最高裁判所第二小法廷 平成3年(行ツ)211号 判決 1992年5月22日
愛知県一宮市奥町字剱光寺三一番地
上告人
スミ株式会社
右代表者代表取締役
墨喜八郎
右訴訟代理人弁護士
井出正敏
中島多門
愛媛県伊予三島市村松町一九〇番地
被上告人
池田福助株式会社
右代表者代表取締役
井上忠彦
右訴訟代理人弁護士
吉武賢次
神谷巌
右当事者間の東京高等裁判所平成二年(行ケ)第二七〇号審決取消請求事件について、同裁判所が平成三年七月二三日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人井出正敏、同中島多門の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない(なお、原判決の理由には段落番号の連続を欠いている部分があるが、これが番号の付与の誤記にすぎないことは、その前後の文脈からみて明らかである。この点を捉えて原判決に理由不備等の違法があるとする論旨は、採用することができない。)。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中島敏次郎 裁判官 藤島昭 裁判官 木崎良平 裁判官 大西勝也)
(平成三年(行ツ)第二一一号 上告人 スミ株式会社)
上告代理人井出正敏、同中島多門の上告理由
第一、判決に影響を及ぼすこと明らかな事実誤認および法令違背。
一、 上告人の本件訴訟の請求原因の要旨は、特許庁による登録第一六一〇二三五号実用新案(以下、本件考案という)の登録無効の審決は、その審決理由中において、「引用例2に記載のものにおいて、容器本体と蓋体との係止片にそれぞれ形成された凹溝部と凸条部とが嵌合することによって蓋体が容器本体から離脱しないように保持しており、その際に両係止部が内方向に傾斜していることによってこの保持力がさらに強められる作用をなすものと認められる。 ところで凹溝部と凸条部とによって保持力は一応与えられているので、保持力をそれ程大きくする必要がなければ、係止片を内方向に傾斜させずに直角にかつ直線状に形成してもさしつかえないことは明らかであり、この相違点は蓋体が離脱しないように保持する力をどの程度とすべきかという必要性に応じて適宜考慮し得る設計的事項に過ぎないものである。」(審決書七頁第一三行-八頁第六行)としているが、これは引用例2の考案の技術内容を誤認しているものであり、その結果、本件考案の進歩性を誤って否定したものであって違法につき、右審決は取り消さるべきものである、というにある。
二、 上告人は前記審決理由中の前記判断が引用例2の考案の技術内容を誤認したものであり、失当である理由として、以下の二点を挙示した。
(一) 審決理由中の前記記載には「引用例2に記載のものにおいて、容器本体と蓋体との係止片にそれぞれ形成された凹溝部と凸条部とが嵌合することによって蓋体が容器本体から離脱しないように保持しており、その際に両係止部が内方向に傾斜していることによってこの保持力がさらに強められる作用をなすものと認められる。」とあるが、右記載は凹溝部と凸条部との嵌合による保持が主たる保持手段であり、略L字状の両係止部が内方向に傾斜していることは、右記載中に「その際に・・・・この保持力がさらに強められる作用をなすもの」(傍点、上告人代理人が付したもの)として、既にそれ自体で達成している凹溝部と凸条部との嵌合による保持作用に対する補強手段、したがって従たる保持手段である、と誤った判断を行ったものである。
そもそも、引用例2の考案は、その実用新案登録請求の範囲にもあるとおり、容器本体と蓋体とにそれぞれ設けられた内方向に傾斜する略L字状の係止部ないし係止片を必須要件とするものであり、略L字状の係止部ないし係止片が内方向に傾斜していることにより主たる保持作用が行われているものである。 これに対し、引用例2の全文明細書(甲第五号証)の記載によれば、凹溝部と凸条部の作用効果は、「蓋低(2)の凸条部(8)は容器本体(1)の鍔(4)の上部外端より内側にあるから強制的に押圧して凸条部(8)を下曲部(5)に沿って下降し凹溝部(7)に嵌め込めば気密性をもって、しかも自然に離脱する心配もなく簡単に閉鎖できるものである。」(三頁最下行-四頁第五行、傍線は上告人代理人)となっており、凹溝部と凸条部とは、両係止部ないし両係止片を嵌合させる時の滑り込みを良好ならしめ、嵌合後の自然離脱を防止するものであって、前記の略L字状の係止部ないし係止片が内方向に傾斜していることによる主たる保持作用を一層効果あらしめるようにしたものである。
