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最高裁判所第二小法廷 平成4年(オ)991号 判決 1995年12月15日

上告人

青野義弘

右訴訟代理人弁護士

林正明

被上告人

中村榴

中村恒善

中村泰雄

中村昭博

中村不動産株式会社

右代表者代表取締役

中村小智子

右五名訴訟代理人弁護士

酒井信雄

酒井広志

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人林正明の上告理由一について

借地上に建物を所有する土地の賃借人が、賃貸人から提起された建物収去土地明渡請求訴訟の事実審口頭弁論終結時までに借地法四条二項所定の建物買取請求権を行使しないまま、賃貸人の右請求を認容する判決がされ、同判決が確定した場合であっても、賃借人は、その後に建物買取請求権を行使した上、賃貸人に対して右確定判決による強制執行の不許を求める請求異議の訴えを提起し、建物買取請求権行使の効果を異議の事由として主張することができるものと解するのが相当である。けだし、(1) 建物買取請求権は、前訴確定判決によって確定された賃貸人の建物収去土地明渡請求権の発生原因に内在する瑕疵に基づく権利とは異なり、これとは別個の制度目的及び原因に基づいて発生する権利であって、賃借人がこれを行使することにより建物の所有権が法律上当然に賃貸人に移転し、その結果として賃借人の建物収去義務が消滅するに至るのである、(2) したがって、賃借人が前訴の事実審口頭弁論終結時までに建物買取請求権を行使しなかったとしても、実体法上、その事実は同権利の消滅事由に当たるものではなく(最高裁昭和五二年(オ)第二六八号同五二年六月二〇日第二小法廷判決・裁判集民事一二一号六三頁)、訴訟法上も、前訴確定判決の既判力によって同権利の主張が遮断されることはないと解すべきものである、(3) そうすると、賃借人が前訴の事実審口頭弁論終結時以後に建物買取請求権を行使したときは、それによって前訴確定判決により確定された賃借人の建物収去義務が消滅し、前訴確定判決はその限度で執行力を失うから、建物買取請求権行使の効果は、民事執行法三五条二項所定の口頭弁論の終結後に生じた異議の事由に該当するものというべきであるからである。これと同旨の原審の判断は正当であり、原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。

同二について

原審の適法に確定した事実関係の下において、被上告会社が本件各建物買取請求権を放棄したものとはいえないとした原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官河合伸一 裁判官大西勝也 裁判官根岸重治 裁判官福田博)

上告代理人林正明の上告理由

一 原判決には次の通り法律の解釈並びにその適用に誤りがあり破棄されるべきである。

1 原判決は建物収去土地明渡請求認容判決確定後、建物買取請求権の行使があったことを理由に請求異議の訴をなしうるとし、建物買取請求権は借地人に土地の明渡義務を免れさせるために認められているものではなく、借地人保護という見地から、その投下資本の回収方法として特別に認められるものであること、一審原告会社は甲事件の原審において、本件土地の使用継続についての異議に正当事由がないとして本件賃貸借契約の更新を肯認する判決を得たうえで、甲事件においても、本件賃貸借契約更新の主張を維持して本件賃貸借契約が継続されることを強く期待していたことが認められるのであるから、一審原告会社が建物買取請求権の行使を甲事件の口頭弁論終結前になさず甲事件敗訴後になしたとしてもこれを不相当であるとは非難できないこと、建物買取請求権の行使は執行方法上問題となる建物の所有権について変動を生じさせるが、本来の土地の明渡義務自体について変動を生じさせる性質のものではないこと、をその理由とする。

2 もともと建物買取請求権は借地人保護の見地からその投下資本の回収方法として借地法により特別に認められたものではあるが、その実質的機能は土地所有者の建物収去請求権を縮減させる抗弁的なものであるのだから一般の抗弁と同列ないしはこれに準じて考えるべきである。

3 そうとすれば、建物収去土地明渡請求訴訟をうけ、その訴訟の場で買取請求権を行使すれば出来るのに、これをしなかった場合には確定判決の効力に遮断されて買取請求権は消滅すると言うべきである。

4 この見解からすれば、建物買取請求権を行使しなかったことによる不利益は借地人に帰するわけであるが、訴訟法上の原則からは当然の帰結と言うべきである。

5 原判決は建物収去土地明渡義務が確定していても、建物買取請求権行使の結果、土地明渡義務に変動はないのだから建物の収去義務に変動があってもよいとするものであれば、何故一旦建物収去土地明渡義務が確定したものが簡単に変動することを許容するのか、その実質的な理由の説明がない。

本件では建物収去土地明渡請求訴訟において被上告人中村不動産株式会社(以下会社と言う)より買取請求権の行使ができたにもかかわらず、これをせずに放置した結果請求認容の判決があり確定したもので、土地の賃貸借契約が期間満了による終了となれば、当時建物買取請求権の発生が予想されているもので、同権利は確定判決後あるいは同訴訟の事実審の口頭弁論終結後突如発生したものではないものである。

原判決はこの点につき、甲事件(同訴訟)においても本件賃貸借契約更新の主張を維持して本件賃貸借契約が継続されることを強く期待していたことが認められるから甲事件の敗訴後に買取請求権の行使をなしても不相当であると非難はできないと言うのであるが、強く期待していたから買取請求権の行使を甲事件で主張しなくてもよく、一方更新の主張をせずに本件賃貸借契約の終了を認めたならば行使しないことが非難に相当し、甲事件において買取請求権を行使すべきであると言うのであろうか判然としない。

そうとすれば、同会社の主観によってその取扱いを異にするというのは明らかに不合理と言うべきである。

殊に同訴訟の第二審では地上建物の改築の範囲をめぐって審理が進められており、場合によっては上告人の請求が認容される可能性が大いにあるのであるから同会社としては買取請求権の行使を予備的にでも主張すべきであったものと思われるものである。

かような状況下で建物収去土地明渡請求認容の判決がなされ確定をみたもので、この建物収去土地明渡義務を安直に変動せしめてよい筈はない。

この結論は訴訟の一回性という原則や訴訟経済上からも是認されるものと確信する。

以上、原判決の法律判断には誤りがあることは明らかである。

二 原判決には経験則違反がある破棄されるべきである。

1 上告人は原審において、被上告人会社が建物買取請求権があるにもかかわらず、それを行使せずに昭和五五年四月一日から平成元年一〇月末日までの九年七箇月もの長期間にわたって賃料相当の損害金を支払ってきているもので、同会社はすでに建物買取請求権を放棄したとすべきである旨の主張をしているものであるところ、賃料相当の損害金の支払いのみでは放棄があったものとは言えないとする。

しかしながら、一〇年近い長期間建物買取請求権を行使せずに損害金を支払い続けてきたという事実はすでに上告人、被上告人会社間には建物収去土地明渡請求権並びに義務を容認し、建物買取請求権の行使による権利関係の変動を好まないという関係が形成されていると見るべきものである。

長期間にわたる損害金の支払いのほかに放棄を認めるに足る証拠がないというのは上告人に過度の証拠を求めるもので不当と言うべきで、放棄の主張を認めないのは経験則を全く無視するもので、到底原判決を認めることはできない。

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