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最高裁判所第二小法廷 昭和22年(れ)166号 判決 1948年3月13日

主文

本件上告を棄却する。

理由

被告人の辯護人井上市郎同平尾賢治上告趣意書第三點は「罰則は故意を重く過失は輕く罰せらるゝと云う立法理由であり俗に過ちは改むることを憚るなとさへ云はれ人は多く過ちを宥恕する位で罰則も亦普通人には注意を惹起せしむるを目的とし大なる結果には稍々重く罰することはあれども其の場合は特則されて居り結果よりかも人の注意義務を喚起することを目的とする爲め故意犯よりか其の科刑甚だしく輕いのを普通とされて居ります。從って本件に適用された有毒飮食物等取締令にしても其の立法趣旨は同じく故意ある場合は故意ない過失の時とは重く過失の時は輕くとの立法理由でありまして自然三年以上の懲役の場合又二千圓以上の罰金の場合も懲役と罰金を併科されることはありますとしても同項に過失の場合も亦同じく罰するとの其の量定は原審の自由裁量に任かされた如く觀へましても根本法令発布よりか約半歳に近い間は過失の場合罰するにも値せぬ位でしたのが時代の潮流は過失の場合も罰せねば秩序維持上不安ありとの觀點から同じ年の六月十八日(本件八月一日のこと)から発布即日より施行されたとは云え其の立法理由とする處は故意を重く過失を輕くとの趣旨に變りなく有毒飮食物等取締令第四條の罰則も亦同じく解釋して適用されるのが正しい解釋と信じます。裁判実務には文理解釋は精神解釋に一歩を譲るべきだと信ずるものです。本件は事過失ありとした處で自ら身を以て飮んで居る以前飮んだことのある試驗濟のものを持って居った人を訪ねて以前の樣なものを探して貰い漸く買ひ求め得たし隣人の渇望拒むに忍びず分讓したのであり怪しと氣付き驚ろき元通り返却し一滴も殘さざりしに返された元の賣主は一升壜三本もの物を徐々飮み盡したのに中毒しなかったとなって居るのには罰金刑に相當すると判斷さるべきは其の沿革と法理の示す處で解釋すべきを其のことのなかったのは文理解釋に急にして過失の場合亦同じとの精神解釋を誤まられた結局法令違背の判決だったと信じますものです。」といふに在る。

然し乍ら、有毒飮食物等取締令第四條後段に「過失により違反したる者亦同じ」と規定したのは、過失に基く場合も亦故意に基く場合と同一の法定刑を以って處斷するとの意であって、其の法定刑の中懲役刑を以って處斷するか罰金刑を以って處斷するかは原審裁判所の自由裁量に委かされたところである。所論は畢竟原判決の量刑を不當であると主張するもので其の採用し得ないことは第一點に付説明した通りであるから論旨は理由がない。

第四點は「普通の人に對して罰則を適用される時は過失と不知とは違はなければなりません。不知とは何にも知らぬこと過失とは注意すれば判かることを注意の義務を怠った時にとのことですが元來本件有毒飮食物等取締令は第二條に於て製造又は業務上使用する者は其の容器に混合の文字を明記し貯藏陳列の場合は鎖鑰を施し保管するものにして所謂正當ルート以外には一滴たりとも門外不出の品でありますから夫れ等の品たることの明記もなければ、設備もなかった物品でした以上夫れと察知しなければならぬとする注意義務は無い筈です。又被告が之れを求めるのに賣主が自分の飮料なりとて手放すことを惜しみたり現に飮料に供して居ったり又被告は入手して飮んだりした物を他からの懇請否むに由なく分讓したことゝ單に風評に驚ろき被告が殘品全部を返却し一滴も被告の手許に殘さず有毒物らしいとの評判があるから返却するとの傳言迄して返却したことは全く知らなかったと云うに止まり何處にもより以上の注意義務が認められませうか。より以上の注意義務を普通人に要求することは期待の可能がありません。原判決は此處に思いを致されませずして本法第一條第四條を適用處斷されましたことは法違背の原判決だと信じます。」と云ふに在る。

然しながら近頃アルコール中にメタノールを含有するものがあり之を飮用して生命身體に不測の危害を被むる者往々に存するといふ事実を知って居る者が製造元も明かでなく又其の性質も判らないアルコールを他に飮用として販賣するに付いては、信頼するに足る確実な方法によって其の成分を檢査し飮用して差支ないものであることを確かめ飮用者に不測の身體障害を起させることのないよう注意すべき義務あることは論を俟たないところで、原判決が被告人に此の注意義務があると判示し被告人に對し判示事実に付いて有毒飮食物等取締令第一條第一項第四條を適用したのは相當であって何等所論のような違法はない。仍って論旨は理由がない。

(その他の上告論旨及び判決理由は省略する。)

以上の理由により、本件上告は理由ないものとして刑事訴訟法第四百四十六條に則り主文の如く判決する。

本判決は裁判官全員一致の意見に基くものである。

(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎)

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