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最高裁判所第二小法廷 昭和23年(れ)86号 判決 1948年5月01日

主文

本件上告を棄却する。

理由

辯護人西尾盛三郎上告趣意書第一點は「原判決ハ判決ニ示ス可キ判斷ヲ遺脱シテ居リマス、原判決理由ニヨレバ「鹿島ガ相手方ニ對シ文句ヲ云ヒタルニヨリ同人ハ相手方ノ爲メ毆打セラレ其場ニ昏倒シタルトコロ更ニ新井仁復事朴仁復ガ鹿島ニ襲ヒカヽラントスル氣勢ヲ示シタルヲ以テ被告人は之レヲ制止スル爲メ」云々ト判示セラレ被告人ノ傷害行爲ハ之レニ因ッテ生ジ死ノ結果ヲ招來シタモノト斷定セラレマシタ、果シテ然ラバ本件傷害行爲ノ原因デアル第一ノ鹿島ガ相手方ニ毆打セラレテ昏倒シタコトニ對シ第二ノ朴仁復ガ更ラニ昏倒者ニ襲ヒカヽラントスル行爲ハ當ニ人ヲ死ニ至ラシムベキ急迫不正ノ侵害ト云フ價値ガ充分ニアルモノト云ハネバナリマセヌ、而シテ被告人ノ傷害行爲ハ此侵害ヲ排除スルタメ已ムコトヲ得ザルニ出デ他ニ如何ナル手段モナカッタコトガ明カデアリマス、然ラバ之レハ正當防衞トシテ刑法第三十六條ヲ適用セラル可キ事案デアルコトハ原判決ヲ一讀スル者ニ於テ異論ナイ所デアロウト信ジマス、然ルニ原判決ハ事ココニ出デズ漫然傷害致死ノ刑ヲ言渡サレタルハ判斷ヲ遺脱サレタモノト云ハネバナリマセヌ、又假リニ此事案ガ正當防衞デナイモノト斷定セラレルナラバ其依ッテ來ル理由ヲ説明セラレルノガ判決トシテ當然ノ事デハアリマセヌカ、然ルニ是又何等ノ説明ガナイノデアリマスガ恐ラクハ原審第一審ニ於テ辯護人ノ辯論ノ主要部分モ此點ニ在リ又被告ガ重ネテ原審判決ニ對シ不服ヲ唱エルノモ此處ニアルノデハナイデショウカ、然ルニ原審ニ於テハ防衞カ否カニ付イテ一言ノ論議ナキコトハ是又判斷ヲ遺脱シタ違法アルノミナラズ裁判トシテ甚ダ不親切デアリ斯クテハ被告人モ満足シテ處刑ニ就クコトガ出來ズ心カラノ改化遷善ヲ爲サシメルコトハ到底出來ナイモノト云フ可キデアリマス、」というのである。

しかし、原判決の確定した事実は、之を要するに、被告人は判示鹿島昇外一名と共に判示朴仁復等數名と爭鬪をすることを企て、相手方が多人數のため萬一の場合を豫想して小劔を携帶して右朴仁復を探し求めて判示の場所に行き、判示のような經過で右小劔を以て朴仁復の右胸部を突き刺し因て同人をして死亡するに至らしめたというのであって、右に「萬一の場合を豫想して小劔を携帶し」というのは、場合によってはそれで以て相手方に傷害を加えるつもりで小劔を携帶したという意味であること明白であり、所論のように、判示場所に於て鹿島昇が突然相手方より毆打せられて昏倒したところえ更に朴仁復が同人に襲いかゝろうとしたので、これを制止するため被告人が判示傷害行爲に及んだというに止まるものではないこと明らかである。そして、右のように、數名の者が最初から爭鬪をする目的で兇器を携帶し相手方のいる所に出掛けて行って爭鬪を始めた場合には、右爭鬪最中におけるその中の一人の相手方に對する傷害行為は、味方の一人が相手方の攻撃を受けて危險に瀕したのでその相手方の攻撃を反撃するために行われたものであっても、それは要するに最初から豫定していた傷害行爲に及んだ迄のことで、自己又は他人の生命身體等を防衞するためやむを得ずしてしたものとはいえないから、正當防衞行爲ということはできないのである。從って、原判決が被告人の判示行爲に對し刑法第三十六條を適用しなかったのは正當であり、論旨は理由がない。次に辯護人は、原判決には被告人の判示行爲が正當防衞になるかならぬかについて判斷を示していない違法があると主張するのであるが、裁判所が判決においてこの點に関する判斷を示す必要があるのは、訴訟関係人より特にこの點についての主張があった場合に限ることは、刑事訴訟法第三百六十條第二項の明定するところである。ところが本件においては、原審において辯護人鹿島寛は被告人の行爲が正當防衞に類する行爲であることを情状として述べたにとどまり特に正當防衞の主張をせず、被告人自身もその主張をしなかったことは原審第三回公判調書により明らかである。從って原審が判決において特にこの點に関する判斷を示さなかったのは少しも違法ではなく、原判決には示すべき判斷を遺脱した違法はない。論旨は理由のないものである。(その他の上告論旨及び判決理由は省略する。)

以上の次第であるから刑事訴訟法第四百四十六條により主文のとおり判決する。

この判決は裁判官全員の一致した意見によるものである。

(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎)

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