最高裁判所第二小法廷 平成3年(オ)749号 判決 1991年12月13日
上告人
鏡茂俊
右訴訟代理人弁護士
石田省三郎
被上告人
日本電信電話株式会社
右代表者代表取締役
児島仁
右指定代理人
宮崎芳久
右当事者間の東京高等裁判所平成元年(ネ)第八一四号懲戒処分無効確認等請求事件について、同裁判所が平成三年一月三〇日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人石田省三郎の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。所論引用の判例は、事案を異にし本件に適切でない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものか、又は独自の見解に基づいて原判決の法令違背をいうものにすぎず、採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大西勝也 裁判官 藤島昭 裁判官 中島敏次郎 裁判官 木崎良平)
(平成三年(オ)第七四九号 上告人 鏡茂俊)
上告代理人石田省三郎の上告理由
原判決は、労働基準法第三九条第四項の解釈適用を誤り、かつ最高裁判所の判例に違反のみならず、採証法則に違背し、理由不備及び審理不尽の違法を犯したものであり、右違法が、判決の結果に影響を及ぼすことは明らかである。
一 本件の争点と、原判決の判断
上告人が、昭和五三年五月一九日、年次有給休暇を取得することにより、被上告人の「事業の正常な運営を妨げる事情」があったか否かが、本件争点である。
この点につき、原判決は、
<1> 五月一八日に絶縁試験で絶縁不良を思われる異常が発見されたのであるから、翌一九日に、絶縁不良箇所の探索を行う必要性が高かったこと。
<2> 上告人が五月一九日に年休を取得すると、第二保全課の他の担当から、右絶縁不良箇所の探索を行うために上告人の代替要員を確保することは、困難であったこと。
<3> このため、五月一九日、前記絶縁試験を行うにつき、千代田地区管理部保全課から、時田第五機械工事課長が派遣されたこと。
の各事実を認定したうえ、「五月一九日における控訴人の欠勤は、第二保全課のみならず五機工課の業務にも支障を生じさせたものであり、事業の正常な運営を妨げる場合に当たるというべきである。」として、上告人の控訴を棄却している。
しかしながら、原判決は、次の各点において誤った判断を行い、ひいては、労基法第三条第四項の解釈適用を誤ったものであるだけでなく、最高裁判所の判例にも違反するものである。
すなわち、原判決は、
<1> 五月一九日、絶縁不良箇所の探索を行うことの緊急性はなかったにもかかわらず、その必要性を認定した点。
<2> 右探索は、上告人が仮に欠けても十分行いうる作業であるにもかかわらず、代替要員の確保が困難であったとした点。
<3> 本件作業は、蛭田課長が派遣されてようやくなしえたものであったにもかかわらず、これを過小評価した点。
<4> 「事業」の範囲を、第二保全課ないし五機工課にかぎった点。の諸点において、採証法則に違背し、理由不備、ないし審理不尽の違法を犯し、また最高裁判所の判例に違反しているというべきである。
二 絶縁不良箇所探索の緊急性について
原判決は、当時、蛭田課長を中心に行われた絶縁不良箇所の探索が、緊急性のある作業であったことを当然の前提としている。
しかしながら、右作業自体、それほど急を要するものでなかったことは、蛭田課長自身認めているところである(原審における蛭田の証言・証言調書三九項参照)。もし、本件冠水事項によって、右絶縁試験が緊急を要するものであったとしたら、もっと早期に行わなければならなかったはずであろう。五月一一日に冠水事故が発見されたにもかかわらず、そのような措置がとられず、五月一九日まで放置されていたということ自体、右作業が緊急を要するものではなかったことを端的に物語っているといわなくてはならない。
三 探索作業の要員について
1 原判決は、上告人の欠勤によって、蛭田課長の派遣を求めざるを得なかったから、第二保全課の事業の正常な運営を妨げる事情があったとしている。
しかしながら、蛭田課長が当日行った絶縁試験の内容をみるかぎり、上告人ひとりが欠けたからといって、その作業に支障があったなどということはとうていできない。
原審における蛭田証言からも明らかなように、当日行われた絶縁試験の中心的な作業は、異常が認められた系統について、「切り分け試験」を行うことであった。
「切り分け試験」を行うためには、神田局の局舎各階に設定されている「分電盤」のスイッチを一斉に切るという作業を行うのであるが、これを行うためには、各階に人員を配置する必要性があった。そのため、局内保全課から、「五、六名を借り」て各階に人員を配置し、右試験を行っているのである<証拠略>。
つまり、この作業のためには、上告人ひとりがいたからといって、どうにもなるものではなく、もともと、局内保全課から「五、六名」を借りる必要があるものであったのであり、当日、それも容易になしうる状態にあったのである。
原判決もいうように、仮に、蛭田が派遣されず、大塚主任が、その指揮を行ったとしても、結局、「切り分け試験」のため、それだけの人員を借りる必要がでてくることになり、上告人ひとり欠けたとしても、何の支障も生じなかったのである。単に三〇分程度の「切り分け試験」(それも分電盤のスイッチを切るというきわめて単純な作業である)のために、上告人の年休権を制限するほどの「事業」の正常な運営が妨げる事由があったなどという評価など、到底できないものといわなくてはならない。
2 要員をめぐる問題で、注目すべきもう一つの問題は、当日の赤塚課長の業務内容である。
原審で取調べられた各証拠から明らかなとおり、赤塚課長は、当日、そのほとんどの時間を団体交渉への出席に費やしている<証拠略>。その交渉内容は、上告人の年休の取得に対する時季変更権の行使が正当であるかどうかをめぐる点であった。
