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最高裁判所第二小法廷 平成7年(行ツ)86号 判決 1998年3月13日

東京都港区南青山一丁目二二番五号

上告人

松本正人

右訴訟代理人弁護士

尾崎行正

大宮竹彦

東京都港区西麻布三丁目三番五号

被上告人

麻布税務署長 砂川功

右当事者間の東京高等裁判所平成五年(行コ)第九〇号所得税更正処分等取消請求事件について、同裁判所が平成七年一月三〇日に言い渡した判決に対し、上告人から上告があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人尾崎行正、同大宮竹彦の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、違憲をいう点を含め、その実質は、原審の専権に属する事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決の法令解釈の誤りをいうものであって、採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 河合伸一 裁判官 大西勝也 裁判官 根岸重治 裁判官 福田博)

(平成七年(行ツ)第八六号 上告人 松本正人)

上告代理人尾崎行正、同大宮竹彦の上告理由

第一 法令解釈の誤り、経験則違反、及び審理不尽

一 原判決には、以下の点で、法令解釈の誤り、経験則違反、及び審理不尽の上告理由がある。即ち、原判決は、上告人の昭和六一年及び六二年における不動産譲渡が所得税法三三条二項一号の「営利を目的として継続的に行われる資産の譲渡」にあたるか否かを判断するに際し、「不動産賃貸業と営利目的による不動産の譲渡とは、利益の追求という面に於いては、両立可能なものであって、何ら背反するものではない。」(原判決が引用する第一審判決九丁おもて)との経験則から、「賃貸効率の悪い不動産を譲渡したものである等の控訴人主張の事情は、全体としてみれば営利を目的として行われた譲渡であるとの認定と矛盾するものではない。」と結論付け、第一審同様上告人が賃貸効率の悪い不動産を譲渡したのであるか否かの争点に関し何ら判断することなく、上告人が営利を目的として継続的に資産の譲渡を行なったと認定している。しかし、所得税法三三条二項に言う「営利を目的として」とは、単に、「転売利益を得ることをも欲して」というのみでは足りず、「転売利益を得ることを『主たる』目的として」または、少なくとも「『重要な』目的として」の意味に解されるべきである。故に上告人が不動産賃貸事業「(それに準ずるものを含む)の倒産回避・健全化のために譲渡を行なったと主張している本件においては、裁判所が上記「営利目的」を認定するためには、上告人の事業の内容、経営状態をまず審理・認定し、その事業との関係で本件譲渡がいかなる意味・目的を有していたのかを認定した上で、転売利益を得るという目的が事業上の目的以上の、又は少なくともそれと比し得る程度の重要性を持っていたことを認定しなければならない。しかるに一審、原審においては、この貴事業内容、経営状態についての審理・認定を全く行なうことなく、単に、「不動産賃貸業と営利目的による不動産の譲渡とは、利益の追求という面に於いては、両立可能なものであって、何ら背反するものではない」との経験則を適用して上告人の本件各譲渡に三三条二項を適用して判決しているのであるから、このような原判決は、所得税法三三条二項一号の解釈を誤り、経験則の適用場面を誤り、かつ審理を尽くすことなく判決をした誤りがある。

たしかに、「不動産賃貸業と営利目的による不動産の譲渡とは、利益の追求という面に於いては、両立可能なものであって、何ら背反するものではない。」しかし、営業・商売というものは、すべからく「利益の追求」を目的とするものであり、その意味では、全ての営業行為は営利を目的とする不動産の譲渡と両立可能である。事実、事業用資産の買い替えを行なう時には、その事業内容との関係でいつ買い替えを行なう必要があるかを考えると同時に、いつ買換えを行なえば当該不動産の値上がりによる利益をどの程度受け得るかをも勘案することは、商人であれば誰しも考えることである。それどころか、一般人が居住用の不動産の買換えを行なう時ですら、同様の考慮は買換えの意思を決定するについての重要な要素となろう。しかし、だからといって、そのことのみをもって営利目的の不動産譲渡であると認定されるとすれば、それでは、転売利益が存在する場合には常に営利目的で行なったこととなってしまい、所得税法三三条二項一号がわざわざ「営利を目的として」との制限を付した意味がなくなってしまう。故に、「営利を目的として」とは、単に転売利益をも得られるというのみでは足りず、「転売利益を得ることを主たる、または重要な目的として」の意味に解釈されるべきであり、この営利目的を認定するためには、当該譲渡が譲渡人の事業上いかなる意味・目的を持っていたのかを認定することが不可欠なのである。

二 そこで、本件に於いて上告人がいかなる目的を「主たる又は重要な目的」として本件不動産を譲渡したかを考えるに、原審における控訴人(上告人)の平成五年一一月一日付準備書面で詳述しているとおり、上告人は、以下の不動産賃貸業上の理由から本件譲渡を行なったのである。即ち、昭和五七年頃より、上告人は賃貸用不動産を生命保険相互会社等からの高利の借金により購入しており、そのため、購入した各不動産につき、毎月高額な金利・元金を返済しなければならなかった。上告人はこの返済の資金として、最終的には西麻布スタジオ賃貸ビルの売却代金約三〇億を考えていたが、同スタジオが訴訟や地上げ問題のため直ちには売却できないことから、当面の間は、各不動産の毎月の賃貸料を利息の支払いにあてて凌ごうと考え、不動産を購入する時から借主がいることが確実である物件や、賃料保証の付いた物件を購入するよう心掛けていた。

上告人も、各不動産を購入する以前から、全室中一割程度の空き室が生じてしまう可能性は予想していた。しかし、昭和六〇年頃より、個人がマンションを借りるよりも買うことがブームとなり始め、銀行もこのようなマンション購入資金を個人に貸すようになっていった。そのため、上告人の所有する賃貸マンションでも、あてにしていた借主が自分でマンションを購入し上告人との賃貸借契約を解約してしまうケースが上告人の予想以上に発生してしまった。

