大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 平成6年(オ)2104号 判決 1997年10月31日

京都市南区吉祥院宮の東町二番地

上告人

株式会社エステック

右代表者代表取締役

堀場厚

右訴訟代理人弁護士

大場正成

鈴木修

滋賀県野洲郡中主町大字乙窪字澤五八八番一

被上告人

株式会社リンテック

右代表者代表取締役

小野弘文

東京都中央区日本橋蛎殻町二丁目一四番八号

被上告人

大宮化成株式会社

右代表者代表取締役

小川裕通

滋賀県滋賀郡志賀町小野朝日二丁目四番地四

被上告人

小野弘文

右三名訴訟代理人弁護士

村林隆一

松本司

右当事者間の大阪高等裁判所平成五年(ネ)第六〇二号特許権侵害差止等請求事件について、同裁判所が平成六年六月二九日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人大場正成、同鈴木修の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 根岸重治 裁判官 大西勝也 裁判官 河合伸一 裁判官 福田博)

(平成六年(オ)第二一〇四号 上告人 株式会社エステック)

上告代理人大場正成、同鈴木修の上告理由

第一、上告理由一 特許法第七〇条第一項の解釈適用の誤り

一、 装置に関する特許権の侵害の有無は、対象装置が当該特許発明の技術的範囲に含まれるか否かにより決せられる。

特許法第七〇条第一項は、「特許発明の技術的範囲は、願書に最初に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基いて定めなければならない。」と規定する。ここで「特許請求の範囲の記載に基いて定め」るとは、厳密な意味で「特許請求の範囲の記載」のみに基いて定めることを意味するのではなく、発明の技術的範囲を定めるのに、必要に応じて明細書の発明の詳細な説明および図面を参酌することが許されることは当然のこととされている。実用新案権に関する事案についてではあるが、最高裁判所昭和五〇年五月二七日判決(最高裁昭五〇(オ)五四号)において、「実用新案の技術的範囲は、登録請求の願書添付の明細書にある登録請求の範囲の記載に基づいて定められなければならないのであるが、右範囲の記載の意味内容をより具体的に正確に判断する資料として右明細書の他の部分にされている考案の構造及び作用効果を考慮することは、なんら差し支えないものといわなければならない」と述べられているとおりである。

しかし、特許発明の技術的範囲を定めるに際し、右のように明細書の他の部分、即ち発明の詳細な説明の項の記載あるいは図面を考慮することが許されるとしても、その考慮、解釈は合理的なものでなければならず、恣意的な解釈による技術的範囲の確定が許されるものではない。この理は、大阪地方裁判所昭和六一年三月一四日判決(大阪地裁昭五九(ワ)八九四三号)が、「ところで、明細書の登録請求の範囲の文言の意味・内容を解釈・確定するに当たっては、その文言の言葉としての一般的抽象的な意味内容のみにとらわれず、詳細な説明の欄に記載された考案の目的、その目的達成の手段としてとらえた技術的構成及びその作用効果をも斟酌して、その文言により表された技術的意義を考察したうえで、客観的・合理的に解釈・確定すべきである」と指摘するとおりである。

二、 しかるに原判決は、本件特許発明の技術的範囲を解釈するに際し、明細書の発明の詳細な説明の項の記載の明確な文言の合理的な解釈を放棄し、その文言を実質的に無視し、全く無意味な記載であるかのように恣意的に解釈したものである。従って、原判決は、特許法第七〇条第一項の解釈適用を誤った違法があり、これが結論に影響を及ぼすことは明らかである。

三、 原判決は本件特許の特許請求の範囲の記載中の「バイパス部の流体抵抗素子としてセンサー部の毛細管と同一特性の毛細管を・・・用いた」との要件の意味を、「両者の毛細管の材質や長さが同一であることのみならず、両者のレイノルズ数も等しいこと、すなわち管の内径も同一であることを意味すると解するほかはないのである」とする。つまり、バイパス部の毛細管もセンサー部の毛細管も、長さ、径、材質が同一、つまり全く同一の毛細管であることが要件であると認定したのである。

しかし、本件特許明細書には、右原判決の認定とは全く相いれない、「ここに同一特性とは、流量対差圧の関係が等しいことを意味し、毛細管の形状や寸法が全く同一であることに限られるものではない。」との記載があるのである(甲七)。

