督署長に届け出た(以下これを「本件就業規則の変更」という。)。

4  上告会社は、昭和五五年一月二五日の賃金支給日以降は、訴外組合に所属する被上告人らに対しても、新計算方式に基づいて歩合給を支払った。その後、同年九月になって、上告会社は、同年一月分の歩合給については、旧計算方法に基づき算出した金額と既払額との差額を支払った。

5  上告会社において、歩合給の計算方法の変更は、従前は、運賃改定時には行われず、その前後の春闘の機会に行われていたが、これには、運賃の改定と春闘とが時期的に接着していたり(例えば、昭和四六年及び四九年においては、運賃の改定は春闘の年度に入ってから実施され、その約三か月後に春闘が迫っていた。)、あるいは、春闘の時点では近々運賃の改定がされることが既に予想されていた(昭和四八年及び五〇年においては、将来の運賃改定を折り込んだ賃金交渉がされている。)という事情も存在している。

また、従前、札幌市内のハイヤー・タクシー業者においては、その七、八割が歩合給の変更を運賃改定時に行ってきており、その余の業者も、春闘時に運賃改定を考慮して賃金を決定している。

二原審は、本件就業規則の変更は被上告人ら従業員(乗務員)の労働条件を不利益に変更するものであるとした上、これについては、賃金が労働契約の重要な要素であること、並びに、上告会社において、歩合給の計算方法の変更が春闘の機会ではなく運賃改定時に行われなければならない事業経営上の必要性があるか、旧計算方法のままでは事業経営が成り立たない等の高度の経営上の必要性があるか、及び旧計算方法を維持した場合運賃の値上げにより上告会社に配分されるべき利益がどの程度侵害されるか等についての立証がされていないことなどを理由にして、その合理性、ひいては本件就業規則の変更の効力を否定した。そして、原審は、昭和五五年二月分から五六年四月分までの賃金について旧計算方法により算出した額と新計算方法による支給額との差額の支払を求める被上告人らの請求を認容した第一審判決を是認した。

三しかし、原審の右判断のうち、本件就業規則の変更が労働条件を不利益に変更するものであるという部分はこれを是認することができるが、本件就業規則の変更に合理性がないという部分はこれを是認することができない。その理由は以下のとおりである。

1  労働条件を不利益に変更する就業規則の効力については、新たな就業規則の作成又は変更によって、既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されないと解すべきであるが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されないというべきである(最高裁昭和四〇年(オ)第一四五号同四三年一二月二五日大法廷判決・民集二二巻一三号三四五九頁)。

そして、右にいう当該規則条項が合理的なものであるとは、当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認できるだけの合理性を有するものであることをいうと解される(最高裁昭和六〇年(オ)第一〇四号同六三年二月一六日第三小法廷判決・民集四二巻二号六〇頁)。

2  そこで、まず本件就業規則の変更の必要性について検討する。

(一) 前記の事実関係によれば、被上告人ら乗務員の歩合給は、当該乗務員の運賃収入総額を基準として計算されるが、これはタクシー運賃の改定により大きく変動するものであるから、歩合給の計算方法の合意は、もともとその合意がされた時点におけるタクシー運賃を前提にしたものというべきである。また、旧計算方法を変更しないとすれば、本件運賃値上げにより確保されるべき事業者の適正利益が侵害されるおそれも生じないではなく、現に札幌市のハイヤー・タクシー業界においては、従来、運賃の値上げがあった場合には、これに対応して速やかに歩合給の計算方法を変更しているのである。

そうすると、旧計算方法が上告会社と被上告人らとの間の労働契約の内容になり、それが本件運賃値上げによって当然に失効するものではないとしても、本件運賃値上げ後は、労使双方が、速やかに値上げ後の新運賃を前提として歩合給の計算方法につき協議をし直すことが予定されているというべきである。

(二) 上告会社と被上告人らとの間において、歩合給の計算方法の変更を春闘以外の時期には行わないとする合理的理由も考え難い。

(三) 歩合給の計算方法は、個々の賃金額そのものではなく、乗務員全体に共通する賃金の計算方法であるから、本来、統一的かつ画一的に処理されるべきものであり、就業規則による処理に親しむものであるが(労働基準法八九条一項二号参照)、本件においては、上告会社と新労との間では新計算方法による合意が成立し、一方、訴外組合との間では三回に及ぶ団体交渉がいずれも不調に終わっているのである。