元来、上告人が購入した不動産は竣工前のマンションが主であったため、頭金等の支払いが始まる借主からの賃料が回収できる時期がずれており、上告人の資金繰りは元来がさほど余裕のあるものではなかった。そのため、マンションの空き室が上告人の当初の予想を超えて発生してしまうと、上告人にはその空き室の不動産分の利息を支払い続ける資金力はなく、各地に分散したマンションを一棟に集中して管理費を削減し、また家賃保証の付いたマンションに買換えて賃料収入の安定化を図ることによって経営の合理化を図らざるをえなかったのである。

このように、当時の上告人にとって、不動産賃貸業を倒産させないためには、空き室となってしまった本件の各不動産を売却するよりほかに道はなかったのであり、また不動産賃貸業を倒産させないことこそが上告人の唯一の目的であった。だからこそ、上告人は、賃借人がいなくなってしまった物件については売却益が出ると出ないとにかかわらず常に可及的速やかに売却しようと努力し、また賃借人がいる物件については全く売却していないのである(甲第二五号証、甲第一六号証)。そして、この上告人の態度は、昭和六〇年に上告人が不動産を売却せざるを得なくなった当初より、平成元年まで、全く変わっておらず、昭和六〇年、六三年に於いては転売損失を出してまで貫かれている原則なのである。(甲第二三号証の一。また、上告人の共同事業者である妻松本玲子所特にかかる不動産についでも、同様の方針のもとに売却がなされていることにつき、同号証の二参照。)。

三1 もし、上告人が不動産譲渡による転売利益を目指していたのであれば、損失を出してまで不動産を売却するはずはなく、他の、転売利益が出る不動産を売却してその利益を前者の購入のためのローンの支払いにあてれば済むことである。しかるにそれをせず、頑ななまでに賃借人のいない不動産のみを売却したのは、まさに、上告人が目指していたのが不動産賃貸業による利益追求だからであるにほかならないのである。また、もし上告人が転売利益を得ることを主目的としてマンションを購入・売却していたのであれば八ないし九パーセント台と行った高利の長期ローンなどを使って購入するはずはないのであるし、また、これらのローンは、短期間で解約した場合には五パーセント程度の解約金を取られるから、上告人のような短期間で売却してしまったのでは、転売利益を得るには極めて不利なのである。

2 原判決の指摘するように、確かに上告人は昭和六一年、六二年、平成元年において転売利益をえている。しかし、それは、たまたま当時の不動産市況がいわゆるバフル経済の影響で異常な高騰を示していたからにすぎない(甲第二四号証)。即ち、昭和六〇年より平成元年までに上告人が得た転売利益がいくらであったかを計算してみると、売却額合計約一五億円に対し、第一審判決別表4の1ないし3の「値上がり価格」(これは、購入価格と売却価格の単純な差額であり、借入利息・費用等を全く勘案していない。)を合計しても五億五〇〇〇万円にしかならず、甲第二三号証の一に基づいて取引費用や借入れの金利をも勘案した場合には三億五〇〇〇万円程度でしかない。一方、バブル経済下でのマンションの一戸の年間平均価格は、左記の通りである(甲第二四号証参照)。

一個年間平均価格 前年比 対六〇年比

昭和六〇年 二六八三万円

昭和六一年 二七五人万円 一〇二・八%

昭和六二年 三五七九万円 一三〇  % 一三三・四%

昭和六三年 四七五三万円 一三二・八% 一七七・二%

平成 元年 五四〇三万円 一一三・七% 二〇一・四%

このような不動産の高騰状況を前提として考えれば、上告人が得た程度の転売利益は、一五億円分の不動産を売却すれば嫌が応でも生じてしまう程度のものにすぎず、逆に、もし上告人が転売利益を得ることをある程度でも考えたのであれば、右のようなバブル期の不動産高騰の中で、たった三億円や五億円しか転売利益を得られないことなど、起こり得ないことである。また、上告人がバブルの最盛期ころ、昭和六三年に転売損失を出し、平成元年にはたった二室、計八〇〇〇万円程度しか売却しなかったことも、上告人の不動産譲渡の目的が賃貸業上のものであり転売利益の追求にはないことの証左である(甲第二三号証の一参照。平成元年に売却した不動産はライオンズマンション白金第二の一室及びライオンズマンション恵比寿の一室であり、これらの売却益は約五五〇〇万円であるが、これらのマンションを購入したのは、前者が昭和五七年、後者が昭和五九年であり、このような売却益が出たのは、たまたまバブル経済の最盛期に売却したからにすぎない。尚、本理由書において「昭和〇〇年分の転売利益」と言う時には、原審に習って、当該年に譲渡契約が締結された譲渡の利益を指す。これに対し、確定申告においては、引渡しがなされた時期を基準に利益の各年分への振り分けが行なわれるため、確定申告における譲渡所得額・雑所得額の上記の「昭和〇〇年分の転売利益」とは一致しない。)。

3 また、確かに上告人が行った不動産譲渡は、都内の小型マンション中心で、多額、多数回に及び、また各区不動産の保有期間も短期間のものが多い(第一審判決七丁おもて3)。

しかし、上告人の扱った不動産が当初都内の小型マンション中心であったのは、それらが流動性の高い不動産物件である(第一審判決八丁おもて)からではなく、当時の上告人は未だ不動産取引の実績の乏しく、そのような都内の小型マンションを買うのでなければ各種金融機関の融資を受け得なかったからである。上告人としても、もし金融機関が融資してくれるのであれば、当初から、棟単位で大型のマンションを購入したかったのである。