原判決の認定は、右本件特許明細書中の明確な記載を無視したものであることは明らかである。

四、 尤も、原判決は一応右明細書の記載に触れてはいる。

即ち、右明細書の記載について、「センサー部とバイパス部の毛細管とで材質は同一であるが、具体的な製造においては形状ないし寸法に微妙な誤差が生じるのを許容する意味のものとして理解されるにとどまるというべきであ」ると述べる。しかしながら、工業生産において、同一の製品を生産すると言えども、形状寸法に「微妙な誤差」が生じるのは当然であり、言わば常識以前の事柄である。特許明細書は読者として当業者を念頭に置き、この当業者が理解できる程度に発明の内容を開示するものである。このような特許明細書の中で、当業者にとって常識以前の事柄をわざわざ発明内容の定義として記載するような発明者が存在するとは到底考えられない。

原判決の判示は、要するに「一応判断は示しました」という外観を装うためだけのものであり、実質的には明細書の明確な文言を全く無視し権ものである。

第二、上告理由二 理由齟齬の違法(その一)

一、 原判決は、自然法則を誤解して結論に到達したものであり、その結果理由に齟齬を生じたものである。

二、 前述の通り、原判決は、本件特許の特許請求の範囲の記載中の「バイパス部の流体抵抗素子としてセンサー部の毛細管と同一特性の毛細管を・・・用いた」との要件の意味を、「両者の毛細管の材質や長さが同一であることのみならず、両者のレイノルズ数も等しいこと、すなわち管の内径も同一であることを意味する」、即ち、バイパス部の毛細管とセンサー部の毛細管は全く同一の毛細管であることが要件であると認定するものであるが、その結論に至る論理は次のようなものである。

1、 本件特許明細書中の次の二つの記載が存在する。

(1)「センサー部とバイパス部の流体抵抗素子との構造が異なるとレイノルズ数が異なり、その為一方例えばセンサー部を流れる流体が層流であっても他方を流れる流体は乱流状態となっているという如く両者間で流体の流通状態が異なることがあるため一定比率を保ち得ない」

(2)「本発明はかかる点に鑑み、センサー部を流れる流体の状態が層流のときはバイパス部も層流、乱流のときは乱流という如くバイパス部を流れる流体の状態がセンサー部におけると同一の状態で変化するようにバイパス部の構成を工夫することにより上記課題の略々完全な解決を図ろうとするものである。即ち、本発明は、センサー部に毛細管を用いたマスフロー流量計においてバイパス部の流体抵抗素子としてセンサー部の毛細管と同一特性の毛細管を一又は複数本用いたことを特徴としている」

2、 次の如き自然法則が存在する。

管体内を流れる流体の状態は、レイノルズ数が約二〇〇〇以上に達すると層流から乱流に変化する。レイノルズ数は管の長さには関係なく、管の内径に反比例する。従って、二つの管を流れる同一の流体の状態を同一に保ち、一方が層流であれば他方も層流、一方が乱流であれば他方も乱流とするためには、二つの管の内径を同一にするしかない。

また、同様の二つの管体内を同一の差圧で流れる同一の流体の流量比は、いずれの流体も層流である限り、管の内径の四乗の比となるが、一方の流体が乱流であれば、この比例法則は当てはまらない。

3、 よって、本件発明は、センサー部の毛細管を流れる流体の状態と、バイパス部の流体抵抗素子たる毛細管を流れる流体の状態を常に同一の状態に保つことにより、流量や流体の動粘性の程度にかかわりなく、毛細管内を流れる流体の状態が乱流に変化しても正確な測定を可能にする技術である。

そして、このような要請を満たすための「同一特性」とは、「『同一差圧のとき同一流量が流れる関係にあること』と認めるべきであり」(原判決一一頁二、三行)、両者の毛細管の材質や長さが同一であることのみならず、両者のレイノルズ数も等しいこと、すなわち管の内径も同一であることを意味する。

三、 右の原判決の論理構成の3、中の「流体の状態を常に同一の状態に保つ」とは、センサー部の流体が層流であればバイパス部の流体も層流、センサー部の流体が乱流であればバイパス部の流体も乱流である状態を保つとの趣旨である。このことを達成するには二つの毛細管の流体が同一差圧でレイノルズ数二〇〇〇となればよい。しかし、レイノルズ数を同一にするには管の内径も管の長さも同一にする必要はない。

