最高裁判所第二小法廷 平成8年(行ツ)200号 判決 1998年7月03日
京都市上京区河原町通荒神口下る上生洲町二三四番地
上告人
法澤剛雄
右訴訟代理人弁護士
木村靖
同
玉木昌美
同
酒見康史
同
岡田正男
同
岡田美保子
京都市上京区一条通西洞院東入元真如堂町三五七番地
被上告人
上京税務署長 吉田知義
右指定代理人
山岡徳光
右当事者間の大阪高等裁判所平成五年(行コ)第六七号所得税更正処分取消請求事件について、同裁判所が平成八年五月二四日に言い渡した判決に対し、上告人から上告があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人木村靖、同玉木昌美の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、違憲をいう点を含め、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決の法令違背をいうものにすぎず、採用することができない。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 根岸重治 裁判官 大西勝也 裁判官 河合伸一 裁判官 福田博)
(平成八年(行ツ)第二〇〇号 上告人 法澤剛雄)
上告代理人木村靖、同玉木昌美の上告理由
第一、
原判決は、憲法第八四条及び所得税法第一二条に違反し、違法なもので破棄されるべきである。即ち、原判決は、本件土地(別紙1「順号」1~9、18~24の一六筆の土地)の譲渡利益の帰属者の適用を誤り、本来、本件土地の譲渡利益者でない上告人に対し、違法にも課税をしてきたものである。その理由は、次に述べる通りである。
一、本件土地の売買契約の当事者について。
1、本件土地の売買契約の当事者は、売主としては、本件各土地の所有者(旧地主及び新所有者)であり、買主は、大津市土地開発公社である。
2、本件土地の売買契約の方式は、上告人が、本件各土地の所有者の代理人として大津市土地開発公社と締結している。このことは、甲第九号証の一の一から一三の五の売買契約書により明らかである。従って、この売買契約書により、本件土地が中谷礼太郎他一六名の所有者から大津市土地開発公社に売買により所有権が譲渡されたことは、明白である。
3、上告人は、右売買契約書の作成にあたり、大津市土地開発公社が作成した代金受領権限を含んだ包括的な委任状を各所有者に示し、了解を得た上で、各所有者に実印を押捺してもらっている。さらに、各所有者らの包括委任の約定を確認する手段として印鑑証明を各所有者から受領している。そして、上告人は、右委任証と印鑑証明を売買契約書に添付し、昭和四九年八月一四日に各所有者の代理人として、大津市土地開発公社との間に本件土地の売買契約を締結したものである(甲第五号証)。
4、上告人が、本件土地の売買契約にあたり、各所有者の代理人に就任したのは、興人、各所有者及び大津市土地開発公社の要望によるものであった。まず、興人としては、上告人が、既に宅地開発をすることを前提として、旧地主との間において代替地の提供をしていたり、代金の一部立替払をしていたりして複雑な関係が進行していたために、上告人でなければ土地の権利関係を完全に掌握出来ない状況にあり、しかも、上告人は、第四期迄の用地買収に関係していたことから旧地主にも信頼関係にあったので、上告人が各所有者の代理人としてとりまとめて大津市土地開発公社に本件土地を売却してもらうことを願っていた。
旧地主としては、興人が希望する売却土地の一部返還に応ずるのと引換えに、上告人が、各旧地主らのために利益調整をしてもらえることを期待し、大津市土地開発公社への本件土地の売却につき全面的に委任し、代理人となることを望んでいた。
大津市土地開発公社としては、旧地主が求める代替地問題やその他の要求に対して利害調整が可能な上告人に旧地主らの意向を取りまとめて契約締結ができるようになることを望み、上告人が代理人に就任することを期待していた。
以上のような、三者の要望に答えて上告人は、本件土地の売買契約にあたり代理人として、関与したものである。従って、本件土地の譲渡利益の帰属者は、上告人ではなく、中谷礼太郎他一六名の各所有者である。
5、各所有者は本件土地の売買による所得について、昭和四九年度の所得税の確定申告をしている。