また、購入額が多額なのは、上告人が自己の所有する三〇億円の西麻布スタジオ賃貸ビルに見合うだけのマンションを購入するつもりでいた以上当然であるし(尚、購入金額は、第一審判決八丁おもてが指摘するように五〇億円以上であるが、そのうち二〇億円は買換え(特例の適用を受けられないケースをも含む)のケースであり、よって上告人が実質的に投資した資金は三〇億円程度にすぎない。)、購入件数が多数であるのはこの三〇億円分のマンションを前記の理由から小型のマンションで調達しなければならなかったからである。

また、売却件数・売却額が多いのは、購入したマンションの大半に借主が付くはずであると考えた上告人の見通しが甘く、売却しなければ不動産賃貸業が倒産する危機に瀕していたからで、不動産賃貸事業上そうせざるを得ない理由があったからである。

更に、保有期間が短期なものが存在する点に関しては、上告人の不動産賃貸業は、昭和六〇年頃は高利な借り入れにより購入したマンションが中心であり、その利息を支払うために借主が付くことが必費の条件であったため、当初借りると約束した者がこれを解約した場合には、転売利益が出るとでないとにかかわらず、直ちに他の借主の付く物件に買換えなければならなかったからである。また、所得税法上長期の譲渡所得のほかに「短期」の譲渡所得の概念が認められている以上、保有期間が短期であることは、そのことのみをもってしては当該譲渡益が譲渡所得に当たらないことは意味せず、本件のように短期で譲渡することが不動産賃貸業上必要な場合には、当該当譲渡が短期であることは「営業目的」を認定する証拠としての証拠力はないと考える。

4 更に、上告人の行なった譲渡は、全て賃貸用のマンションの買換えのためになされたもので(買換え特例の適用外であるものをも含む)、その譲渡代金は全て直ちに新たな賃貸用マンションに投資されている。即ち、上告人は譲渡益を一度も手元に留めたことはない。

また、上告人のなした譲渡の大半は、昭和六一年、六二年にまたがって実行されるように計画された、一回の買換え計画のための譲渡にすぎない。即ち、上告人は昭和六一年から昭和六二年にかけて、現有の空き室マンションを棟単位のマンション(LM高幡不動第二、レオバレス大和田、同北小金)に買換える計画を立て、そのために同両年に二六のマンション、貸地、貸店舗を譲渡している。上告人の昭和五七年より六二年までの不動産売却件数は合計三四回であり(第一審判決七丁裏)、昭和六一、六二年に行われた、買換え特例適用物件以外をも含めた全売却件数は三〇件であるから(第一審判決六丁裏(一)、同別表2の1、2に計上されている回数二八回に、後出の本庄の二回を加算した)、上記買換え計画に基づく二六回の譲渡がいかに大きな割合を占めるかが理解されるべきであり、このような一回の買換えのための譲渡は一回の譲渡と考えるべきである。

更に、上告人は、一回買換えた不動産を再度売却し又は買換えたことはない。即ち、上告人は、西麻布の貸スタジオ約三〇億円に相当する賃貸マンションを購入しようと考えて賃貸マンションに三〇億円を投資し、そのうち三〇億円分を一回買換えたにすぎない。第一審判決は、「原告は、・・・転売利益を得るという不動産取引を大量にかつ反復して行い」と言うが(第一審判決八丁おもて)、「反復して行なう」とは、たとえば五億円の資金を有する者が五億円分のマンションを買入して転売し六億円を得、これをまたマンションに投資・転売して八億円を得る、ということを数度繰り返すような場合を指し、本件とは根本的に異なっている。上記の上告人の譲渡の目的が転売利益にはなく、マンション賃貸業上の買換えにあったことは明白である。

5 また、上告人が昭和六一、六二年度に申請した特定事業用資産の買換えにおいて購入し又は購入しようと計画した不動産は、全て、土地付一棟建若しくはファミリー用の大きなマンションで、長期の借り入れを利用して購入されており、また家賃保証のついた物件である。即ち、上告人当初計画していた買い換え物件は、

・ライオンズマンション高幡不動第二

一棟二二室。うち三室は妻玲子分。

計約六億八〇〇〇万円、内約一億一五〇〇万円は妻玲子分。

・レオパレス横戸町(大和田)A、B

二棟二二室。うち、B棟、一棟一〇室は妻玲子分。

計二億〇二〇〇万円。うち九二〇〇万円は妻玲子分。

・レオバレス北小金

三棟四〇室。内一棟一二室は妻玲子分。

計約四億円三〇〇〇、内一億円分は妻玲子分。

の三物件であるが、これらはすべて棟単位で購入したものであり、レオパレース横戸町(大和田)Aとレオバレス北小金は家賃保証が付いており、ライオンズマンション高幡不動第二は新日鐵が社宅として一括して借り上げてくれることとなっていた。

まず、一室毎ではなく棟単位でマンションを購入することの利点は、第一に、貸主として管理・補修の合理化が図れ経費を節減しうる点にありまた第二に、賃貸用の居室と分譲居室とが混在している場合には貸借人が自分も所有者になろうという気持ちを抱きやすく長期間にわたって貸借してくれる可能性が低いのに対し、マンション全体を賃貸用とした場合には隣近所がすべて賃貸であるため、貸借人がいつまでも賃借人のままでいてくれ、長期にわたる安定的な賃貸が可能となる点にある。また、家賃保証をつけ又は一括借り上げとした場合には、毎月、毎年の収入は一室毎に賃貸した場合に比べて少なく、短期の利益率は下がるものの、長期的には安定して賃料収入が確保される利点がある。また、長期にわたり自己保有する目的でなければ、二五ないし三〇年もの長期にわたる借り入れで資金調達をするはずもない。

