最高裁判所第二小法廷 昭和24年(ク)87号 判決
案ずるに、当裁判所に対する特別抗告は、原決定の憲法適否に関する判断に関するものに限り許されるものである。
しかるに、本件特別抗告理由は、原決定は憲法第九四條に定める地方公共団体の権能をはく奪又は停止し憲法の所期せる公共の福祉を無規する不当の裁判である旨を主張しているけれども、違法な行政処分を取消し又は停止することは、裁判所が行政事件訴訟特例法に從つて当然になし得るところであつて、したがつて、原審が原決定をしたからといつて、これだけをもつては憲法違反の問題を生ずる余地はない。即ち本件特別抗告理由は、原審決定が行政事件訴訟特例法第一〇條第二項によつてその執行の停止を命ずべき場合に該当するか否か換言すれば「処分の執行に因り生ずべき償うことのできない損害を避けるため緊急の必要」があるか、あるいは「執行の停止が公共の福祉に重大な影響を及ぼす虞」があるかないかという点に存し、したがつて、結局行政事件訴訟特例法の解釈適否の問題に帰着するに過ぎないのである。
されば、本件特別抗告理由は、名を憲法違反に藉るに過ぎないものと認むべきであつて、実質においては毫も原決定に対する違憲の主張に該当しないものである。
よつて、本件特別抗告は、不適法として却下すべきものとし、抗告費用は抗告人の負担として、主文のとおり決定する。
(裁判官 霜山精一 小谷勝重 藤田八郎)
抗告代理人小室薫の抗告理由。
一、行政事件訴訟特例法第十條によれば行政廳の違法なる処分の取消又は変更を求むる訴の提起ありたる場合において処分の執行により生ずべき償うこと能はざる損害を避くるため緊急の必要ありと認むるときは裁判所は申立により又は職権をもつて処分の執行の停止を命ずることを得但し執行の停止が公共の福祉に重大なる影響を及ぼす虞あるときはこの限りにあらざることを明定せり。
二、しかるに前掲原決定は右にいわゆる「処分の執行により生ずべき償うこと能はざる損害を避くるため緊急の必要ありと認め難く却つて執行の停止が公共の福祉に重大なる影響を及ぼす虞ある」ことを無視し抗告人たる穴水町が憲法第九十四條において認められたるその財産を管理し事務を処理し及び行政を執行する権能並びに法律の範囲内における條例制定権をはく奪又は停止し及び憲法の所期せる公共の福祉を無視せる不当の裁判なり。
三、抗告人穴水町の十月定例会において可決したる別紙掲記の各議決はいずれも町政の運営上急速に実施を要しその執行の停止が公共の福祉に重大なる影響を及ぼすものなることは論なきも今その二、三につき特にこれを説明せんに
1、議案番号六六議決番号七〇の「穴水町国民健康保險運営協議会委員選任について」
我国市町村においては連合国の勧告に基き国民健康保險の制を実施することとなりたる結果抗告人穴水町においても昭和二十四年九月二十九日の臨時町議会において全文三十三條より成る穴水町国民健康保險條例を制定しこれに基き右十月定例会においてその運営協議会委員五名を決定するに至りたるが該決議の執行を停止するときは全町民の福祉のため急速に実施を要する右制度の運営はたちまちその機能を停止し重大なる結果を招來すべく。
2、議案番号七五議決番号七八「穴水町税賦課徴收條例中一部改正について」
地方税法第百六條には「市町村民税の納期は九月(二期に分けるときは九月及び十二月)中において、條例でこれを定める」とあり。しかして從來抗告人穴水町々民税賦課徴收條例においては納期を九月三十日と定めたるも原審における申請人等反町長派議員は多数を擁し是非を問わず町長の提案を否決し去るの暴挙に出で且つ町民税の賦課と徴收との間には一定の猶予期間を存すべきに拘らず第一納期たる九月三十日に差迫りたるより同年九月二十九日の臨時町会において「右徴收條例第二十三條中毎年九月三十日とあるを九月三十日一期十二月三十一日二期と改め同時にその附則第五十一條中一期九月三十日とあるを十月三十日と読み替えるものとする。本條例は昭和二十四年度分よりこれを適用する」旨を可決確定せるが町議会における申請人等の態度依然たるものあり右十月三十日も目睫に迫りたるため右十月定例会において右條例附則第五十一條中十月三十日とあるを十一月三十日に改めこれに基き即時町民税及び縣民税(後述)の賦課徴收を爲すに至りたるが事の性質上これ以上の納期の変更を許さざることは明らかにして後記町民税の賦課徴收と相俟つて本件執行停止の仮処分により町政の運営は忽ち停止し由々しき大事を惹起するに至るべきこと多言を要せざるべし。
3、議案番号七六議決番号七九「助役選任について」
町助役は地方自治法に認められたる重要なる補助機関にして町政の繁多なる抗告人町においては一日も空位にこれを放置するを許さざる実情に在り。
4、議案番号六五議決番号八〇「昭和二十四年度穴水町歳入歳出追加更正予算」
右十月定例会において從來の歳入歳出一千六百五十八万二千八百七十円とあるを金一千七百十六万二千八百七十円(内追加更正予算額二百二十七万二百四十五円とあるを二百八十五万二百四十五円と改む)と更正する旨原案を修正の上可決せり。これ穴水町においては自治警察署を有し町営高等学校を有し又現に新制中学校々舍の新築中なる上町政事務日に多きを加うるため從來の歳入歳出予算にては町政の運営する能はざるに至りたるため緊急止むことを得ずして右の如く追加更正予算を決定するに至りたるものにして抗告人が原審に提出せる答弁書第七項末段に記載の如く毎月支出を要するもの実に金八十一万円の多きに達すこれが執行を停止せらるる結果町政運営の機能を忽ち停止するに至るべきこと多言を要せず。