イ、まず、中谷礼太郎、高野惣平、坂口佐右衛門の三名の者たちは、昭和四九年八月一四日に公社に中学校用地としてそれぞれ土地を売却したが、その後、公社の事業計画の変更により、売却した土地、又はその一部が中学校用地からはずされた(甲第三〇号証の一四)ため、収用外となり租税特別措置法三三条の四の特例を受けられなくなり、大津税務署より、右収用外地の分について修正申告するよう求められ、昭和五二年一月二八日、延滞税も加えて納税(甲第三〇号証の八、九、一〇)している。
この事実は、大津税務署が右三名の者が土地の所有者としてそれぞれ土地を公社に売却したと認定し、そのうえに立って修正申告をするよう指導し、これに従って三名の者が追加課税を納めたという課税措置がなされたものといえる。
とするならば、右三名の売却した土地が、上告人の所有であったという被上告人の主張は同じ課税庁である税務署内において矛盾した取扱いを許容せんとするもので、租税法の公平を欠くと同時に法的公平を欠いているもので、到底国民の受け入れる主張とはいえない。
仮に、上告人の本件で右三名の者が売却した土地につき、所有者として売却による所得を得たとして課税されるとするなら、既に納税している右三名の者に加えて同一の内容の課税を上告人がなされることになり、二重課税になることは明らかで、このようなことは許されない。
ロ、中谷重助、森口周作、法澤繁子、法澤楢末の四名の者たらは昭和四九年八月一四日に公社に中学校用地として土地を売却し、その代金で代替地を買換えるべく、中谷、森口は大津税務署に、繁子、楢末は上京税務署にそれぞれ買換え承認申請書を提出し、いずれも右買換え承認申請に対する承認を当該税務署より得ている(甲第二一号証の一一)。この事実は、大津税務署と上京税務署が右四名の者につき土地の所有者として公社に当該土地を売却したとの認定をし、そのうえに立って、買換え申請の承認をしたものといえる。
とするならば、右四名の売却した土地が上告人の所有であったという被上告人の主張とは全く矛盾することになる。従って、一方で右四名を土地の売却者と認めながら、本件で上告人が土地の売却者だというなら、同じ課税庁である税務署内で全く矛盾した税法上の取扱いがなされることになる。このような取扱いはイと同様に租税法の公平を欠くと同時に法的公平を欠いているもので到底許されるものではない。
ハ、井上宗次、井上健二郎の二名の者は、昭和四九年八月一四日に公社に中学校用地として土地を売却した。そこで、昭和四九年分の所得税申告を昭和五〇年三月一四日に申告し、納税を済ませたところ、昭和五四年五月一一日に至り、大津税務署より公社に土地を譲渡した事実が認められないとして、それぞれ健二郎につき金二五六万三、七〇〇円(甲第一三号証)、宗次につき金二五二万九、六〇〇円(甲第一二号証)の税額を減少する旨の更正通知が送付され、現に両名につき右各金員が還付された。
このことは、右両名が公社に当該土地を売却したとして所得申告をなした事実を大津税務署が認めたことを示している。なぜなら、右所得申告を上告人が右両名に無断で勝手になしたものとするなら、大津税務署は上告人に税額減少分の還付をなすべきなのに右両名に還付したことは、右両名が納税したという認定の上に立ってなされた税務措置であることを示しているからである。従って、右両名は真実自分達が当該土地を公社に売却したとして税務申告していたのであるから、上告人が当該土地の所有者でなかったことは明らかで、上告人に課税するということは許されないのである。
ニ、内田彦衛は、昭和四九年八月一四日に公社に中学校用地として当該土地を売却し、その代金で上告人所有の大津市大江四丁目一〇〇四番三の土地(甲第三一号証の一三)を昭和四九年一一月一九日に代替地として取得し、買換え承諾申請を出して租税特別措置法第三三条の四の特例を受けようとしていたところ、売却土地が収用外となり、右特例を受けられなくなったので、大津税務署に昭和四九年分の譲渡所得として金三三八万三、八〇〇円を申告した上(甲第二八号証の一)納税し、大津税務署はこれを受領している。その後、大津税務署は内田に対し、右申告に対し修正申告をするよう求め、内田はこれを受けて、収入金額を金一、九三七万三、六六六円から金一、二五一万五、〇〇〇円に修正して申告を提出した(乙第四五号証)。
とすると、大津税務署は当該土地売却による昭和四九年分の内田の譲渡所得は本人が所得者であったことを前提として、その修正という形で行っているもので、被上告人のように上告人の所有であったと主張することは右事実と矛盾することになる。
