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最高裁判所第二小法廷 平成9年(行ツ)186号 判決 1998年6月22日

中華人民共和国香港特別行政区

ニューテリトリーズ、ツェン ワンキャッスル ピーク ロード 三八八、

シーディーダブリュ ビルディング、二四階、ブロック C-F

上告人

ソーラ ワイド インダストリアル リミテッド

右代表者

ヒューズ サノナー

右訴訟代理人弁護士

山上和則

右補佐人弁理士

吉田稔

田中達也

福元義和

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被上告人

特許庁長官 荒井寿光

右指定代理人

竹内秀明

右当事者間の東京高等裁判所平成八年(行コ)第一一五号異議申立棄却決定に対する取消請求事件について、同裁判所が平成九年四月二四日に言い渡した判決に対し、上告人から上告があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人山上和則、上告補佐人吉田稔、同田中達也、同福元義和の上告理由について

原審の適法に確定した事実関係の下においては、本件処分が適法であるとした原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立って原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 河合伸一 裁判官 大西勝也 裁判官 根岸重治 裁判官 福田博)

(平成九年(行ツ)第一八六号 上告人 ソーラ ワイド インダストリアルリミテッド)

上告代理人山上和則、上告補佐人吉田稔、同田中達也、同福元義和の上告理由

一 基礎となる事実

1 上告人は、平成四年三月一三日、意匠法(平成五年法律第二六号による改正前のもの。以下「法」という。)六条一項の規定により、意匠に係る物品を「庭園灯」とする意匠登録出願(平成四年意匠登録願第七三五四、以下「本件出願」という。)をした。

2 上告人は、本件出願の際、意匠登録願書(甲第八号証)の「5、添付書類の目録」の項に、「(5) 優先権証明書及びその訳文 各一通(追完する)」と記載したが、それ以外には、右願書に、法一五条一項において準用する特許法第四三条一項に規定された工業所有権の保護に関する一八八三年三月二〇日のパリ条約(以下「パリ条約」という。)の規定する優先権を主張する旨並びに最初に出願したパリ条約の同盟国の国名及び出願の年月日を記載せず、それらの記載のある書面を出願と同時に提出しなかった。

上告人は、平成四年四月一五日付けで、手続補正書(甲第九号証)及び優先権証明書提出書(甲第一〇号証)(以下、右手続補正書及び優先権証明書提出書を「本件各書面」という。)を提出したが、右手続補正書には、「本願の出願時において、願書の「添付書類の目録」の欄に「優先権証明書及びその訳文」を追完する旨を記載することによりパリ条約による優先権主張を行う意思のあることは表示しておりましたが、時間的制約から出願を急ぐあまり優先権主張の基礎となる第一国出願の国名及び日付の表示を行うことを失念しました。そこで、今般、第一国出願の国名及び日付を適正に表示した訂正願書を提出しますので、上記事情を参酌の上、今般の手続補正書を受理して頂きますよう、御願い申し上げます。」との記載がされるとともに、「(訂正)意匠登録願」との表題の上部余白に設けた枠内に「パリ条約による優先権主張」、「国名イギリス国」、「出願日一九九一年九月一三日」、「出願No.二〇一七四六〇」と記載された上記表題の書面が添付されていた。

3 被上告人は、平成四年六月二六日付けで、本件出願に対する優先権の主張を補正することは認められないことを理由として、本件各書面を受理しない旨の処分(甲第七号証、以下「本件処分」という。)をした。

4 上告人は、平成四年八月二五日、本件処分を不服として行政不服審査法による異議申立てをしたが(甲第二号証)、被上告人は、平成七年八月二日付けで、本件出願について、パリ条約による優先権の主張の手続が適法になされたものとは認められず、本件処分は適法かつ妥当なものであるとして、右異議申立てを棄却する旨の決定をし(甲第一号証)、その謄本は、同月四日上告人に送達された。

二 原判決の違法性

本件処分及びそれを容認した原判決は、法一条、法一五条一項で準用される特許法四三条、法六〇条の三、パリ条約四条の解釈及び運用を誤った違法があるので、取り消されるべきである。その具体的理由については後述する。