(四) 以上を総合すると、本件就業規則の変更の必要性はこれを肯認することができる。

3  次に、本件就業規則の変更の内容の合理性の有無について検討する。

(一) この点については、新計算方法に基づき支給された乗務員の賃金が全体として従前より減少する結果になっているのであれば、運賃改定を契機に一方的に賃金の切下げが行われたことになるので、本件就業規則の変更の内容の合理性は容易には認め難いが、従前より減少していなければ、それが従業員の利益をも適正に反映しているものである限り、その合理性を肯認することができるというべきである。

したがって、本件においては、まず、新計算方法に基づき支給された賃金額とそれまで旧計算方法に基づき支給されていた賃金額とを対応して比較し、その結果前者が後者より全体として減少していないかを確定することが必要である。そして、これが減少していない場合には、それが変更後の労働強化によるものではないか、また、新計算方法における足切額の増加と支給率の減少がこれまでの計算方法の変更の例と比較し急激かつ大幅な労働条件の低下であって従業員に不測の損害を被らせるものではないかをも確認するべきである。

このほか、新計算方法が従業員の利益をも適正に反映しているものかどうか等との関係で、上告会社が歩合給の計算方法として新計算方法を採用した理由は何か、上告会社と新労との間の団体交渉の経緯等はどうか、さらに、新計算方法は、上告会社と新労との間の団体交渉により決められたものであることから、通常は使用者と労働者の利益が調整された内容のものであるという推測が可能であるが、訴外組合との関係ではこのような推測が成り立たない事情があるかどうか等をも確定する必要がある。

(二)  本件就業規則の変更の内容の合理性は、右の諸点についての認定判断の結果いかんにかかるから、これらの点の認定判断を怠った原判決には、就業規則に関する法令の解釈適用を誤った違法、ひいては審理不尽の違法があるというべきであって、この違法が判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。

四論旨はこの趣旨をいうものとして理由があるので、原判決を破棄し、以上の点につき更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。

よって、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大西勝也 裁判官藤島昭 裁判官中島敏次郎 裁判官木崎良平)

上告代理人高田照市、同田中正人の上告理由

○ 上告理由書記載の上告理由

第一点 原判決が引用する第一審判決の理由説示によれば、その第四項5において、「右認定・説示した点を総合すれば、原告らと被告の間には、労働協約及び就業規則上は基本給及び歩合給の金額ないし計算方法について定めがなく、労働契約上も明示の合意がなかったものの、原告加賀親士、同本間敏之、同南盛男、同杉本道雄及び安保正三の五名を除く原告らは、被告から、(原告木下卓雄は昭和五四年九月分以降、同富樫孝一は同年七月以降、その余の原告らは同年五月分以降)昭和五四年一二月分まで、旧計算方法により算出した賃金の支払いを受け、異議を留めずこれを受領していたことが認められるところであり、他方、歩合給の改定が現実化したのは昭和五五年一月分の給与支給時以降のことであったことからすると、それ以前に被告と雇用契約を締結した原告安保正三についても、当事者間双方とも、当時の被告の被傭者と同じ賃金支払方法による旨の意思を有していたと推認できるのであるから、原告加賀親士、同本間敏之、同南盛男及び同杉本道雄の四名を除く原告らと被告との間には、労働協約無協約時期である昭和五四年一二月までに、賃金は旧計算方法に基づいて計算する旨の黙示の労働契約が成立したものと認めるのが相当であり、右認定を覆すに足る証拠はない。

されば、その後に新たな計算方法等についての労働協約ないし労働契約等の合意の成立等の特段の事由がない限り、原告加賀親士、同本間敏之、同南盛男及び同杉本道雄の四名を除く原告らと被告との間には、昭和五五年一月以降の賃金についても、旧計算方法に基づいて計算する旨の労働契約が効力を持ち続けていたことになる。」と判断している。

しかし、いわゆる歩合給の算定方式、すなわち売上高から一定の金額(足切額)を控除し、その金額に所定の率(支給率)を乗じて得た金額を以て歩合給とするとの算定方式についての合意は、その合意がなされた時点におけるタクシー運賃を基準とすることが、労使当事者双方の意思であることは、自明の理というべきである。

タクシー運賃の改訂は、理論的には値上げ値下げいずれの場合も予想しうるところである。ただ、我国においては、経済情勢が概ねインフレの傾向にあったため現実にはタクシー運賃の改訂という場合、過去には値上げの場合のみしかなかったのであるが、理論的には値下げもありうることは論を俟たないところである。

