大判例

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最高裁判所第二小法廷 平成5年(オ)920号 判決 1997年3月14日

上告人

岡野よ子

右訴訟代理人弁護士

宮﨑富哉

被上告人

福田か

右訴訟代理人弁護士

井出正敏

玉利誠一

被上告人

福田節子

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人宮﨑富哉の上告理由について

共同相続人甲、乙、丙のうち甲と乙との間において、ある土地につき甲の所有権確認請求を棄却する旨の判決が確定し、右確定判決の既判力により、甲が乙に対して相続による右土地の共有持分の取得を主張し得なくなった場合であっても、甲は右土地につき遺産確認の訴えを提起することができると解するのが相当である。けだし、遺産確認の訴えは、特定の財産が被相続人の遺産に属することを共同相続人全員の間で合一に確定するための訴えであるところ(最高裁昭和五七年(オ)第一八四号同六一年三月一三日第一小法廷判決・民集四〇巻二号三八九頁、最高裁昭和六〇年(オ)第七二七号平成元年三月二八日第三小法廷判決・民集四三巻三号一六七頁参照)、右確定判決は、甲乙間において右土地につき甲の所有権の不存在を既判力をもって確定するにとどまり、甲が相続人の地位を有することや右土地が被相続人の遺産に属することを否定するものではないから、甲は、遺産確認の訴えの原告適格を失わず、共同相続人全員の間で右土地の遺産帰属性につき合一確定を求める利益を有するというべきである。右と同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は、独自の見解に立って原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官根岸重治 裁判官大西勝也 裁判官河合伸一 裁判官福田博)

上告代理人宮﨑富哉の上告理由

原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背がある。即ち原判決は、必要的共同訴訟の共同原告となる要のない者をその共同原告たるべしとし、確認の利益を有しない者に確認訴訟の原告適格を肯定し、遺産性のない財産につき遺産性を肯定し、必要的共同訴訟の要件及び確認訴訟の要件の解釈、適用並びに遺産性の認定を誤り、延いては将来の遺産分割の方法を誤らせるものである。

原判決は、被控訴人らの本訴遺産確認請求の訴えについての控訴人の本案前の主張について、原判決書六枚目表七行目から同七枚目裏末行までの間に記載したとおり判示して、これを排斥した。

上告人は、右判示中、被控訴人福田節子に係る部分については、原審での主張を譲って、これに服することにするが、被控訴人福田か祢に係る部分は、なお、不服であって、承服することができない。

原判決の右判示中「遺産確認の訴えは、当該財産を含む遺産についてその分割を申し立てることができる相続人であれば、確認を請求する利益があり、その訴えを提起することができるというべきである。」との判示は、一般論としては一応正当である。しかしながら、当該財産につき、本件の場合のように、共同相続人中の特定の二者(以下、叙述の便宜上、特定の二者を「甲」及び「乙」ということにする。)の間において、甲の所有でないことが確定判決の既判力を以って確定されている場合は、遺産分割過程においても、当該財産は、甲と乙との間では、分割の対象とはならず、遺産性がないものとされなければならない。蓋し、当該財産は、甲と乙との間では、それが甲の所有でないことが確定判決の既判力を以って確定されており、このことの反射的効果として、乙の所有であることに確定している(この理は、不法原因給付たることを理由に所有物返還請求が棄却された場合と同様である。)というべきだからである。遺産分割において、当該財産が甲と乙との間では分割の対象となり得ないのに、甲が乙を相手に当該財産が遺産であることの確認を求める訴えを起こすことは、全く意味がない。甲にはその利益もなければ必要もない。これは、疑問の余地なく明白なことである。されば、「遺産確認の訴えは、当該財産を含む遺産についてその分割を申し立てることができる相続人であれば、確認を請求する利益があり、」という原判決の前記の判示は、当該財産につき、右に述べたような特段の事情のない限り、正当なものであり、右に述べたような特段の事情のある場合は、当該財産についての、甲より乙に対する遺産確認請求の訴えは、訴えの利益を欠き、不適法なものとして却下されるべきものである。仮に、百歩譲って、それを不適法とは言えないとしても、凡そ共同相続人間の遺産とは、各共同相続人がそれにつき一定の共有持分を有して共有しているものでなければならず、当該財産が共同相続人中の特定の二者である甲と乙との間で、前述のように、確定判決の既判力によって甲の所有ではなく、乙の所有であることが確定している場合は、当該財産は、甲と乙との間では、遺産性は既に失われているものといわなければならず、従って当該財産についての甲より乙に対する遺産確認請求は、理由のないものとして棄却を免れないものである。原判決は、遺産確認の訴えは、特定の財産について遺産たることを争う相続人を被告として、他の相続人全員が共同原告となって、当該財産の遺産性を確定するために提起する必要的共同訴訟であるとしているが、これは一般論としては固より正当である。しかしながら、当該財産について本件の場合のような特段の事情のある場合は、右の一般論に全面的に従うことはできない。思うに、本件のような場合に、甲と乙以外の他の共同相続人としては、当該財産の遺産たることを甲が認めている限り、乙だけを相手にして、他の共同相続人全員で当該財産の遺産確認の訴えを起こせば足りることであって、敢て甲をこの訴えの当事者にする必要はない。当該財産の遺産たることを認めている甲を被告にする必要のないことは当然であるし、当該財産につき、乙に対して、持分権を有することを主張できない甲を共同原告にしなければならないいわれは、実質的に見ても何もない。なぜならば当該財産が遺産であることを甲が認めている本件のような場合にあっては、他の共同相続人らにとっては、当該財産が乙との間で遺産たることを裁判所に確定してもらいさえすれば、それで十分なのであって、甲と乙との間で当該財産が遺産として確定されようがされまいが、それによって遺産分割上得をすることもなければ損することもなく、要するに、それは、どうでもよいことだからである。であるから、本件のような場合に、甲と乙以外の他の共同相続人は、当該財産について、乙に対して持分権を主張できないような甲を、敢えて無理をして共同原告に引き込まなければならない必要は何もなく、乙に対する当該財産の遺産たることの確認の訴えの原告適格を有するのは、甲を除いたその余の共同相続人全員と解しても何ら支障が生じない。これを本件について言えば、甲、乙以外の相続人に当たるのは、被控訴人節子だけであるから、被控訴人節子は単独で本件遺産確認の訴えを提起することができるものというべく、この訴えの原告から被控訴人か祢を除外することは許されて然るべきである。

