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最高裁判所第二小法廷 平成7年(行ツ)209号 判決 1997年11月14日

千葉市稲毛区小仲台四丁目一〇番一五号

上告人

小倉崇

右訴訟代理人弁護士

有賀信勇

同弁理士

鈴木正次

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被上告人

特許庁長官 荒井寿光

右当事者間の東京高等裁判所平成四年(行ケ)第五三号審決取消請求事件について、同裁判所が平成七年九月一三日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人有賀信勇、同鈴木正次の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができる。右判断は、所論引用の判例に抵触するものではなく、原判決に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するが、又は独自の見解に立って原判決を論難するものであって、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大西勝也 裁判官 根岸重治 裁判官 河合伸一 裁判官 福田博)

(平成七年(行ツ)第二〇九号 上告人 小倉崇)

上告代理人有賀信勇、同鈴木正次の上告理由

一、原判決は、判決に影響を及ぼすこと明らかな判例違反がある。

1.特許請求の範囲の解釈と発明の詳細な説明の記載

従来特許請求の範囲の解釈について疑義がある場合には発明の詳細な説明の記載を参酌すべきことは多くの確定判決で認められている(例えば昭和三七年(オ)第八七一号昭和三九年八月四日最高裁判決、平成二年(ネ)第二七七九号平成三年十二月十七日東京高裁判決)。

2.本願発明の微小孔の解釈について。

判決は「直径0.3mm~0.1mmとしたものが微小孔に含まれることを示すと同時に、微小孔の大きさはこれに限られないことを示すことは明らかである」(判決26頁16行~18行)であるとしている。

然し乍ら、判決にも認められているように、本願発明の明細書には「この発明における吸入嘴の直径は0.3mm以下が好ましく、実用的には0.3mm~0.1mmである」と記載されそいいる。従って0.3mmより大きいものも含まれるけれども実用的には限りなく0.3mmに近い微小孔であることが明確である。従って微小孔の直径を0.3mm附近以下として、斯る限定のない引用例発明と比較しなければならないにも拘らず、内山雅晴作成の「実験報告書(甲第4号証)」の記載より、本願発明の微小孔の直径は0.5mm、0.7mm等もあり得るとしている。然し乍ら右内山の実験報告書は、これを一見すれば明らかなように同一減圧度における水量の変化を実験したもので、本願発明の実施例ではない、むしろ0.3mm以上では目的を達成しなかったことを示すものである。

3.まとめ

判決は、特許請求の範囲に微小孔の数値的制限がないことに着目し、微小孔の大きさに制限がなく、水を霧化する為の吸入水量の制御にあるから、引用例発明との間に何等の相違もないと判決している。然し乍ら本願発明は容易に解離し易い霧化物を生成することを目的とし、その為に微小孔の直径が実用上0.3mm~0.1mmである旨の明記があるから、多くとも0.5mm、0.7mmにならないことは明細書の記載から当業者が容易に判断することができる。仮に本願発明の明細書の記載をみて実験する者が十人あったとすれば、十人全部の人が微小孔の直径を0.3mm以下にするであろうことは明らかである。また微小孔の直径を0.5mm又は0.7mmとした場合においては、霧化物を生成することはできても、容易に解離できないので、最早本願発明の実施でなく、本願発明の技術的範囲に属するものでもない。

右のように特定の効果を期待する特許発明の構成要件について、技術的範囲の解釈に際しては特定の効果を達成し得ない技術を、同一発明とすることは有り得ないものである。

右のように原判決は、明細書中特許請求の範囲のみならず、発明の詳細な説明の記載を参酌すれば、本願発明の技術を正確に理解できたのにも拘らず実験報告書の記載を誤解し、本願発明の技術を曲解し、これに基づいて判決したもので、判例違反は明らかであり取消されなければならない。

二、原判決は、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の解釈の誤りがある。

1.判決は進歩性について解釈を誤った。

(1) 本願発明の要旨

本願第1発明は「微小孔より減圧吸入して得た水と、別に大気中より減圧吸入した空気との流れを、鋭角で上向に吸引・霧化させ、この霧化物を下方より上方へ垂直の方向に向けて減圧流動させた後、排出させることを特徴とした高多湿空気の生成方法」である。

(2) 審決の理由

審決は、本願発明の要旨を右(1)記載の通りと認定し、「本願第1発明は、特開昭四九-八五四二二号公報(以下引用例という)に記載された発明に基づいて当業者が、容易に発明することができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に該当し、特許を受けることができないとした」ものである。