その後、昭和六三年一月に昭和六二年分の確定申告についての更正・賦課決定がなされたため、金利負担を恐れ、買換え物件のうち最も進行が遅れていたレオバレス北小金の購入を断念し、その分一室単位のマンションを購入したが、これらも、ファミリータイプの大型のマンションルームである(買換え物件の明細については第一審における原告(上告人)の平成五年二月一八日付け準備書面(七)参照。また、上告人が昭和六一年申請の買換え不動産としてレオパレス北少金、約三億円を購入しようと計画していたことにつき、甲第二七合証村井税理士の陳述書参照。また、これらの買換え不動産の評価につき、甲第一七号証参照。)。

以上のように、上告人の買換え物件は、すべて、長期にわたり保有することを目的とした、転売のしにくい物件であり、この点からも、上告人のなした買換え計画が不動産賃貸業の倒産回避・健全化を図るという目的で行われたものであること、そしてその一環たる本件譲渡も同様の不動産賃貸業上の目的に基づくものであることは明らかである。

四 以上より判断するに、上告人は、昭和六一、六二年当時、買換えを行わなければ不動産賃貸業者として確実に倒産したであろう状況にあったのであり、それを回避し、不動産賃貸業の健全化を計ることこそが、上告人が不動産譲渡を行った主たる、又は重要な、目的なのである。上告人の目的は決して不動産の転売利益を得ることにはなかったし、それどころか、上告人が昭和六〇年に実質的には転売損失を出していること、及びバブルの最盛期に前記程度の売却しか得ていないことから判断するに、上告人は通常人以上に転売利益の追求という点に於いて無頓着であったと言い得るのである。

故に、一審、二審において、上告人が譲渡を行った主たる又は重要な目的が何であったのかを審理すれば、それが不動産賃貸業上のものであり営利目的ではなかったことが認定されたはずであり、よって、これを審理することなく、ただ「不動産賃貸業と不動産売却利益の追求とは両立し得るるものである」との理由から本件譲渡を「営利を目的」として行なった譲渡であると認定して所得税法三三条二項一号を適用した原判決には、判決に影響を及ぼす法令適用の誤り、経験則適用の誤り、審理不尽の誤りがあったというべきである。

第二 憲法八四条違反

一 原判決には、以下の点に於いて、憲法八四条違反がある。即ち、憲法八四条は「新たに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする」と定め、租税法律主義を宣言しているところ、本件に於いて税務署が上告人の所得を雑所得にあたるとして課税したその仕方は、税務署の二転三転する恣意に基づいて決定されたものであり、本件における上告人に対する課税措置、ひいてはこのような課税措置を招来した税務署の法適用の運用は、実質的には憲法八四条に反するものである。

二 現代における租税法律主義の意義、機能は、国民の経済生活に法的安定性と予測可能性を与えることにある(金子宏「租税法」第三版、弘文堂、七四頁)。即ち、「今日では、租税は、国民の経済生活のあらゆる局面に関係をもっているから、人は、その租税法上の意味、あるいはそれが招来するであろう納税義務を考慮することなしには、いかなる重要な経済的意思決定をもなし得ない。むしろ租税の問題は、多くの経済取引において、考慮すべきもっとも重要なファクターであり、合理的経済人であるならば、その意思心決定の中に租税の問題を組み込むはずである。その意味では、いかなる行為や事実からいかなる納税義務が生ずるかが、あらかじめ法律の中で明確にされていることが好ましい。したがって、租税法律主義は、・・・今日の複雑な経済社会において、各種の経済上の取引や事実の租税効果(タックス・エフェクト)について十分な法的安定性と予測可能性とを保証し得るような意味内容を与えられなければならない」(前出金子、七四、七五頁)。

ところが、本件においては、以下三において詳述するように、上告人の昭和六一年、六二年の不動産譲渡益を譲渡所得と解するか否かについての麻布税務署の見解が二転三転し、その上その理由につき合理的な説明がなされなかったため、上告人は自己が為そうとしている賃貸不動産の買換えに対し幾らの租税が課されるのか、その租税効果を予測することが全くできなかった。そしでこのような税務署の態度に翻弄され、時機に応じた経営戦略を採れずにいるうちに現在、企業家として実質上倒産してしまっているのである。このように、ある取引行為につきどのように課税されるかが税務署の判断により過度に左右され、その上その判断が数年の間に二転三転することが許されるのような税務署実務上の取り扱いは、憲法八四条が保証する「租税効果についての法的安定性と予測可能性」を全く害するものであり、よって、本件における税務署の上告人に対する課税は憲法八四条に違反するものとして無効とされるべきである。

三 本件における麻布税務署の見解の変遷及び上告人の対応は、以下の通りである。

1 本件においては上告人がなした昭和六一年及び六二年における不動産の譲渡が所得税法三三条二項一号に言う「営利を目的として継続して行われる資産の譲渡」にあたるか否かが争われているのであるが、同条の法文には、「営利を目的として」とか「継続して」と言った不確定な概念が用いられているため、上告人としても、譲渡、買換えを行う以前から、これらの譲渡が譲渡所得の用件を満たすか否かにつき重大な関心をもっていた。けだし、上告人はこれらの不動産の譲渡につき租税特別措置法三七条の特定の事業用資産の買換えに関する特例(以下、「買換え特例」という。)による租税の繰り延べ措置を受けようと計画していたところ、これらの譲渡益が譲渡所得と認められない場合には買換え特例に基づく課税の繰延措置も受けることができず、更に、総所得の五〇パーセント以上にも及ぶ莫大な所得税(さらには地方税)を課されるため、新不動産の購入をすることが出来なくなるばかりか、現有の譲渡予定不動産を全て高利の借り入れにより購入していた上告人としては、これら現有不動産の譲渡自体が資金繰り上不可能となるからである。この意味で、本件では、右に金子教授が述べているとおり、上告人の不動産譲渡益が譲渡所得と認められるか否かは、上告人にとって、買換え、ひいては所有資産の売却自体を行なうか否かの意思決定を左右する、最も重要な考慮要素であったのである。