原判決は、被控訴人か祢の控訴人に対する本件遺産相続確認の訴えにつき、確認の利益があるといえるかにつき疑問を示しながらも、本件遺産確認の訴えの当事者から被控訴人か祢を除外することは、固有必要的共同訴訟たる性質上許されないとして、右訴えについての被控訴人か祢の原告適格と確認の利益を認め、結局のところ、同被控訴人の控訴人に対する右訴えを適法としてこれを認容している。これは、遺産確認の訴えは固有必要的共同訴訟であるという一般論にこだわって、本件事案の特殊性を無視してしまったものであって、本件遺産確認の訴えにつき、共同原告たる必要のない者につき、共同原告たる必要ありとし、延いては確認の利益を有しない者に確認の利益ありとし、遺産性を失っている財産につき遺産性を肯定したものであり、これを要するに、右訴えについての当事者適格と確認の利益についての判断を誤り遺産性の判断を誤ったものである。

のみならず、控訴人と被控訴人か祢との間では、前訴確定判決の既判力によって、被控訴人か祢の所有でないことが確定され、その反対的効果として控訴人の所有であることが確定していて、右両者間では、遺産性を失っている本件各土地につき、遺産確認訴訟の固有必要的共同訴訟論に引きづられて、敢て、右両者間でも遺産たることを確認した第一審判決を維持した原判決は、白を黒と断じたような論理的矛盾を内包するのみならず(注1)、将来の遺産分割過程で分割方法を誤らせること必至である。なぜならば、控訴人と被控訴人か祢との間においても、本件各土地は遺産であるとするときは、前訴確定判決の既判力は、遺産分割において、本件土地を被控訴人か祢に取得させることはできないという限度での効力しかないものとされ、控訴人の本件各土地(但し被控訴人節子が取得することになる部分を除く。以下同様とする。)の取得は、遺産分割によるものとされてしまうことになるからである(注2)。而して、控訴人の本件各土地取得が遺産分割によるものとされた場合、これが本件各土地以外遺産の分割方法に影響を及ぼすことは必至であり、それによって、被控訴人か祢の取得分は増加し、控訴人の取得分は減少することになることは、言うまでもない。

