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最高裁判所第二小法廷 昭和22年(れ)107号 判決 1947年11月29日

主文

本件上告を棄却する。

理由

辯護人保坂治喜上告趣意書第一點は原判決ハ檢事ノ爲ス被告事件ノ陳述ヲ聽カズシテ審判ヲナシタル違法ガアル昭和二十二年七月二十九日附原審第二回公判調書ヲ閲スルト裁判官裁判所書記列席ノ上開廷シ引キ續キ十五日以上開廷シナカッタ爲審理ヲ更新スル手續ヲナシタル後檢事ハ「豫審終結決定書」ニ基キ公訴事実ヲ陳述シタ旨記載シテアル然ルニ本件記録ヲ調査スレバ豫審請求書ハ存在スルモ豫審終結決定書ハ存在シナイ本件ニ於テハ豫審請求書ニヨッテ公判ガ開始セラレタノデアル然レバ檢事ハ豫審請求書ニ基イテ公訴事実ヲ陳述スルノガ至當デアル存在セザル書類ニ基キテ陳述スルハ陳述ナキト同樣ナリ刑事訴訟法第六十條第二項ニ依レバ被告事件ノ陳述ハ公判調書ニ必ズ記載スベキ事項トナッテ居リ同法第六十四條ニヨレバ公判期日ニ於ケル訴訟手續ハ公判調書ノミニヨリテ之ヲ證明スルコトガ出來ルノデアルカラ右陳述ノ適當ナリシコトヲ立證スル方法ハナイ結局被告事件ノ陳述無クシテ公判手續ガ進メラレタコトトナリ同法第四百十條第十二號ノ檢事ノナス被告事件ノ陳述ヲ聽カズシテ審判ヲナシタルニ歸スノミナラズ同條第十八號審判ノ請求ヲ受ケザル事件ニ付判決ヲナシタコトトモナル」と云うのであるが

原審第二回公判調書によれば檢事は豫審終結決定書に基き公訴事実の陳述をした旨記載してあることは所論の通りである然し本件は檢事が豫審請求をした直後豫審が廢止となった爲直接公判に繋屬した事件であるから檢事が公判の取調を請求する公訴事実は豫審請求書記載の事実であったことは明かで檢事が豫審終結決定書に基き公訴事実を陳述する筈はない更新前の原審第一回公判調書の記載によると檢事は豫審請求書に基いて公訴事実の陳述をしてゐることが明かである點から見ても所論公判調書に豫審終結決定書とある記載は豫審請求書の記載の明白な誤記と認めるのが妥當である所論は右誤記を前提として原審は檢事の公訴事実を聽かずして判決をした違法があると論難するものであるから論旨は理由がない。

