最高裁判所第二小法廷 平成9年(行ツ)183号 判決 1998年11月06日
東京都千代田区内神田一丁目一一番一三号
上告人
楠本化成株式会社
右代表者代表取締役
楠本弘二
右訴訟代理人弁護士
増田英男
同弁理士
西良久
大阪市北区天神橋三丁目五番六号
被上告人
タバイエスペック株式会社
右代表者代表取締役
島崎清
右訴訟代理人弁護士
村林隆一
松本司
今中利昭
浦田和栄
辻川正人
岩坪哲
南聡
冨田浩也
酒井紀子
深堀知子
右当事者間の東京高等裁判所平成六年(行ケ)第一七五号審決取消請求事件について、同裁判所が平成九年四月二四日に言い渡した判決に対し、上告人から上告があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人増田英男、同西良久の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。右判断は、所論引用の判例に抵触するものではない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 福田博 裁判官 根岸重治 裁判官 河合伸一 裁判官 北川弘治)
(平成九年(行ツ)第一八三号 上告人 楠本化成株式会社)
上告代理人増田英男、同西良久の上告理由
第一(法令違背)
原判決は、取消事由一(本件発明の要旨認定の誤り)の判断において、本件発明の要旨認定にあたり、特許法第三六条四項、五項に違反する誤ちをおかしており、これは結論に影響を及ぼすべき重大な法令違背といわなければならない。
一(一)原判決では、本件特許発明の請求の範囲に記載された、「所要時外気が試験室に送り込まれるようにした外気連通開閉手段」の構成について次の通り認定した。
『「所要の時、すなわち、必要がある時に、外気を試験室に送り込むようにした外気連通開閉手段」との意味において明確なものというべきであり、また、そこにおける「所要時」については、何らの限定も付されていないことが明らかである。
更に、一般に、「熱雰囲気試験装置」において、試験室内に外気を導入する設備が設けられている場合、技術常識上、外気を導入する目的が当然に「常温さらし」の点にあるものとなすべき根拠はなく、その目的としては、試験室内の圧力調整や、高温あるいは低温に設定した試験室内の温度の若干の上下調整等、種々のものが考えられるところであるから、本件発明における「外気連通開閉手段」についても、特許請求の範囲において、「常温さらしを行う外気連通開閉手段」の構成に限定していない以上、当業者としては、常温さらし以外の外気を必要とする種々の目的に対応できる外気連通開閉手段の構成を含む旨理解するというべきである。』
(二) しかしながら、「所要時外気が試験室に送り込まれるようにした外気連通開閉手段」は、当業者にとってその技術的意義が一義的に明確に理解することができないものであり、誤った認定に基づいて特許出願の要旨の認定を行ったもので、判例(最高裁判所平成三年三月八日判決・民集四五巻三号一二三頁)等で示される法理に違反するものである。
二(一) 原判決では、「所要時外気が試験室に送り込まれるようにした外気連通開閉手段」の構成は、「所要の時、すなわち、必要がある時に、外気を試験室に送り込むようにした外気連通開閉手段」との意味において明確なものというべきであり、また、そこにおける「所要時」については、何らの限定も付されていないことが明らかであるとした。
しかし、要旨の認定にあたり、一義的か否かは単に文字面のみを追った文理を指すものと機械的に理解するのは相当ではなく、特許請求の範囲の記載から発明が全体として有する技術的意義を把握することが可能ならば、特許請求の範囲の中の一部の記載が文理自体からその技術的意義を把握しにくいようにみられる場合においても、当該記載部分について発明の詳細な説明における技術的事項の記載を参酌して、その技術的意義を明らかにすることは許されるというべきである。(東京高裁平成五年四月二七日第一八部判決(平成四年(行ケ)三九号知的財産例集二五巻一号二〇八頁…事案は実用新案であるが同趣旨である)
そして、本件発明の特許請求の範囲では、試験室に設けられた断熱扉の開閉により高温、低温、および外気を試験室内にそれぞれに送り込んで試験を行うことができる熱雰囲気試験装置という技術的意義を把握することができる。
即ち、特許請求の範囲には、低温気体や高温気体と共に、外気を試験室に送り込む構成として、更に「…外気排出部は該試験室の両端部にて入口と出口を有し、この各開口部には…出口と入口とを同時に外部から開閉操作される断熱扉を付設し」てあると記載されており、低温気体と高温気体と外気とがそれぞれ試験室に送り込まれる構成であることが理解できる。
上記技術的意義のもとでは「所要時外気が試験室に送り込まれるようにした外気連通開閉手段」の構成は一義的ということはできない。
(二) 原判決では、「試験室内に外気を導入する設備が設けられている場合、技術常識上、外気を導入する目的が当然に「常温さらし」の点にあるものとなすべき根拠はなく、その目的としては、試験室内の圧力調整や、高温あるいは低温に設定した試験室内の温度の若干の上下調整等、種々のものが考えられる」とした。