従って、上告人に対し当該土地が上告人の所有で右売買による譲渡所得があったとして課税することは、内田と上告人両名に同時に課税を行うことになり、二重の課税となる。
ホ、井上兵左エ門は、昭和四九年八月一四日に公社に中学校用地として当該土地を売却し、大津税務署に昭和四九年分の譲渡所得を申告した上、その税額である金三五五万一、二〇〇円を納税し、大津税務署はこれを受領した。その後、大津税務署は井上に対し、さらに昭和四九年分の所得税の修正申告するよう指導し、井上はこれを受けて、金二六六万五、〇〇〇円を売却土地代金の追加金があったとして一時所得として修正申告し、右所得に応じた税金を追加支払いしている。
この事実は、大津税務署としては、井上が昭和四九年に当該土地を公社に売却したとして納税した金三五五万一、二〇〇円を返還せず、さらに一時所得があったとして追加課税をしたことを示している。
従って、さらに上告人に対し、当該土地につき、譲渡所得があったとして課税することは井上と上告人とに同一売買に二重課税をすることになり、許されない。
ヘ、井上芳太郎は昭和四九年八月一四日に公社に当該土地を中学校用地として売却したが、右用地が収用外地となったので、昭和四九年分の譲渡所得として右土地代金を大津税務署に申告し、その税額である金二三〇万九、四〇〇円を同署に納税し、同署は右金員を受領している。その後、大津税務署は井上に対し、右申告が本人の申告でなく全く誤った申告であったとして納税金を返還することもなく今日に至っている。
この事実は、大津税務署が当該土地の所有者を井上であると認めていることを示しており、上告人が当該土地の所有者でなかったことを裏付けている。従って、仮に上告人に対し、当該土地の譲渡所得を課税するとすれば明らかに二重課税となり、許されない。
ト、小山多美子、堀部輝彦、竹林しゅじ、山崎はる子、山口孫治らは、昭和四九年八月一四日に公社に中学校用地として当該土地を売却したとして、昭和四九年分の譲渡所得として公社発行の事業用資産の買取り等証明書(甲第八号証)を添付して大津税務署に申告している。
チ、以上のとおり右の者たちは、本件土地の譲渡利益の帰属者として対税務署間において納税手続を終了したり、租税特別措置法の特例を受けている。そして、当該税務署も調査上その旨の取扱いをし、納税手続は完了している。
この事実からして、原判決がいかに上告人のみがその所有者として本件土地すべてを公社に売却したと強弁しても、各所有者を本件土地の譲渡利益の帰属者として取扱った右当該税務署の税務処理についてこれを無視することはできず、本件において上告人に課税を許すとすれば税法上の大原則に反し、同一事項につき二人に同一内容の課税をするという二重課税がなされることになる。このような課税が違法であることは明らかである。
6、よって、原判決は、本件土地の譲渡利益の帰属者の適用を誤り、本来、本件土地の譲渡利益者でない上告人に対し、違法にも課税をしてきたものである。よって、原判決は、憲法第八四条及び所得税法第一二条に違反し、違法なもので破棄されるべきである。
二、本件土地の所有者について。
1、法的権利移動の観点からの所有者の確定
本件土地の所有者は上告人でなく一七名の者である。その法的根拠は次に述べるとおりである。
従って、公社が昭和四九年八月一四日に買収した本件土地は、右一七名の者を売主、公社を買主として、売買されたものであり、この取引により発生した所得はいずれも上告人ではなく、右一七名の者に帰属するとしてなされたものであることは先に述べたところである。
そこで、右一七名の者(各所有者)が本件土地の各所有者であるという法的根拠を明らかにする。
イ、まず、上告人は昭和四六年ころから興人の代理買収人として、瀬田大江地区の買収の交渉に当たっていた。上告人は、興人に対し、開発対象地を斡旋し、地主が代替田を希望する場合には、地主に対して、代替田として租税特別措置法三三条の区域にて農地を斡旋する、そして興人がその買収人として代金を支払うことになっていた(上告人と興人の契約の特別条項には「甲が元地主との間に於て取交した当該土地に関する売買契約を乙は継承の上遵守する。ただし、代替田の斡旋については甲の責任に於て処理し、乙は支払についてのみ前契約を継承する。」〔甲第一号証の一乃至三〕とあるとおりである。)。地主からの用地買収は、地元に信頼関係がないとできないことから、興人は日本住販(株)の内海洋二を通じて上告人に依頼したものである。当時、上告人が自ら直接買収して開発するあるいは転売するほどの経済的な能力、力量を持っていなかったことは各地主及び興人が認めているところである。