(二) さらに、審決は「ところで、凹溝部と凸条部とによって保持力は一応与えられているので、保持力をそれ程大きくする必要がなければ、係止片を内方向に傾斜させずに直角にかつ直線状に形成してもさしつかえないことは明らかであり」としている。 これは、審決が前記(一)で記載した誤った判断をさらに一歩進めたものであって、引用例2の考案の必須要件である略L字状の両係止部ないし両係止片が内方向に傾斜している要件を無視ないし極度に軽視したものであり、引用例2の考案の技術内容を誤認したものである。その結果として、審決は、本件考案と引用例2の考案の「相違点は蓋体が離脱しないように保持する力をどの程度とすべきかという必要性に応じて適宜考慮し得る設計的事項にすぎないものである。」との誤った結論に達したものである。
以上が原審における上告人の主張の要旨である。
三、(一) これに対し、原判決は、前記二、(一)記載の上告人の主張に対し、「引用例2記載の考案の係止部を個々の部分に分けて『引用例2記載の考案においては内方向に傾斜する略L字状の両係止片のみによって保持作用が達成されるのであって、引用例2記載の考案の主たる保持手段は内方向に傾斜する略L字状の両係止片である』という原告の主張には、何ら根拠がない」と記載している。(一七丁裏第六行-第一〇行。なお、傍点は上告人代理人が付したもの)
しかし、上告人は引用例2記載の考案の主たる保持手段が内方向に傾斜する略L字状の両係止片ないし両係止部であることは主張しているが、「内方向に傾斜する略L字状の係止片のみによって保持作用が達成される」とは主張していない。
また、原判決は、上告人の主張は引用例2記載の考案の係止部を個々の部分にわけて、その係止片のみを取り出しているかの如く解しているが、これも失当である。 すなわち、上告人が係止片という言葉を使用したのは、審決がこの言葉を使用しているからであり、しかも上告人はこの係止片を内方向に傾斜する略L字状の係止片全体の意味に用いており、引用例2記載の考案の実用新案登録請求の範囲に記載の「内方向に傾斜する略L字状の係止部」と同じ意味に用いているのであり、上告人は係止部ないし係止片を個々の部分に分けたり、係止片を係止部から分けたりしているものではない。(かえって、原判決の方が「内方向に傾斜する下曲部5と5'、水平部6と6'のみならず、凹溝部7と凸条部8をも含む部材全体を『係止部』と称していること認められ」(一七丁表第六行-第八行)として、内方向に傾斜しているのは下曲部5と5'であって、係止部(略L字状の係止部)が全体として内方向に傾斜していることを看過しているかのような表現をしている。 もしそうであるとすれば、原判決は下曲部を係止部から分離しているとの批難を免れない。)
以上のとおり、原判決は上告人の主張を正しく理解しないで判断を下したと言わねばならない。
(二) しかして、甲第四号証(引用例2の考案に関する公開実用新案公報)および甲第五号証(同考案に関する全文明細書)の各記載によれば、引用例2の考案において「それぞれ内方向に傾斜する略L字状の係止部」の形成が必須要件となっていることは明白である。 それは、甲第四号証の実用新案登録請求の範囲に明記されており、甲第五号証の考案の詳細な説明には、四ヶ所にわたって記載されている。(甲第五号証、3頁第五行-第六行、3頁第八行-第九行、4頁第七行-第八行、4頁第一五行-第六行)
これに対し、原判決は「原告の右主張は、引用例2記載の考案の主たる保持手段は内方向に傾斜する略L字状の両係止片であり、右保持作用を達成するために略L字状の両係止片を内方向に傾斜させることが同考案の構成に不可欠の事項であることを前提とするものである。 しかしながら、右前提が正当でないことは前記のとおりである。」(一八丁裏第七行-一九丁表第二行)と記載し、略L字状の両係止部が内側に傾斜していることが同考案の不可欠の構成要素であることを否定している。
しかし、実用新案登録請求の範囲に明記され、考案の詳細な説明に四ヶ所にもわたって記載されているものを、不可欠の構成要素から除くというのは、実用新案法第二六条により準用される特許法第七〇条に違反している。