2 このように、本件において当該譲渡益が譲渡所得と認められるか否かは、当該取引を行なうか否かを決する程に重要なことであつたし、その上、上告人は慎重すぎるほどに慎重な性格であったため、上告人は、昭和六一年初頭頃に賃貸用不動産の買換えを計画し始めた当初より、村井税理士に相談するとともに、同税理士ともども、事前に何度も麻布税務署、国税庁等の相談窓口を訪れ、電話相談をし、また資産税の専門家等にも相談し、買換え特例の適用があることを確認ししようとした(甲第二二号証の上告人の陳述書(二)、二丁おもて、及び甲第二七号証の村井税理士の陳述書三丁おもて、四、)。そしてその結果、「昭和六一年から翌六二年にかけ、共同事業者である妻玲子とともに、現在一室単位で所有するマンションで空き室となってしまったものを売却し、六二、三年内に新築竣工されるマンションであるライオンズマンション高幡不動第二、レオパレス横戸町(大和田)A、レオパレス北小金の各マンションを棟単位で購入する」という、二年にわたる買換え計画を立て、前記税務当局及び専門家より買換え特例の適用があるとの判断を得た上で、以下のとおり、所有の賃貸用不動産を譲渡し、買換え用の不動産を購入し始めた(尚、以下には上告人分の譲渡・購入のみを列挙するが、この他にも共同事業者たる妻玲子分がある。)。

・六一年 五月二四日 三田慶応ビジデンス802 譲渡

・六一年 七月二四日 ライオンズマンション明石町502 譲渡

・六一年 九月二六日 ライオンズマンション道玄坂423 譲渡

・六一年一〇月二八日 ライオンズマンション高幡不動 購入

・六一年一一月一八日 ダイヤパレス白山第2―902 譲渡

・六一年一一月二五日 ライオンズプラザ芝公園310 譲渡

・六一年一二月一二日 ライオンズマンション千駄木第二―702 譲渡

・六二年 二月一三日 ライオンズマンション日本橋第二―604 譲渡

3 上記の上告人の買換え計画は昭和六一年及び六二年にまたがる二年間の計画であるため、昭和六二年三月に行うべき昭和六一年分の確定申告時までには新規事業用資産を購入し終え事業の用に供し始めることはできず、よって租税特別措置法三七条一項の要件を充たすことはできない。そこで上告人は同条四頃に基づく延期措置(見積承認による買換え特例の適用)を受けるべく、税務署長の承認を受けるための申請をした。即ち、上告人は、自己が既に譲渡し又は購入した不動産の契約書、領収証、登記等及び自己が購入しようとしている買換え不動産の説明書等のコピーを、買換え承認申請書とともに麻布税務署に提出し、同申請は同年二月一七日に受理

された(甲第八号証の四)。

この租税特別措置法三七条四項の延期措置を受けるために法律が要求している要件は、承認申請をなすことではなく、税務署長の承認を受けることである。そして、事実、前記頁換え承認申請書の第一頁目下段は、上段の買換え承認申請に対し税務署長が発する承認書の形式をとっている。これは、確定申告の段階で、税務署に、当該買換え申請が租税特別措置法が要求する要件を満たしているか否かを判断させ、要件が満たされていない場合に申請者に対しそのことを早く知らせ、同人の事業遂行上不測の損害が生じることを回避するための措置である。特に、本条が適用され得なかった場合には、当該譲渡益のみならず総所得全体に対し五〇%以上にも及ぶ高額の所得税(さらには地方税)が課され得ることを考えると、納税者に対しこの租税効果を可及的速やかに伝えることがいかに重要かが理解されよう。そしてこの税務署の判断が速やかに行なわれ得るようにするために、租税特別措置法規則一八条の五第七項は、承認申請者に対し、譲渡した資産についての情報、取得する予定の買換え資産についての情報を提出しなければならない旨を定めているのである。

しかし、このような法律の規定にもかかわらず、税務署実務上、この承認書が実際に申請者に対して交付されることはなく、本件でも上告人は承認書を交付されてはいない。そのため、、本件上告人を含む納税者は、自己が行おうとしている買換えが特例の適用を受け得るのかを確定申告の段階で明確に知ることはできなくなってしまっている。そこで納税者は、しかたなく、担当税務署での税務相談や買換え承認申請書提出の段階で税務署員に相談し、当該税務署の見解を探知しようと努力しているのである。また、税務署の方でも、上記買換え承認申請書が税務署に持ち込まれた時点で当該申請が買換え特例の要件を充たすがどうかを事実上審査しており、この要件を充たしていない場合には承認申請自体を受理しない取り扱いをしている。そして納税者は、承認申請書が受理された事実をもって、承認が得られたものと考え、以後の買換え計画を推進してゆくのである。

本件においても、上告人は、上記の方法で、税務署が買換えを認めてくれたとの確信を得ようとし、そして昭和六二年二月一七日に買換え承認申請書を税務署に受理してもらっている。そして、この受理の段階では買換え特例適用の要件のうち譲渡の部分はすべて実行済みであり、かつそれに関する情報は契約書領収証等のコピーを提出することによってすべて麻布税務署に提出済みなのであるから、上記のような税務署実務に照らして考えるならば、昭和六二年二月一七日の段階で麻布税務署が上告人の買換え承認申請書を受理したということは、同署が、本件譲渡が所得税法上の譲渡所得の要件を充たすものであることを実質的に認めたことにほかならず、また上告人やその税理士が、譲渡所得と認められるものとの信じていたのは当然であった。

