最高裁判所第二小法廷 昭和26年(あ)3628号 判決 1953年6月12日
主文
本件上告を棄却する。
理由
弁護人佐藤雪得の上告趣意第一点について
論旨は事実誤認の主張であるから適法の上告理由にあたらない。
同第二点について
論旨は法令違反の主張であるから適法の上告理由にあたらない。犯罪の実行を教唆したところが被教唆者自ら実行せず更らに第三者を教唆して実行せしめた場合には犯罪は第一の教唆行為に基因するものでこの教唆なかりせば犯罪は実行せられなかった関係にあるのであるから、第一の教唆行為と犯罪の実行との間には因果関係があり、その間第二の教唆行為が介在してもこれがために因果関係は中断せられるものとはいえない。従って原判決には所論の如き違法も存在しないのである。
同第三点について
論旨は量刑不当の主張であるから適法の上告理由にあたらない。
弁護人清瀬一郎、同内山弘の上告趣意第一点について
被告人大坪八十治に対する本件起訴状には論旨引用のとおり記載されているのであるが、しかし相被告人橋本義男及び同笹山明男に対する起訴状記載の各公訴事実と右被告人大坪に対する起訴状記載の公訴事実とを対照し、更らに起訴状に掲げられている罪名、罰条等からみて被告人大坪に対する公訴事実は本件放火を教唆した事実であると解すべきであり、右起訴状記載の公訴事実の末段の被告人宅において放火に用いたボロ切と瓶入ガソリン約二合程を被告人橋本に与えた旨の記載があるからといって所論のように被告人大坪が放火の実行に参劃した共同正犯の事実が起訴されているものと解すべきではない。そして論旨引用の福岡高等裁判所の判例は本件に適切でないから論旨は採用できない。
同第二点について
原判決が「被告人大坪が橋本に対しあの工場に火をつけてくれ、焼けたら礼金をやるからと申向けて橋本をして放火を決意実行せしめる意思をもって示唆したときは教唆行為は完了する」と説示したのは、単に事実上の教唆行為が終了することを示したものであることは判文上明らかであり、所論のように被教唆者が犯罪の実行をしないときにも教唆罪が成立する趣旨を示したものと解することはできない。それゆえ原判決は論旨引用の大審院判例と相反する判断をしたものと認めることはできないのであるから、論旨は採るを得ない。
なお本件につき刑訴四一一条を適用すべきものとは認められない。
よって刑訴四〇八条により主文のとおり判決する。
この判決は裁判官全員一致の意見である。
(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 栗山 茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 谷村唯一郎)