同第二點は原判決ハ理由不備ノ違法ガアル右第一點ノ上告理由ガ成リ立タナイト假定スルモ左ノ二點ニ於テ原判決ハ理由不法デアル一、原判決ハ判決理由第二ニ於テ被告人堺ガ匕首一口ヲ自宅ヨリ三井輕金屬工業株式會社三池工場マデ無許可デ携帶所持シタ事実ヲ認定シ其證據トシテ被告人等ノ原審公廷ニ於ケル供述證人川田金徳ニ對スル原審訊問調書匕首一口ノ存在ヲ援用シタノデアルガ川田ノ訊問調書匕首一口ノ存在ハ未ダ徴憑(傍證)タルニ過ギズ直接携帶シタル事実ヲ立證スルニ足ラナイ而シテ被告人等ノ原審公判調書ヲ査スルモ相被告人ハ何レモ被告人堺ガ犯行ノ際使用スル迄匕首ヲ所持シテヰル事ハ知ラナカッタノデアリ被告人堺自身ノ供述ニヨリテノミ其携帶所持シタ事実ガ認メラルルノデアル直接ノ證據ニヨラナイノハ日本国憲法ノ施行ニ伴フ刑事訴訟法ノ應急的措置ニ關スル法律第十條第三項ノ精神ニ反シテ理由不備デアル上、原判決ハ理由第三ニ於テ被告人堺ガ相被告人等ト清缶劑三樽ヲ共謀シテ窃取シ其際巡回シテ來リタル倉庫番川田金徳ニヨッテ発見セラレタト思ッタ堺ハ逮捕ヲ免レン爲云々匕首ヲ同人ニ突キツケ騷グナト言ッテ脅迫シ云々同人ニ暴行ヲ加ヘタ旨ヲ判示シ其證據トシテ被告人等ノ原審公廷ニ於ケル供述三池工場長原田提出ノ盜難届中ノ記載證人川田ニ對スル原審訊問調書中ノ記載證第一號匕首一口ノ存在ヲ援用シタ然レドモ被告人等ノ供述ヲ檢スルニ右公判調書中川田カ誰カト誰何シタヤウニ思ッタ旨被告人堺ガ其ノ調書デ述ベテヰルガ未ダ何處ニモ被告人堺ヲ逮捕セント試ミタ事乃至被害品ヲ取還セントシタコトハ認メラレナイ又罪證ヲ湮滅セントシタコトモ認メラレナイ證人川田ノ訊問調書ニヨルモ倉庫カラ四人ガ飛ビ出シタ旨述ベテヰルノミデ捕ヘヤウトシタ事ハ認メラレナイ尤モ堺ノ供述トシテ捕ヘラレルヤウナコトガアレバイカヌノデ其時ハ匕首デ威シテ逃ゲル考ヘデ其ノ爲ニ所持シテ居タ旨ノ記載ガアルガ豫メ其考ヘデヰタトシテモ現実ニ脅迫暴行ヲシタ時ニ逮捕免レン爲等ニテナシタコト即チ逮捕ヲ受ケヤウトシタ事実ガナケレバ準強盜刑法第二百三十八條ニ擬律シ得ナイ以上ノ次第ナレバ原判決ハ破毀スベキモノト信ズル右上告趣意書デアリマス」と云うのであるが

日本国憲法の施行に伴ふ刑事訴訟法の應急的措置に關する法律第十條第三項の規定は公判廷外の自白が被告人の不利益な唯一の證據である場合にこれにより有罪とされ又は刑罰を科せられないという趣旨であって公判廷の自白を包含しないと解すべきである。けだし被告人が公判廷外で自白した場合にその自白が被告人の不利益な唯一の證據であって他に何等その自白を補強すべき證據のないに拘はらずその自白のみにより有罪とせられることは被告人にとって甚だ危險であると云わなければならない從って公判廷外の自白を有罪の證據として採用するにはこれを補強すべき他の證據を必要とする法則を確立することが基本的人權の擁護の上から極めて緊要なことであって日本国憲法第三十八條第三項及び前記應急措置に關する法律第十條第三項の規定はこの趣旨を宣示しておるものであるこれに反し公判廷においては被告人は身體の拘束を受けることなく又陳述する義務もないのであるから自己に不利益な供述を強制されることなく全く自由に供述し得る立場に置かれておるのである從って公判廷で被告人が自白した場合は自白の外に補強證據を必要とする法則の適用がないと解しても毫も基本的人權の擁護に缺くるところはないのである本件において原審は原判示第二の事実を認定するにあたり被告人の原審公判廷における自白と匕首一口の存在を證據として採用しておるのであって前記説明の如く被告人の公判廷の自白が唯一の證據であってもこれを證據として有罪の判決とすることができるのであるから原判決には所論一の違法はない。

次に刑法第二百三十八條の規定は窃盜が財物の取還を拒き又は逮捕を免かれ若しくは罪跡を湮滅する爲暴行又は脅迫を加へた以上被害者において財産を取還せんとし又は加害者を逮捕せんとする行爲を爲したと否とに拘はらず強盜を以って論ずる趣旨であると解するのが妥當である從って本件において原審は證據により原判示第三の事実を認定した以上前記法條により準強盜として處斷できるのであって所論の如く被害者において財物を取還せんとし又は加害者を逮捕せんとした事実を確定する必要はないのであるから原判決には所論二の違法はない。

以上説明の理由により本件上告は理由がないから刑事訴訟法第四百四十六條により主文の如く判決する。

この判決は裁判官全員一致の意見によるものである。

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 霜山精一 裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎)

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