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最高裁判所第二小法廷 昭和25年(あ)2715号 判決 1953年7月10日

主文

原判決を破棄する。

本件を大阪高等裁判所に差戻す。

理由

被告人及び弁護人関屋延之助の各上告趣意は別紙記載のとおりである。

弁護人関屋延之助の上告趣意第一の一、二は、その実質において刑訴四一一条に該当する事由のあることを主張するに帰し、適法な上告理由にあたらない。

しかし、職権を以って調査するに、本件は強盗殺人の罪により第一審判決が被告人を無期懲役に処したのに対し、検察官及び被告人の双方から量刑不当を理由として控訴の申立がなされ、原審は審理の結果被告人の論旨は採用し難いが、検察官の論旨は理由があるとして、第一審判決を破棄し、被告人を死刑に処した事案である。

ところで、控訴裁判所は控訴趣意書に包含された事項はこれを調査しなければならないのであり(刑訴三九二条一項)、公判期日には検察官及び弁護人は控訴趣意書に基いて弁論をしなければならないのである(同三八九条)。つまり、控訴趣意及び同趣意書に基く弁論は控訴審における審理の中心をなすものであり、当事者にとって最も重要な訴訟行為である。従って、検察官から控訴趣意書が差し出されたときは、被告人としてはその謄本の送達を受け、直ちに弁護人と連絡をとって右趣意書を仔細に検討し、あるいは答弁書を提出するなど(刑訴規則二四三条)、予め公判期日における弁論を準備し、その防御に万遺漏なきを期することができなければならない。然るにかように被告人の防御に重大な影響を及ぼす検察官の控訴趣意書の内容を、その謄本の不送達のため、被告人が公判期日までこれを知らなかったとすれば、被告人がその防御を尽すことのできないのはいうまでもないことである。されば、刑訴規則二四二条は「控訴裁判所は、控訴趣意書を受け取ったときは、速やかにその謄本を相手方に送達しなければならない」と規定し、訴訟当事者の双方をして、相互に攻撃防御の方法を尽さしめ、裁判の公正を期している訳である。ところが、記録を調べて見ると被告人の控訴趣意書の謄本が相手方である検察官に送達されたことは明らかであるが、検察官の控訴趣意書の謄本が被告人に送達された証跡はなく、かかる事実はこれを認めることができない。しかも、検察官の右控訴趣意は量刑に関する諸事情を挙げて第一審判決の言渡した無期懲役刑は軽きにすぎ、死刑を相当とするというのであるから、被告人にとって事は極めて重大である(原判決は右控訴趣意を理由ありとして死刑を言渡したことは前記のとおりである。)かかる案件において、被告人が公判期日に初めて検察官の控訴趣意を聞かされたとして、果してこれに対して十分な防衛措置を講ずることができるであろうか。

なお、本件においては、被告人には原審において頭初から弁護人がなかったのであるが、原審はそのまま控訴趣意書差出最終日を経過した後の昭和二五年五月二六日即ち控訴趣意書に基く弁論の行われた第一回公判期日の僅か七日前に至り、漸く国選弁護人を選任しているのであり、他方において被告人は第一審判決後引続き京都刑務所に拘禁されていたのであって、原審裁判所の所在地の監獄たる大阪拘置所に移監されたのは右第一回公判期日の前日に外ならない。そして、その間被告人が右公判期日について適式の召喚を受けた事跡は記録上認められず、従ってまた、同公判期日前に前記国選弁護人と面接して、検察官の控訴趣意の内容を知り、これに対して予め防御の準備打合をする適当な機会が与えられたとは到底推認することができない。

要するに、本件被告人は原審においてその最初の弁論期日まで検察官の控訴趣意の内容を全然知らされず、またこれを知り且これに対し弁論の準備をする適当な機会を与えられなかったものと断ぜざるを得ない。これは全く公正を欠く措置であり、被告人の弁護権をその最も重要な時期において実質的に侵害したものであることはいうまでもないところである。そして、前記の如き控訴審の性格構造及び本件事案の内容その他諸般の事情を考慮すると、右の違法は判決に影響を及ぼすべきものであるばかりでなく、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認めざるを得ない。

よって、同弁護人の爾余の論旨及び被告人の上告趣意に対する判断を省略し、刑訴四一一条一号、四一三条に則り、裁判官全員一致の意見をもって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 栗山 茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 谷村唯一郎)

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