ロ、上告人は地主との間で、興人が宅地開発するので、土地を売却してほしいと交渉していったものである。上告人が地主と用地買収の交渉が進み、成約に至る場合においては以下のとおりであった。まず、最初に上告人が地主に対し、申込証拠金を支払って仮契約を締結し、この契約書を興人に提出する、あるいは、地主の売却依頼書を提出した。興人はこれを受け、上告人の仲介手数料を乗せて契約書を作成した。そして、取引は滋賀銀行瀬田支店において、上告人立会いのもと、興人担当者が各地主に対し、用意した手付金を小切手で支払い、その際、興人の担当者は仮登記に必要な書類を取得していった。この取引の経緯や興人が直接仮登記すること自体、この契約の実質関係を示している。
この買収について、地主と上告人との間で契約書を作成し、さらに、上告人と興人との間で契約書を作成したが、実質は、これまで述べたように地主と興人の契約であったものである。二段階の契約書を作成したのは、地主が上告人を通してであれば売却する意向であり、また、トラブルが生じた場合も上告人が責任をもって処理できること、さらに興人としても、開発のために一定の区画を確保する必要があっこと、上告人であれば地主の代替地等の希望等に応じられることなど、それぞれメリットがあったからである。
ハ、ここで重要なことは、この二段階の契約書の条件である。
まず、地主と上告人の契約条件は農地法五条の許可である。地主と原告の契約書第一二条には、「転用許可が却下されたとき、・・・許可がないときは契約期日に遡って本契約は効力を失うものとし」と記載されている(甲第三五号証等)。これは農地の売買であるから、農地法上の転用の許可が取得できなければ、履行できないからである。次に上告人と興人の場合には、新都市計画法の許可が契約条件となっていたものである。上告人と興人の契約書の第一二項には、「新都市計画法に基づく開発申請の許可がおりないとき、期日に遡って本契約は効力を失うものとし」と明瞭に記載されている(甲第一号証の一乃至三)。買収した土地を大規模開発するのは興人であり、上告人ではなかったものであり、新都市計画法の許可を取得するのは興人であった。
そして、この二つの関係は、例えば、対象の土地が学校用地となって、新都市計画法の許可が取得できなくなれば、当然のことながら、農地法の五条の許可も取得できない関係にあったものである。前記契約書の特約条項には、「新都市計画法に依る開発申請が許可となり、農地転用の届出が受理された日より一五日以内に残代金の清算支払をするものとする。」と両者の関係がうたわれている。
ニ、さて、これらの許可が取得できない場合には、この土地売買契約がどうなるかであるが、これは、解除契約をなすまでもなく、条件不成就により、いずれの契約(実質的には、地主と興人の間の契約、形式的には地主と上告人、上告人と興人の契約)も失効するものである。
この法的関係は、新都市計画法の許可が学校用地の関係で取得できなければ、当然のこととして農地法五条の許可も取得できないという関係に基づくものである。
ホ、次に、学校用地の問題がでてきた段階において、興人は契約の失効により学校用地を含む全体の開発が不能となったものである。これは、開発申請の際に学校用地部分等も含めていたことからである。しかし、興人としては、この問題を理由に全体の開発を失効させるわけにはいかなかったものである。そこで、興人としては、契約が失効する範囲を学校用地の部分とこれにより宅地開発に適さなくなった部分とに限定し、残りの土地については、開発申請の区域を変更した上、新都市計画法の許可を取得する必要が生じたものである。
上告人は地主との関係においては、全体(大江開発地第五期)を住宅地開発することを条件に購入する話をしており、興人とすれば、地主から契約は失効することを指摘されれば、応じざるをえない立場にあった。また、地主は契約失効について「解除」という言葉で表現している。地主が解除を主張したのは、開発公社の買収代金が興人の買収代金の約二倍であり、かつ非課税で、しかもわずか一年前後でこのような金額の跳上りがあったからである。
興人は、自ら開発公社に売却すれば、それなりの利益があげることができ、当初はその意向であったが、地主らからの指摘により、契約失効を認めざるをえなかったものである。