(3) 引用例に記載された発明(以下引用例発明という)

引用例発明は「ガソリン機関の燃料混合気の吸入管内の機関減圧により吸入管に導入される空気射出力を以て水を主成分とした助燃液を混合気の状態で吸入管に注入すべくなし、助燃液輸送管の中途に電磁バルブを設けて主軸回転数の回転値に応じ助燃液の輸送量を調節するようになしたことを特徴とする内燃機関の有害排気ガス抑制装置」を要旨とするものであって、その実施例として、水と空気とを平行なノズルから減圧吸引する説明図(甲第3号証、第1図)に明確に示されている。

(4) 判決の理由

<1> 判決は微小孔について限定がないので、「微小孔の大きさは0.3mm~0.1mmに限られない」(判決26頁15行~18行)としているが、この解釈は誤りである。即ち原判決でも認めているようた、本願発明の明細書中に「微小孔は0.3mm以下が好ましく、実用的には0.3mm~0.1mmである」の記載があることよりして、実用的微小孔が0.3mm~0.1mmであることは疑の余地がない。然して本願発明は、燃焼などの高温によって速かに解離する高多湿空気の生成を目的としているので、微小孔が0.3mmをこえて燃焼時に速かに解離しない高多湿空気が出来たとしても、その方法は最早本願発明とは別異の技術となる。右事実を湊合すれば、本願発明における微小孔とは、内径が通常0.1mm~0.3mmであり、少なくとも生成物が燃焼時に急速に解離しなければならないという制限がある。従って「制限がない」という判断は誤りである。

<2> 判決は「水が微小孔を通過することによって、水分子のクラスターが細分化されるとは、到底認めることができない」(判決30頁8行~10行)と判断している。本願発明の出願当時は「クラスター」なる概念が明確ではなかったけれども、明細書には「水の気体は酸素と水素に分解し」と効果が記載されている。前記クラスターの分解によって正に水が水素と酸素に分解し易くなることは多くの実験により認められているから、本願発明の出願当時、クラスターの認識がなかったにしても、同一効果を表現しているにとより処理水が同一状態におかれていたことは、今や仮説の域を脱したものということができる。

右実情に関し、判決は本願発明と霧吹きによる霧化と区別する技術的根拠はないとしているが、この否定こそ技術的根拠がないといわなければならない。即ち本願発明は、微小孔を通過させた水を減圧吸引させ乍ら吸入空気と鋭角に衝突させる技術思想であるが、引用例発明は水と空気を平行に減圧吸引する技術思想である。従って本願発明と引用例発明との間に技術的近似点はない。しかも引用例発明は「助燃液の輸送量を調節することを目的」としているので、本願発明と引用例発明とは目的、構成、効果の何れにおいても相違している。

<3> 原判決は「鋭角の範囲には0度に限りなく近い角度も含まれるといわなければならず、そうである以上、水と空気との流れを鋭角で吸引・霧化させている本願第1発明と、ほぼ平行で吸引・霧化させている引用例発明との間に、水と空気と混合して霧化させる点において特段の差異が生ずるとは認められない」としている。然し乍ら、本願発明の高多湿空気は、高温にあって急速に解離するのに対し、引用例発明には生成物の解離について全然記載がなく、これを示唆するに足る記載もない。従って「特段の差異がない」とする認定は証拠に基づかない、又は効果(解離容易性)の誤認に基づく認定であり、その認定は解釈を誤った違法性がある。然して平行と鋭角の間には格段の相違があり、鋭角の公知例からその角度を小さくして平行に近づけることは容易であるが、平行の公知例から鋭角を予測するにとは困難である。何故ならば平行と鋭角との間には厳然なる差異があり、技術思想が異なるからである。鋭角で衝突させるという発想と、平行で混合させる発想には著しい差異がある。即ち平行の場合には衝突の概念が含まれていない。

<4> 本願発明は、水と空気とを鋭角に衝突させた後垂直方向に流動させることを要旨としているが、引用例発明には斯る発想がない。元来技術は、発想があってこれを達成させる手段を考えて発明が生れるのである。因みに引用例発明から当業者は減圧吸引のヒントを与えられるにすぎない。

(5) まとめ

右のように判決は本願発明の要旨について誤解し、本願発明と引用例発明との効果を誤認し、かつ本願発明の最大の目的効果は「容易に解離する霧化物を生成すること」である点を敢えて無視して、目的、構成、作用、効果の何れも異なる引用例発明から本願発明を当業者が容易に発明できたとしたもので、発明の進歩性(特許法第29条第2項)に対する解釈を誤ったものである。