三 関連条文の内容

1 法一条

法一条には、「この法律は、意匠の保護及び利用を図ることにより、意匠の創作を奨励し、もって産業の発達に寄与することを目的とする。」と規定されている。

すなわち、法目的は、意匠を保護することにより達成されるものであるから、手続に瑕疵があっても、その瑕疵自体が第三者の利益を害するものでなければ、可能な限り意匠を保護することが法目的に沿うのである。

2 パリ条約四条

パリ条約四条は優先権制度について規定しており、このうち同条Bには、「すなわち、A(1)に規定する期間の満了前に他の同盟国においてされた後の出願は、その間に行われた行為、例えば、他の出願、当該発明の公表又は実施、当該意匠に係る物品の販売、当該商標の使用等によって不利な取扱いを受けないものとし、また、これらの行為は、第三者のいかなる権利又は使用の権能をも生じさせない。優先権の基礎となる最初の出願の日前に第三者が取得した権利に関しては、各同盟国の国内法令の定めるところによる。」という優先権の効果が規定されている。

すなわち、優先権は所定の優先期間中における行為による第三者の権利発生を阻止する効果を有するものであり、それにより第三者の利益が害されたとしても、それは優先権制度が当然に予定していたものである。

また、同条D(1)には、優先権主張のための手続的要件として、「最初の出願に基づいて優先権を主張しようとする者は、その出願の日付及びその出願がされた同盟国の国名を明示した申立てをしなければならない。各同盟国は、遅くともいつまでにその申立てをしなければならないかを定める。」と規定されている。

このように、最初の出願の出願日及び国名を明示した優先権主張の申立てをすることは優先権の効果を得るためにパリ条約上要求される要件であり、その限りにおいて厳格に解することは妥当である。しかしながら、申立ての時期については、パリ条約上も各同盟国に委ねられており、仮に同盟国の国内法が出願と同時の申立てを要求しているとしても、その要件を充足しないことが第三者の不利益とならないのであれば、殊更厳格に解する必要はないのである。

3 特許法四三条一項及びその関連規則

法一五条一項で準用される特許法四三条一項には、優先権主張のための手続的要件として、優先権主張を主張する旨、並びに最初の出願をしたパリ条約同盟国の国名と出願日を記載した書面(以下「主張書面」という。)を出願と同時に提出すべきことが規定されている。但し、この要件を充足しなかった場合の制裁については、法に一切規定されていない。

また、意匠法施行規則一一条二項で準用される平成五年通産省令七五号による改正前の特許法施行規則二七条の四により、優先権を主張しようとする者は、意匠登録出願の願書にその旨及び必要な事項を記載して、右主張書面の提出を省略することができることをされ、その記載方法について、意匠法施行規則一条一項に「様式第一により作成しなければならない。」と規定され、平成五年通産省令七五号による改正前の様式第一の備考14には、「第一一条第二項において準用する特許法施行規則第二七条の四の規定により・・・パリ条約による優先権の主張をする旨等を願書に記載してその旨等を記載した書面の提出を省略するときは、願書の用紙の上の余白部分に記載する。」ものとされている。

4 法六〇条の三及びその関連規定

手続の補正に関する法六〇条の三には、「意匠登録出願、請求その他意匠登録に関する手続をした者は、事件が審査、審判又は再審に係属している場合に限り、その補正をすることができる。」と規定されている。

また、同条に関連して、法六八条二項で準用される特許法一七条二項二号には、「手続がこの法律又はこの法律に基づく命令で定める方式に違反しているとき。」は特許庁長官等による補正命令の対象となることが規定されている。

さらに、補正が制限される場合として、法一九条で準用される特許法五三条一項には、「願書に添付した明細書又は図面について出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前にした補正がこれらの要旨を変更するものであるときは、審査官は、決定をもってその補正を却下しなければならない。」と規定されているのみで、方式的補正についての制限は一切設けられていない。