5、議案番号七四議決番号八一「昭和二十四年度穴水町独立税町民税各納税義務者の賦課額について」
穴水町々民税の総額は予算編成の当初より金百七十三万五千二百五十円と確定し唯各納税義務者の賦課額に付町議会の議決を経たるに過ぎず。しかして町民税の徴收については地方税法第十六條により町民税百円につき六十七円の割合による総額百十三万四千二百五円の縣民税の賦課徴收を爲して縣に納入する義務を抗告人において負担し居るところ特殊事情のため地方税法の定むる納期九月三十日を十月三十日に改め更にこれを十一月三十日と爲し最早納期の延期を許さざる事情なることは既に一言せるが添附書類に明らかなる如く抗告人穴水町の歳入面においてもこの町民税は独立税中の首位に在り。右十月定例会において修正可決するところに基き即時これを実行に移し徴税令書を発行交付し既にその四、五割は納入済なり。然るに原決定により十月定例会において決定せる議決悉くその執行を停止せられたるため既納入のものも單にこれを保管し置くのみにて自ら費消し及び縣民税についてもこれを縣に納入するを得ず、未納税者に対しては徴收及び督促を爲すを得ず、これのみにしても甚だしき混乱を生じ居る上に斯くては年末年始に際しての諸経費支弁の最大收入源を杜絶せらるるに至り自治警察学校、役場職員吏員の俸給給與の支拂は勿論その他の必要諸経費の支弁を爲す能はず町政の運営全く停止するの外なき窮況に立至りたるものにして、これ行政事件訴訟特例法第十條第二項但書にいわゆる公共の福祉に重大なる影響を及ぼしたる典型的のものにして。
四、叙上の理由により行政事件訴訟特例法第十條によるも亦同法第十一條によるも原審の如き執行停止の決定を爲すべからざること明白なり。然るに原審は申請人等の主張を軽信し本案訴訟においては右十月定例議会における各議決事項は当然悉くこれを取消さるべき運命に在るものと予断し、この予断の下に「処分の執行により生ずべき償うこと能はざる損害を避くるため緊急の必要」なきにこれある如き錯覚に陷り該執行停止が「公共の福祉に重大なる影響を及ぼすべきこと」を無視したやすく事を断じたるものにして抗告人に承服する能はざるところなり。
尤も原決定理由の後段において
町長は遅滯なく議会を招集し本決定に依る執行停止の善後措置をはかるならば比較的短時日の間に本決定の拘束を受けない議決を得て本件執行停止に依り被る不便を民主的に免れる方法ありと考えられる。該議決が町長の政治的意見に合致するや否やは重要な問題でない。実質的に議員の多数者の意思に一致することが重要なのである。町長は議会の議決に服從し誠実に執行することによりその職責を盡し得るのである。從つて被申請人の公共の福祉の爲め行政事件訴訟特例法第十一條に依り執行を停止すべからずとの主張も採用し難いのである。
旨を説明し居れども原審の下したるは町議決事項悉く執行停止に過ぎずしてその取消にあらず。右議決事項は有効にしてその取消を求むる本案訴訟の判決確定に至る迄眠り居るのみにて生存し居るものなり。故に原決定理由の示す如く町長において遅滯なく議会を招集したりとするも一旦有効に決議せられたる事項はその取消なき以上再議に附し又は前決議と同一又はこれと異る議決を爲すの得ざることは地方自治法の定むるところなるのみならず百歩を讓りこれを可能なりとするも果して議員の多数者の意見をもつてさきの議決事項を取消し得べきものなりや。果してこれを可能なりとせば申請人等が右議決等の取消を求むる本案訴訟を提起するのは道理なかる可し。或は原審は議決事項の取消は固より裁判所を裁判によるべく多数議員の意思をもつて取消すことを得ざるは論なきも和解認諾の方法を許容せられおる以上善後措置の方法これあるべしとの所見なるやも常に悉く多数議員の意思に拘束せらるべきものに非ず。適法に招集し議決したる前記議決事項は議員たる原告如何に多数たりとも飽く迄その合法なりしことを主張し立証し公平なる裁判を受け黒白を決せんとする牢固たる決意を有し又斯る権利は相手方多数の故をもつてはく奪せらるるの理由あることなし。なお前記三の5に例を採るも縣民税の賦課徴收の執行停止が如何なる結果を招來すべきやの点は暫く措くも焦眉の急に迫れる町諸経費の支弁に充つべき唯一最大の町民税の賦課徴收の執行停止による招集町会における善後措置として考え得るは地方自治法第二百二十七條による一時借入の方法なるも現下の財界の下においてはその実現容易ならざるのみならず仮にこれを可能なりとするも十月定例会において議決したるものの賦課徴收によるものに比し少くとも相当の借入金に対する利息の支拂において町に多大の損害を被らしむべくその他において原決定の理由に示すが如き「比較的短時日の間に本決定の拘束を受けない議決を得て本件執行により被る不便を民主的に免れる方法ありと考えられる」ことは抗告人において到底これを理解する能はざるところにして抗告人は原審が凡そ上記の諸点に付充分なる考慮を巡すことなく多数事を決するを民主的なりとし多数をもつてすれば和解認諾もこれを強制し得るが如く速断し軽々事を決し公共の福祉に重大なる影響を及ぼすべき今日の重大事を惹起したるものと認めざるを得ず。
五、叙上の理由により原決定は民事訴訟法第四百十九條の二に該当する不当なる判断を爲したる違法のものと認め茲に特別抗告を爲すものなり。 以上