2.原判決は特許発明の解釈を誤った。

(1) 本願発明は産業上利用し得る優れた発明である。

本願発明は、産業上直ちに利用し得るもので、数次に亘る実験の結果が示すように安定した効果を示している。然して従来内燃機関の燃焼室に水又はその霧化物を単に注入した場合には、排気ガス中の窒素酸化物が減少(水が燃焼室の温度を低下させる為)すると共に、燃料消費量が増加することが知られていた。また右の場合には炭水化物が増加(低温になる為)することが認められた。

然るに本願発明は、燃料の節約と、窒素酸化物及び炭水化物が共に減少するものである(甲第九号証、一〇号証、一三号証、一八号証、甲第十九号証)。

(2) 引用例発明は産業上利用できない。

引用例発明は、産業上利用できないので、審査請求することなく放置された(甲第一二号証)。

現在地球環境の汚染防止についてその基準が逐年厳しさを増し、特に自動車の排ガス規制についてはこれを達成することが焦眉の急とされて、各自動車メーカーはもとより、各所の研究所で研究されているが、未だ満足すべきものがない。従って引用例発明についてもその公開後二〇年経過しているのであるから、当然研究し尽されていたものと推定されるが、その実施化がなされていないのは、産業上利用し難いからである。産業上利用し難い最も大きな理由はその性能を発揮し得ないことである。然るに本願発明は、幾多の実験結果が示すように、排ガス規制基準をはるかに上廻る結果を得ているのであるから、両者間の技術上の格差と相違は明らかである。

(3) まとめ

本願発明は産業上利用できること明らかなのに対し、引用例発明は産業上利用できないのであるから、その間には技術上看過し得ざる相違がある。然るに判決は、右産業上の利用の有無に関する差異を無視し、発明の進歩性を判断したものであるから産業上利用し得るか否かの点における特許発明成立の解釈を誤ったものである。

3.原判決は特許発明における構成の解釈を誤った。

(1) 発明構成の推考の難易の判断について。

原判決は「当裁判所に顕著な水分子の分子結合力の強さに照せば、およそ本願第1発明の構成により水分子の結合力を弱める程の力が水分子に与えられるものとは考えられず、したがって本願第1発明と引用例発明とにおいて、生成される多湿空気に特段の相違があるとは認められない」(判決34頁14行~20行)と判断している。右における水分子結合が強いことと、解離し易くなること(又は解離すること)とは別次元である。即ち如何に強い結合力があっても、解離環境(例えば減圧)のもとで衝撃その他の外力が加われば、少なくとも全量中の何割かは解離し、又は解離し易くなる。例えば水を微小孔から減圧吸入することによりノズル孔の中央部と周縁部とは異なる外力(速度差により生じる)を受けることは理論的にも肯定し得る所である。即ち中央部は流速が著しく大きくなり、ノズル孔の内壁面では流速0となる。従って減圧吸引すれば、中央部の水は強く引張られて高速となり周縁部の水は止まれなくなって内壁面との間に摩擦力を生じる。そこで単に微小孔径と水分子の大きさから、水分子が微小孔を通過できるか否かといふ検討よりも、水分子が如何に大きな外力を受けるか、又は結合力より大きな外力を受けるか否かを明らかにすべきである。

換言すれば、判決は水分子の結合力が大きいことを認識し、水分子に掛るであろう外力がどの位大きいかを究明することなく、何等の根拠なしに水分子の結合力より小さいと判断したに外ならない。水分子の結合力は大きいけれども、それより大きい外力が働けば、水は容易に解離することは電気分解などにより周知の事実である。またノズルを通過する水の全量が解離し易くならなくともその中の何%かが解離し易くなれば本願発明にいう効果を期待することができる。前記のようにノズルの微小孔を通過する水には、その中心部と周壁部とでは外力が著しく異なることが推定されるので、仮に中央部を通過する水の解離が進めば、本願発明の効果を合理的に説明することができる。

三、原判決は、判決に影響を及ぼすこと明らかな経験則違反がある。

1.効果の判断について

(1) 本願発明の効果について

原判決は「本願第1発明の要旨には、原告の主張によっても水のクラスターの細分化が生じない微小孔のものが含まれるのであるから、上記効果をもって本願第1発明の効果と即断することはできず本願第1発明の特許性の判断の結論に影響を及ぼすものとすることはできない」(判決37頁20行~38頁5行)と判断している。判決は微小孔についての数値的限界がない以上、本願発明の微小孔については必ずしも0.1mm~0.3mmでなく、更に大きい場合も含まれ、そうとするならばクラスターの細分化も生じないということを念頭において右判断を下しているものと推定される。然し乍ら万一クラスターの細分化が生じない場合には、解離を生じないから最早本願発明ではなくなる。