本件において、優先権主張手続は、意匠登録出願に関するものであり、しかも方式に関するものであるから、特許庁長官による補正命令の対象となることはあっても、法律上は補正の制限を受けることがない。従って、優先権主張手続の瑕疵自体が第三者の利益を害するような性質のものでない限り、その補正を認めてこそ法六〇条の三を設けた意義があり、法目的(法一条)を達成できるのである。

四 原判決を取り消すべき具体的理由

右関連条文の内容を前提として、本件処分及びそれを容認した原判決が妥当でない理由を以下に具体的に述べる。

1 優先権制度の趣旨

(1) パリ条約上の優先権制度(パリ条約四条)は、パリ条約同盟国でなされた第一国出願と同一の対象につき他の同盟国に出願(第二国出願)する際における出願人の時間的及び手続的負担を軽減すべく採用されたものであり、当該他の同盟国の内国民の利益を害さない範囲内で、一定の期間内に限り出願人の利益保護を図ることを本来の目的とする(パリ条約四条B)。

(2) 従って、我が国においてパリ条約の優先権を認めるか否かも、右優先権制度の趣旨より、出願人の利益保護がなされているか否か、及び第二国の内国民の利益が害されないか否かを実質的且つ個別具体的に検討して決定されるべきである。

(3) この点に関し、原判決も特段異論を唱えていない。

2 優先権主張の要件

(1) パリ条約の規定によると、優先権の利益を享受するためには、(a)優先権が適法に発生していること、(b)第一国出願と第二国出願との間に主体及び客体の同一性があること、(c)優先期間内に第二国出願がされること、及び(d)一定の優先権主張手続を行うこと、の要件が求められる(パリ条約四条A及びC~H)。

(2) これらの要件のうち、右(a)~(c)までの要件は、優先権制度の趣旨と直接関係するものであり、第二国の内国民の利益との関わりもそれだけ強いので、そのいずれの要件を欠如していても、優先権は否認されるべきである。しかしながら、本件出願では、これらの要件(a)~(c)が充足されていることは明らかであり、また原判決でも、これらの要件については問題とされていない(原判決二四頁五行~二九頁九行)。従って、本件出願では、パリ条約上の優先権を認めたとしても、我が国の第三者の不利益となるような本質的不備は存在しないのである。

(3) 一方、右要件(d)の優先権主張手続として、第一国出願の国名及び出願日を明示した申立てをすること、並びに一定期間内に優先権証明書を提出すること等がパリ条約に規定されている(パリ条約四条D(1)及び(3))。

(4) ところで、かかる手続的要件として「優先権主張の申立て」が求められる所以は、優先権制度は出願人の利益のたあの任意的制度(潜在的制度)であるから、出願人の意思表示がないと優先権の存在が分からないからである。従って、優先権主張の意思が明らかであれば、基本的にはそれで足りるのであり、その意思表示の方式や時期は二義的な問題に過ぎない。

(5) 一方、優先権の申立てに際して第一国出願の国名と出願日の明示が求められるのは、優先権が適法に発生しているか否か及び優先期間が遵守されているか否かを確認するためであり、本来的には、右要件(a)及び(c)の問題である。同様に、優先権証明書の提出も、第一国出願の国名と出願日とを確認するとともに、優先権主張のための主体的及び客体的要件が充足されているか否かを確認するためにのみ求められ、本来的には右要件(a)~(c)の問題である。それ故に、優先権証明書の提出を求めるか否かは各同盟国の裁量に委ねられている(パリ条約四条D(3))。

(6) また、仮に第二国出願時において優先権主張の基礎となる第一国出願の国名と出願日が表示されていても、その表示が適正であるか否かは優先権証明書が提出されるまでは確認することができないのであるから、第二国出願時に第一国出願の国名と出願日を表示させる意義は小さいといえる。言い換えると、第一国出願の国名と出願日は本来的には優先権証明書の提出によって確認されるべき事項であるから、第二国出願時に第一国出願の国名と出願日の表示が欠落したとしても、優先権証明書の提出を求める国においては、それによる弊害は殆どないのである。