興人としては、学校用地及びこれにより宅地開発に適さなくなった土地を開発から除外し、残りの土地については契約を失効させないで開発する話を進め、地主らの了解を得たものである。この場合、興人が正式に再契約により地主から購入するに当たっては、その相場が本来学校用地と同額になるべきものであった。しかし、もしそうなれば、興人はその負担が多大なものとなることから、学校用地及び宅地開発に適さなくなった土地については失効を認め、それ以外の土地に関する契約は失効させないことで契約を変更したものである。これに関する法律関係を直接的に現した書面は作成されていない。もっとも、上告人と興人間では売買契約解除証書を学校用地とこれにより宅地開発に適さなくなった土地について作成しているが、これは、学校用地及び宅地開発に適さなくなった土地の契約失効を「合意の上売買契約を解除する。」という形で確認し、その反対解釈として、残りの土地の契約変更(失効させないこと)を確認したものである。すなわち、実質的には、この解除証書がこの法律関係を明示しているともいえる。
へ、以上述べたとおり、地主が興人に売却した学校用地及び宅地開発に適さなくなった土地は、契約失効により、地主に所有権が戻ったものである。従って、公社に売却したのは、契約書にあるとおり各地主であり、その譲渡利益は上告人ではなく、各地主に帰属している。にもかかわらず原判決は本件土地の譲渡利益の帰属者を上告人であるとして、本件課税を正当であると認定したもので違法の判断をしているもので破棄は免れない。
2、大津市土地開発公社・大津税務署の所有者の確認
イ、会社は本件土地の所有者を調査し、地主が所有者であることを確定していた。公社が、この調査を先行させることは不可欠であった。なぜなら、本件譲渡所得にには租税特別措置法の適用があるため、所有者を確定しなければ契約できなかったからである。これは、税務署との協議の上でも必要であった。
ロ、当初、大津市土地開発公社は、本件土地の仮登記を見て、興人が所有者であると認定して協力を依頼し、興人は、契約条件を確認しないままこれに応じる旨返答した。そのため公社は、地元での説明会に地主らを呼ばないでいた。しかし地主らは、土地を売却したのは宅地開発のためであり、学校用地となるのであれば、契約違反であると反発した。そして興人に対し、それまでの土地売買契約の全面的な解除を主張したため、興人はあわてて、その範囲を学校用地とその周辺の一部に限定したものである。
そして公社は、その後は権利関係の複雑な問題を解決しながら事業を進めたいとして、上告人に地主の取りまとめを依頼した。それが、甲第五号証である。ここには、大津市瀬田中学校新設用地について、「別紙物件について、その所有権利者を確認した」とある。この点は重要である。公社は用地買収に当たり、当然のことながら、土地の所有者を正確に確認して買収に入っているからである。そして公社の立場で、わざわざ上告人に統括代理行為を依頼していたものである。
ハ、そして、公社が地主、すなわち各登記名義人の委任状、印鑑証明を要求したのは、上告人が地主及び所有者の代理人として交渉やお金の受領ができるようにするためである。ここにおいて、この委任状の書式や内容等に関して注文をつけたのは公社であり、上告人ではなかったことである。
ニ、右のような交渉経過の中で、公社が各地主に買い取り等の申出をした時期は昭和四九年七月三一日である(甲第八号証の一等)。すなわち、この段階ですでに公社は土地の所有者を確定していた。そして、昭和四九年八月一四日に契約した(甲第九号証の一の一等)。この事実から見ても、本件土地の売主は各地主及び所有者ら一七名であり、譲渡利益の帰属者は右の者たちであって上告人ではない。
よって、原判決は本件土地の譲渡利益の帰属者を上告人であるとして、本件課税を正当であると認定したもので違法の判断をしているもので破棄は免れない。
第二、
原判決は所得税法一二条の「実質所得者課税の原則」に違反して本件課税を認定したもので右の法令違反がある。
1、所得税法一二条は「実質所得者課税の原則」を規定している。この規定は、真の法律上の帰属者に課税することを規定したものである。租税法律主義は、当事者の設定した法律関係をはなれて課税上独自の関係を認定するには法の具体的・個別的な要件規定の存在を要求している。なぜなら、当事者の設定した法律関係をはなれて、もっぱら経済上の関係を基礎にして所得の帰属者を認定することを認めることは、権力の恣意を事実上容認することになり、租税法律主義の法的安全性の要請に反することになるからである。ところが、原判決は、右規定の趣旨を経済上の帰属者に課税することを容認した規定であるという解釈を基にして直接的な証拠に基づくこと無く、推認を重ねて恣意的に上告人を譲渡利益の帰属者として認定したもので、憲法第八四条及び所得税法一二条の違反があり、破棄されるべきである。