(三) 次に、引用例2の考案を作用の点からみれば、係止片が内側に傾斜していることは、容器本体を蓋体で閉鎖するに当り、蓋体に形成された係止部が容器本体に形成された係止部を強制的に押圧して、両係止部を嵌着せしめるものである。 このことは甲第五号証の考案の詳細な説明中の以下の記載からも容易に判明することである。 すなわち、「このような構造から成る本考案の使用は、容器本体(1)の内部に食料品(B)等の所要物を入れた後、蓋体(2)で閉鎖するものであるが、蓋体(2)の凸条部(8)は容器本体(1)の鍔(4)の上部外端より内側にあるから強制的に押圧して凸条部(8)を下曲部(5)に沿って下降し凹溝部(7)に嵌め込めば気密性をもって、しかも自然に離脱する心配もなく簡単に閉鎖できるものである。」(3頁最下段-4頁第七行、傍線は上告人代理人が付したもの)
このように、引用例2の考案における両係止部の係止は、係止部が内側に傾斜しているため、蓋体に形成された係止部が容器本体に形成された係止部を強制的に押圧して嵌着せしめるものであり、所謂「はめ込み」嵌着であり、これが右考案における両係止部の係止の特徴である。 この係止方式は、うすい合成樹脂からなる容器本体と蓋体とが一体となっている容器を、ホチキス、輪ゴム、テープ、ステープルなどの補助手段によらないで容器本体と蓋体とを封合するには、所謂「はめ込み」嵌着しか方法がないとされていた当業者間の従前の常識の反映であった。
これに対し、本件考案の場合には、両係止片を直線かつ直角状に形成しているため、両係止片の強制的押圧による嵌着、すなわち所謂「はめ込み」嵌着ではなく、「容器本体及び蓋体自体の剛性と、材料自体の弾性を利用して、折曲片(係止片のこと、上告人注)による容器本体と蓋体の嵌合・係合を達成」(甲第二号証、本件考案の実用新案登録出願公告公報、第三欄第二行-第四行)したものであり、当業者間の従前の技術常識を打破するものであった。
原判決には、このような経過を無視した事実誤認がある。
四、(一) 次に、原判決は、前記二、(二)記載の上告人の主張に対し、「原告の右主張は、引用例2記載の考案の主たる保持手段が内方向に傾斜する略L字状の両係止片であり、右保持作用を達成するため略L字状の両係止片を内方向に傾斜させることが同考案の構成に不可欠な事項であることを前提とするものである。 しかしながら、右前提が正当といえないことは前記のとおりである。」(一八丁裏第七行-一九丁表第二行)と記載しているが、この記載が実用新案法に違反したものであることは、既に三、(二)において述べたとおりである。
(二) 続いて、原判決は、「そして、引用例2記載の考案においては係止部を構成する下曲部5、5'、水平部6、6'、凹溝部7及び凸条部8が協働して係止(すなわち、保持作用)を達成するものと考えられる」(一九丁表第二行-第五行)と記載する。 これは係止部を個々の部分に分解して記載しているが、要するに略L字状の係止部によって係止、すなわち保持作用が達成するということである。 しかし、この記載からは「内方向に傾斜する」という要件が消えてしまっている。 しかも、原判決は、実用新案登録請求の範囲に明記されているこの要件が何故抹消されることになったのか、何らの根拠も示していない。 これまた実用新案法第二六条により準用される特許法第七〇条に違反している。
(三) さらに、原判決は、「しかも、前掲第四号証によれば、引用例2記載の考案は略L字状の係止部の内方向への傾斜度を数値をもって限定していないのであるから、引用例2記載の考案の下曲部5、5'の具体的形状(すなわち、内方向にどの程度傾斜させるか)は、これと協働する水平部6、6'、凹溝部7及び凸条部8それぞれの具体的形状及び材質、所望の保持力の程度、さらには製造の難易などを勘案して、当業者が決定すべき設計事項であることは明らかである。 そうすると、引用例1記載の考案と引用例2記載の考案に基づいて包装容器の構成を創案する際には、前記の諸般の事情を勘案して、引用例2記載の下曲部5、5'の傾斜度を零にすることも、当然に検討の対象になると解するのが相当である。」(一九丁表第六行-一九丁裏第七行)と記載する。
この記載中、内方向に傾斜させるのは係止部全体であって、下曲部だけでないことは既に指摘のとおりであるが、もっと重大なことは係止部の内方向への傾斜度を数値をもって限定していないから、下曲部を内方向にどの程度傾斜させるかは設計事項であり、さらには下曲部の傾斜度を零にすることも当然に検討の対象と解する、との部分である。
