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最高裁判所第二小法廷 昭和26年(あ)3352号 判決 1953年10月30日

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人竺原巍の上告趣意第一点について。

原判決も説示するごとく、記録によれば第一審第二回公判において検察官は旧航空隊建物の正当払下価格についての鑑定を請求し、これに対し弁護人は異議はないと述べ、第一審裁判所は鑑定人を取り調ぶべき旨の証拠決定をしたのにかゝわらず、証拠決定の取消をなさず不施行のまゝ結審し判決の宣告をしたことを認めうる。

しかし第一審第一一回公判調書によれば(五三三丁裏)「裁判長は訴訟関係人に対し反証の取調の請求その他の方法により証拠の証明力を争うことができる旨を告げたところ、訴訟関係人はないとのべた。裁判長は証拠調を終る旨を告げた。検察官は第九回公判調書記載の通り事実及び法律の適用につき意見を陳述した。」とあるのであるから、裁判所が証拠決定を施行せず、又、その取消をしないで弁論を終結するに当って申請当事者たる検察官がこれにつき異議を述べなかったことが明らかに窺えるのである。(被告人並びに弁護人も結審することに異議がなかった)。従って、この場合特段の事情がない限り検察官はその申請にかかる鑑定の施行を維持する意思がなかったものと解するを相当とする。

しかし裁判所が証拠調をなす旨の決定をした以上、右決定を施行しないときは、これが取消の決定をするを相当とするから、これをしなかった第一審の措置は一応手続違反の誹を免れないものといわねばならない。しかしながら本件においては前敍の如く証拠調の請求者である検察官がその施行をしないことに異議がなかったのであるから、単に取消決定をなされなかったという形式的な手続の違背があっても、もともと検察官は公訴維持の必要から鑑定の申請をしたのであるから、その証拠調を施行しなかったといって特段の事情がない以上被告人にとって不利益を来たすものとはいえないのであり、しかも本件犯行の罪質に徴し右鑑定を不施行のまま結審し判決したからと言って、判決に影響を及ぼさないことが明らかであることは原審判示のとおりであるから論旨は理由がない。所論被告人の弁護権を制限したとの論旨の理由がないことは昭和二三年(れ)第一一七八号同年一二月二四日第三小法廷判決の判示に照らし明らかである、なお所論引用の昭和二三年(れ)第八一五号同年一二月二四日第三小法廷判決は前段判示の如く証拠調の請求者においてこれを施行しないことに異議のなかった本件には適切でない。

同第二点について。

所論は原審が竺原弁護人の控訴趣意書第四点に対し「永田勇夫の原審(第一審の意)公廷における証言中弁護人所論の問答があるからと言って同人の証言が検察官の誘導訊問に基くものであって措信できないものと言うことを得ない。」と判示したのに対し、これと反対の前提に立ち同証言は検察官の誘導訊問に基くものであると為し、右証言を証拠に供したるは憲法三七条に違反すると主張するものであるけれども、その実質は原審の自由裁量に属する採証の是非を非難するに帰し上告適法の理由にあたらない。

同第三点について。

しかし、刑訴三二一条一項二号但書の規定により検察官の面前における供述を録取した書面を証拠とするにあたっては、該書面の供述が公判準備又は公判期日における供述よりも信用すべき特別の状況の存するか否かの判断は、結局事実審裁判所の合理的な裁量にまかされているのである。(昭和二六年(あ)第一一一一号同年一一月一五日第一小法廷判決、判例集五巻一二号二三九三頁以下参照)。しかして事実審たる第一審裁判所の右に関する判断、及びこれを維持する原審の判断が経験則に反するとは記録上認め難いのであるから原判決には所論のごとき違法はなく、従って憲法違反の主張はその前提を欠くものであり採用できない。

同第四点について。

刑訴三三五条一項の証拠の標目は必ずしも各犯罪事実ごとに証拠の内容を具体的に掲記する必要はないのであって判文と記録と照らし合せてどの証拠によってどの事実が認定されたかが明白である限り違法ではない。(昭和二五年(あ)第一〇六八号、同年九月一九日第三小法廷判決。判例集四巻九号一六九五頁以下参照)。従ってこの点に対する原審の判断は正当であって刑訴三三五条一項に違反するものではない。(論旨引用の高等裁判所の判決は当裁判所の前記判決により判例としての効力を失ったものである)。論旨は理由がない。

よって刑訴四〇八条により主文のとおり判決する。

この判決は、裁判官全員一致の意見である。

(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 栗山 茂 裁判官 藤田八郎 裁判官 谷村唯一郎)

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