最高裁判所第二小法廷 平成6年(オ)425号 判決 1995年7月14日
上告人
甲野一郎
右訴訟代理人弁護士
安部洋介
被上告人
乙川春子
右法定代理人親権者
乙川二夫
乙川夏子
右訴訟代理人弁護士
安藤裕規
安藤ヨイ子
齊藤正俊
被上告人
丙沢太郎
主文
原判決を破棄する。
本件を仙台高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人安部洋介の上告理由について
子の血縁上の父は、戸籍上の父と子との間に親子関係が存在しないことの確認を求める訴えの利益を有するものと解されるところ、その子を第三者の特別養子とする審判が確定した場合においては、原則として右訴えの利益は消滅するが、右審判に準再審の事由があると認められるときは、将来、子を認知することが可能になるのであるから、右の訴えの利益は失われないものと解するのが相当である。
これを本件についてみると、記録によれば、被上告人乙川春子を乙川二夫、同夏子の特別養子とする審判(以下「本件審判」という。)が確定していることは明らかであるが、上告人は、被上告人春子が出生したことを知った直後から自分が被上告人春子の血縁上の父であると主張し、同被上告人を認知するために調停の申立てを行い、次いで本件訴えを提起していた上、本件審判を行った福島家庭裁判所郡山支部審判官も、上告人の上申を受けるなどしてこのことを知っていたなどの事情があることがうかがわれる。右のような事情がある場合においては、上告人について民法八一七条の六ただし書に該当する事由が認められるなどの特段の事情のない限り、特別養子縁組を成立させる審判の申立てについて審理を担当する審判官が、本件訴えの帰すうが定まらないにもかかわらず、被上告人春子を特別養子とする審判をすることは許されないものと解される。なぜならば、仮に、上告人が被上告人春子の血縁上の父であったとしても、被上告人春子を特別養子とする審判がされたならば、被上告人春子を認知する権利は消滅するものと解さざるを得ないところ(民法八一七条の九)、上告人が、被上告人春子を認知する権利を現実に行使するためとして本件訴えを提起しているにもかかわらず、右の特段の事情も認められないのに、裁判所が上告人の意思に反して被上告人春子を特別養子とする審判をすることによって、上告人が主張する権利の実現のみちを閉ざすことは、著しく手続的正義に反するものといわざるを得ないからである。
そして、上告人が被上告人春子の血縁上の父であって、右の特段の事情が認められない場合には、特別養子縁組を成立させる審判の申立てについて審理を担当する審判官が本件訴えの帰すうが定まるのを待っていれば、上告人は、被上告人春子を認知した上で、事件当事者たる父として右審判申立事件に関与することができたはずであって、本件審判は、前記のような事情を考慮した適正な手続を執らず、事件当事者となるべき者に対して手続に関与する機会を与えることなくされたものといわざるを得ないことになる。そうであれば、上告人が被上告人春子の血縁上の父であって、右の特段の事情が認められない場合には、本件審判には、家事審判法七条、非訟事件手続法二五条、民訴法四二九条、四二〇条一項三号の準再審の事由があるものと解するのが相当であって、本件審判が確定したことの一事をもって本件訴えの利益は失われたものとした原審の判断は、法令の解釈を誤り、ひいては審理不尽の違法を犯したものといわざるを得ない。この趣旨をいう論旨は理由があるから、原判決は破棄を免れない。そして、以上判示したところに従って更に審理を尽くさせる必要があるから、本件を原審に差し戻すこととする。
よって、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官根岸重治 裁判官中島敏次郎 裁判官大西勝也 裁判官河合伸一)
上告代理人安部洋介の上告理由
一、原判決には法令違反の不法がある。
(一) 原判決は、確認の利益がないとして上告人の請求を却下した。
(二) しかしながら、親子関係不存在確認訴訟は、戸籍上成立している親子関係は当初から当然に無効であって、何人も何時でもこれを訴えの形式によらず主張できるものであるから、次の(三)及び(四)のような事情がある場合は、特別養子縁組成立前の親子関係不存在という過去の法律関係の不存在を確認する利益がある。
(三) 民法八一七条の九、七三四条、七三五条は、特別養子縁組成立後においても婚姻障害が残存することをみとめているから、この点が問題になる限りにおいて、特別養子縁組成立前の親子関係は消滅せず存在しており、親子関係不存在確認訴訟の提起を認めざるを得ない。上告人と被上告人乙川春子との間においても婚姻障害の問題は残されており、本件確認の利益はなお存在する。
なお、原判決は、親子の関係において婚姻障害が問題となるのは法律上の親子関係についてだけである旨判断するが、近親婚特に親子間の婚姻が禁止される主な理由が優生学的配慮にあることからすれば、法律上の親子関係にとどまらず、自然血縁上の親子関係を当然に含むものと解すべきである。
(四) 民法八一七条の一〇第一項は、特別養子縁組成立後、養子の利益のため特に必要があり、実父母が相当の監護をすることができるときは、実父母の請求により特別養子縁組の当事者を離縁させることができる旨定めているが、この規定が専ら養子の監護、利益のために設けられた趣旨からすれば、実父母とは戸籍上の父母をいうのではなく、自然血縁上の真実の父母を意味するものと解すべきである。したがって、民法は特別養子縁組成立後の親子関係不存在確認訴訟を予想し容認しているものと考えられる。上告人は、被上告人乙川春子について特別養子縁組の裁判が確定しているとしても、同条に基づき離縁を請求する考えであり、この限りにおいて本件確認の利益はなお存在する。
二、原判決には憲法違反の不法がある。
(一) 上告人は、乙川二夫および乙川夏子が被上告人丙沢春子を特別養子とすることの許可を求めた家事審判申立て(福島家庭裁判所郡山支部平成二年<家>第三二号事件)を知った平成三年四月に、右特別養子縁組に反対し同被上告人を認知して手元で養育するため、同被上告人と戸籍上の父である被上告人丙沢太郎との間に親子関係がないことの確認を求める調停を申立てた(同庁平成三年<家イ>第八七・八八号事件)が、被上告人乙川春子の母・丙沢秋子が行方不明で調停への出頭を確保できなかったために已むを得ず右調停を取下げ、平成四年六月に、被上告人らに対し、親子関係不存在確認の訴を提起した(福島地方裁判所郡山支部平成四年<タ>第一七号事件)。
しかしながら、福島家庭裁判所郡山支部は、上告人が被上告人乙川春子の実父であることを係争中であることを承知しながら、上告人の意思を確認することをせずに、平成四年一〇月一六日に右特別養子縁組を許可する審判をした(上告人は、右審判に対し、即時抗告をなし、<仙台高等裁判所平成四年「ラ」第一三五号事件>、その却下決定に対し、特別抗告している<最高裁判所平成五年「ラク」第三号>)
(二) 以上のように、上告人は、被上告人乙川春子の実父として、真実の親子関係を明確にし、認知のうえ同被上告人を手元で養育すべく最大限の努力をしてきているが、偶々福島家庭裁判所郡山支部の特別養子縁組を許可する審判が先行したことから、民法第八一七条九本文に規定する特別養子縁組の効力により、上告人の実父としての主張は、一切封じられるに至っている。
(三) しかしながら、実親子が家族として生活を共にすることは、近代家族法の根幹をなすものであって、実親子がその生活を追求し確保するための権利行使は最大限に考慮されなければならず、憲法一一条、一二条、一三条、二四条第二項等によって基本的人権として保障されているところであるが、原判決の法解釈は、実親子が有する権利を不当に制約するもので、憲法の右各条項にいずれも違反する。