(7) 以上のように、パリ条約上、上記要件(d)である優先権主張手続は、第二国の内国民の利益に直接影響する他の要件(a)~(c)とは明らかに性質が異なるものである。それにもかかわらず、原判決は、右要件(d)の部分的不備のみを理由としてなされ、優先権主張のための種々ある要件における右要件(d)の重みやその瑕疵の程度を全く考慮しておらず、妥当とはいえない。

3 優先権主張手続の検討

(1) 法一五条一項で準用される特許法四三条は、パリ条約四条Dを受けて、パリ条約上の優先権を主張する場合の手続を規定する。これにまると、優先権主張手続として、第一国の出願の国名と出願日を明示した申立てを出願と同時になすべきこと(特許法四三条一項)、並びに優先権証明書を出願日から三月以内に提出すべきこと(同条二項)が要求される。

(2) 本件出願では、甲第八号証から明らかなように、出願当初の願書の「添付書類の目録」の欄において優先権証明書及びその訳文を追完する旨の表示がなされており、表示の形式の適否はともかく、優先権主張を行う意思のあることは明確にされていた。そして、本件出願の出願日当時における法で「優先権」といった場合には、パリ条約上の優先権以外に考えられないので、本件出願の願書に記載されている「優先権」がパリ条約上の優先権を指すことに挿疑の余地はない。

(3) また、本件出願についての優先権証明書の提出は、その出願日(平成四年三月一三日)から三月以内である平成四年四月一五日になされている(甲第一〇号証)。従って、同優先権証明書を通じて優先権の基礎となる第一国出願の国名及び出願日は容易に確認することができる。

(4) 以上のように、本件出願においては、法上求められる優先権主張手続のうち、優先権を主張する旨の意思表示と優先権証明書の提出手続は適法になされており、且つ、パリ条約に規定するその他の実体的要件(右要件(a)~(c))は全て充足しているのである。従って、優先権制度の趣旨や法目的からいうと、本件出願について優先権が認められてしかるべきである。

(5) しかも、本件出願では、平成四年四月一五日付の手続補正書(甲第九号証)にて提出した訂正願書において第一国出願の国名及び出願日の表示を伴う適正な優先権主張がなされており、出願と「同時に」という要件を除いては優先権主張のための要件が全て充足されているのである。従って、右「同時に」の要件が充足されないことによる第三者への不利益がないのであれば、本件出願についての優先権が認められるべきであり、そうあってこそ優先権制度の目的(パリ条約四条)及び法目的(法一条)が達成されるのである。

(6) 原判決では、「しかし、優先権の主張がなされるか否かは、第三者に及ぼす影響が大きいものであることから、前記1のとおり、優先権の主張は書面により又は願書に記載して明確に行うことを要するものであり、しかも、本件においては、第一国出願の国名及び出願日についての記載もないのであるから、前記記載をもって、優先権を主張する旨の記載と解することはできない。」とされるとともに(二八頁五~一〇行)、「仮に、前記記載をもってパリ条約による優先権主張を行う意思があることを表示しているものと解し得る余地があるとしても、第一国出願の国名及び出願日について記載されていないのであるから、本件出願については、法一五条一項によって準用される特許法四三条一項に規定されるパリ条約による優先権主張の手続が適法になされたものということはできない。」とされている(二八頁一一行~二九頁五行)。

(7) しかしながら、原判決では、後の補正によって優先権主張のための形式上の要件を充足することは許されないとする根拠は全く示されておらず、右「同時に」の要件を充足しないことによる第三者への不利益も全く明らかにされていない。

(8) 確かに、優先権の有無が第三者の利益に大きな影響を及ぼすことは原判決の指摘どおりであるが、右「同時に」の要件を充足しなくとも、そのこと自体が第三者の利益を害することはあり得ない。蓋し、米国等では優先権主張に際し、右「同時に」の要件を求めておらず(それによって第三者の利益を害したという例も認められない)、また、我が国では、適法な優先権主張を伴う出願後に優先権証明書が提出されるまではもともと第一国出願の国名及び出願日を確認できないからである。