4 その後も上告人は、昭和六一年分及び昭和六二年分の買換え計画を推進するべく、以下の譲渡、購入を行なっていった。

・六二年 二月一七日 シャトレー上野803 譲渡

・六二年 三月一一日 ライオンズマンション入船801 譲渡

・六二年 三月一四日 ライオンズマンション護国寺第三―1005 譲渡

・六二年 三月一六日 エルアルカサル渋谷603 譲渡

・六二年 三月二四日 本庄市本庄の貸店舗 譲渡

・六二年 三月二六日 ライオンズマンション日本橋第二―405 譲渡

・六二年 三月二六日 フジタ新富マンション401 譲渡

・六二年 四月一一日 鶯谷タウンプラザ907 譲渡

・六二年 四月一五日 ライオンズマンション明石町606 譲渡

・六二年 四月一六日 ライオンズマンション明石町705 譲渡

・六二年 四月二二日 ライオンズマンション明石町603 譲渡

・六二年 五月二二日 ライオンズマンション神楽坂第五―701 譲渡

・六二年 六月一五日 レオバレス北小金 手付金二〇〇万円支払い

・六二年 六月一六日 レオバレス北小金 購入契約締結

・六二年 六月二三日 レオバレス横戸町(大和田)A 購入契約締結

・六二年 六月二五日 レオバレス北小金 八〇〇万円支払い

・六二年 六月二九日 ヴェラハイツ日本橋箱崎1103 譲渡

・六二年 七月一三日 ストークマンション新川1005 譲渡

・六二年 七月二一日 ハイネス小石川110 譲渡

・六二年 七月三〇日 渋谷マンション902 譲渡

・六二年 八月一八日 ライオンズマンション田端新町1102 譲渡

・六二年 八月三一日 ラインコーポ箱崎601 譲渡

(尚、上記のうち、本庄市本庄の貸店舗は、後述の本庄市小島南の貸地とともに、上告人の父親の代より賃貸に付していたものを上告人が相続により取得したものである。上告人は、これら二つの不動産を買換えの譲渡資産とすることを六二年分の買換え承認申請書において明記しているが(甲第九号証の四、第四頁目、六頁目)、なぜか、一審二審ではこれらが買換えの譲渡資産から除かれているばかりか、一審判決の別表2の2(本件係争年分における原告の不動産譲渡状況)からも除かれている。一審判決は、「昭和六〇年から同六二年にかけての譲渡物件の保有期間をみると「平均二九四日という短期となっている」(八丁おもて)と指摘し、このように保有期間が短いことを上告人が転売利益を得る目的で譲渡を繰り返したことの証左の一つとしてあげているがこの平均日数は上記の本庄の二不動産を省いた結果の日数であり、この二不動産をも含めて考えれば、平均保有期間は格段に延びる。この点でも、一審及び原審での判決手法及び内容は、上告人にとっては納得がいかないものである。また、昭和六二年分の更正・賦課決定においても、この二不動産の譲渡益約(二五〇〇万円)の譲渡所得性が否定された結果、税務署がこの所得をいかなる所得として認定したのか、税法上の取り扱い明確でなく、上告人としては、税務署が上告人の保有期間を短かく計算するために作為的に当該所得を抹消してしまったのではないかとの疑念すら、持たざるを得ないのである。(ちなみに、昭和六二年分の上告人の確定申告には、元来、「本庄市小島南3」の二六〇万円の長期譲渡所得が計上されているが、これは道路用地として地方公共団体に譲渡したもので、前述の貸地とは別個の土地である。))。

5 ところが、昭和六二年八月下旬、麻布税務署の杉山孝司氏より上告人に呼び出しがあり、上告人が村井税理士とともに税務署を訪れると、杉山氏は、上告人の譲渡益は雑所得に該当し、故に買換え特例の適用はない、と主張した。上告人及び村井税理士は必死で上告人の事業内容、買換え操え計画を説明し、間違いなく不動産賃貸業のための買換えであることを説得しようとし、また同時に上告人らに納得のいく説明をしてくれるよう要求したが、しかし杉山氏は何ら明確な説明をすることなく雑所得であるとの見解を変えなかった(甲第二〇号証の一、上告人の陳述書、甲第二七号証、村井税理士の陳述書参照。)。

その後も、上告人らは、ちゃんと説明すれば判ってくれるはずであると信じ、昭和六二年九月に。買換え物件であるレオバレス北小金の代金の一部六〇〇万円を支払い、一〇月二七日に本庄市小島南三丁目の貸地を譲渡して買換え計画を進めていった。しかし(翌六三年一月二九日、上告人、村井税理士の努力の甲斐もなく「昭和六一年分及び前年の六〇年分の税金についての更正・賦課決定が出された。そのため、上告人は、「雑所得とされた場合には、妻玲子分と併せて四億円以上の借り入れをしてレオバレス北小金を購入することは危険である」と判断し、同頃、妻玲子とともに、レオバレス北小金の売買契約を解約した。そしてその後、昭和六三年五月一九日には異議が棄却され、平成元年六月二三日には審査請求も棄却された。

6 このように麻布税務署の杉山氏は、上告人の昭和六一年分の譲渡益に関しては頑なに雑所得であるとの立場をとっていったが、しかし、一方、同税務署は、同じ頃、上告人の昭和六二年分の譲渡益に関しては、譲渡所得にあたることを前提とした応対をした。即ち、上告人は昭和六三年初頭ころ、昭和六二年分の税務申告に関し同税務署に相談に行ったところ、担当者(杉山氏ではなかった)は、上記の六二年になした譲渡は譲渡所得に該当すると言ってくれた。そこで上告人は、昭和六三年三月ころ、昭和六二年分についても特定事業用資産の買換え特例の適用の申請を行い、これは昭和六三年三月一四日麻布税務署で受理された(甲第九号証の四)。また上告人は同日、買換え特例の造用を前提とした確定申告を行い、これも同日受理されている(甲第九号証の一)。そしてその後、平成二年八月頃まで、二年半もの間、税務署からは、買換え承認申請を不承認とするとも、確定申告の更正も、何も言って来ることはなく、昭和六一年分の不動産譲渡益については譲渡所得とされる状態が続いた。

