最高裁判所第二小法廷 平成4年(オ)580号 判決 1993年3月26日
上告人
京都広告株式会社
右代表者代表取締役
岩本成孔
右訴訟代理人弁護士
村田敏行
被上告人
今井健雄
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
一上告代理人村田敏行の上告理由第二点について
民事調停法に基づく調停の申立ては、自己の権利に関する紛争を裁判所の関与の下に解決し、その権利を確定することを目的とする点において、裁判上の和解の申立てと異なるところがないから、調停の申立ては、民法一五一条を類推して時効の中断事由となるものと解するのが相当である。したがって、調停が不成立によって終了した場合においても、一か月以内に訴えを提起したときは、右調停の申立ての時に時効中断の効力を生ずるものというべきである。
これを本件についてみるのに、原審の適法に確定した事実によれば、被上告人は、平成元年二月二二日、被上告人が上告人から支払を受けるべき基本給が月額一九万四〇〇〇円であることの確認を求めるとともに、右一九万四〇〇〇円と上告人による支払額との差額等の支払を求めて、京都簡易裁判所に調停の申立てをしたが、右調停は、同年一〇月一八日、不成立によって終了したため、被上告人は、同年一一月一六日、右差額の支払請求を含む本件訴えを提起したというのである。右事実関係によれば、右差額賃金の支払請求権については、右調停の申立てがされた平成元年二月二二日に、消滅時効が中断したものというべきであるから、昭和六二年二月分以降の差額賃金の支払請求権について消滅時効が中断しているとした原審の判断は、結論において正当として是認することができる。論旨は、原判決の結論に影響のない事項についての違法を主張することに帰し、採用することができない。
二その余の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、原判決を正解しないでこれを論難するか、又は原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官大西勝也 裁判官藤島昭 裁判官中島敏次郎 裁判官木崎良平)
上告代理人村田敏行の上告理由
第一点<省略>
第二点 原判決は判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の解釈適用の誤りがある。
一 すなわち、原判決は調停申立とその権利行使の意思の表示の到達によって催告としての効力があり、その催告の効力は調停が不調になるまで継続し、その調停申立による意思表示が到達したとき(原判決は、これを平成元年二月二二日ごろというが明らかに誤りである。これについては後述する。)から時効が中断されると判示するが、これは明らかな法令の解釈適用の誤りである。
訴訟や調停自体に時効中断の効力が認められる場合は、その訴訟等の期間全部に及ぶのは当然であるが、催告はどこまでも催告であって、催告に催告の継続とか期間の観念を認めるのはおかしいといわねばならない。調停申立書副本の送達に催告としての意義を認めるとしても、それはその中に請求の意思表示があるからで、その意思表示は到達したときに完結していると考えねばなるまい(もっとも、本件では調停申立書副本の送達もされていないようである。)毎日毎日請求書を送り続ければ、或いは、「一ヵ月以内にお支払下さい」と書いた催告書を送り、更にその一ヵ月以内に同様の催告を続けたら、これも催告が継続しているというのであろうか。
訴訟中の抗弁としての請求主張に、訴訟の中断効とのバランスでその訴訟中の催告の継続を認めるのはまだ理解できないではないが、請求の意思表示にすぎない調停申立書副本の送達に「期間」「継続」を考えるのは明白に法令の解釈の誤りであると考える。
二 なお、原判決は何の証拠もないまま右調停申立による被控訴人(被上告人)の権利催告の意思表示が平成元年二月二二日頃到達したと認定しているが明白な事実誤認であり、一ヵ月分七六、二〇〇円ではあるが明らかに判決に影響を及ぼすので原判決は破棄されるべきである。
すなわち平成元年二月二二日は調停申立の日であり、その日に調停の相手方たる上告人に調停申立人の意思が届くことは到底あり得ないのである。実際には同年三月一日に期日呼出状(申立書副本ではない)が普通郵便で発送されているが、常識的にも申立書が担当裁判官に配填され、調停委員を指名し、調停委員と期日打合せをして発送されるのであり、一週間以内に着くことなどまずないのが常態である。平成元年二月二二日は水曜日で月末までの六日間には土、日が含まれており、推定としても三月となることは明白であろう。
なお、第一回期日は平成元年三月二七日であるが、上告人は欠席しておりその翌月の四月二一日は変更され、結局上告人が出頭したのは平成元年六月九日である。従って、内容までいえば六月九日に催告の意思が到達したこととなり、仮りに期日呼出で足ると解しても平成元年三月以降にならねば催告の意思が上告人に到達しなかったことは明白である。(添付<書証番号略>参照)
第三点 原判決には判決に重大な影響を及ぼす事実の誤認があり、これを破棄しなければ著しく正義に反する。
一 原判決は、上告人の要旨「被上告人が賃金の変化、減額について調停申立まででも約七年間の異議を留めず受領し続けたのであって、黙示の承諾がある。」旨の主張に対し「使用者が一方的に賃金を減額したのに対して労働者が不満ながら異議を述べずにこれを受領してきたからといって、これをもって賃金の減額に労働者が黙示の承諾をしたとはいえないのであって、本件においても、被控訴人の黙示の承諾を認めることができないのは、引用の原判決が説示するとおりである。」と判示する。また右原判決引用の第一審判決は、「前記のとおり原告は長年にわたって減額された賃金を受領していたものであるが、証拠(略)によると原告は一九八八年一二月二八日被告会社に対し賃金減額について是正措置を求め、更に一九八九年二月二二日右減額について京都簡易裁判所に調停の申立をしていることが認められるから、これらのことを勘案すると賃金減額を黙示的に承諾していたものと容易に推認することができず」と判示している。
二 要するに両判決とも、七年間異議を述べないからといって黙示の承諾は認められないと判示しているのであって、それ以外に何の説示もないのである。(第一審判決のいう「一二月二八日に是正措置を求め」というのは、調停申立の前段として代理人が手紙を出したことである。従って、要するに昭和六三年年末まで約七年間何の異議も出ていないということでは両判決の説示は同じことである。)
しかし右の七年は単なる七年間ではない。この前には役員構成をめぐる勢力争いがあり、被上告人の多数派工作が失敗し、被上告人が阻止しようとした現上告人代表者が代表取締役社長になり、これに非協力を明示した被上告人が取締役からはずされ、更に非協力を続けて部長もはずされ、更にそれでも非協力を続けて<証書番号略>のとおり訴訟直前の平成元年一〇月までの一年間では、何と一〇年前(昭和五四年一〇月までの一年)の約四分の一の売上しかしなかったほどの非協力だったのである。被上告人は第一審本人尋問でしぶしぶではあるが、賃金減額の理由を説明されたことは認めており、減額の事実や、その理由を知りながら異議を留めず受領し、売上を減らしセールスマンとしての自分の賃金すらまかなえない程度の売上に止めるという非協力を貫いてこれに対抗していたのであり、これは減った賃金額を前提にしての被上告人の権力奪取への闘争であったのである。
従って、このような中で理由を説明されて減った給料を異議を述べずに受領し、能力はあるのに非協力を貫いて、減った給料分以下(粗利益で自分の給料がまかなえない程度以下)の働きしかしてこなかったのであって、これらを綜合すれば、当然その時点の各賃金を承諾していたことは明らかというべきである。
従って、原判決はこの点で明らかに事実を誤認しており、その事実誤認を是正すれば被上告人の請求が棄却されるべきことは明白であるから、原判決は破棄されるべきである。