(9) 従って、原判決は、法一条、法一五条一項で準用される特許法四三条一項及びパリ条約四条の解釈及び運用を誤った違法があるから取り消されるべきである。

4 第三者の利益保護の観点からの検討

(1) 原判決では、「本件出願においては適法な優先権主張の手続がなされたものとは認められないのであるから、補正により優先権の主張があったものとして取り扱うことになれば、第三者が不利益を被る可能性があることは否定できない・・・」とされているが(三三頁六~九行)、具体的にどのような不利益が生ずるのかは明らかにされていない。しかも、優先権制度で当然に予定されている第三者の不利益(優先権の効果によるもの)と優先権主張手続における瑕疵自体がもたらす第三者の不利益とを混同するという明らかな誤りを冒している。

(2) すなわち、本件で問題とすべきは優先権主張手続における瑕疵自体による第三者への不利益であって、優先権の効果が第三者に与える不利益ではない。このことは、以下に具体例をもって示すように、出願手続における瑕疵とその補正の容認性との関係をみれば一層よく理解できるであろう。

(3) 例えば、意匠登録出願においては、願書に意匠の創作者の氏名及び住所又は居所を記載することが法六条一項にて求められており、もし創作者の氏名及び住所又は居所の記載が欠落していれば、その出願は法が定める方式に従っておらず、不適法である。しかしながら、その場合であっても、現実には出願は受理され、その後の補正により創作者の氏名及び住所又は居所の記載を補充することが認められる(法六八条二項で準用される特許法第一七条二項及び法六〇条の三)。その結果、出願は適法なものとなり、元の出願日から適法な出願として効果を有し(この効果は、出願に対して付随的なものに過ぎない優先権の効果よりも大きい)、同一対象についてのその後の第三者の出願を排除する効力を有する。

(4) 右の例において補正が認められるのは、創作者の氏名及び住所又は居所の記載の欠落という瑕疵自体が第三者に不利益を与えることがないからである。補正により不適法な出願を適法な出願にして、元の出願日から後願排除効を認めることが第三者の利益を害するというのであれば、右の例でも該当し、そのことにより補正が認められないというのであれば、右の例でも補正は認められない筈である。

(5) 逆に、手続上の瑕疵自体が第三者の不利益をもたらす例としては、例えば、特許出願の願書に明細書等(特許法三六条二項)を添付し忘れた場合が考えられる。この場合には、方式的事項に関する瑕疵あっても、特許権が発明の公開の代償として付与されるものであることから、願書に明細書等の添付がなければ発明を公開しておらず、第三者に直接的に不利益を与えるため、補正は認められないのである。

(6) そもそも、方式的事項に関する補正は、不適法な手続を適法なものにする手続であり、しかも遡及効を有するから、補正による効果が第三者の利益を害する可能性があるという理由で補正が認められないなら、いかなる方式的補正も認められないという不合理なことになる。従って、方式的補正を認めるか否かは、補正前の瑕疵自体が第三者の利益を害するか否か(あるいは、害さないほどの軽微なものか否か)で判断されるべきであり、補正の結果が第三者の利益を害するか否かを問題とするのは本末転倒で、明らかな誤りである。

(7) 既に述べたように、本件出願においては優先権主張のための要件(a)~(d)(本書「四」の「2」)のうち、第三者の利害に直接関わる本質的要件(a)~(c)については全て充足されており、手続的要件(d)についても第一出願の国名と出願日が出願時に明示されなかった点を除き(但し、後の優先権証明書の提出により確認できたし、後の補正で適正な表示に改められた。)、充足されているのであるから(本書「四」の「3」)、第三者に実質的な不利益があるとはいえない。

(8) これに対して、優先権を否認されると、上告人は第一国出願と本件出願との中間に生じた事実(例えば、実施品の販売)により意匠登録を受けられなくなるという事態も考えられるので、その不利益は重大である。