しかし、本件特許発明において、「外気連通開閉手段」は、断熱扉を有する入口と出口を試験室に備え、該断熱扉を開閉する「開閉手段」を有しており、外部と試験室内を「連通」させ、これらによって外気を試験室に送り込む手段であることを意味しており、原判決が認定したような、単に「試験室内に外気をする設備」を意味するものではない。
即ち、特許請求の範囲には、外気を試験室に送り込む構成として、更に「…外気排出部は該試験室の両端部にて入口と出口を有し、この各開口部には…出口と入口とを同時に外部から開閉操作される断熱扉を付設し」てあると記載されている。
従って、試験室に断熱扉で開閉される入口と出口が設けられており、各断熱扉が開いて入口から外気(室温)が試験室に送り込まれ、出口から排出される構成となっている。
そして、この構成は、熱雰囲気試験においては、常温さらしにのみ用いられる構成といえる。
(三) 原判決では「外気連通開閉手段」の使用例として熱雰囲気試験において試験室内の圧力調整を行う場合を例示している。
しかし、熱雰囲気試験において試験室内の圧力調整を行うには、試験室内の設定温度を変化させずに圧力を調整する必要があるので、当業者の技術常識上は、試験室を開閉して外部と連通させ外気を送り込んで圧力の調整を行うことはないといえる。
換言すれば、熱雰囲気試験において試験室内の圧力の調整が必要となるのは高温時であるが、その場合に試験室を開いて外部と連通させると試験室内の温度が一気に低下して熱雰囲気試験を続行することができなくなるので、開閉手段により外気を試験室内に送り込んで試験室内の圧力の調整を行うようなことはない。
通常は、試験室内と連通するように圧力調整弁を設け、もっばら圧力だけを調整し、試験室内の温度には影響を与えない構成が採られている。
原判決では、引例発明で示されるような圧力調整弁の弁の開閉をも「外気連通開閉手段」と見ているが、ここでの「開閉」は、試験室の断熱扉の開閉と見るべきである。
この断熱扉の開閉により、熱雰囲気試験中の試験室の圧力調整を行うことは前述のように技術常識上ありえない。
(四) 原判決では「外気連通開閉手段」の次の使用例として、高温あるいは低温に設定した試験室内の温度の若干の上下調整を行う場合を例示している。
しかし、熱雰囲気試験中は、試験室の密閉状態を維持したままで冷却手段や加熱手段による低温または高温気体を試験室に供給して温度調整を行うのが通常である。
密閉された試験室の断熱扉をわずかな温度調整のために開いて外気(室温)を試験室内へ送り込ませるようなことはない。
例えば、試験室が一〇〇℃を超える高温や零度以下の低温に設定されて熱雰囲気試験が行われている場合に、試験室を開閉すれば外気(室温)の送り込みよりも、試験室内の温度が瞬時に外へ逃げてしまうので、技術常識上、わずかな温度調整のためにそのような方法は採られない。
前述の圧力調整弁のように僅かに弁を開いて圧力を逃がす際であれば温度をわずかに逃がすことができるが、圧力調整弁は圧力調整のためであって試験室の温度をコントロールするためのものではないので、試験室の温度を調整することはできない。
このように、わずかな温度調整であっても、試験室を開閉して、外気を取り込み温度調整することは現実的ではない。
(五) 従って、断熱扉の開閉による「外気連通開閉手段」からは、原判決でいうような、試験室内の圧力調整や、高温あるいは低温に設定した試験室内の温度の若干の上下調整等を行う構造と理解することはできない、とするのが当業界における技術上の常識である。
従って、特許請求の範囲において「常温さらしを行う外気連通開閉手段」の構成に限定していないものであっても、当業者は、熱雰囲気試験中に常温さらし以外の外気に用いるものであると理解することはない。
このように「外気連通開閉手段」は、原判決がいうように、常温さらし以外の外気を必要とする種々の目的に対応できることが一義的に明確に理解できるもの、との認定は誤っている。
三(一) 更に、本件特許発明の発明の詳細な説明の欄には、原判決で認定されたような、試験室内の圧力調整や、高温あるいは低温に設定した試験室内の温度の若干の上下調整等のための説明は何ら開示されていない。
この発明の詳細な説明の欄において、「外気連通開閉手段」に関連する記載は次の通りである。
ア 「本発明は従来の問題点を解決して、試科を試験室内に定置した状態で、該試験室に対して高温又は低温のいずれか並びに室温の各雰囲気となるよう、加熱源または冷却源からの気流を切換えて、これら操作を外部からの指令により所要の設定条件に基づき容易に実施できるようにしたものである。」(二欄二四行ないし二九行)
イ 「本発明にては試験室内の雰囲気を低温から高温又はその逆の状態、或いは中間で室温にするなどの制御を、各扉の開閉操作機構を予め設定した制御機構によって所定の順序で開閉操作し、試験室内に入れた試科に対して所望の温度を加えてテストが行なえるようにしたのである。」(三欄目一二行ないし一七行)
ウ 「試験室一〇の両側風洞部一四、一四、の前側位置には該試験室一〇の運転中において室温状態にするための外気出入口六とこれを開閉する扉七とをそれぞれ設け(略)そして一方の外気出入口六に対しては本体一外側上部に付設した室温送入用ファン四〇の吐出側と連結するよう通路が連絡してある。」(五欄四行ないし一二行)