センサー部とバイパス部では差圧は常に同じと考えてよい。従って、右の意味での「同一状態を保つ」ことを達成するには、センサー部とバイパス部で同一の差圧で層流から乱流に変化する必要がある。しかし、このことはセシサー部の毛細管を流れる流量とバイパス部の毛細管を流れる流量とが同一であることまでも要求するものではない。

そこで、原判決が示すレイノルズ数の式を見てみると、

レイノルス数=(4×流量)÷(円周率×流体の動粘性係数×管の内径)となっている。

この式から明らかなように、レイノルズ数は管の内径に反比例すると共に、流量に比例するのである。原判決は、「流量は一定」との先入観からレイノルズ数が同一であるためには内径が等しくなければならないとの結論を導いたが、これは明らかな誤りてある。

差圧一定で同一のレイノルズ数を有するために、管の内径も管の長さも等しい必要はない。右の式は、例えばレイノルズ数を二〇〇〇と考えたとき、内径のより小さい管はより少ない流量でレイノルズ数が二〇〇〇となり、内径のより大きい管ではより多い流量でレイノルズ数が二〇〇〇に達することを示している。

即ち、管の内径の異なる二つの毛細管において、レイノルズ数が二〇〇〇となるようにする為には、内径の小さな毛細管に比し、内径の大きい毛細管の流量を多くしてやればよいのである。

例えば、

差圧=100mmH2O

動粘性係数=15.70×10-6m2/s(窒素ガス)

とし、内径(φ)がそれぞれ〇・八ミリ、一・〇ミリの毛細管を流れる流体のレイノルズ数(Re)が二〇〇〇となる流量(Q)を計算すると次のようになる。

Re φ (mm) Q (ml/min)

2000 0.8 1184

2000 1.0 1480

即ち、内径が〇・八ミリの毛細管の流量を一一八四(ml/min)とし、また内径一ミリの毛細管の流量が一四八〇(ml/min)となったとき、いずれの毛細管を流れる流体のレイノルズ数も同じ二〇〇〇となるのである。

右のことから明らかなとおり、レイノルズ数の式から導き出した原判決の自然法側に対する右の認識、即ち、レイノルズ数か等しい為には毛細管の内径が等しくなければならないとの認識は明らかに誤っている。同様に、「『同一特性』のとは、『同一差圧のとき同一流量が流れる関係にあること』と認めるべき」との原判決の設定も誤りである。

従って、センサー部の毛細管を流れる流体の状態がバイパス部を流れる流体と同じように乱流から層流へと変化するのが本件特許発明の本質であると理解しても、そこからセンサー部の毛細管とバイパス部の毛細管の材質、形状、長さ、内径の全てにおいて全く同一のものでなければならないとの結論を導き出し得るものではない。原判決の理由に齟齬が存することは明らかである

第三、上告理由三 審理不尽の違法

原判決は、「本件発明は『同一特性の毛細管』との構成を採択し、この『同一特性』として『流量対差圧の関係が等しい』ものであれば、その結果、層流から乱流までの広範囲な流量にわたって『流体の流通状態が同一になる』との作用効果を奏するに至ったものと認められるのである」とし、「控訴人は、実用上のマスフロー流量計のセンサー部の毛細管の流体の状態は層流なので、乱流状態における正確な測定の場合を念頭において本件発明の技術的範囲を決定すべきではないと述べるが、本件公報から導かれる右認定に反する主張であって、採用することができない」と断定する。

しかしながら、この点に関し、上告人は明細書中でいう「広範囲にわたって」の趣旨は、明細書の記載から層流の範囲内での「広範囲」であることを明確にした(平成六年二月四日付け控訴人第三準備書面四頁第一の二項)。

即ち、本件特許明細書は、まず本件特許発明が係わる技術分野を説明した後に、「この種流量計において流量を広範囲にわたって精度良く測定するためには流速の大小に拘らず、センサー部を流通する流体流量とバイパス部を流通する流体流量の比を一定に保たねばならない。」(同公報一欄三四ないし三七行)と技術的課題を提示し、これに引続いて、「このような課題を解決するため、例えば米国特許明細書No.3,851,526にみられるようにバイパス部の流体抵抗素子を・・・」とタイラン特許を特に引用し、タイラン特許のもつ右の技術的課題の解決を目指したものであるとの認識を予め示している。