もし、赤塚課長が、本件時季変更権を行使しなかったとするなら、右のような団体交渉は行われずにすんだはずであるし、そうであるなら、赤塚課長自らが、「切り分け試験」等の指揮をできたはずであろう。当日は、金曜日であったから、赤塚課長にそれ以上の業務があったなどということも考えられないのである。
3 要員確保についての被上告人の当時の情勢判断自体きわめて不正確なものであり、このことは、被上告人が主張している事由よりも、別の意図、つまり上告人が新空港反対の集会に参加することを妨げる目的で時季変更権が行使されたものであることを強くうかがわせるものである。この事情は、被上告人の第一審における主張の変遷に端的にあらわれている。
被上告人は、第一審において、五月一九日に第二保全課の電力担当において、冠水整備作業に当たることができたのは、上告人と水上主任だけであったと主張し、原判決も、これを認めている。
被上告人は第一審においてその理由として、五月一九日の作業に必要な電力担当の職員として、制御盤内の細部点検・ターボ冷凍機等の試運転につき四名程度、電力に関する震災対策実施状況調査に一名、予備エンジンの指導試験に若干名を要したと主張していた。
しかしながら、右のうち予備エンジンの始動試験は前日の五月一八日一六時二〇分にすでに行われており<証拠略>、五月一九日にこのための人員を確保する必要がなかったのである。被上告人は第一審の昭和五四年一月二一日付準備書面提出時にはこれに気づかず、人員確保の理由として右の点をあげたのであるが、上告人においてこれを指摘すると、同年五月三〇日付の準備書面で、右事実を認めざるを得なくなり、あわてて当時赤塚課長はこれを知らなかったなどと主張するに至った。もし赤塚がこれを知らなかったというのであれば、同課長自身適正な人員配置を考える資料をもっていなかったことになろう。ここで重要な点は、赤塚の主観はともかく客観的にみて、五月一九日には予備エンジン始動試験の要員は不要であり、したがって人員確保の要がなかったということである。
また、右のうちターボ冷凍機の始動試験については、千代田地区管理部第五機械工事課の所轄作業であって上告人がこれに従事する必要はなかったのである。加えて、そもそもこの始動試験のためには、フロンガスを充填したうえでなくてはこれができないものであるところ、五月一九日時点では、右充填が行われておらず、未だ右始動試験ができる状況ではなかった。
被上告人は、当初この事実についても気づかず、漫然と右のような主張を行ったのであるが、上告人において、これを指摘すると、「試験」の意味が違うなどという牽強付会の論をもちだし、当日制御盤を操作し「試運転」を行ったなどと主張するに至った。しかるに、単なる制御盤の操作というのであれば、スイッチが入るかどうかを確認するだけで、きわめて短時間で終る作業で、あえて特別の人員を必要としないばかりか、「冷凍機本体」の試運転をしなければ、全く意味のない作業になってしまうのである。
このようにみると、被上告人の主張に沿って考えても、五月一九日に予定された作業は、絶縁試験のみであったことになる。被上告人は、上告人を右作業に従事させる必要があったというのであるが、すでに右作業要員として、水上主任と共通担当の大井のほか、蛭田課長の部下である大塚が確保されており、さらに橋本も作業可能な状況にあったのである。
また、前記の不要となった予備エンジンの始動試験の要員や、ターボ冷凍機の始動試験の要員は、不要となっていたし、共通担当者も短時間であれば、十分その作業に従事させることができたのであるから、右絶縁試験に従事しうる人員は、容易に補充できる事情にあり、現にこれらの者が、短時間であるが、「切り分け試験」の要員として用いられているのである。
このような状況にあったにもかかわらず、赤塚課長は、専ら上告人を前記集会に参加させないとの意図をもって(なお、この点につき、大阪地判昭五七・一〇・二七、判例時報一〇六八・一一四以下参照)、当日の要員や、業務の内容を十分に把握しないまま、被上告人の既定の方針にしたがって、時季変更権を行使したものといわざるを得ないのである。
4 また仮に、原判決が指摘するように、橋本技術員が当時、脳血栓症に罹患し、その影響があって、一般作業に従事していなかったからといって、本件のような「切り分け試験」の補助作業ができなかったなどということは決してなく、関係証拠から明らかなように、現実に右作業を行っているのである<証拠略>。すくなくとも、右絶縁試験において、上告人に求められた作業自体、補助的な作業であったのであるから、あえて上告人にこれに従事させる必要はなく、橋本で十分であったことはきわめて明白である。
原判決は、右のような事情も全く考慮していないといわなくてはならない。
四 「事業」の範囲について
「事業の正常な運営を妨げる」か否かの判断は、当該労働者の所属する「事業所」を基準として決すべきであるというのが判例である(最高裁昭和四一年(オ)第八四八号・昭和四八・三・二判決等参照)。
本件でいえば、「神田電話局」がその「事業所」に該当する。
ところが、原判決は、上告人が所属する神田電話局の第二保全課、しかもその「電力担当」に要員不足が生じたため、他から要員の確保をせざるを得なかったことを理由に、右要件の存在を認定している。
しかしながら、要員の判断基準を、「電力担当」のみに限定することは、法の趣旨からして、明らかに誤りであるばかりではなく、先にのべたとおり、当日、実際には、「切り分け試験」のために、他の担当からも人員を確保しうる状況にあったのであるから、右のように「事業所」を限定すること自体、現実的にも不当というほかないのである。
原判決の判断は、右の観点からしても、従来の最高裁判所の判例に明らかに違反するものといわなくてはならない。
もし、原審が、右に指摘するような事情、つまり、「神田電話局」全体の要員配置からみて、その正常な運営を妨げる事由があったかどうかを考察すれば、結論は、自ら逆になっていたはずである。
以上