7 平成元年七月になると、税務署は、更に、昭和六二年分の不動産譲渡益を譲渡所得と認める行動をとっている。即ち、平成元年七月一一日付で麻布税務署より上告人に「買換え(代替)資産の取得状況について」と題する呼び出し状が到達し、昭和六二年分の買換え特例の適用につき、新事業用不動産の購入がなされたかどうか説明に来て欲しいと言って来た(甲第二六号証)。これは、上告人が昭和六二年になした不動産譲渡の利益が譲渡所得にあたることを前提として、買換えが実際に行われたか、買換えられた新不動産が租税特別措置法の要件を充たすかどうかを質問するものであった。そこで、上告人は、既に契約を解約してしまったレオパレス北小金に代えて他のファミリーマンションを買い換え資産を加え、買換え計画の進展状況を説明した(甲第九号証の五参照)。すると担当者は、上告人に対し、「それでは、これで六二年の買換えは認められることとなります。」と告げたのであった(その直後、上告人は喜びとともに大宮弁護士、村井税理士にその段を報告している。甲第二〇号証の上告人の陳述書参照)。

8 ところが、その一年後、平成二年八月頃、麻布税務署はまたその態度を三転させ、「昭和六一年分を争っている関係上、申訳ないが昭和六二年分も同様に扱わせて欲しい」と言い出し(甲第二〇号証の二、第四頁参照。但し、同頁下より五行目に「平成3年8月」とあるのは、「平成2年8月」の誤りである。)、平成三年三月になって、昭和六二年分、昭和六三年分、平成元年分についての更正・賦課決定を出した。

9 更に、麻布税務署は、上告人の平成二年分以降の課税については、また右と異なる取り扱いをしている。即ち、上告人は平成二年分以降の確定申告においても長期譲渡所得を申請しているが(平成二年分二件譲渡益約六八〇〇万円、同三年分二件譲渡益約四〇〇〇万円、同四年分二件譲渡益約一四〇〇万円、同五年分五件譲渡益約一八00万円、同六年分四件譲渡益約三一〇〇万円。計一五件譲渡益約一億七一〇〇万円)、これらに関しては、税務署は、上告人の申告どおり譲渡所得として扱っているのである。しかし、平成二年以降の上告人の上記不動産譲渡も、空き室のマンションを、その借入利息が払えないために売却したものであり、基本的に昭和六一年、六二年における本件譲渡と同一の目的からなされたものである。その上、平成二年以降は、既に上告人は倒産状態にあったため代替の買換えマンションを取得することすらしていない。しかるいにこれらにつき譲渡所得性を認め、昭和六一、六二年分につき認めないことは、同一の税務署の判断として平仄が合わない。

四 以上のような経緯でなされた本件の更正・賦課決定は、以下の理由により憲法八四条に違反し、無効である。即ち、

1 上告人の不動産譲渡益を譲渡所得と見るか雑所得と見るかについての麻布税務署の見解は、二転、三転している。すなわち、

(一) 昭和六一年頃には、麻布税務署は、上告人や村井税理士の税務相談に対し譲渡益に当たると回答し、翌六二年二月一七日には買換え承認申請書を受理して本件譲渡益が譲渡所得に当たることを認めている。

(二) 昭和六二年八月頃、杉山氏が雑所得に当たると主張し出す。昭和六三年一月には昭和六一年分の譲渡所得を雑所得とする更正・賦課決定を出している。

(三) 昭和六三年三月には昭和六二年分の買換え承認申請書を受理し、譲渡所得に当たることを認めている。また、平成元年七月には、譲渡所得性を前提として買換え物件についての報告を求め、買換え特例の適用があることを明言している。さらに、買換え承認申請後、二年半もの間、不承認通知も確定申告の更正決定もしていない。

(四) 平成二年八月頃になって昭和六二年分の買換え申請を認めない旨通知し、翌三年三月、昭和六二年ないし平成元年分の譲渡益を雑所得とする更正・賦課決定をしている。

(五) 平成二年以降分については、昭和六一、六二年における本件譲渡と同一の目的によりなされた譲渡の利益、計一五件約一億七一〇〇万円を、確定申告通り譲渡所得として扱っており、この申告は未だに更正されていない。これらは、同一税務署が同一納税者の同様の不動産譲渡行為に対し下した判断であり、そのうちでも、昭和六一年分、六二年分については、同一の買換え計画における譲渡に関するものである。このような同一の事業計画に対し、ほんの数年の間に三回も四回も見解を変えられては、納税者として自己の納税額についての予測などつけようがなく、法的安定性を欠くこと甚だしい。

2 持に、昭和六二年二月及び翌六三年三月に、麻布税務署が、それぞれ昭和六一年分、昭和六二年分の買換え承認申請書を受理したことは、租税特別措置法三七条四項が定める買換え承認を税務署長が正式に行ったことに等しく、これを同税務署長が後に更正することは許されるべきでない。けだし、前述の通り、申請人の買換え承認申請に対し税務署長が一切承認署を交付せず、それでいて、買換え承認申請書を受理する段階で要件を満たすか否かを実際上審査し満たすものについてのみ受理している税務署実務においては、申請書を受理したということは、少なくとも、そのときまでに確定し税務署に報告されている事実に関しては、買換え特例の要件を満たしていることを税務署が認めたことと同視されるべく、これを後になって同税務署が否定することは、租税効果についての予測可能性を著しく害するからである。