エ 「室温用の扉七」(五欄一七行)
オ 「温度サイクル試験などを行なうにはたとえば室温から所要の時間で次第に高温に、そして所要時間高温を維持した後所要の時間で次第に室温に下げ、その後低温に、そして所要時間低温を維持して室温に戻す等の操作を行なうに際して、高温及び低温にするには前記と同要領にて行ない、室温にするには風洞部一四、一四、前壁部に設けられた扉七、七を開くと共に室温送入用ファン四〇を駆動して試験室一〇内に外気を流動させ、試料を室温に曝してテストすることになるのである。」(六欄二四行ないし三三行)
カ 「叙上の如く本発明によれば、試料を試験室内に定置して、この試験室に対して熱風を送り込んで循環させることで高温に、また冷気を送り込んで循環させることで低温に、更に外気を送り込むことで室温に、それぞれ曝して試験することができ」(七欄九行ないし一三行)
キ (「図面の簡単な説明」として)「四〇……室温送入用ファン」(八欄二二行)
(二) 上記記載は、いずれも「常温さらし」の構成について記載であって、それ以外の試験室内の圧力調整や、高温あるいは低温に設定した試験室内の温度の若干の上下調整等のために外気を送り込む構成については一切の記載がないことが明らかである。
ここで、明細書の特許請求の範囲の記載は、発明の詳細な説明に記載されたものでなければならないが、本件特許発明において発明の詳細な説明の欄に記載されているのは、常温さらしに用いられるために室温を試験室内に送り込む構成だけである。
(三) 以上のように、「外気連通開閉手段」は、原判決で認定されたような、試験室内に単に外気を導入する設備と理解される場合があるかも知れないが、当業者であれば、試験室の断熱扉を開いて外部と試験室とを連通させ外気を試験室へ送り込ませる設備であると認識し、そのような設備は常温さらしのみに用いられると理解するというのが自然である。
従って、特許請求の範囲における「所要時外気が試験室に送り込まれるようにした外気連通開閉手段」は、少なくとも、原判決のような意味合いに一義的に明確に理解されるものではなく、発明の詳細な説明の欄を参酌して理解されなければならない。
そして、発明の詳細な説明では、前述のように「常温さらし」のための構成のみが開示されているのであるから、上記「所要時外気が試験室に送り込まれるようにした外気連通開閉手段」は常温さらしのための構成であるといえる。
第二(法令違反)
一 原判決は取消事由二において、乙第一号証(引用例一)の認定を誤った違法がある。
即ち、原判決では、引用例一の記載の発明における「新鮮空気導管三二及び圧力調整器三三」について「開閉手段」が同引用例に特に明記されていないとしながら、「熱雰囲気試験装置」としての性質上、新鮮空気により試験室内の温度調整を行うにあたって空気導管に、空気の出入りを制御するための「開閉手段」が設けられていないということはありえず、単にその記載が省略されただけと認めるのが相当である」と判示した。
しかし、「熱雰囲気試験装置」において、新鮮空気導管及び圧力調整器を用いて空気の出入りを制御するために「開閉手段」を用いることが、引用例一の出願時である一九七六年一一月五日に自明の技術であることについては何等の証明も行われておらず、「熱雰囲気試験装置」としての性質上当然に空気の出入りを制御する開閉手段が設けられていると認定したのは原判決の独断である。
例えば、新鮮空気導管に該導管を開閉する手段が設けられているとしても、導管が開いただけで出口がなければ、外気を試験室内へ送り込むことはできない。
出口が圧力調整器の弁の開閉であるならば、この出口は圧力でコントロールされ温度をコントロールすることはできない。
このように引用例の認定にあたって原判決は、何の開示もなく、技術的に明白であるという証拠も提出されていないにもかかわらず、前述のように、新鮮空気導管には開閉手段が設けられていて、温度の調整を行うことができるとしたもので引例発明の認定を誤ると共に、相違点を明確にした上でその構成を容易に想到することができるかについて判断すべきである。原判決はこのような判断を欠いている。(平成五年一一月二五日東京高等裁判所第一八部判決(平成四年行ケ一八号))
二 従って、原判決は特許法第二九条第二項に違反する誤ちをおかしており、これは結論に影響を及ぼすべき重大な法令違背といわなければならない。
第三
一 このように原判決では前記上告理由第一、第二で詳述したところからもおのずから明らかなように、明細書の記載に関する判断および引用例の記載に関する判断において、理由に齟齬があり、破棄を免れないものである。
二 訂正審判について
なお、上記「所要時外気が試験室に送り込まれるようにした外気連通開閉手段」の構成は、上記のように一義的に明確に理解される記載とはいいにくいために、現在、特許庁に訂正審判を請求中である。
この訂正が認められれば、常温さらしに用いることが一義的に明確となるものであり、常温さらしに用いることが困難な引例発明に対して本件特許発明が進歩性を有することが明瞭となるものである。
以上