現にトラック運送業の場合においては、過当競争のため運送料金のダウンが行われている。

もし運送料金を過当競争の結果とはいえ、引き下げた場合、売上高が低下することはいうまでもない。かかる場合、賃金協定時の運送料金を基準として歩合給を算定しないで、現実にダウンした運送料金による売上高に歩率を乗ずると賃金ダウンの減少が生ずる。

かかる事態は、労使双方共賃金協定時には予定しなかったところであろう。

従って、労使当事者双方は、賃金協定の締結に当たっては、その賃金協定の有効期間中はその締結時の運送料金を基準として、賃金を算定することを当然の前提としていることにならざるを得ないのである。

運送料金が低下したときは、締結時の運送料金を基準とし、運送料金が上昇したときは、上昇した運送料金を基準とするというが如き合意は労使当事者双方が全く予想しないところであるし、また斉合性に欠くるものである。

従って、原判決の前記判断は、叙上の点から見て不当であり、経験則に反する重大な事実誤認かもしくは理由齟齬の違法があるものというべきである。

第二点 本件就業規則の変更は、被上告人らにとって何ら不利益に変更されたものではない。

上告人は、昭和五五年二月一二日付けで歩合給、時間外手当に関する就業規則を変更し、昭和五四年一二月一六日から足切額を金二九〇、〇〇〇円とし、支給率を三三%にする旨定めた。そして、上告人は被上告人らに対し、昭和五五年二月分以降の歩合給を前述の改訂された足切額および支給率に基づいて算定し支給している。

そこで、右改訂の前後の賃金を比較したものが<書証番号略>の賃金比較表である。

これによれば、月例賃金平均支給額(M欄)において賃金が増額しつつ運賃増額前と」略同額で維持されていることが明らかである。

すなわち、

五五・二 一九七、〇五三円

三 一九五、二八二円

四 一九九、九〇五円

五 一九七、二五五円

六 二〇一、六三二円

七 二〇二、二五〇円

八 二〇二、三四二円

九 一九七、一四五円

一〇 一九五、五六七円

一一 一九八、四五五円

一二 二〇三、七七九円

五六・一 二一三、一八七円

五四・二 一八六、六三六円

三 一八三、九七七円

四 一九三、二二六円

五 一九〇、七〇三円

六 一九四、七四六円

七 一九八、九八五円

八 一九六、九一七円

九 一九三、七九八円

一〇 一九五、八三九円

一一 一九一、二九三円

一二 一九七、五九五円

五五・一 二二六、五五四円

(この月は運賃増額後にも拘わらず従前の足切額金二七〇、〇〇〇円、支給率三五%で算定したので突出した額になっている。)

ちなみに、一勤務当り平均走行キロ(N欄)によれば、前一五か月の平均走行キロが367.25キロであり、後一五か月の平均走行キロが347.38キロであって後一五か月の平均走行キロが19.87キロ減少している。従って、右改訂後労働が強化されているということはない。

次に、<書証番号略>の満勤者賃金実績支給比較表は、歩合給についての足切額および支給率改訂前後の満勤者の賃金の比較をなしたものである。<書証番号略>とは別の観点から、すなわち、満勤者という同一条件を具有する者について改訂前後の賃金の比較をなしたものである。

これによると、一人当の平均総支給額は(K欄)、

五五・二 一九七、三九八円

三 一九八、六六〇円

四 二〇〇、九九〇円

五 一九五、四七〇円

六 二一八、八一六円

七 二〇四、二三四円

八 二一一、五三六円

九 二〇七、〇九九円

一〇 二〇〇、九四四円

一一 二一一、四四二円

一二 二〇五、二七〇円

五四・二 一八八、三七三円

三 一八六、〇一八円

四 一九四、〇一六円

五 一九二、一一九円

六 二〇六、七六四円

七 二〇〇、九五八円

八 二〇六、四七六円

九 二〇八、三五三円

一〇 二〇〇、二九七円

一一 二〇二、七七六円

十二 二〇〇、四二五円

となっており、賃金が増額しつつ略同額で維持されていることが明らかである。

これに対し、原判決が引用する第一審判決(原審により付加、訂正されたものによる。)は、その理由第五項2(二)(1)において、「歩合給の算定の基礎となる足切額を二七万円から二九万円に引上げ、支給率を三五パーセントから三三パーセントに引き下げる旨の新計算方法(第一次変更)によって歩合給を算出すれば、旧計算方法に基づき算出した歩合給より低額になることは計算上明らかである。」として、「支給された平均賃金額がほぼ同一額であることをもってしても、同一売上高に対する賃金支給率の低下による賃金収入の減少が不可避である以上原告らに不利益がないと解することはできない。」と判断している。