3 更に、麻布税務署は、平成元年七月になって「買換え(代替)資産の取得状況について」と題する書面(甲第二六号証)を上告人に送り、上告人を呼び出して買換え資産についての報告・説明をさせ、「これで買換え特例の適用が認められました」と明言しているが、これは、税務署が本件不動産譲渡益の譲渡所得性を認めたことを上告人に表示したことを意味する。けだし、もし不動産譲渡益が譲渡所得に当たらないのであれば、このような買換え不動産についての説明・報告など全く必要ないからである。

また、この「買換え(代替)資産の取得状況について」と題する書面(甲第二六号証)の文面には、「あなたが、昭和六二年分の譲渡所得の計算に当り買換え承認申請書を提出され、租税特別措置法の特例の適用を受けておられますか、」と書かれているが、これは、「租税特別措置法上は、『三七条四項の適用を受けるためには税務署長の承認を受けることを必要とする』旨定められてはいるが、税務署実務上は、買換え承認申請書を提出し受理されれば、税務署長の承認が得られたの同様に解し、買換え特例の適用を受けられるものとする」との立場を探っていることを、税務署が正式に文書でもって認めていることを意味し、このような書面を受け取った納税者が、自分が譲渡した不動産の売却益が譲渡所得に当たることに関し何の疑念もなく確信することは、至極当然である。

その上、一般に確定申告の更正の通知は申告年の夏、遅くとも年末頃までにはなされるものであるから、。買換え承認申請についても、もし麻布税務署が後に詳しく調べたところ譲渡所得性の要件を欠くと判断したとしても、遅くとも昭和六三年の末頃までには。買換え承認を不承認とする旨の通知をしてしかるべきである。しかるに、本件では、買換え承認申請及び確定申告の時から二年半もの間、不承認通知も、確定申告の更正の通知も、なされていないのである。

このように、税務署が書面、行動、明言の各点で納税者たる上告人に対し譲渡所得に当たるとの明確な信頼を与えている以上、これを後になって同税務署が覆すことは租税効果に関しての納税者の予測を裏切ること甚だしい。

4 今回の訴訟において問題となっているのは、最終的には、上告人が買換え特例の適用が受けられるか否かである。この問題は、たとえば、ある支出が費用と認められるかとか、累進課税の税率が何パーセントのランクとなるかとかの問題にくらべて、計り知れない重大な影響を上告人の事業に与える。けだし、譲渡所得性が認められた場合には、当該年における不動産譲渡益への課税を繰り延べられるのに対し、雑所得とされた場合には、その不動産譲渡益のみならず、その年の総所得の全体に対し高税率の総合課税をされることとなるからである。このような影響の極めて大きい課税を行うについては、通常にも増して租税効果の予測可能性・法的安定性が保証されていなくては、事業者としては、事業計画を立て、遂行して行くことなど、心配でできようもない。よって、このような甚大な租税効果の変化をもたらす問題については、税務署の行った課税方法が憲法八四条の保証する租税効果の予測可能性・法的安定性を害するものでないか否かの判断は、常にも増して厳格な基準で審査されるべきである。

また、本件においては、上告人が相談した税務署員、税理士、その他の税務の専門家は、杉山氏以外全員が、本件譲渡が譲渡所得に当たるとの意見を有しており、また、麻布税務署自体も、昭和六二年分については二年半の間譲渡所得と認め、平成二年分以降については今日まで譲渡所得と認め続けている(前出三、9参照)。このように、本件は、影響が重大であるのみならず、その判断自体が非常に微妙な問題なのであるから、税務署がその判断を下すについては、一層、納税肴の予測を害しないような配慮をしてしかるべきであり、よってこの点からも、常にもまして厳格な基準に基づいて合憲性の審査が行われるべきである。

5 上告人は、昭和五七年頃よりマンション賃貸事業を拡大しはじめたが、経営がうまく行かず、昭和六一、二年に同事業の倒産を回避し健全化を図るために買換えを計画・実行したところ、昭和六二年八月頃に本件課税問題が発生し、以後今日までその渦中にいるものであるが、この昭和五七年より現在までの期間うち、昭和六一年から平成二年にかけては、いわゆるバブル経済が進行した時期であり、平成三年からはバブルの崩壊が始まっている。即ち、この数年間は、昭和・平成を通じて、日本の経済情勢が類稀なほどに激動した時期であり、事業者としては、常に、その瞬間瞬間の・経済の情勢を敏感に感じとり、それに即応した経営政策を探らなければ倒産してしまう状況にあった。

このような時代にあっては、自己の行う事業活動がいかなる租税効果を招くのかが的確に予測できなければ、激変する経済の荒波の中を生き延びて行くことはできず、そのため憲法八四条の保証する租税効果の予測可能性・法的安定性の原則は一層強く保証されなければならない。しかるに本件においては、上告人は懸命に租税効果を予測しようと努力し、その結果税務署より与えられた課税情報に基づいて事業を遂行していったにもかかわらず、後になって、その税務署の手によって再三にわたり信頼を覆され、多額の税額を課税され、その上、多数の不動産を税務当局等により差し押さえられたために現在実質的には倒産してしまっている(この期間の経済状態の激動状況につき、本理由書別紙」「社会状況の変化等説明表」及び、甲第二四号証参照)。このようなことは憲法上許されるべくもなく、又、第一審判決がその一〇丁表で適用を否定した信義則上も許すべからざることである。

五 以上より、麻布税務署のなした昭和六一年分、六二年分の所得税の更正の内、不動産売却益を雑所得とした部分は、憲法八四条に照らし違憲無効であり、信義則上も無効とされるべきであるから、これを取り消さなかった原判決は違法である。

以上、第一、第二のいずれの点から見ても、原判決は違法であって、破棄されるべきである。

以上

(別紙)

社会状況の変化等説明表

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