この本件特許明細書の記載を素直に理解すれば、本件特許の発明者は、タイラン特許は「流量を広範囲にわたって精度良く測定する」ことを目指したものであり、かつ、「流体の流速の大小に拘らずセンサー部を流通する流体流量とバイパス部を流通する流量の比を一定に保つ」ことを目指した発明であると認識していたことは明らかである。換言すれば、本件特許明細書中で本件特許の発明者が意図した「広範囲」とは、タイラン特許において予定されている測定範囲と同程度の測定範囲のことであり、また本件特許明細書でいう「流速の大小に拘らず」という流速についてもタイラン特許が予定する流速の範囲を意味すると理解するほかはない。タイラン特許が、そのセンサー部の流体が層流であることを前提とするものであり、この点については被上告人も特に争わない。本件特許明細書が「広範囲」と述べた測定範囲は、タイラン特許が予定する測定範囲と同程度であるのだから、本件特許発明でもセンサー部の流体は層流であることを前提とすることは明らかなのである。

このように、明細書の記載から本件特許発明はセンサー部の毛細管(これは一本しか存在し得ない。)を流れる流体は層流であることを前提とすることが明らかであることを上告人が主張しているにもかかわらず、原判決は右の明細書の記載に一言も触れることなく、従って、その記載の意味を明らかにすることなく、「広範囲」即ち「層流から乱流までの広範囲の流量にわたって」との一方的認定を導き、またマスフロー流量計の実用的な測定範囲の上告人の主張を退けたのである。この原判決の認定は、その認定に反する明細書の記載についての判断を欠いたものであることは明らかであり、従って、その判断に審理不尽ないし理由に齟齬の違法があるものと言わなければならない。

第四、上告理由四 理由齟齬の違法(その二)

一、 原判決は、本件特許発明の「バイパス部の流体抵抗素子としてセンサー部の毛細管と同一特性の毛細管を・・・用いた」との要件の意味を、セレサー部の毛細管とバイパス部の毛細管で、「両者のレイノルズ数も等しかこと、すなわち管の内径も同一であることを意味する」と解釈し、「ここに同一特性とは、流量対差圧の関係が等しいことを意味し、毛細管の形状や寸法が全く同一であることに限られるものではない。」との明細書中の記載については、「センサー部とバイパス部の毛細管とで材質は同一であるが、具体的な製造においては形状ないし寸法に微妙な誤差が生じるのを許容する意味のものとして理解されるにとどまるというべき」と述べる。

そして、被告製品のセンサー部の毛細管の内径が〇・三ミリ、バイパス部の毛細管の内径が〇・四ミリ、従って両部間に〇・一ミリの差があることから、直ちに「従って、被告製品は、前記認定の本件発明の構成要件Cのうち、センサー部の毛細管とバイパス部の毛細管の内径が等しいとの点を充足するものではなく、製造上の誤差の範囲を超えていることは明らかである。」と断定するものである。しかし、原判決は何故毛細管の内径の〇・一ミリの差が「製造上の誤差範囲を超えていることがあきらかである」のか、具体的理由も証拠も上げていない。

二、 このように原判決が証拠に基づかない認定をすることとなったのは、もともと明細書の明確な記載を実質的に無視した発明の要旨の認定と、その要旨認定と矛盾する明細書の記載の一見合理的な解釈の提示を行おうと無理な解釈をしたためである。即ち、「センサー部の毛細管とバイパス部の毛細管とが全く同一である」ことが本件特許発明の要件であるとの認定と、「ここに同一特性とは、流量体差圧の関係が等しいことを意味し、毛細管の形状や寸法が全く同一であることに限られるものではない。」との本件特許明細書中の記載は明らかに矛盾する。そこで、原判決は、明細書の前記記載の「見合理的な解釈を示さんがため、「センサー部とバイパス部の毛細管とで材質は同一であるが、具体的な製造においては形状ないし寸法に微妙な誤差が生じるのを許容する意味のものとして理解されるにとどまるというべき」との無理な解釈を行ったのである。しかし、このような解釈論は被上告人すら主張していなかった。従って、当然被告製品のセンサー部の毛細管とバイパス部の毛細管の内径の〇・一ミリの誤差が「製造上の誤差の範囲を超える」か否かの議論も全く行われておらず、当然のことながら、この点の判断に資する証拠の提出も全くないのである。

三、 以上の通り、被告製品のセンサー部の毛細管とバイパス部の毛細管の内径の〇・一ミリの差が「製造上の誤差の範囲を超える」との原判決の判断は証拠に基づかないものであることは明らかであるから、この点でも原判決には理由に齟齬あるものといわざるをえない。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例