しかし、そもそも不利益変更であるか否かの判断は、新旧両制度において同一量の労働を提供することの対価が新計算方法によると不利益を生ぜしめるか否かという観点から決められるべきであって、原判決のような判断基準は基本的に間違っているといわざるを得ないのである。

右の基準からみるならば、本件においては、新旧の計算方法によって支給される賃金は前述したところから明らかなように略同一かむしろ有利に変更されていることが明らかであるから、本件就業規則の変更は、被上告人らにとって不利益に変更されたものではないというべきである。

結局、原判決のこの点に対する判断は、重大な事実誤認があり、また、理由の齟齬があるのであって、破棄をまぬがれないというべきである。

第三点 本件就業規則の変更は、運賃改訂の目的、ハイヤー・タクシー業界の一般的状況等に勘案しても合理的なものであり、従って、本件就業規則の歩合給についての定めが無効となるはずはない。

すなわち、かりに昭和五四年一二月一二日の運賃改訂の際に足切額および支給率を改訂しなっかたとするならば、昭和五五年二月以降の歩合給は<書証番号略>のA欄のように試算される。そうするとこれによって算定された昭和五五年二月以降の昭和五六年一月までの月例賃金支給額は次の通りとなる(<書証番号略>のM欄の金額に<書証番号略>のA―B欄の金額を加えればよい。)。

五五・二 二〇八、〇七六円

三 二〇六、一九八円

四 二一一、一〇一円

五 二〇八、〇三〇円

六 二一二、六七三円

七 二一三、三二八円

八 二一三、四二六円

九 二〇七、九一四円

一〇 二〇六、二四一円

一一 二〇九、三〇四円

一二 二一四、九五〇円

五六・一 二二四、九二九円

合計 二、五三六、一七〇円

この数額は歩合改訂前の一二か月すなわち昭和五四年二月以降昭和五五年一月までの月例賃金支給額(<書証番号略>のM欄)合計金二、三五〇、二六九円の107.9%に当る。

上告人は、すでに昭和五四年度の春闘により昭和五四年四月一六日以降固定給につき3.8%(これは、その前六か月(自昭和五三年一一月至昭和五四年四月)の月例支給額の平均金一九一、七一一円の2.7%に当る。)のベース・アップを行っているのであるが、そうしてみれば、運賃が増額されたにも拘わらず足切額および支給率を従来の通り維持するとすれば、タクシー運転者は、春闘時に得た2.7%ベース・アップの外に事実上7.9%のベース・アップを得ることになり、それだけ運賃の原価計算に誤差を生じ、運賃増額によって会社に確保さるべき適正利益が侵蝕されることとなる(被上告人らは、このほかに昭和五五年度春闘時に会社に対しベース・アップの要求を提示しているのである。)。

すなわち、旧タクシー運賃を前提として上告人と被上告人らとの利益の均衡点に定められていた賃金は、足切額および支給率を変更しないかぎりタクシー運賃の増額という外部的事象によって労使の利益の均衡外に出ることになるのである。

ここにおいて、運賃増額後、運転者の賃金が労使の利益の均衡圏内で決められるような方法を講じなければならない。その方法が足切額および支給率の改訂ということである。

すなわち、被上告人らの歩合給は、タクシー運賃の増額の結果労使の利益の均衡を破った不合理なものとなったので、上告人は、足切額の増額と支給率の切下げという方法で、その不合理を是正して労使の均衡が保たれるように公正かつ合理的なものとしたのである。

従って、本件就業規則の変更に合理性を肯定できないとした原判決の判断には、重大なる事実誤認かもしくは理由齟齬の違法が存在するというべきである。

原判決が引用する第一審判決第五項2(二)(3)で説示する通り、「運賃値上認可が事業者の利益保護のみを目的とするものではなく、労働条件の改善の目的も加味されており、要は事業者と労働者側の適正な利益配分的要素を持つもの」であるとすれば、タクシー運賃の増額によってその運賃収入の増加分をそっくりそのまま自動的に運転者の賃金に還元するというのは合理的ではなく、事業者に対しても適正な利益の配分があって然るべきである。

然るとき、タクシー運転者の賃金における右の適正な利益配分の是正は、毎年のいわゆる春闘時に行われるベース・アップという形で行われているのであり、タクシー運賃の改訂もこれを見込んでの改訂なのである。