(2) 引用例発明の効果について。

引用例発明は「CO、HC、Noxなどに対し50%以上の低減効果が認められた。…燃料消費の傾向は、対燃料20%程度の水注入条件において6カ月間一五〇〇〇kmの走行において燃料が5%以上の減少傾向が見られた」(判決37頁6行~11行)として、明細書の記載をそのまま認め、本願発明の効果は顕著な効果でないとしている。

判決は、本願発明の要旨の判断においては、クラスターの細分化に到らない場合までも文言上含む故に微小孔の特性を認めないとし乍ら、右引用例発明については何等の批判を加えることなく、これを認めている。しかも右引用例発明の効果は、どのような自動車を使用し、どの程度の水量をどのようにして注入したのか一切不明であり、単に結果らしきものを記入したにすぎない。例えば水に代えてメチルアルコールを使用すればどのようになるか(引用例発明の明細書にはメチルアルコールの使用が記載されている。甲第3号証5欄下段)例えば水を20%も注入すれば、水の分解にエネルギーを消費して、燃料消費量が増大するのみならずエンジン内の温度が低下してHCが増大することになるのは経験則の示す所である。右引用例発明の明細書に記載されている効果は甚だ疑問である。

然して引用例発明が産業上利用できないことは出願人が自認し、審査請求しなかったことは既に述べた通りである(甲第一二号証)また引用例発明の特許出願人の審査不請求が他の理由であるとしても、その公開後20年間どの研究所でも採用しなかったことは、引用例発明記載の効果が発揮できなかったことに外ならない。

(3) 周知の技術について

判決は「排ガス中のCO、Nox、HCを低減するという効果が得られることは、特開昭五一-一一九四二四号公報(乙第11号証)、特開昭五二-一二四五二九号公報(乙第12号証)、特開昭五一-一三二三二三号公報(乙第13号証)の記載により本願出願前周知の技術であったと認められる。」(判決36頁18行~37頁3行)と判断している。然し乍ら右公知発明は、本願発明とその構成が全然相違するのみならず、乙第11号証及び乙第12号証は拒絶査定となり、乙第13号証は審査請求未請求となっている。即ち何れも産業上利用できないものと推定される。尤も有用であっても先願公知例があったならば、当然実用化されている筈であるが、未だ実用化されていない。

2.クラスターの細分化について

(1) 本願発明の解離

本願発明は、その当初から、本願発明の要旨に示した構成要件の結合によりエンジン内で容易に解離し易い状態となる(甲第二号証ノ二、15頁2行~4行)と主張している。出願当時は、クラスターという概念を知らなかったので、水の解離としたのであるが、酸素と、水素の結合が弱くなり、水の分子が解離し易くなるということと、クラスターが細分化するということは同一現象を異なる文言で説明したにすぎない。

(2) 水解離の仮説

本願発明について幾多の実験研究を重ねた結果0.1mm~0.3mm径の微小孔から減圧吸入した水を、空気と混合し、エンジンの中へ供給すると、エンジンの排気中のNox、HCなどが減少する事実を把握した。右実験は、工場内で行うと共に、実車(野外走行)についても行ったが、何れも安定した結果を得たので、特許出願したのであるが、エンジン内における正確なメカニズムは不明であった。然し乍ら、一連の実験において、Nox、HCが共に減少すること及び燃料消費量が少なくなる事実からすれば、添加霧化物(水を霧化したもの)が、少ないエネルギーで酸素と水素に分解し燃焼するからに外ならないとの確信に到り水の解離とい文言を用いて説明した。未だ正確な測定的実証はないけれども右仮説はほぼ実情に近いものと推定している。

右は、燃料節減という事実(測定済)とNox及びHCが共に低減するという事実(測定済)よりすれば、経験則上右仮説とならざるを得ないのである。

3.まとめ

右のように本願発明と引用例発明及び周知技術は、目的、構成が全然相違するのみならず、引用例発明等の効果は経験則上疑わしく、これを立証するように現在使用されていない。即ち判決は、立証のない、実験等において信憑性のない効果の記載について経験則上疑わしいものについてもそのまま採用し、本願発明と同一効果、或いは本願発明の効果は顕著な効果とはいえないとしている。