(9) 従って、本件において、上告人と第三者の利益を比較した場合、原告の利益を害してまで保護しなければならない第三者の利益は存在しておらず、優先権制度の目的(パリ条約四条)及び法目的(法一条)の観点から、上告人の利益が守られるべきである。

(10) また、この点に関し、被上告人は平成九年三月一八日付準備書面の中で、「手続不備自体が第三者に不利益を与えることはない。優先権主張を手続不備と称して、補正で追加し効力を発生させることが、第三者の不利益を生じさせることになるのである。」と述べていることから(五頁七~一〇行)、優先権主張における手続上の瑕疵自体が第三者に不利益を与えることがないことは既に争う必要がない事項となっている。

(11) 以上のとおり、原判決は、法一条、法一五条一項で準用される特許法四三条一項及びパリ条約四条の解釈及び運用を誤った違法があるから取り消されるべきである。

5 法における特殊事情

(1) また、法においては、特許法と異なる特殊な事情も存在するので、次にこれについて説明する。

(2) すなわち、特許法では、出願公開制度(特許法六五条の二)や補正の時期的制限(特許法一七条一項)が設けられているので、わが国での出願時に優先権の基礎となる第一国出願の国名及び出願日が明示されていないと実質的な弊害がある。何故なら、出願公開の時期や補正の時期的制限が第一国出願の出願日を基準として決定されるため、優先権の有無によって公開が遅れたりすることがあり、第三者への利益に影響を与えるからである。

(3) これに対して、法では、特許法のような出願公開制度や補正の時期的制限はないので、我が国における意匠登録出願と同時に第一国出願の国名及び出願日が明示されていないとしても、そのことが実質的な弊害を生ずるとは考えられない。現に、出願公開制度や補正の時期的制限を設けていない米国特許法においては、出願と同時の優先権の申立てを義務づけていないのもそのことを反映している。

(4) 従って、法一五条一項で準用される特許法四三条一項は、意匠登録出願と同時に第一国出願の国名及び出願日の明示を求めるものの、それを怠ったことに対する法での許容度は特許法でのそれよりも大きいといえる。

(5) この点に関し、原判決では、「法一五条一項は優先権主張手続を要式行為として規定する特許法四三条一項を準用しており、右手続の関係では、特許出願と意匠登録出願との間に区別されるところは存しないのであって、実質的な弊害の有無の問題ではないから、・・・」と述べられているが(三四頁三~六行)、本件出願における優先権主張手続についての補正を認めない根拠として第三者への不利益の可能性(実質的弊害)を問題にしていることと(三三頁六~九行)と明らかに矛盾している。

6 補正に関する規定の検討

(1) 既に述べたとおり(本書「三」の「4」)、法六〇条の三には、意匠登録出願等について、事件が審査、審判又は再審に係属している場合に限り補正をすることができる旨規定されており、法上の補正の制限を受けるのは実体的補正のみであり(法一九条で準用される特許法五三条)、寧ろ方式的事項については、特許庁長官等が補正を積極的に促すことになっている(法六八条二項で準用される特許法一七条二項)。そして、補正の効果は出願時まで遡及するのであるから、本件出願について平成四年四月一五日付の手続補正書(甲第九号証)にて提出した訂正願書における優先権主張の表示は本件出願の出願時になされたことになり、法一五条一項で準用される特許法四三条一項の要件を充足することになる。

(2) 原判決では、「本件出願について適法な優先権主張の手続がなされたものとはいえず、これが補正を許すべき事情も存しない以上、・・・」とされ(三二頁五~七行)、「本件出願においては適法な優先権主張の手続がなされたものとは認められないのであるから、補正により優先権の主張があったものとして取り扱うことになれば、第三者が不利益を被る可能性があることは否定できない・・・」とされ(三三頁六~九行)、「手続の補正について規定する法六〇条の三において優先権主張の補正について除外されていないからといって、本件出願について優先権の主張を補正することが許されないことは前記説示したところから明らかであり、・・・」とされている(三四頁一〇行~三五頁二行)。