この関係を具体例に即して述べれば、以下のとおりである。重作の総遺産をみなし遺産をも含めて九〇〇とし、本件各土地の価格を全部で一五〇とした場合、次のように分割するのが正しい分割方法である。即ち、被控訴人節子の持分は、三分の一であるから、同人は三〇〇を取得する。この中には、本件各土地の三分の一(五〇)を含ませなければならない。これは、控訴人と被控訴人か祢との間の公平を期するためである。尤も被控訴人節子が特別受益を得ておれば、同人の取得すべき三〇〇には先ず当該持別受益があてがわれることはいうまでもない。次に、被控訴人か祢と控訴人との間の分割であるが、この両者間では、本件各土地は遺産ではなく、本件各土地のうち、残っている三分の二(一〇〇)は当然に控訴人の所有であって、分割対象にはならない。そうすると、被控訴人か祢控訴人との間で分割されるべき遺産として残っているのは五〇〇だけである。被控訴人か祢と控訴人は、重作の総遺産の三分の二に当たるのが五〇〇であるとみなして、それぞれ二五〇宛取得することになる。これに反して、本件各土地のうち、残っている三分の二(一〇〇)が遺産分割によって控訴人が取得したものとされるときは、被控訴人か祢と控訴人との間で分割をされるべき遺産として残っている五〇〇については、そのうち三〇〇を被控訴人か祢が取得し、そのうち二〇〇を控訴人が取得するようにして分割されることは必至である。

既に幾度も述べたとおり、控訴人と被控訴人か祢との間における本件各土地の所有権帰属の関係は、前訴確定判決の既判力によって決まっているものであって、遺産分割によって決定される余地などはないものである。このことは、重作の遺産が本件各土地のみであったとした場合を考えれば、疑問の余地なく明白なのであるが、重作の遺産が本件各土地のみでない場合であっても変わるいわれは全くない。控訴人の本件各土地の取得が遺産分割によるものとされることは、いかなる場合においても誤りなのである。それゆえ、このような誤りを犯さないためにも、控訴人と被控訴人か祢との間で本件各土地が遺産であることを認識してはならないのである。

凡そ例外のない原則はない。これは、法の世界でも妥当する。社会事象としての事実は、多種多様である。事案の事実としての特殊性を契機として、法原則や判例が再検討されるべきことは当然である。

最高裁昭和六一年三月一三日の第一小法廷判決・民集四〇巻二号三八九頁は、遺産確認の訴えの一般通常の場合について判示したものと解される。従って本件のような特殊な事案にとっては、適切な判例ではない。仮に右判決の判示が例外を一切認めない趣旨のものであるとするならば、本件事案のような特殊な事実関係、法律関係に即して然るべき判例変更がなされるべきものと思料する。

よって、上告の趣旨記載のとおりの判決を求めるために、本上告に及んだ次第である。

(注1)原判決は、その理由中で、「被控訴人か祢は、本件各土地につき、その所有権取得の原因如何を問わず、また所有権の全部又は一部かを問わず、前訴の口頭弁論終結前に生じた事由による所有権を主張することは、前訴の判決の既判力に抵触して許されないものである。」旨を正当に判示し、また、主文二項で、控訴人の反訴請求を認容して、控訴人と被控訴人か祢との間で、同被控訴人が本件各土地につき三分の一の共有持分権を有しないことを確認する旨も正当に判示しているにも拘わらず、他方において、「被控訴人か祢……は、重作の死亡により、その法定相続分として本件各土地につき……三分の一の共有持分権を取得したものである。」旨も判示している。しかしながら、仮にこの判示のとおりならば、前訴の口頭弁論の終結時において被控訴人か祢は本件各土地につき三分の一の共有持分権を有していたことになってしまうから、右判示は前訴確定判決の既判力に抵触し、許されないものであり、前示の正当な判示と矛盾した判示といわざるを得ない。而して原判決が、被控訴人か祢と控訴人との間においても本件各土地が遺産であることを確認した第一審判決を維持したのは、前訴確定判決の既判力に抵触した、前示の正当な判示と矛盾した判示を当然の前提としたものとも考えられるので、それは、遺産確認訴訟の固有必要的共同訴訟論に引きずられて、前訴確定判決の既判力の適用を誤ったことにも起因したものと言わざるを得ない。

(注2)原判決は、その理由中で、前訴確定判決の既判力は、遺産確認の確定判決に従って将来行われる遺産分割の際に、考慮されるべきものと判示しているのみで、遺産分割の際に、前訴確定判決の既判力がどのように考慮されるべきかについて明示的な判示はしていない。しかしながら、原判決が被控訴人か祢と控訴人との間においても、本件各土地は遺産であることを確認していることからすれば、原判決は、将来行われる遺産分割において、被控訴人か祢と控訴人との間で本件各土地は、前訴判決の規範力により、被控訴人か祢は取得できず、必ず控訴人が取得すべきものとしている如くではあるが、控訴人は、これを遺産分割によって取得したものとする分割方法を暗々裡に判示しているものと言わざるを得ない。この分割方法が論理的に矛盾を含むことは明白である。

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