2、原判決は理由一、2、二、2、3において『公社はその後、控訴人との間で本件対象土地及び瀬田中学校新築工事に必要な土地の買収交渉を進めるようになったが、その結果、本件土地(25土地を含むことは誤記認定のとおり)を代金合計六億三四八八万四〇〇〇円で買い取る旨の合意が成立するにいたり、公社と控訴人との間で売買契約証書を作成する段取りとなった。
ところが、その時になって、税負担の軽減を慮った控訴人の方から公社に対し、別表2「売買契約書上の売主」欄の者を売主とする売買契約書を作成してもらいたいと申し出てきたので、公社としても、これに応じなければ用地の買収が遅れるものと危惧するとともに本件土地について控訴人がなんらの登記名義も持っていないことに配慮し、各所有名義人の委任状と印鑑証明書とをまとめて提出させることを条件にこれに応じることとした。』と認定している。
イ、その一つの根拠は乙第四九号証の公社の事務局長をしていた川元清次の質問てん末書である。しかし、この川元の話を信用するとすれば、公社は、後に述べるように上告人の脱税に協力したことになる。かかることは、学校用地の確保という目的があったとしても、ありえないことである。
しかも、租税特別措置法三三条を適用することについて、国税局とも協議して進めてきた手続きであることは客観的に明らかである〔木戸証言〕。従って、原判決や被上告人の主張を前提にすると、国税局も実質上の売主である上告人が脱税することについて了解して手続きを進めたことになる。こうしたことは常識的にもありえないことである。原判決は、こうした常識に反する内容を前提にしており、このことだけでも、その誤りは明白といわなければならない。
ロ、もっとも、他の地主の中には公社へは売却していない、代金を受けとっていないと供述したとされる質問てん末書が存在する者もいる。しかし、これらは、各地主を混乱させ、ことさら事実をねじ曲げて作成されたものである。
ハ、たとえばその土地を誰に売ったかと問われれば、各地主は売却時に税務申告していることから形式上の買主である原告に売ったと答えるのは当然である。また、公社は仮登記権利者の興人を所有者と見なして交渉しており、本件各地主を地元の説明会にすら呼んでいないのであるから、公社からの土地の買収の話はありましたかと問われれば、各地主はないと答えることになる。さらに、公社へ売却した代金を受けとっておれば贈与税がかかりますよと脅したうえで、金を受け取りましたかと問われれば、大半の地主が否定するであろうことは明白である。また、代替地等現金以外で受けとっている地主は単に金を受けとりましたかと問われれば、ないと答えるはずである。
加えて、各地主らは公社への売却を委任状を買いて原告へ委任した旨を供述しているが、大蔵事務官は右委任状は無効であると不当にもはねつけていたものである。
ニ、従って、被上告人が証拠として提出している右のようなお粗末な質問てん末書の答弁をもって、各地主らは上告人へ売却しただけであって公社へ売却したことはないなどと結論づけるのは全くの誤りである。上告人が先に主張している具体的な利益調整の有無を一部始終確認すればいずれの地主も中谷礼太郎らと同様に認めるであろうことは確実である。
そもそも、上告人は各地主間にアンバランスが生じないように、配慮して利益調整を図ってきたものであり、一部の地主のみが公社からの売買代金を受けとり、他のものは受けとっていないまま納得することはおよそありえないことである。
以上、述べたとおり、原判決は上告人が本件土地の公社への売主であるという十分な証拠がないのに推認と誤認を重ねて判断しているものである。
3、次に、右原判決の認定による不自然で不合理で矛盾している事実を指摘する。先ず、第一に、原判決の認定どおりであるとすると公社が上告人の脱税について協力したことになる。なぜなら公社が真実は売主を上告人と考えていながら、別の名義で契約する処理に応ずることになるからである。また、いかに公社が中学校建設事業を早く進めるとはいえ、このような処理をすることなどありえない。
