大判例

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最高裁判所第二小法廷 平成9年(あ)479号 判決 1999年12月10日

主文

原判決中被告人に関する部分を破棄する。

本件を広島高等裁判所に差し戻す。

理由

検察官の上告趣意は、判例違反をいう点を含め、実質は量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。しかしながら、所論にかんがみ職権をもって調査すると、原判決中被告人に関する部分は、以下に述べる理由により破棄を免れない。

一  本件は、強盗殺人罪により無期懲役に処せられ、その仮出獄中の被告人が犯した強盗殺人、有印私文書偽造、同行使、詐欺の事案である。すなわち、被告人は、元職場の同僚であった原審相被告人Bと共謀の上、顔見知りのC(当時八七歳)を殺害して金品を強取することを企て、言葉巧みに同女を山中に連れ出した上、同女の後頭部を石で強打して失神させ、用意していたビニールひもをその頸部に巻き付け緊縛して同女を絞殺し、預金通帳等を強取するとともに、同女方に立ち戻って金品を物色し(第一審判決判示第一の強盗殺人)、さらに、単独で又は知り合いの女性一名と共謀の上、前後三回にわたり、右預金通帳等を利用して銀行等から現金合計三一万円余りを騙取するなどした(同判示第二の一ないし三の有印私文書偽造、同行使、詐欺)ものである。

二  原判決は、被告人に対する量刑について、次のように判示している。本件強盗殺人については、その動機に酌量の余地ながく、殺害に至る経緯は計画的で悪質なものであり、殺害の態様は残虐かつ冷酷非情であって、その結果も悲惨というほかなく、遺族である被害者の次男は被告人に対する極刑を求めており、その社会的影響も大きい。被告人は、強盗殺人罪により無期懲役に処せられ、その仮出獄中に本件各犯行に及んだものであり、また、本件強盗殺人の犯行において主導的役割を果たしており、その犯行後に本件詐欺等の犯行にも及び、その後も堕落した生活を続けていたことに照らすと、その反社会性、犯罪性は顕著である。以上の諸点に徴すると、犯情はこの上なく悪質で、被告人の刑事責任は誠に重大であり、極刑をもって臨むべきであるとする検察官の意見はそれ相応の理由があるが、第一審判決が死刑を選択しない事由として説示するところは理由がないものではないから、被告人を無期懲役に処した同判決の量刑を是認することができる。

三  第一審判決が死刑を選択しない理由として説示する事由のうち、原判決が検討し、是認したものは、次の三点である。第一に、本件強盗殺人は、計画的ではあるが、被害者の状況をうかがいつつ逐次犯行を決断し、犯行場所も場当り的に探すなど、その計画性は低い。第二に、被告人は、逮捕後速やかに犯行を自供し、その後も一貫して自己の罪責の重大さを自覚し、極刑に処せられることを覚悟しており、前刑の服役態度がまじめで比較的早期の仮出獄が許されたことなども併せると、改善更生の余地がないとはいい切れない。第三に、過去一〇年内に確定した事例で、無期懲役に処せられた仮出獄中に強盗殺人を犯した者はすべて死刑に処せられているけれども、それらの事例に比べると、被告人の情状は、殺害の手段方法の執よう性・残虐性、前歴等の点において悪質さの程度が低い。

四  死刑は、究極のしゅん厳な刑であり、慎重に適用すべきものであることは疑いがない。しかし、当審判例(最高裁昭和五六年(あ)第一五〇五号同五八年七月八日第二小法廷判決・刑集三七巻六号六〇九頁)が示すように、死刑制度を存置する現行法制の下では、犯行の罪質、動機、態様殊に殺害の手段方法の執よう性・残虐性、結果の重大性殊に殺害された被害者の数、遺族の被害感情、社会的影響、犯人の年齢、前科、犯行後の情状等各般の情状を併せ考察したとき、その罪責が誠に重大であって、罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑がやむを得ないと認められる場合には、死刑の選択をするほかないものといわなければならない。