(3) しかしながら、本件出願において補正を許すべき事情は、優先権主張手続の不備自体が第三者に不利益を与えていないという点に求められ、これは出願の願書の記載事項(法六条一項)について法六八条二項で準用される特許法一七条二項及び法六〇条の3に基づき補正が認められるのと全く同じであることは、本書「四」の「4」で述べたとおりである。

(4) また、特許庁における現行運用においても優先権主張手続についても補正を認めており(甲第一一号証)、法六〇条の三が優先権主張手続についても適用される点については挿疑の余地はない。そして、どこまで補正を認めるかは、優先権主張手続上の瑕疵自体が第三者の利益をどの程度害しているかで決定されるべきものであり、画一的に「明白な誤記」の訂正しか認めないとしたのでは、法六〇条の三を設けた法の趣旨が没却されてしまう。

(5) なお、特許庁における現行運用において、第一国出願の国名及び出願日の一方の欠落という明白でない誤記の訂正も認めておりながら、両方を欠落した場合にのみ何故に明白でない誤記とするのかの理由も明確でないと思われる。

(6) 確かに、法一五条一項で準用される特許法四三条一項は出願と同時に所定の優先権主張手続を要求しているが、その補正を求めているのも法なのであり(法六八条二項で準用される特許法一七条二項及び法六〇条の三)、両者をどのように調和させながら運用するかは、法目的(法一条)及び優先権制度(パリ条約四条)の趣旨から判断されるべき事項である。しかもその際に、法一五条一項で準用される特許法四三条一項は、パリ条約四条で求められる種々ある優先権主張のための要件のうちのごく一部を定めるに過ぎず、本件出願ではその一部のうちの「出願と同時に」の要件を欠いているだけで、かかる不備自体によって第三者への不利益は全くないという事実を見落としてはならない。

(7) よって、原判決は、法一五条一項で準用される特許法四三条一項のみを硬直して厳格に捉え、法一条、法六三条の三及びパリ条約四条の規定を適正に適用しなかったという誤りがある。

7 国際的動向の検討

(1) 甲第一二号証及び第一三号証は、一九九六年一一月に開催された特許法条約専門家会議において、特許法条約草案一三条(1)「【遅れた優先権主張】 出願が先の出願の優先権を主張できたにもかかわらず、出願時にはかかる優先権主張を含まなかった場合において、出願人は規則に定める期間内に庁に対して提出された別個の宣言によりかかる優先権を主張する権利を有する。」について審議され、承認されたことを示すものである。このことから、優先権主張手続上、出願と「同時に」の要件が第三者の利益に関わるものではなく、厳格に適用されるべきではないことが国際的に了解されていることが分かる。

(2) この点に関し、原判決では、「我が国の現行法上、パリ条約による優先権主張は出願と同時にすべきものと明確に規定されている以上、これに反する取扱いを許容するような解釈をすることは相当とはいえず、・・・」と述べられている(三六頁一一行~三七頁二行)。

(3) しかしながら、原判決では、甲第一二号証及び第一三号証が誤って評価されている。右各号証は、優先権主張手続上、出願と「同時に」の要件が第三者の利益と関わるものではないことを示すための証拠であって、我が国国内法に適用されるべきこと、あるいは我が国国内法に優先されるべきことを示すための証拠ではない。

(4) 原判決において、本件出願で優先権主張手続についての補正を認めない唯一の根拠は、「補正により優先権の主張があったものとして取り扱うことになれば、第三者が不利益を被る可能性があることは否定できないから、・・・」ということであった(三三頁七~九行)。この根拠は、右各号証によって否定されているのであり、また、被上告人も本件出願における優先権主張手続上の瑕疵自体が第三者の利益を害さないことを認めているのである。

(5) このように、原判決では右各号証の評価を誤った結果、法一五条一項で準用される特許法四三条一項及び法六〇条の三の解釈・運用を誤ることになっているのである。

五 結語

以上述べた理由により、本件処分及びこれを容認した原判決は、法一条、法一五条一項で準用される特許法四三条一項、法六〇条の三及びパリ条約四条の解釈及び運用を誤った違法があるから取り消されるべきである。

以上

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