最高裁判所第二小法廷 平成8年(あ)637号 決定 1997年7月09日
主文
本件各上告を棄却する。
理由
被告人Kの弁護人宮道佳男、同新信聡、同後藤昌弘の上告趣意のうち、両罰規定の違憲をいう点は、所論は、原審で主張、判断を経ていない事項に関する違憲の主張であり、判例違反をいう点は、所論引用の判例は事案を異にし本件に適切でなく、その余は、違憲をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であり、被告人Tの弁護人山口悠介、同福岡宗也、同中西英雄の上告趣意は、違憲をいう点を含め、実質は量刑不当の主張であって、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。
所論にかんがみ、職権により判断する。原判決の認定によれば、被告人Kは、「○○クリニック」の名称で全国に八箇所の美容整形外科診療所を経営する医師であり、被告人Tは、その実母であるが、被告人Tは、名古屋、福岡等西日本地区四箇所に所在の各診療所における診察料の集計、管理、日計表の記帳等の窓口事務の責任者であったA及び東京、札幌等東日本地区四箇所に所在の各診療所における同様の窓口事務の責任者であったBと共謀の上、被告人Kの業務に関し、その所得税を免れようと企て、A、Bに指示して手術料等の診療収入を日計表等に記載させずに自己の下に届けさせるなどの所得秘匿工作をした上、情を知らない経理事務員に右日計表等を基に各種帳簿に記入させるなどし、次いで、情を知らない税理士に右帳簿に基づいて所得金額を過少に記載した内容虚偽の所得税確定申告書を税務署長に提出させて、被告人Kの所得税を免れたというのである。所得税法二四四条一項にいう「使用人その他の従業者」は、所論のような所得の計算や所得税確定申告書の作成などの申告納税に関する事務を担当する従業者に限定されないものと解されるから、A、Bをこれに該当すると認めた原判断は、正当である。また、被告人Tは、被告人Kの従業者ではないが、A、Bと共謀して、同法二三八条一項の所得税ほ脱の違反行為に加功したというのであるから、被告人Tには平成七年法律第九一号による改正前の刑法六五条一項の適用により所得税ほ脱の共同正犯が成立すると解するのが相当である。そして、被告人Kは、従業者であるA、Bの行為について、事業主としての過失責任を負うことが明らかであるから、以上と同趣旨の見解の下に、被告人両名にほ脱犯の成立を認めた原判断は、正当である。
よって、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 大西勝也 裁判官 根岸重治 裁判官 河合伸一 裁判官 福田博)