またクラスターの細分化については、否定しているけれども、本願発明における解離し易い霧化物を別表現にすれば、活性水となり、活性水とはクラスターの細分化された水である。従って本願発明の構成中、微小孔を通過する際にクラスターの細分化が行われることに関し、これに反する事実はない。凡そ結果について最も合理的に説明できる想定(仮説)はこれに反するか、又はより完全に説明できる説が現われるまでは、真実により近い説として採用されている。判決は斯る科学的経験則を無視し、本願発明の優れた効果を説明する有力な説がないのにも拘らず、「クラスターが細分化されるとは到底認めることができない」(判決30頁9行~10行)と結論づけ、これを有力な根拠として判決している。換言すれば経験則を無視した違法性は明らかである。

四、原判決は、判決に影響を及ぼすこと明らかな事実誤認がある。

1.微小孔について

判決は本願発明の微小孔について、明細書中に「直径は0.3mm以下が好ましく、実用的には0.3mm~0.1mmである」(判決27頁2行、3行)とした記載を無視し、「微小孔につき何らの規定を置いた記載がないことが認められる」(判決26頁13行、14行)と判断している。然し乍ら本願発明は解離し易い高多湿空気を生成することを目的としており、ノズルの微小孔を減圧吸引することを第一とし、ついで鋭角に衝突させること並びに垂直方向に移動させることにより解離し易い(又は一部解離した)高多湿空気を生成するのであり、微小孔を減圧吸引により通過させることは必要欠くべからざる要件である。従って微小孔の通過によって解離性に変化がないならば(解離が進行しないならば)最早本願発明ではないということができる。

換言すれば微小孔を減圧吸引により通過させることが、本願発明における最も重要な構成要件である。然るに判決は、この要件を無視して、微小孔とは0.5mm又は0.7mmも指称するものと誤解し、本願発明と引用例発明を同一技術と判断したことは事実誤認も著しいといわなければならない。

2.水と空気との流れを鋭角で上向きに吸引霧化させる要件について。

判決は「鋭角であって特段の限定はなく」(判決32頁8行、9行)と認定しているが、鋭角には0度に限りなく近い角度も含まれているのでほぼ平行な引用例発明と特段の差異を生ずるとは認められないとしている。然し乍ら角度があるとなしとでは雲泥の相違があるのみならず、本願発明は上向きにしてあり、引用例発明の実施例は水平であるから技術思想に特段の差異がある。元来、公知技術に現わされた明細書の記載又は図面から容易に発明できたとされるには、当該公知例の記載から当業者が容易に知得し又は予測される技術でなければならない。然るに引用例発明には、鋭角による吸引霧化も、上向きも示唆されていないのであるから、引用例発明の誤認に外ならずこれをもって容易に発明し得たとはいい得ない。

3.霧化物を下方より上方へ垂直の方向へ向けて流動させる点。

判決は「重力の影響は無視できること明らかであり、この点において差異が生じるものとは認められない」(判決33頁5行~7行)と判断しているが、解離し易い霧化物の移動において、細管中を移動する霧化物が垂直方向移動と、水平方向移動とにどのような差異があるか不明であるが、解離効果に差異があることは実験の結果明らかであり、これにより本願発明の構成しており、この目的達成に最も有効な技術を開示したものである。従って単純に霧化物は重力の影響を受けないというような推定により、引用例発明と、本願発明とを同一レベルにおくことは事実誤認という外はない。何故ならば或質量が減圧吸引される場合に、当該減圧に圧力変動を生じた場合当然のこと乍ら質量の運動量にも変化を生じる。そこで霧化物の高速移動と、変速というような現象は、単なる推測の域を脱するものと思われる。従って右判決は事実の解明をすることなく独断されたものであって事実誤認という外はない。

4.まとめ

右のように、本願発明は、「微小孔、鋭角衝突、上向きかつ垂直方向へ流動」の三構成要件を一体的に結合させて目的とする高多湿空気を得るのに対し、引用例発明は、水平方向へ平行に減圧吸引するものである。従って本願発明にいう解離し易い高多湿空気を得ることはできないし、その予測性もない。引用例発明には本願発明の構成要件中「減圧吸引による霧化」以外の技術は全然記載されず、解離し易い高多湿空気の生成についての記載もなく、これを示唆し得るに足る記載も見当らない。

従って引用例発明に恰も本願発明と近似した技術が記載されているという判断は事実誤認と断定する外はない。然して右事実誤認により、引用例発明から本願発明を容易に発明し得たとする審決を維持したもので、判決に影響を及ぼす事実誤認ということができる。

よって右判決は取り消されなければならない。 以上

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