しかし、「内方向に傾斜する」という規定は、内方向への傾斜度が数値的に限定されていなくとも、「外方向に傾斜する」ことを排除するばかりでなく「直角にかつ直線状にする」ことも排除するものである。 したがって「内方向にどの程度傾斜させる」かは設計事項であるが、「外方向に傾斜させる」ことと、「直角にかつ直線状にする」ことは設計事項ではない。
また、原判決は下曲部の傾斜度を零にすることも当然に検討の対象となると解すると記載するが、本件考案の以前に下曲部の傾斜度を零にすることを検討した当業者が仮にいたとしても、そのような構成は敢えて捨てて省みられなかったのであって、本件考案においてははじめて取り上げられたものである。
以上の次第につき「したがって、引用零2記載の考案において保持力を大きくする必要がなければ係止片(下曲部)を内方向に傾斜させずに直線状に形成してもさしつかえなく、相違点<2>は必要性に応じて適宜考慮し得る設計的事項に過ぎないとした審決の認定判断」(一九丁裏第八行-二〇丁表第一行)を是認した原判決には承服し難い。
(四) 上告人は引用例2の考案について、審判以来一貫して、その主たる保持手段は内方向に傾斜する略L字状の両係止片(両係止部)である旨主張して来た。 しかし、ここで百歩譲って、「引用例2記載の考案においては、凹溝部と凸条部との嵌合及びこれらを含む係止部の内方向への傾斜が協働して保持作用を達成している」(原判決一八丁表第八行-第一〇行)との立場に立つとしても、「係止部の内方向への傾斜」は前記考案の必須要件の一つであることに変わりがない。 従って、この立場に立つとしても、上告人が前記三、(二)(三)および前記四、(一)(二)(三)に記載している主張は十分に維持されるものである。
第二、原判決の理由の記載には大きな脱漏があり、判決に理由を附さず、理由に食い違いがある。
一、 原判決の理由の記載順序を看ると、第一、第二、第三の三大部分に区分されているが、そのうち第二の記載が最も重要なものと認められる。
その第二は、一として「成立に争いない甲第二号証(実用新案登録出願公告公報)によれば、本件考案の技術的課題(目的)、構成及び作用効果が左記のように記載されていることが認められる(別紙図面A参照)。」となっており、続いて本件考案につき、
1 技術的課題(目的)
2 構成
3 作用効果
を順次記載している。(原判決一四丁表第九行-第一六行表第七行)
ところが、原判決のこれに続く段落は、2(一六丁表第八行-一六丁裏第一行)、3(一六丁裏第二行-一八丁裏第二行)、4(一八丁裏第三行-二一丁表第七行-第一一行の順序となっている。)
この記載の順序・形式から推測すると、少なくとも「二1」という段落が脱漏していることになる。(ここで「少なくとも」と言ったのは、「二」の他に「三1」あるいは「四1」が脱漏しているかも知れないからである)
二、 また、文章の内容からみても、原判決の第二、一の部分では、1・2・3と段落を分けて、本件考案の技術的課題(目的)、構成、作用効果を詳細に記載した後に、「2一方、引用例2に審決認定の技術的事項が記載されており、本件考案と引用例2記載の考案が審決認定の二点においてのみ相違し、その余の点において一致することは当事者間に争いがなく、相違点<1>に関する審決の判断は正当であることは原告も認めるところである。」と続いているが、これは極めて唐突な記載内容であって、前段と文意が通じていない。前記2の書き出しである「一方」という言葉は、その前に記載されている「一、123」を受けて、「一方」以下に記載の文意がその前に記載されている文意と対応していることを表現する筈のものであるが、「一、123」の文意と「一方」以下に記載の文意とでは対応がとれていない。
けだし、原判決は、本件考案について、その実用新案登録請求の範囲の記載ばかりでなく、明細書記載の考案の詳細な説明にまで立ち入って、その技術的課題(目的)、構成、作用効果を詳細に記載しているが、本件考案についてこのような詳細な記載をした以上、引用例2についても、その実用新案登録請求の範囲の記載ばかりでなく、その全文明細書(甲第五号証)の記載に基づいて、その技術的課題(目的)、構成、作用効果を記載すべきであり、これらを記載しなければ、「片手落ち」というべきところ、原判決にはこれらの記載を全く欠いている。 これは脱漏部分に関する上告人の一つの推察であるが、脱漏部分の記載はこれに限られるものではない。
三、 以上の次第につき、原判決の理由第二は、その記載の順序、形式からみても、その記載内容からみても、大きな脱漏があるとみる他なく、結局は、判決に理由を欠き、または判決理由に食い違いがあるというべきである。
以上