第二に、本件土地の公社への売却による売主の確定と課税の対象者については、事前協議で、税務署も含め協議してきたところである。にもかかわらず、被上告人は売主が誰であるかは協議の対象ではないと強弁するが、かかる主張は失当である。なぜなら売主の確認が前提となってはじめて課税の対象者を協議する意味があるからである。
それにしても、原判決の認定では税務署までも上告人の脱税に加担したという不合理な結論にならざるを得ない。
第三に、各地主は公社との契約に当たり、実印を押捺した委任状と印鑑証明を上告人に交付した。そして、変更契約のときもこれを行い、さらに、登記のときにも登記承諾書を提出して印鑑証明を提出した。そして、その後、受領した金額の確認の際も印鑑証明を付けて署名している。これらの事実は、各地主が上告人の主張のとおり各地主の利益を確保しているがゆえに可能であったものである。
この点、原判決の認定によれば説明がつかない。各地主は思慮がなく上告人が要求するままこれらの署名や印鑑証明交付に応じたとでも認定するのであろうか。騙すにしても、このように何回も繰り返すことはできない。また、全ての地主が応ずることもありえない。実際、各地主は賢明であり、理由のないものに実印を押捺したり、印鑑証明を交付することはない。まして、被上告人の筋書では、上告人が各地主の名義を冒用してもうけるというものであるから、各地主が何回も協力することはありえない。この点も原判決の認定は十分な説得性がない。
4、それにもかかわらず、原判決は理由一、二、四において「本件六筆の土地以外の物件も控訴人が自ら売主となって公社にこれを売り渡したものであって、元地主の代理人として売り渡したものではないと認めるのが相当であり」としている。
しかし、本件土地を上告人が自ら売主になって公社にこれを売り渡したと認定する積極的な証拠は存在しないことは右に指摘したところであり、あえて、原判決の右認定の基礎となる証拠を挙げれば一部の地主ら及び公社職員川元清次に対する質問てん末書くらいのものである。しかし、その質問てん末書も証拠として信用できるものでないことは右に指摘したとおりである。
さらに上告人を本件土地の所有者として譲渡利益が帰属したと認定するると矛盾し、不自然な事実が多々あることも第一、第二審を通じて、上告人が右に指摘したとおりである。
よって、原判決は所得税法一二条の「実質所得者課税の原則」に違反して本件課税を認めているものでここに法令違反があり破棄を免れない。
第三、
原判決は、大津市土地開発公社に六筆の土地を売却した所得について、所得税法三三条(譲渡所得)を適用しない違法がある。すなわち、原判決は上告人の土地売却は、所得税法三三条に規定する譲渡所得であるのにこれの適用を排除している。ここに法令違反が存在する。
1、まず原判決は、「本件土地の売却譲渡による控訴人の所得が雑所得に当たること、この譲渡について措置法三三条の適用がないこと、二重課税の違法のないことは原判決説示のとおり(同二八頁九行目から二九頁一〇行目末尾まで)であるからこれを引用する。」と判示し第一審判決を引用している。第一審判決は、「原告は、興人への転売を前提として、土地を元の地主から買い受けたものであり、このような転売用の不動産をいったん興人へ売却しながら、これを合意解除し、開発公社へ改めて売却したものである。
そして、原告が本件土地等を開発公社へ売却した当時、原告は、個人としては勿論、その経営する法人としても、宅地建物取引業を廃業していたのであるから、事業用の不動産(たな卸資産)を廃業後に譲渡したものというべきである。とすれば、その譲渡による所得は、譲渡所得はもちろん、事業所得にも該当せず、雑所得に該当すると解するのが相当である。
したがって、本件土地等は、措置法施行令二二条二項にいう雑所得の基因となる土地に該当し、同条項により、措置法三三条の特例適用の除外対象となるたな卸資産に準ずる資産に当たるものというべきである。
よって、本件土地等の譲渡について、措置法三三条の適用はない。」と判示し、上告人の六筆の土地の譲渡による所得を雑所得に該当し、措置法三三条の適用はないと認定している。しかし、上告人の六筆の土地の譲渡は次に述べるように雑所得でなく譲渡所得に該当するものである。
2、上告人は、本件土地の一七名の者(旧地主や所有者)が公社に本件土地を譲渡する際、本件土地の権利関係が興人の仮登記が設定されていたこと、興人が支払っていた土地代金の返還問題ならびに代替地の取得者の存在などのため錯綜していたため、興人と各地主らの利害調整の結果として右六筆の土地を含む一二筆の土地を取得することになった(上告人一九九〇年九月二一日及び同年一一月一九日付準備書面)。