これを本件についてみると、前記のとおり、本件強盗殺人は、一人暮らしの老女を連れ出して山中で絞殺し、その所有する金品を強取した事案である。犯行の罪質、結果は極めて重大であり、遺族の被害感情は激しく、社会に与えた影響も無視することができない。被告人が犯行に及んだ動機は、パチンコに熱中し、金融業者から借金を重ね、その返済に窮したためであって、極めて安易に犯行の実行に至っており、同情すべき点がない。殺害の手段方法は、被害者の頭部を石で強打して失神させ、その頸部にビニールひもを巻き付け、両端を大の男が二人掛かりで力一杯引っ張り合って緊縛したというものであり、犯跡を隠ぺいするため遺体をがけ下に放り投げるなどして放置した点も併せると、冷酷かつ残虐であるといわざるを得ない。共犯者Bとの関係では、被告人は、本件強盗殺人の計画と実行の全般にわたり、終始主導的役割を果たしており、その後、強取した預金通帳等を利用して、独自に本件詐欺等の犯行にも及んでいる。また、本件強盗殺人の犯行後、Bが自首しようとするのを思いとどまらせたり、まじめに仕事もしないでパチンコに熱中する生活を続けたりするなど、事後の情状も芳しくない。さらに、被告人は、強盗殺人罪により無期懲役を処せられて服役しながら、その仮出獄中に再び本件強盗殺人の犯行に及んだものであり、この点は、非常に悪質であるというほかない。特に、前件の強盗殺人は、被告人が、オートレース等による借金の返済に窮した挙げ句、親しく近所付き合いをしていた主婦を包丁で脅して現金を奪った上、顔見知りである同女を殺害して自己の犯行を隠ぺいし逃走しようと決意し、犯行を敢行したものであり、本件強盗殺人とは、遊興による借金の返済のために顔見知りの女性の好意に付け込み、計画的に犯行を実行したという点において、顕著な類似性が認められる。それだけに、前件の仮出獄中に本件強盗殺人に及んだ被告人の反社会性、犯罪性には、到底軽視することができないものがあるというべきである。

以上の諸点を総合すると、本件で殺害された被害者は一名であるが、被告人の罪責は誠に重大であって、特に酌量すべき事情がない限り、死刑の選択をするほかないものといわざるを得ない。

五  これに対し、原判決及びその是認する第一審判決は、前記のような三つの酌量すべき事情があるというのである。

第一の計画性が低いという点については、確かに、被告人らは、事前の相談の際に、被害者を殺害する時期や場所等について事細かく打ち合わせるまでのことはしておらず、また、被害者方を訪れた後、奪うべき金員があるかどうかを確認してから殺害の実行に移ることを決めており、さらに、被害者を連れ出した後も、殺害の実行場所を探し回っていることが認められる。しかしながら、被告人らは、事前の相談で被害者をひもで絞殺して金品を奪うという基本的な事項を決定した上、犯行に使用するビニールひもや軍手を購入し、右ひもの強度を増すため束ねて結び目を作るなどして、準備を整えていたものである。被害者方を訪れた後は、被害者が現金を持っているか否かを確認するために、仮病を使って別室に入り預金通帳をのぞき見たり、被害者に借金を申し込んだりして探りを入れるなど、臨機応変の巧妙な対応をしている。さらに、被害者を連れ出した後も、長時間にわたり、殺害の意思を翻すことなく適当な実行場所を探し続け、犯行を完遂するに至ったものである。このような事情に照らすと、本件強盗殺人の計画性が低いと評価することは、相当でない。

第二の被告人に改善更生の余地があるという点については、確かに、被告人は、逮捕後の比較的早い段階から本件各犯行を全面的に自白し、これを第一審及び原審の各公判廷でも維持するとともに、極刑を覚悟している旨の供述もしている。また、前刑の服役態度はまじめであり、仮出獄後も当初は健全な社会生活を営もうと努力した形跡がうかがわれる。しかしながら、他方、被告人は、近親者の援助を受けるなどかなり恵まれた環境で仮出獄後の生活を始めながら、間もなくパチンコに熱中して借金を重ね、その挙げ句本件強盗殺人に至ったのである。また、被害者の遺族に対する慰謝の措置も何ら講じていない。そうすると、被告人が自白し反省の情を示していることなどを大きく評価することは、当を得ない。

第三の点、すなわち、無期懲役に処せられた仮出獄中に強盗殺人を犯した者につき死刑が選択された従前の事例と対比して、被告人の情状は悪質さの程度が低いという点については、右のような事案で、前記最高裁昭和五八年七月八日判決以後に裁判が確定した事例においては、いずれも死刑が選択されているところ、これらの事例、殊に殺害された被害者が一名である事例と対比しても、前記のとおりの被告人の情状は、全体として、死刑の選択を避け得るほどに悪質さの程度が低いと評価することは到底できない。

以上によれば、原判決及びその是認する第一審判決が酌量すべき事情として述べるところは、いまだ被告人につき死刑を選択しない事由として十分な理由があると認めることはできない。

六 そうすると、原判決は、量刑に当たって考慮すべき事実の評価を誤った結果、被告人を無期懲役に処した第一審判決の量刑を是認したものであって、その刑の量定は甚だしく不当であり、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。

よって、刑訴法四一一条二号により原判決中被告人に関する部分を破棄し、本件事案の重大性にかんがみ、更に酌量すべき事情の有無につき慎重な審理を尽くさせるため、同法四一三条本文により本件を原裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 河合伸一 裁判官 福田博 裁判官 北川弘治 裁判官 梶谷玄)

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