従って、タクシー運賃の増額の際に運転者の賃金もこれに伴って自動的に増加させる必要は全くないのであって、かりに、これを認めれば、春闘時のベース・アップの他に運賃増額といういわば偶然の事由によって賃金が増加することとなり、かえって不合理なものとなるのである。

○ 上告理由書(補充)記載の上告理由

一、 第一点、原判決は「被控訴人らにおいて、控訴人が主張する慣習が存在し、控訴人がこの慣習に従って、運賃改定後、賃金の見直しを行ない、見直し後の賃金で支給しているものと認識しこれによる旨の意思を有していた時まで認めることができない。」と認定し、上告人が主張している慣習の存在を退けている。しかし、原判決のこの認定は重大な事実誤認に基づくものであり、明らかに経験則に違反している。

二、 上告人が主張している慣習、すなわち、タクシー運賃の改定があった時に、従業員(タクシー運賃者)の給与体系が基本給と歩合給との合算による支払いが行なわれている場合には、運賃改定に伴って、従業員の給与の支払いの基準及び方法について、タクシー各社が各々の事情に応じて、何等かの見直しをすることが労使間の慣行となっていることが、昭和五五年当時、すでに札幌地区のタクシー業界において、反復・継続して実施され、労使間に定着し、この労使間の慣行は、民法第九二条の「事実たる慣習」として、札幌地区のタクシー業界の労使あるいは上告人と被上告人らを含む上告人会社の従業員との慣習となり、労使当時者間の意思決定を拘束するものとなっていた。

三、(一) 上告人が主張する慣習は、上告人と非上告人らとの間、あるいは札幌地区のタクシー業界のみならず、全国のタクシー業界に存在していることは明白な事実であり、タクシー業界において、タクシー運賃の改定があった時には、その都度、各社は各々の事情に応じて、従業員の賃金の支払いにつき、何等の見直しがされていることは、タクシー業界において、常識・通例となっているのである。

(二) それでは、タクシー業界において、何故に、かかる慣習が行なわれるようになったのかは、次のような事情がその原因となっているのである。

(1) 使用者の事業収入は、専らタクシー運賃の売上によるものであること。

(2) タクシー運賃の改定は、使用者の意思によるものでなく、国の認可によらなければならないこと。

(3) タクシー運賃の改訂の額及びその時期を、使用者が決めることができないこと。

(4) 使用者はタクシー運賃の改定(値上げ)がなくとも、従業員の経済生活を考えて、毎年、春闘においてベース・アップをしていること。このように、使用者において、増収がなくとも従業員の給与を昇格させることは、次のタクシー運賃の改定(値上げ)があるまでの給与の前渡的意味を持っていることから、タクシー運賃の改定(値上げ)が実施された時には、従来の給与との調整を図る必要があること。

(5) タクシー業界においては、全国的にも従業員に対する給与体系は、ほとんど基本給と歩合給との合算によるものであること。

四、(一) ところで、札幌地区におけるタクシー運賃の改定(値上げ)は、昭和五四年一二月一二日以前にも、何回か行なわれているが、上告人会社においても、昭和四五年五月、従業員の給与体系が歩合給のみによるものから、基本給と歩合給との合算によるものに変更してからも、タクシー運賃の改定(値上げ)は四回実施されている。その改定実施後において、上告人会社はいずれも「足切額」と「還元率」の見直しの変更を行なっている。そして、従業員の給与は見直し後の「足切額」と「還元率」に基づいて算出され、被上告人らを含む上告人の従業員は、この見直しをした基準により、算出された給与であることを承知して、上告人会社から異議を留めず受領しているのである。

(二) また、札幌地区で、昭和五二年一〇月五日、同五四年一二月二〇日及び同五六年一二月二〇日にタクシー運賃の改定が実施されているが、その当時、札幌地区でタクシー営業認可を受けている会社が五七社あり、そのうち、五五社は基本給歩合給との合算による給与の支払い方法を採用していたところ、右タクシー運賃の改定に伴い、その都度、従業員の給与の支払いについて、見直しが行なわれているのである。

五、 以上の如く、タクシー業界におけるタクシー運賃の改定が認可制度となっていること、従業員の給与体系が基本給と歩合給との合算による二重構造をとっていることの特異性に基因して、上告人の主張する「慣習」が上告人と被上告人らの間に存在することはもとより、札幌地区のタクシー業界においても存在することが、タクシー業界においては、通例となっていることであるのに、原判決は、このようなタクシー業界の現況を全く把握していないところに、判断の誤りがあるのである。

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