上告人は、右六筆の土地については仮登記あるいは本登記を経由して公社に売却している。そして、これらの土地のうち、田や畑も上告人が農地法上の有資格者であったことからそのまま保有することができたものであり、農地を農地として取得したものである。現に、上告人は公社へ売却しなかった土地、たとえば新屋敷九四六番一や新屋敷九五二番の土地は農地のまま保有してきた。この上告人が取得した土地につき、上告人が公社の買収に協力しなかったとすれば、公社は強制収用したはずのものである。なぜなら、中学校建設用地の獲得のためには是非とも六筆の土地が必要だったからである。上告人はこれらの土地につき、他の地主と同じように代替地を公社に要求していた。公社は自ら代替地を提供できる力がなく、他の地主の代替地の要求も含めて処理を上告人に依頼する有様であり、上告人に対しては、収用証明を出すので買替申請を出すことにより、自分で代替地を確保してほしいと依頼した。この方法については、税務署とも協議済であり、租税特別措置法第三三条の適用すなわち、買替は可能であるとの確認がなされていた。現に、公社と税務当局は事前に収用者(所有権者)名簿を確認済であり、これに基づき、上告人以外の地主の買い替えを承認してきたものである。また、上告人としても、その適用がなく、課税されるのであれば、これらの土地を取得することはあり得なかったものである。公社の協力要請に応じていなかったことは明白である。そうなれば、公社の学校用地の確保は完全に不可能となっていたものである。
以上のとおり、上告人が自己名義で公社へ売却した土地を取得した経緯はこれまで述べたように各関係者の要請に応えるため、やむなく取得するに至ったものであり、さらに上告人はこれらの土地をそのまま保持するつもりであった。従って、上告人は六筆の土地を取得後転売して儲ける目的で自己の計算に基づき計画的に地主から購入したものではなく、瀬田在住の者として、学校用地の確保という大義成就のため、やむなく、取得するに至ったものである。
一方、公社が学校用地を買収することはあくまで「臨時的・偶発的」事象であり、これは上告人の意思や目的とは無関係に生じたことである。なぜなら、地主の利害調整のためやむなく取得するに至った土地が、最終的に収用対象の範囲に入るか否かは上告人には確定できなかったものである。現に学校用地の範囲は途中変更されており、また、収用対象外の土地も上告人は取得していることはこれまで述べたとおりである。そして、上告人が公社の学校用地確保のために、一部土地を取得し、公社へ売却したことはこれまで述べたように公社の事業を成功させるために協力した結果にすぎないものである。
このように上告人が上告人名義で公社へ売却した六筆の土地を地主から取得した状況、目的等をみれば、これらによる取得は正に「臨時的・偶発的に生じた所得」であり、譲渡所得の対象として、認定すべきであり雑所得として認定すべきではない。
よって、原判決は上告人の公社への六筆の土地の譲渡につき所得税法三三条を適用しない違法がある。
第四、
原判決は、本件六筆の土地と本件土地の売却譲渡による上告人の取得が雑所得であるとして、本来上告人に適用さるべき租税特別措置法三三条<1>1の規定適用を排除した違法がある。
1、まず、原判決の上告人の所得が雑所得であると認定する事実認定に違法かつ重大な誤認があることは右に述べたとおりである。即ち、原判決は本件土地は、上告人が公社に売却したものでなく旧地主及び所得者一七名の者が公社に売却したものであること及び本件六筆の土地の公社への譲渡が上告人の取得経過からして譲渡所得となることについて、この事実を否定する重大な事実誤認をし、この誤った事実誤認を基礎に、上告人の取得が雑所得と認定しているのである。
よって、事実に反することを前提として本件土地及び六筆の土地の公社への売却譲渡を雑所得と認定するのは所得税法違反であり、おおよそ理由のないものである。
2、結論として、上告人が上告人名義で公社へ売却した六筆の土地を旧地主から取得した状況、目的等をみれば、これらによる取得はまさに「臨時的偶発的に生じた所得」であり、譲渡所得の対象として、租税特別措置法第三三条を適用されるべきことは明白である。従って、被上告人が上告人のこれら土地の買換えを承認しないで、本件課税に至ったことは違法であり、原判決も被上告人と同様の実質認定をしており違法であり破棄されるべきである。
以上